14話 宿跡地:マフィアのカンノーリ
<<消音>>
燦然と、周囲の全てが消え失せる。
自爆覚悟のその一撃……
だが
「やめろ」
低い声が、割り込んだ。
気づけば、ムースとザイゼンの間に、見知らぬ人影が立っていた。
ムースは、瞬時に警戒を最大まで引き上げる。
「……その格好、『局員』じゃないよね、そいつの味方?」
「局員?」
首を傾げる不審人物に、ムースは思考を巡らせながら答える。
「その火薬作りまくるバカを取り締まる機関の……いや、今は……」
世界治安統制局。錬金術の禁を破った者を、物理的に"処理"する機関。だが、目の前の人影は、その制服を纏ってはいなかった。
そして何より——
(全くの気配もなく、瞬時に現れた。 肉体によるものなら、肉弾戦では間違いなく格上……錬金術でやってるのなら、戦闘において、やはり格上……)
ムースの直感が、けたたましく警鐘を鳴らしていた。この人影は、ザイゼンとは比較にならない。
その人影は、ザイゼンに向かって、低く囁いた。
「……大将、余計なこと……」
「……なんだ」
「……いや、すまん、突っ走った」
短いやり取りの後、人影は、ムースに背を向けた。
「それでは、失礼する」
「逃がすとでもお!?」
わざとらしくムースが吼えるが、その足元で、地面がぐにゃりと歪む。
引き止めのための術式。だが、ムースはそれを追わなかった。
(そうだ! とっとと行け! ニーハのことがバレて、やった貴重な古代の遺物だ多少の危険を顧みずに誘拐だってなるのが今は一番まずい)
得体の知れない格上の相手に、ニーハの存在を悟られた。これ以上、この場に留まらせるのは危険すぎる。逃げてくれるなら、それが最善だった。
しかし去り際、その、消えゆく人影の視線が、ちらりとニーハを捉えた。
「大将、その猫……」
その一言で、ムースの判断は決まった。
「ニーハごめん」
「へ」
「ちょっと、消し飛ばす」
その瞬間、ムースは、ザイゼンが解除したその術式を、自ら再発動した。
赤く灼熱に輝いて、そして、
◇◇◇◇
土煙が、晴れる。
「……なんとか逃げてくれたかな…………なんにしても、これでお菓子の脅威は取り除けた」
無論、ニーハは寸前で彼女自身が退避させている。灼熱の隆起は、あくまで目くらましだった。
とはいえ、あの人影に見られた以上、この特異な錬金生物の扱いを、考え直す必要が出てきた。
「しかし、いよいよニーハを学院に報告するべきか、どうしよっかなぁ……」
「学院に行ったらどうなりますかにゃ」
「かいぼうじっけ」
「にゃあ、にゃにゃあ〜」
半泣きで尻尾の大鍋にしがみつくニーハを、ムースは冷めた目で眺める。
「……お可愛い猫だこと」
わざとらしく泣く猫を他所に、ムースは地面に背を向けて、どっと体重を乗せるように息を吐いた。
そこへ、事の顛末を聞きつけたオルテが、駆けつけてきた。
「正直、なんと礼を言ったらいいか分からん。 俺たちに変わって、こうして街を守ってくれたこと。 感謝してもしきれん」
「別にいいよ……別にいい。 お菓子のためだからね」
「お菓子……ああ、そういえば」
「?」
オルテが、何かを思い出したように手を打った。
そして、傍らの部下に何事か指示すると、ほどなくして、一皿が運ばれてくる。
ちょうど、ムースの体内時計が、甘美なる時間の到来を告げていた頃だった。
「ねぇ、そろそろ私お菓子の時間なんだけど……」
「だから用意してみた。 口に合うといいが」
「……これ、なに?」
「カンノーリ。 特産のチ」
「いや待って、説明はいいからっていうか…! ありがとう!! これ私にだよね!?」
説明を最後まで聞く忍耐もなく、ムースの目は皿に釘付けになっていた。
その豹変ぶりに、そばにいたオルテ商会の若者が、目を丸くする。
「…なんか……別人みたいすね」
「実際、人は人によって心の仮面を」
「そういったもんじゃねえよ。 ただ、好きなだけだろ」
オルテの言葉に、ムースは何も返さなかった。
もはや、菓子の世界に没入していたからである。
「……」
筒状に巻かれた生地に、たっぷりのクリームが詰まったそれを、彼女はうやうやしく口に運ぶ。
(! 油で揚げられてるのかな。 生地がサクサクしてる……で、生地の中にあるのは、クリームじゃ……いや、砂糖も入ってるだろうけど、多分これが特産のチーズ! なめらかでさっぱりしてて、でも舌にしっかりと甘みを広げてくれている…! チーズの中に入ってる果実のアクセントもいい。 これは……砂糖漬けのりんごかな。 こっちはブドウ、こっちはレモン)
一口ごとに、彼女の脳内で、味の設計図が組み上がっていく。
(このお菓子には毒が入っていても抗えない魔力がある…! 生地とクリームの食感。 甘みと果実。 どちらの対比も、いや、その二つの違いそれぞれもまた上手く融合されてる。 とても繊細で、食指を動かして止まない…!)
うっとりと頬を緩める少女に、ナックが声をかけようとする。
「なぁ! それ、うまいだ……」
「静かにしてやれ。 一人で楽しむタイプだったろ?」
「……確かに」
オルテに窘められ、ナックは口を噤んだ。
やがて、皿の上が空になる頃、ムースはようやく現世に帰還した。
「ああ、もう無い……」
「おかわりならあるが………」
「ん……! ………いや、やめとく。 皿に乗せられた適量を、が、ティータイムの原則だよ」
「……前は食いまくってましたにゃ」
「……そ、それは」
「疲れすぎて、そんなに食べられないんでしょ?」
ニーハの疑いの声に、ナックが横から答える。
「俺は疲れてたらあるだけ食いまくってるんで、分かんねーっすけど」
「よく太らないね」
その返答に、ナックは小さく笑った。
「ともかく、これが俺らの礼だ。 また食べたくなったら、どこからでも来て申しつけてくれ」
「うん。 本当に美味しかった!」
心からの笑顔で、彼女は頷いた。
こうして、街を騒がせた火薬の脅威は去り、ムースの甘美なる時間は、静かに守られたのだった。
◇◇◇◇
その後、ムースが去った後……その姿が消えても見送るオルテの肩に他の手が触れた。
振り返ると、なぜか罰が悪そうに、口を歪めて笑うシュウが、そこにいた。
「ボス、火薬には、硫黄と……あと何が必要だと思いますか」
「あー? そんなこと俺が」
「硝石です」
「あ?」
シュウは、懐から、火薬の材料にのみついて書かれた紙を取り出した。
「……ボス、今回、サンテビスタはウチの硝石を使って、火薬の材料を掘り出していました。 掘ったものは横流し、洞窟の番が……昨日吐きました」
シュウの袖からは、血に染まった、まるで瓶抜きを大きくしたような金具が、一瞬顔を出した。
それを見て、オルテは分かりやすく顔をくぐもらせる。
「……そうか、ありゃあ肥料だけってわけでもなかったのか……」
しばらく、深く、深く息を吐いて、オルテはシュウの肩に触れた。
「……ボス、あの洞窟の件は俺の案です。 罰は俺に……」
「まず街の被害がないかの確認だ。 ケジメも大事だがな、まず今あるものを、救える分だけ救おうや」
「……はい」
「……そうだなあ、もう、俺のわがまま通し続けられるほど小せえ世の中でもねえか」
その言葉を聞いて、シュウは、安心したように息を吐くと、諦めたように俯いた。
その様子を見て、飛び出そうとしたナックを、オルテが制止する。
「お前のおかげだ、シュウ、お前が俺達をデカい世界で動けるようにした」
「シュウは知恵をくれた。 ナックは力、他のやつからも、目、耳、勇気……俺は俺の全てをお前らにもらった」
「俺なんざ、それをつなぐ機会になれたってくらいだ。 だから、まあ、たよりねえ俺を頼むわ、シュウ」
「……っ……はい! ボス!」
そう言って、頭を下げ続けるシュウに向かって、オルテは、ナックを突き出した。
「ナック、ほれ」
突き出されたナックはしばらく動揺したが、すぐ息を整えると、シュウの頬を叩いた。
本気ではなかったのだろうが、突然の鋭い痛みに、シュウは飛び起きて、威嚇するようにナックを睨み返す。
「……シュウ、お前さあ、んでそんな、死ぬのが当たり前みたいな態度取ってんだよ……」
そう言われて、少し、その猫のような目が柔和になる。
「ヘマなんて俺は倍はしてるぜ! でも、そんだけ働いてる!」
「こんくらい、いままでので帳消しだし、そうならないなら俺の働き分もあわせて帳消しにしてやる! な!」
ナックは、強く、優しくその自分より細い肩を叩いた。
衝撃を殺すようにシュウは体を傾けて、そのままの体制で、その空いた手を、目の前の男の胸に当てた。
「……お前は本当に馬鹿だなぁ」
その会話の後、一行は解散して、残るのは、ナックとシュウだけとなった。
殴り合う二人を、オルテは、呆れたような、見守るような、そんな目で見つめていた。
◇◇◇◇
だが、逃げ延びた男の物語は、まだ終わっていなかった。
街外れの洞窟。脇腹と足に手傷を負ったザイゼンが、忌々しげに舌打ちしていた。
「あ''〜勿体無いことしたかな……あんなダイヤの原石達を放っておいちまったぜおい………いや! 見つけたって方が正しいな!」
ムースという規格外の錬金術師、そして古代の遺物めいた錬金生物。取り逃したはずのそれらを、彼はすでに、次なる好奇の獲物としてしか見ていなかった。
そんな彼の前に、複数の足音が近づいてくる。
彼は、何度か、その征服を見たことがあった。
「……局員か? アンタらは既存の錬金術を使っての戦闘ばっかで面白みにかけるから、いかんせん好みじゃねぇや。 出てけ」
「ザイゼン・ダイナマイル。 錬金六ヶ条第一条、許可の無い火薬の配布、製造の罪で処罰する」
「ああ、来いよ。 停滞者ども」
手負いのザイゼンに、複数の局員が一斉に術式を展開する。
だが……
「お前はこれで………おわ……り?」
先頭の局員の言葉が、途中で途切れた。
その全身が、足元から這い上がる黄金に、じわじわと覆われていく。動きを封じられ、金の彫像と化していく局員を、ザイゼンは呆けたように見つめた。
「ザイゼンさん。 大丈夫でしたか?」
金の輝きの向こうから、優男然とした男が、ゆったりと歩み出てくる。
「あ? イクダフ氏か! なんでここにいやがる」
ザイゼンの声に、警戒はない。むしろ、気安ささえある。
イクダフと呼ばれたその男は、虚無を湛えた表情のまま、淡々と答えた。
「相変わらず三人称と口調が歪なあなたに報告があって来たんですが、宿にいないもので、この局員さんについていたら、こうなりました」
金に呑まれていく局員を一瞥もせず、イクダフは続ける。
「そういえば、ボスは? 一緒のはずでは?」
「途中で別れた。 しかし運がよか……」
言いかけたザイゼンの足の傷が、ふいに、金色の光に覆われていく。
イクダフが、傷口を金で塞いだのだ。
「……おい、勝手なことは…………」
「別にいいでしょう? あの人と同じでメッキみたいなものですよ。 というか、骨折れてるでしょうに」
「ああ、だが錬金術師達の日々の努力に比べればこれくらいは」
「相変わらず気持ち悪いですよ」
心底うんざりしたように言いながらも、イクダフの手当ての手つきは、丁寧だった。
やがて、彼は人差し指を、すっと持ち上げる。手が、軌跡を描くように動いた。
黄金の錬成が、無数の火薬を内包し、爆発を抑える。
「……手負で勝てる相手なら、私はとっくにあなたに殺されてますよ」
「ああ、そりゃお前もだろ」
ザイゼンの軽口とも本気ともつかぬ言葉に、イクダフは応えず、ただ淡々と、いつもの文句を口にした。
「まぁ、ビジネスライクで行きましょう。 我々は、人類の進化のために」
「我々は、人類の進化のために……」
二人の男は、金の彫像となった局員たちを残して、夜の闇へと消えていく。
その背を追う者は、もう誰もいなかった。
そして、去り際。
好奇に取り憑かれた火薬使いは、まだ見ぬ再会を夢想して、静かに口の端を吊り上げた。
(また、会えるだろうか、ムース氏……)




