12話 テナの宿「貝殻の家」:硝煙
帰り道。
一段落したところで、ムースは思考を切り替えた。あの硝煙のもとを、誰が街にばら撒いたのか。犯人が野放しである限り、菓子の時間は戻ってこない。
「さて、推論を立てよう」
隣を歩くニーハに向けて、というより、自分の思考を整えるように、彼女は口を開いた。
「まず○○を用意し武器まで製造し配布した大犯罪者がいるが、十中八九もぐりの錬金術師で間違いはない」
「心当たりはありますかにゃ?」
「三つ」
指が、三本立った。
「一つ、あのゼラチンを買った雑貨屋。 この付近で確認できる錬金術師はあそこだけだし粉物得意ってのは怪しい」
一本、折れる。
「二つ、サンテビスタ。 撃ってた側だし、非道くらいは軽く成すほどに傍若無人だった」
また一本。
「三つ」
最後の一本が、しばらく宙に残された。
「オルテ商会」
「……えっ」
「あの洞窟で嗅いだ匂い、硝煙のもとになるもので間違いない。 あれはあそこで何かが掘られてて、あの人はそれを隠したがってる。 自分の縄張り、自分の商売、自分で掘った何か。 ……ここまで揃ってて疑わない方がどうかしてる。 サンテビスタにちょうどいい潰す口実ってことなら納得もいく」
握られた拳を、彼女はしばらく眺めていた。
「結局犯人は誰なんですかにゃにゃ?」
「いや、一応、ヒントはあるんだよね」
「?」
ムースは、もう一度だけ指を一本立てて、目を細めた。
「んー、あの誘拐犯が優秀じゃないのがヒントっていうか……ほぼ憶測だけど……」
ラッチは、間の抜けた三下だった。そんな男が、たまたまムースの泊まる宿を知り、たまたま部屋へ忍び込めた……?
そんなわけはない。ならば………
「ねえ、ザック、オルテさんに伝えてほしいことがあるんだけど」
「? なんすか」
◇◇◇◇
その後のムースの帰り道……
「あ、おい君! 昨夜から姿がいないと思ってたが、どうしてたんだ?」
聞き覚えのある、人懐こい声。
宿の方から歩いてきたのは、あの宿を切り盛りしていた、気のいい兄ちゃん然とした男だった。
「色々あってさ……体中硝煙の匂いがひどいのなんの……」
「おいおい、火薬沙汰なんて物騒な話だな」
「うん。 ……ところでさ、まずこの街の炭焼き小屋って、どこにあるの?」
「あ?」
「ないんだよね。 周りを歩いたけど、それなりに歩いたけど、一軒も」
「…………」
ムースは、片手に術式刻印用の手袋を握りながら、先刻のニーハとの会話を回想する。
◇◇◇◇
「雑貨屋の錬金術師、これは隣町にいた。 ここまでそう時間もかかってない以上、それなりの動向が掴めるはずだけど影はない。 つまり今回の件に関わっていない」
開いていた3つの指が、一本折れる。
「サンテビスタ、作るための工房、能力、どちらもないため輸入しただけと考える方が自然」
2つ目が閉じる。
残ったのは、最後の一本。
「じゃ、じゃあ……」
「オルテさん達じゃんって?」
頷くように、ニーハはムースを見上げるが、平静とした様子でムースは静寂へ答えを返す。
「でも、殺戮兵器を作れる人間なら殺す命令も下してるよ。 殺戮兵器はOKで殺しは無しとかどういう理論?」
「それは、確かに……」
「それと、洞窟の件を隠したがってるのは多分間違い……いや、半分間違いだった。 サンテビスタと抗争中、妙な動きがあり錬金術師を危険に巻き込みたくない……ってのもあるんじゃないかな」
「ご主人様今回めちゃくちゃ危険侵してますけど……!」
「チーズマカロンのため、仕方のない犠牲なのだ」
「オルテさん絶対内心来てほしくなかったでしょ……」
◇◇◇◇
回想を終えて……眼前の敵を、少女は睨む。
「で、そもそも、なんで錬金術師でもないアンタが、硝煙や火薬なんて言葉知ってるの?」
男の笑顔が、ほんの一瞬、固まった。そして、その片手は、すぐに手袋を装着すると、術式の軌跡を刻み始める。
宿屋の主人という仮面。街に紛れ、匂いを撒き、誰にも怪しまれずに危険物を配って回る。
一介の思想犯にしては、あまりに手が込んでいるが……正体さえ割れれば、あとはやることは一つだ。
それと同時、ムースの周囲で、爆風と共に黒い煙が、風に巻かれて散っていく。
(……火薬を使った爆発の錬金術。 間違いない。 コイツが裏に火薬やら銃をばら撒いた男……)
「けむいんだけど、黒色火薬なんて今時センスないよ!?」
男は、にたりと笑って、爆発により飛翔した。
そして、そのままに、逃げ出した。
「って………逃げるの!?」
追撃を、と手袋を構えかけて、ムースは舌打ちする。今撃てる威力では、逃げる的を仕留めきれない。
だが、そのために、少女は布石を打っていた。
「お嬢の頼みとシュウの推定仇!」
建物の影から、ナックが火薬男の腰を蹴り上げた。
そのほかにも、いくつもの影が屋上から道を狭めるように、男を取り囲んでいた。
「シュウは誰だぁ!」
火薬男がナックを振り払うが、勢いを落とし、誘い込まれるように街の奥へと飛び出した。
「お嬢! 頼み通りカタギは逃がしてるんで! あっち行って存分にやってくださいや! まあ、全面的に俺等に任せてほしいっすけど……!」
落下するナックは低空飛行する男を見るが、諦めたようにうつむき、ムースを見返した。
「俺らじゃ追いつけないんで! 極力無理せず、気合い入れて頼むっす!」
(どっち)
だが、ムースの方も術式を描く途中、その速度から手を止め、地団駄を踏み出す。
「……あーもー! これは極力使いたくないやつなんだけどなぁ!」
そう言って、ムースは懐から指輪を取り出した。
それに嵌められた鉱石は、荒く、まるで指輪の体を成していなかった。
だが、それは燦然と輝いて、宙に同じ鉱石の巨塊を作り出したかと思うと、それは砕かれて、暴風が吹き荒ぶ。
(西方にあった大量に圧縮された空気を含む隕石、周りが荒れるから嫌なんだけどな〜!)
突風が路地を薙ぎ払い、看板が軋み、砂塵が渦を巻いた。
「大丈夫っす! 全力入魂! サイコーっす!」
いつのまにか、ナックが、建物の脇から親指を立てていた。
「とは言っても加減はしないとな〜」
(風の層を作って、なるべく体にぶつかる空気の衝撃を減らす……)
(更に、層を槍の形状に保ち、速さの追求と攻撃を同時に成立させる)
ムースは瞬時に飛翔すると、その勢いのまま、不可視の風槍を身に纏い、逃げる男の背めがけて、一直線に殺到する。
「アアアアアア!?!?」
寸でのところで、男は風槍を『掴んだ』
両手から爆発を出し続け、さっきまで逃げるのに注いでいたリソースを、全てその風の槍の対処に投入。
ゴリゴリと音が出るほどの勢いで、風と爆発が響き合う。
次の瞬間、風槍は、男に届く寸前で、掻き消えた。
(いや、嘘、これ止めるの!?)
男とムースが抱き合うように地に伏せた直後、圧縮されていた風が暴発し砂煙が辺り一帯を隠した。
砂煙の中から立ち上がった男は、埃を払いながら、心底愉快そうにこちらを見ていた。
「……で、君誰なの、局員?」
「いや、ただの錬金術師」
「え〜……ただのって…………今の子は成長早いのか………な!!」
男の掌の中で、渦巻く炎と衝撃が、みるみる膨れ上がる。
それは太く、蛇のように形を成して、ムースへと、襲いかかった。
……のだが、それは、ムースの掲げた手のひらに、すべて吸収された。
「はぁ!? なにそれ!」
「いや、爆発のエネルギーの原理が分かってるんだから、放射ができるなら逆説的に、吸収もできない?」
「普通できないって………どうやってるの!」
男は腕を細かく上下に振り上げて、声色を上げて問いただす。
「だから原理が分かってるならって…………なんか、アンタ、ワクワクしてる?」
「あー分かるか!? だってなぁ、その術式の構成とか、考えるだけで血湧く感じでさぁ!」
火薬に憑かれた男の目が、爛々と輝いている。危険物をばら撒く外道のくせに、その顔つきだけは、まるで純粋な学徒のようだった。
「……独房で教えてあげるよ」
減らず口を叩きつつ、ムースの意識は、男の掌の膨張を捉えていた。
(……さっきよりエネルギーが大きい!? 吸収を……!)
放たれた爆炎を、彼女は寸前で吸い込み、無力化する。だが、その一連の動作の中で、男は既に攻略法を見出していた。
「なるほど、それ、いちいち術式を書く必要があるわけだ」
男は、ムースの目線の下に移動していた。
「ッ!」
咄嗟に、ムースは後方へ飛び上がり、男の爆発による攻撃を逸らした。
吸収も、放射も、術式を書いてから発動する。ならば、書くより速く畳みかければ……
(……これで終わると思ったが、ギリギリで受けが成立するな。 物量攻撃も吸収されれば意味はねえし……)
(あの爆発の瞬発力があると、普通にやっても裏をかかれて終わりだし、どうしようかな……)
同程度の実力を持つ場合、錬金術師同士の戦闘は、いかに『普通の一撃を与えるか』である。
そもそも、成熟された錬金術の威力というものはドラゴンにさえ匹敵する。
そんなものを一撃でも受ければまず無事では済まず、戦闘不能は免れない。
故に、防御と攻撃のサイクルを繰り返し、虚をつくか物量で押すか、消耗を待つか……いずれにせよ、『攻撃をまともに当てる』という結果のみを目指す必要がある。
((だが、この人間に……勝利ができるのか))
対峙する二人の間で、砂塵だけが、ゆっくりと流れていく。
火に憑かれた、爆魔か。
甘美に取り憑かれた、天武か。
その掌の上で、次なる衝撃が、静かに渦を巻き始めていた。




