11話 テナ3番ストリート:銃口
アジトへと向かう道すがら。
先を歩くムースの足取りは、丘の菓子屋に向かう時のそれと、少しも変わらなかった。
その姿はいつもと少し違って、上等な黒ローブを羽織り、ついてくる大柄な男たちも相まって小さい体さえ大きく見せていた。
「……様になってますね」
「ん、嬉しくないお世辞をどーも」
「……イラついてるんすか?」
「ああ、まぁ、そう見えるならそうかも、ね」
淡々とした声の底に、確かな熱がある。
ナックは、話題を変えようとしたのか、彼女の胸元に目をやった。
「そういやあ、その懐中時計、綺麗っすよねえ」
取り返した『スタルトスの石』が、日を受けて鈍く輝いている。
「これ? スタルトスの石ってのが埋め込まれてて……いつもはそれで錬金術を使ってる。 私たちの仕事道具だよ」
「……スタルトスってなんですかにゃ?」
おもむろにニーハが聞くと、ムースが答えるより早くにナックが返した。
「スタルトス……確か初めの錬金術師様っすよね? 学はないっすけど、それくらいは知ってるっす」
「そう、唯一の賢者であり随一の愚者」
「愚者?」
「愚者って呼ばれてもいるって話だけど、なんでか分かんないんだよね。 俗物そうな伝説もないし……」
「ギャンブル中毒かヤク中じゃなかったんすか?」
「……おもくそ俗物だし、愚者以前にじゃないのそれは」
軽口を叩き合ううちに、ナックがふと足を止めた。
「あ、つきましたよ。 サンテビスタのアジトっす」
見上げれば、街外れの、無骨な石造りの建物が一行の目の前にはあった。
「……割と歩いたね?」
「そりゃあ拠点を敵の近くに置かないっスよ、こっちもあっちも」
なるほど、と頷いて——ムースは、実に軽やかに、その正面口へと歩み出た。
◇◇◇◇
「あ〜そ〜び〜ま〜しょ〜!」
ドンドンドンと、ムースはドアを強く叩く。
叩くたび、内から殺気が増しているかのように静寂が支配していく。
「いや、危ないですって!」
「相手がね」
そう言って、ムースはゆっくりとドアを開く。
中は荒くれの巣窟で、警戒していたようだが、少女が一人で入ってきたことで、それも解けて、見下すように一人が前に出た。
「どうも、はじめまして?」
そう言うムースへ、男は懐から……なにか、鉄の筒のようなものを取り出した。
そのフォルムは、どこか機械的で、大砲やトレビュシェットを極力最小化したようなそれは今にも何か、想像だにしないことが起こると想起させる。
「……これがなにか分かるか? ボウガンみたいなもんさ、俺がこの引き金を引けば……」
そう言って、その筒の口を向けられたムースは……
それを握り、歯で加えた。
男は途端動揺し、背後の三下も、その様子を見て、少し不安の色を強める。
「? どうしたの、うへば?」
その煽りに、男の手は、瞳孔は震え、仕様もないプライドが、引き金に手をかける。
「な、なめてんじゃ…!」
そうして……トリガーが引かれた瞬間……
その武器は、バラバラに砕け散った。
「……な、なんで……?」
たじろぎ、既に床に散らばった武器と、ムースを、男は交互に見る。
その武器には、なにか、紋様が描かれており……だれがやったのかは、本人のみが知っていた。
「そういう切り札見せびらかすもんじゃないよ」
その言葉の後……地面は、隆起した。
なにか人工的なブロックがそのままあったように、、地面から、土の塊が男の体を吹き飛ばした。
その姿にやっと、敵の理解が追いついた。
「敵襲だぁーーーー!!!!」
その言葉と同時に——
パンッ、と乾いた破裂音が響き、扉の脇の石壁が、白煙とともに爆ぜた。
連続して響く爆音、その矢にも似た暴力がムースを捉えたその瞬間……
ムースの目の前に土壁が現れて、それらを着弾の音さえなく包み込む。
そして、その上に更に壁……
ムースが目を見開き脇を見ると、ニーハが錬金術式を書き出していた。
「やるねニーハ」
「は、はいにゃ!」
突然の衝突に、いの一番にナックが動揺する。
「うっわ!? なんすかこれ錬金術!?」
「いや、違うよ、違う」
(……多分火薬を応用した武器かな。 一般人が撃つにはすごい火力)
見れば、アジトの奥から、筒状の得物を構えた男達がずらりと居並んでいた。素人が扱っているにしては、あまりに凶悪な火力である。
「……くっそ、てめえらあ! お嬢を危険に晒すな! 回り込めやあ!」
ナックの合図に合わせて、オルテ商会の若い衆が慌てて散開する。
その頭上を、一人のサンテビスタの男が、得物を振りかぶって飛びかかってきた。
「舐めんなガキ!!」
だが、男の拳がムースに届くより早く、地面が隆起して、その顔面をしたたかに打ち据えた。
「飴の一個くらい用意してから言って欲しいものだけど………」
倒れ伏す男を一瞥もせず、彼女は建物の奥へと歩を進める。奥から、けたたましい連射音が響き渡った。
「ドアベルにしてはうるさいね」
「言ってろ!!」
弾幕が、廊下を埋め尽くす。しかしその悉くが、ムースの周囲でふっと勢いを失い、床にころりと転がり落ちていった。
奥の広間には、一際着飾った男が、両手に得物を構えて仁王立ちしていた。
「どうだ!! 超威力の超連射!! これで俺達サンテビスタが、オルテに代わりこの街を牛耳る!!」
高笑いとともに、絶え間ない銃撃が浴びせられる。
だが、当のムースはというと——
(こっちは弾が尽きるまで待てばいいけど、流石にあくびが……)
退屈そうに、壁により攻撃を逸らしたり、逆に突き返したり、対策の方法にさえ飽きが来た時、口元を押さえた。
「……ぼ、ボス! どうなってんですあのガキ! あんなでたらめ……夢のほうが説得力ありますよ!?」
「……知らねえよ、ヤることヤるのは同じだ」
そう、サンテビスタの会話が聞こえた次に、連射がふっと途切れた。
その一瞬。
「あ」
ムースが気づくより早く、サンテビスタの一人が、直接ムースへ剣を振り上げ打ちかかってきた。
「今ダァ!!」
ムースの指が、軽くはねた瞬間……
剣は砕け、二分された。
「全く無理しないでくださいよぉ、ボスにドヤされるどころじゃなくなりますよ…!」
ナックは振り上げた足を振り払うと、ポロポロと、金属の粒が散っていった。
その後の決着は、あっけなかった。
サンテビスタの頭目が広間の床に沈み、駆けつけたナックが、額の汗を拭う。
「こ、こんな………オルテの犬ども……」
呻く頭目に、ナックは、しゃがみ込んで顔を近づけた。
「……勘違いしてるようだから言っとくけど、本当はアンタらみたいな雑魚いつでも潰せるんすよ? ボスが見逃してくれてるだけって、気づかなかったんすか?」
そう煽られるが、サンテビスタの頭目は、打って変わって、しおらしくうつむき、背後に目配せをした。
ナックが不意打ちを一瞬警戒するが、目配せをされた人間の表情は、覚悟やら、決意と言うより、諦念に近いものだった。
サンテビスタの頭目は、その視線を、首ごと下へ下げた。
「……俺の負けだ。 俺の首で勘弁しろ」
同様に、何人ものサンテビスタの構成員がうなだれる。
一部は呻くような声さえ上げて、俯いたままでいた。
「殊勝なこころがけッス。 俺がいうのもアレだけど、アンタも、もうちょっと程度カリスマやらあれば勝てたかもしれないっすね」
「あれば、だ。 俺は俺なりに万全を尽くした。 部下もな。 それで負けるならそれまでだ」
実際、そうなのだろう。
敵の知らない強力な武器を手に入れ、迎え撃つ準備を整え、手練の錬金術師という異常にも、頭目は冷静に対処した。
ただ、カリスマというよりは……
(運)
一人、或いは全員、そう思わざるを得ない結果になったのだった。
だが、それを理科したくはない者も、当然にいる。
俯いていた一人が、急転して、掴みかかるような勢いで叫ぶ。
「く、くそ! お前らみたいな雑魚、本当はボスが」
その、部下の負け惜しみが言い終わるより早く。
サンテビスタの三下の顔が、地面にめり込んでいた。
歯はボロボロとかけ落ちて、鼻は紙のように平たく潰れて、毛穴という毛穴から血が吹き出していた。
ナックが、いつ蹴りを放ったのか、移動したのか。ムースの目にすら、それは映らなかった。
「うわ、酷い顔っスね。 ウチで手当しましょうか」
「ご、ごめんなさ……」
「なんで謝るんすか〜! こういう時はありがとうって言うもんすよ! ほら!」
『あ、り、が、と、う』
頭目の顔は鷲掴みにした後、無理矢理に、その口を上下させられた。
「……あら?気絶しちゃってる……」
けろりとした顔で立ち上がるナックを、ムースは、少しだけ見る目を変えて眺めた。
(強い。 蹴りが見えなかった……)
少なくとも、この距離で殴り合ったら、自分は勝てない。それだけは、はっきりと分かった。
「……一応聞くけど、殺してないよね、それ」
「殺しませんって。 ボスに殺されるんで」
「……お前名前は」
「ナックっす」
「……ナック、礼を言う。 最悪の負け方はしなくてすんだ」
「別に、ウチのボスの顔立てただけなんで」
なんでもないことのように言って、ナックは頭目の首筋に指を当て、脈を確かめてから頷いた。手つきだけが、妙に手慣れていた。
「とりあえず、ここからは俺たちが処理するんで、先に戻っててください。 お嬢」
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
存外に頼もしい背中に後を任せて、ムースはアジトを後にした。




