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宗二郎は自分の頬を強く叩いて、自らを鼓舞する。
「……………………へ、へへ」
窮地じゃない。チャンスだぞ東堂宗二郎。相手は養成所で名高い〝完全無欠〟の石蕗祈理。こんな人間と戦える事など、他の一年じゃ、まず体験できない。やられるなら、実りある敗北で終わらせたい。
壁際にある剣を一本取る。授業で使った魔術兵器と同じ機構をもった訓練用の剣。
魔力を送れない俺には、単なる金属の塊であるが、武器はないよりかはマシ。
「やるしかねえのかっ!」
覚悟を決め振り返った瞬間――宗二郎の視界は強力な閃光に包まれた。
次に強烈な痛みと灼熱が襲う。声すらも発する間もなく。額に一撃。
「うごッ!? ごもッフォモ!」
視界がグルグルまわって後頭部を打ち付けた。
痛みと目眩で、ようやく自分が倒れ込んだのだと理解した。
仰向き状態で下を見てみると、祈理が魔術式が浮かび上がった手を向けていた。
「いってぇえ……き、きたねぇ」
不意打ちも同然の攻撃。宗二郎は思わず毒突く。
ゆっくり立ち上がる彼に、祈理は肩で一呼吸して言う。
「すでに試合は始まっています。ぼさっとしていると危ないですよ」
「ふっざけんな……こんなの。横暴以外の何者でもない。都合が良い後輩イジメじゃねぇですか。暴君め。可愛い顔して性格悪すぎぃ……」
「何か言いましたか?」
確実に聞こえているはずなのに、わざとらしいニッコリスマイル。なるほど……あれがルカ子の言う『お約束』というやつか。砲身も同然の手の平を、遠慮なくこちらへ向け、魔力を循環させ続け……次なる光弾を放ってくる。
「私は、アナタの性根を鍛え直しているのです。決して路地裏であんなおぞましく、いかがわしいものを作っていることを怒っているわけではないのですよ? …………ええ、決してです。良かれと思って、やってるのですッ!」
一際大きい、魔術の塊が宗二郎の顔面に襲いかかる。
首を倒してギリギリ回避した。左目を掠めていった閃光。一瞬だけ視界が真っ白に染まる。なんて正確なコントロール。
残像が刻まれた中――背後で大きい爆発音。
「さあさあ! このままじゃ、何時間経っても終わりませんよ!」
光弾を打ち出す度に、どこか笑顔が見え隠れしているように映るが、宗二郎の眼は光弾を追いかけるので精一杯。
「どこが、怒ってないだよ。めちゃくちゃ魔術に感情のってるじゃないですか!」
「口よりも、身体を動かしましょう。私に一撃を与えない限り終わりませんよっ!」
手の平の前で翳された術式の一部分が書き換わり、その効果を変化させる。
強力な拳大の単発が、小石ほどの連射へ。
次から次に放たれる攻撃に為す術もなく、宗二郎は右へ左へ、全身に刺さるような痛みを受け続ける。
「いてて。チックショ! ……この鬼! 人でなし! 暴君! 悪魔! ……あっぶねえ! 何でそんな連発できるんだよ! 理屈がわかんねぇ! こ、このバカ魔術!」
最後の『バカ魔術』は、何も考えず言葉にしていた。宗二郎本人も良く解っていない。
『バカ』という単語を言われたのは初めてだった祈理。入学してからこの方――他人からバカと言われたことなど一度もなかった。それはもう衝撃的で、彼女の心を見事揺さぶる。
「ど、どうしてそこまで言われなきゃならないのですか!? ぜんぶぜんぶ。アナタが――アナタがわるいんですからねッ」
明らかな動揺。分かり易い。
心は動いただろうが、攻撃に乱れはない。
つくづく、勝機が見出せない。
「ようやく本音が出たな先輩。なにが訓練だ! 聞こえの良い報復じゃないか!」
連射に対し、目が慣れてくると最低限の被弾でやり過ごし始めた。避けるのが上手い宗二郎。自分でも思わぬ才能を実感しつつ、光弾の嵐をすり抜ける。
「く……あたらない」
祈理も光弾を放つことは出来ても、予測の付かない動きをしながら移動する的に当てるのは、存外難しいことを知る。
「じゃあ、これならっ!」
「げ! またソレ……ムノォっブっぉおお!?」
また強力な単発にスイッチしていた。顔面に凄まじい痛み。トレーニングスーツが機能しているときは、身体を怪我しない。本来受ける痛みも、スーツの術式によって軽減されている――と、授業で習っていたが。痛みが尋常じゃない。鼻が折れた気がした。ダメージが蓄積される。錯覚だと思いたい。本来の攻撃力をもって食らったとすれば、きっと首ごと、かっ攫われているいるやもしれない。
「ど、どうですか! 少しは観念しましたか!?」
最初に話してたときよりも、化けの皮が剥がれてきたのか、嬉しそうな笑みまで浮かべるようになっていた。感情的に言葉を発するのは『冷徹な女帝』ではなく、どこにでも居るような一人の女の子のそれだった。
「づっうぅうう……。いい加減にしろよ。完全無欠だか、艦砲射撃だか、無遅刻無欠席だかしらねえが……」
このまま攻撃を受けては身体が持たない。体力にも限界がある。
かといって逃げ続けても、差を縮める事ができない。涙で視界がぼやける。
意を決した宗二郎は両手で剣を構え、頭を守りながら半身を祈理に向けた。
「ど、どういうつもりです?」
「このまま。先輩に近づき、一発食らわす。…………脅しじゃねぇ。こうなりゃぁ意地だ。渾身の一撃をくれてやる。俺は、先輩だろうが女の子だろうが、遠慮無く食らわせますよ!」
鬼気迫った窮鼠が最後の抵抗と表明を行う。
――まあ、相手は猫どころか、炎弾吐きまくる邪竜なのだが。
すでにボロボロの宗二郎は、ゆっくり歩き出す。
あたりまえのように、祈理は彼の接近を許さない。同じ光弾を全身に当ててゆく。
彼は歯を食いしばり、その痛みを言葉にしなかった。
「…………!?」
祈理からしたら、急に攻撃が利かなくなったように見えた。豹変したも同然の姿にほんの少しだけ焦りを憶える。
「まさか、防御型の術式を展開しているの? ――このッ」
今まで抑えていた威力を上乗せして放つ。
先とは比較にならない衝撃を受けて、宗二郎は驚きバランスを崩しつつも、無言で迫る。
「防御型? ああ。そんな感じだろうな。根性って名前のやぶれかぶれ戦法だよ。理屈も魔力もいらねえエコな方法だ。……どんなに食らおうが、痛いだけだろ。…………んなもん。死にそうになるほど、辛い経験がありゃあ、どうにでもなるもんだ」
宗二郎は自分に言い聞かせながら、ハンマーで殴られているような、骨まで響く衝撃と痛みを無視し続けた。
「ゲ、ゴォッフッ!」
ガードが乱れるや、間髪入れず腕と剣をすり抜けて、左のあばらに光弾が食い込んだ。シャツから焦げた臭いが立ち籠める。
意識を集中させろ、痛覚を誤魔化せ。
この痛みは、痛みではない。単なる情報にしか過ぎない。
――全身に散弾めいたもん食らったときは、痛みすら感じる余裕なんて無かったはずだ。
痛いだけマシだと思え。痛いって事は……死ぬわけないんだ。絶対に。
本当に死の瀬戸際に立つってのは、痛みさえも失われる。
全てが奪われきった状態――限りなく無に近くなるって事だ。
歯が砕けそうなほど噛みしめて、宗二郎は笑いながら前進を続ける。
祈理も攻撃を加えながら、彼のニヤつきに何やら気色悪いものを感じた。
「ま、まままさかあなた、痛いのが好きな人なんですか!?」
「んなわけ、ねえだろーがっ」
急の罵声に祈理はビクリと身体を震わせた。理屈っぽい思考をもつ彼女であるからこそ、宗二郎の行動が読めない。戸惑いの色が浮かび、心の乱れは直接、魔術の途切れとなり――大きな隙へと繋がる。
「止まったッ――うおおおおおお!」
顔を守っていた腕をほどいて、宗二郎は一気にかけ出した。
「――っ!?」
我に返った祈理も、眼前に迫っていた宗二郎に対し、咄嗟の魔術を展開させた。
――ソレは、彼女が練習していた『光剣の魔術』
ほとんど直感。無意識で展開させた術式。
「――――繋ぎ、結べッ!」
術式が正確がどうかなど関係ない。必要なのは何も考えずにあるがままを再現すること。
頭で呼び起こしたイメージが胸を伝わり、足に向かう。
片足の裏から飛び出したラインは、地面を滑りながら宗二郎の眼前で輝く。
「なッ!?」
地面から魔法陣が突然出現した。
術式は細かく組まれていて、どういった原理なのか、宗二郎は無意識同然に読み取った。
円は魔力を逃がさない囲いであり、魔力の質を具現化させる公式。……破裂? いや違う。固定型。鋭く鋭利。地面から露出する技法……。
一瞬でどんな形態の魔術なのか、ギリギリまで判断した宗二郎は、慌てて横へ飛んだ。
「征けッ!」
光が突き上がり、形となって飛び出す。
宗二郎の読み通り、ソレは一本の刃。柄のない光の刃柱。
一瞬の展開に対し、彼もまた無意識に真横へ飛んで回避する。
不完全な光の柱の陰から東堂宗二郎が迫る。
刃はやはり維持が叶わず、一瞬で砕け、光の粉となる。
まだ不完全な、付け焼き刃同然の魔術だ。どこかに欠陥があったのだ。
――塵に消える光の中、何故か迫ってくる彼の左目が、蒼く光っているように見えた。
祈理はもう相手が後輩であり、コレが訓練だということを忘れていた。
相手が迫ってくるからには、どうやっても押し返すしかない。
次なる攻撃は、もはや術式を頭の中で構築している余裕はない。
自分の一番最小限の時間で作り出せる魔術。ソレしかない。
「――――このぉっ!」
空気の圧縮。次いでの爆破。
相手を押し込む衝撃の魔術。
手の平で展開されたものを憶えていた宗二郎は――。
「二度も同じ手が通用するかよ!」
次にどんな魔術が来るのか見当も付かない。ただ……彼女が手の平を見せる時に出したのは、空気圧のそれだと、あの裏路地で学習していた。
身体を一回転、彼女が向けた場所には誰も居ない。
――〝ぼわッ〟っという容赦のない空気の暴力が、宗二郎の半身を掠めて通り抜けてゆく。
「うおらあああああッ!」
射程距離は十分。
宗二郎は切っ先を高々と振り上げ。
祈理の側面に向かって切り下ろした。
「……………………表れなさい」
魔術でどうにもならないと悟った祈理は――久々に使う〝奥の手〟を発動させた。
檜山もまた、ほんの僅かの間、目を大きく開く。
宗二郎の剣は、確かに祈理に当たった。
「――――うっそーん。……そんなの、アリですかい」
本気の一撃は、祈理の腕の前で止まっていた。
「魔術障壁。詠唱の一言だけで出現できるとは。……次の攻撃で終わるな」
ずっと傍観していた檜山は最後の一手を見ることなく、自らの術式を解き、密室にしていた練習場を開放した。
両手で握り込んでいる剣が止められ、そして祈理の片手はもう一本空いている。
「次ぐ……廻り繋げ、践火ッ!」
魔力の壁を出したまま、祈理は地面を強く踏みつけた。すると一本の線が淡い光をもって地面を走り、宗二郎の側面に伸び、強い輝きで空中に現れた術式と展開される。
宗二郎は目線だけで追うも、祈理が放った次なる術式に対応できるはずもなく。
真横から繰り出される爆風を見ている事しかできない。火の熱さや、衝撃をもろに食らった宗二郎は吹き飛び地面に叩き付けられ、そのまま失神してしまった。




