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<11>

 その後――学校から罰の内容が下されたのはとても早く。

 こちらの釈明も弁解する機会も与えられないままの、スピード判決。

 朝方に携帯端末で送られてきた内容を読んで、宗二郎は元気を失っていた。向かえに来た留歌子でさえ、心配になってしまうほどの(ろう)(ばい)っぷりであった。



「……………………ふへ? 一週間の公正委員会指定の奉仕活動ってなに? あ、まだ続きある……放課後の補習と時間拘束。休日を含む外出禁止が一ヶ月。うっわ……えげつないなぁ」


 石蕗祈理と出会いから翌日の――昼休み。

 学生食堂の対面に座っていた忍川留歌子は、宗二郎の携帯端末を見ながら首を傾げた。

 基本的に校内で雑用をやらされる程度しか想像の付かない彼女は、限定的ではない物言いに、なんだか不安を覚えた。放課後の外出禁止は自分にも影響がある。彼を誘って、どこか遊びに行く予定を立てていた留歌子。残念であるが、此度下された裁決は、当然の()()()であるとしか言いようがない。


「俺の学校生活は……どうなってしまうのだろう」


「だから言ったじゃん。スケベ人形を作ってる宗二郎がわるいんだって! どうするんだよぉ。宗二郎がいなかったら、いっしょにご飯食べにいけないじゃんッ!」


「………………………………る、ルカ子さん。ここ食堂です。羞恥心で狂いそうになる。…………まあ、今回のは、あながち間違いじゃないから、何も言えません」


 食事をはじめる前から、留歌子は罰の原因となった出来事を聞いていた。出来るだけ宗二郎のやることを()()している留歌子であるが、今回ばかりはフォローの入れようがない。


「気色ワルいよね。自分の人形なんてみたらさ。しかも本人の断りも無しに、勝手に作るとか最悪最低だよ。先輩に限らずアタシだったら迷わず、一刀両断だなぁ」


「ですよねー。あの人はドラム缶ごとブッ飛ばしてたもんなぁ」


「ううん。斬るのは人形じゃなくて……作った本人を一刀両断だし。あたりまえじゃん」


「――ブヌボンッ! 俺ぇ、ぶった切られてるぅう!?」


 宗二郎は勢い余って(すす)っていたうどんで()せた。


「女帝に目を付けられて……宗二郎、明日まで生きていられるといいね」


「未来は、暗いな。考えすぎて――うどんの味がしないぜ」


「……………………宗二郎は先輩に謝ったの?」


「うんにゃ。タイミングがまるでなくて、そのまま」


 留歌子は失望を交えた溜息を出す。


「あ()ねぇー、宗二郎にとっては何気ない事なのかもしんないけどさぁ。めちゃ酷いことなんだから、謝らないとだめっしょそこは。宗二郎の刻印は悲しませるのダメなんでしょ? きっと先輩は怒ってる以上に、悲しんでるとおもうけどな」


「………………んう」


 確かにルカ子の言う通りだ。自分の刻印は誰かが悲しむ為にあるんじゃないと決めている。

 自分一人の力では、まともに起動できず、使うには必ず誰かの手伝いが必要になる。

 誰かを巻き込まなくては使えない刻印であるのなら、他人を笑顔にできるような――そんな刻印のあり方を望んでいたはずだ。つまり、今回の俺は完全に間違っていたわけで……。

 宗二郎は真剣に俯き、自分のしでかした事について、心の底から反省をするのであった。




 さて……反省に反省を重ねたとて。その罪状が軽くなるわけではない。

 むしろ、お仕置きは、まだ始まってもいないわけで。

 初日に何が待っているのか判らない宗二郎は、不安だらけでトレーニングスーツと体操着に着替え、指定された場所へ訪れていた。


「…………まず、逃げなかったことだけは良しとしましょう」


 昨日ぶりの石蕗祈理は――やはり宗二郎に対して最大の嫌悪を抱き、一人の男子生徒としてではなく、女子の敵として見ていた。

 周りには誰も居ない。ここまでしんとしている練習場を見るのは初めてだった。

 異様な雰囲気に飲まれている宗二郎は、これから何が始まってしまうのか、緊張で全身が冷えきっていた。

 周りの人間を入れないようにした配慮は、祈理によるものではなく、祈理が親身にしている講師――檜山颯太が作りあげた空間だった。

 彼は以前、教室を自分の空間に仕立てたように、練習場そのものを一つの密室に作り替えていた。

 十八区の魔力は薄い。異界の中心地。空間の大穴があるグラウンド・ゼロから絶え間なく魔力が漏れ出していて、そこから距離が離れれば離れるほど、大気に混じっている魔力は比例して濃度を下げるからだ。

 だが――各地にある固有刻印や魔術を扱える要因を持つ生徒を育成するため、一部の施設には魔力の計数を高めることが出来る()()が組み込まれていた。

 宗二郎達がいる数ある部屋の一つである練習場も、同じ作用が働いており、様々な初歩的な魔術を扱えるだけの魔力が滞留していた。その力を利用すれば檜山もまた、ある程度の時間は密室を作っておける。


「…………三十分。それ以上は維持できないし、外部の不審もあるから、やるならさっさとやること。いいな?」


 部屋の隅で、檜山はこの一年間――石蕗祈理から質問や教えを請われることはあっても、個人的な()()をもっての願いを口にされることはなかった。詳しくは話さなかったが、檜山からすれば何をしたら彼女がここまで感情的になって行動したのか……そして原動力となった少年。二人に興味があった。

 祈理は何も言わず、敬意をもって頭を下げ――宗二郎へ顔を向けるときには、敵意に満ちている、冷たく静かな形相に変わっていた。


「あのぉ。俺どうして着替えさせられてしまったの……でしょーか?」


 まだ相手が何を考えているのかも解らず、宗二郎はトレーニングスーツに着替えさせられた理由を祈理に問いかけた。

 石蕗祈理もまた、トレーニングスーツを着ていた。

 全身に張り付くように出来ているこのスーツは、あからさまに身体のラインが出てしまうので、上下にシャツとハーフパンツといった学校指定の運動着を着ることになっていた。



 ――いや。すごいな。初めて見た制服姿の時からスタイルが良いと思っていたのだが、実際こうやって薄着になると。うんうん。きっと()()せするタイプなのだろう。ちょっと俺ビックリ。コレだったらわざわざ首から下をすげ替えて作る必要なんて無かったんじゃないのかな? …………っというか、ココに立っているべきは、あの先輩だろ。ヤツだったら泣いて喜ぶだろうが、俺はなんとも思わん。ふざけんな。…………いや、嘘だ。……思うところがあるっちゃぁ、あるですけどな。なんとも思わない野郎がいるとしたら、そりゃあ思考回路がどうにかしちゃってるに違いないです。



「…………口に手を当てて、何をぶつくさ言っているんですか。つくづく変な人ですね」


「いえ! なんにもありませんッ! ごちそうさまです!」


 俺も馬鹿ではない。これ以上印象を悪くするような口走りをする前に、手を当てていたのだ。相手からしたらモゴモゴ言っている変なヤツでしかないだろう。もう指摘されちゃってるけど。

 与えられた時間には限度がある。祈理はすぐに話を始めた。


「私はとても心を痛めました……それこそ、昨日は気持ち悪くて、夜眠れないほどに」


「あ、あのその件につきまして、俺から言いたいことが……」


「いいえ! 上辺だけの言い訳は沢山です! 耳にも入れたくありません! どうせ今まで、口だけでのらりくらり(かわ)してきたのでしょう!? アナタのような生徒は何人も見てきました。自分が悪いのに自分のせいではないと、出てくる最初の言葉は自分を正当化させる申し開きだけ。あんな所で刻印を使っている時点で、厳罰は免れられないのですよ」


「…………ぅう」


 ――全て自分が悪いのは、まったくもってその通りである。ぐうの音もでない。


「だから、私はこの場を設けたわけです。どんな奉仕活動も、不名誉を(そそ)ぐ行為も、本心から行わねば、償っているとは言えません。私にはわかります。アナタはまた同じ行為をくり返す。……もう二度と、女の子を泣かせぬよう、私で最後にしたいと思います」


「………………俺、すげえ極悪人になってるような気がする」


「なにを言ってるんです。『ような』ではありません。不潔極まりない『超極悪人』なのです。十八区で歩けるところを余すところなく、牛に両足を繋いで引きずり回されてもおかしくはない大罪です。……うんしょ、うんしょ」


「牛、ですか。…………なんか、古風ですね」


 いつの間にか、彼女は話しながら屈伸運動や、腕を伸ばしたりと準備体操をし始めていた。


「まずは、その歪みに歪みきって、グニャグニャになった根性からたたき直すべきです。叩いても伸びないようでしたら、真っ赤になるまで焼きを入れてあげます。なんどもなんども叩いて、しっかり伸ばしてあげます。多少折れてしまっても構いませんよね?」


 金属を鍛える例えを使っているのだろうが、聞こえようによっては凄まじく物騒。


「えー、と。つまり?」


「ここまで言って答えを求めるなどと、砂糖菓子よりも甘い思考です。明確なシチュエーションから察せ無い時点で、感性がひん曲がってますね。わかります。根性以前の大問題です……いまから私と練習試合をするのです。通知にも書いてあったでしょう? 奉仕活動と()()()()()()って」


「バッ、何を言ってるんですッ!? 補習って机の上で勉強するとか、そういうのじゃあないんですかあ!?」


「まったくアナタ。つくづくぬるいですね。……しっかり授業を受けていますか? 椅子に座る以外にも、しっかり身体を動かして授業をしているじゃありませんか。まさかと思いますが、立ちながら寝てたりしているのではありませんか? 異形と戦う為の基礎訓練。これも立派な授業の一つですよ。基礎訓練を真面目にやらないから、余計な体力を不正行為にあてがってしまうのです」


 先輩の盗撮写真で見たときは笑顔で可愛いかった。……前で立っているご本人は、眉に慣れない皺をよせたまま。こんなヤツに笑顔すら見せたくないと言った、嫌悪と敵対心の満ちた表情。


「お、おれどうすりゃあ良いって言うんですかい!?」


「今まで学んできたことをフル活用すればいいでしょう。私に一撃でも与えることができたら、終了とします。魔術でも剣術でもかまいません。どうぞ好きなように。補習という形になっていますが、ココで起こったことは特に正式な成績の一つとしては加算も減点もされませんので、安心してください」


「ムリムリ! 俺、魔術使えないんだって! 魔力を取り込めないんですって!」


「…………へえ。それは残念(好都合)です。魔力の(とぼ)しい校外で刻印はお金を貰って使えるというのに、訓練場での出来事になると魔力すら使えないなんて、都合の良すぎる下手な嘘つきです。仮にアナタの言うことが本当だとしても、自分の無能さを恨むべきですね。実際の戦いでは、泣き言は通用しないんです。憶えておきなさい……さあ、向こうのラックにかけてある剣を取りなさい。取らないというのであれば素手で来るものと判断し、容赦なく始めます。むしろ素手の方が疲れずに済むと思いますよ。接近戦に持ち込ませるつもりはありませんので」


 どうやっても彼女は訓練という名の極刑を止めてくれる気は無いらしい。

 先輩が持っている実績や能力、学年差から来る学びの差。対して俺は、刻印すらまともに起動できないポンコツ人間。成績なんてのは首皮一枚で繋がっている程度の半端者だ。どこをどう計算しても――いや、そもそも計算せずとも勝算が見出せない。

 何もない平地。隠れられる場所もなければ、逃げる所もない。終わった。確実に終わった。

 めっためたに痛めつけられて、こんなの理不尽だと、不満を垂れている自分しか見えない。

 ただ……どういうわけか、負けるのが解りきっていても、負けるのを拒否している心根が憎い。

 自分の無能を恨むべき――。わかっている。そんなの。でも、このフェアじゃない能力を、無能とコケにされて、黙ってはいられるほどお人好しじゃない。

 どうしようもない現実とか、不条理な展開に、どうも挑みたくなる(くせ)

 ――なんだか、コレを乗り切れれば、俺は自分に自信が持てる気がして。

 何もできなかった、無力に泣いた()()()を精算できる足しになる、勝手な理屈があるわけで。

 もし勝てれば、誰かを助けられるような自分に近づける錯覚が得られる――気がする。



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