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――――まさかまさかの、ご本人登場。
ドラム缶の上の贋作と、実物を交互に見て。
「やべえ。マジで傑作じゃん。自信なかったけど、あんがい、いけるもんだな」
自分の作りあげた物の精巧さに、焦るよりも自分の能力に自信をつける。
「…………………………………………ぁ」
マイペースな宗二郎であったのだが、ようやく遅れて状況を理解したようで、徐々に全身の血液が降下してゆくのを感じた。
「つ、つつ……石蕗さん!?」
現場を見られてしまった先輩はただただ、しどろもどろになるだけで、もはや壊れたからくり人形状態になっていた。
「まさか、本当に固有刻印を使って金銭を得ていたなんて……養成所の生徒として恥をしるべきですッ!」
剣幕鋭く。そして彼女から放たれている威厳は、二人を気圧すには十分な効力を持っていた。
「あれ? アナタ……確か橋の向こうの河川敷にいた…………ううん。いまはそんなのどうでも良いです。さあ。観念して――然るべき罰を受けなさい。まさか私から逃れられるなんて思っていないですよね?」
祈理がゆっくりと硬直したままの二人へと近づき――ようやく彼女にも、ドラム缶の上で何が作られ、そしてソレを金銭と交換していたのか、頭の回転が速い祈理は、すぐに理解できた。
「え? わた――ぇ? な、…………ハナッ!? ナッ!? ナぁッ!?」
ドラム缶で自分が身につけたこともないような水着を着て、セクシーポーズ。
さも、本人が着て、その姿勢をとっているかのような、奇妙にして飛び抜けた羞恥に塗れた祈理の顔は病的なまでに赤くなっていた。
近づいていたはずの、祈理が一歩、二歩とさがる。あまりにも不潔な現場の当事者にされていた事への嫌悪感に唇が震え、涙ぐむ。
「ななななななんですかあぁああああああああそれぇええええええええええええっ!」
祈理が憶えている中で、ここまで大声を出した事はいままでなかった。
人生初めて。――悲鳴寄りのビッグヴォイス。
目がグルグルする。異常な混乱状態。ショックで気絶しそうになりながらも。
わなわな震える手が、自分――ミニ祈理を指さす。
沸騰した血液で湯だった脳が、まともな思考を行ってくれない。
「………………あ、あなた。貴方が作ったのですか!?」
真っ赤な顔のまま、震える唇を止めようと、きゅっと噛みしめ、怒りを顕わにする。
この事態を作りあげた張本人である先輩。祈理の剣幕に自慢の強面も顔無しである。
彼は首を千切れんばかりに左右へ振り、祈理に対して理解を求めようとした。
「違うんだ! コイツがこんなものを作っていたのを、ボクは注意していてッ!」
人を脅しつけて、無理矢理に作らせた犯人に対し、今度は宗二郎が怒る番だった。
「ハァアアアアアアアアアア!? ふッざけんなよ! どうして俺がそんな悪趣味な事をしなきゃいけないんだよ! 誰が好きこのんで、こんなもん作るかッ!」
「――――こ、こんなも、ん?」
思わず口走ってしまったことが、悪気無く相手の逆鱗に触れてしまう事は、極たまにあるケースだ。そんな『極たま』が宗二郎の口から溢れ出てしまったことに、本人は全くの無自覚だった。
「貴方はもういいです。いまは私的な感情よりも……問題は魔術を学校外で使用したという行為。使った本人に問い糾さなければいけない事があるので……」
閻魔様からお許しを戴き、先輩は視線を合わせようとせず、バッグを拾って駆け足で逃げた。
一人残された宗二郎は、問答無用で底無しの穴に放り込まれた気分。生きた心地がしない。
凄まじい威圧感。外から見ていた時とは違って、当事者として矢面に立たされるとなると、緊張の度合いが違う。そそくさ逃げた先輩とは――格が違う。
自力で立っているのも辛いほどの衝撃を受けたのか、祈理は右にフラフラ。左にフラフラ。近くの壁に寄りかかり、背中を向けたまま頭を深く落とした。
「し、信じられない……こ、こんな屈辱――屈辱どころの騒ぎじゃないです。もう酷い。酷すぎる。メチャクチャ。悪夢……悪夢です。――心なしか気分が悪くなってきました」
作ったとき以上の罪悪感に包まれた宗二郎は、ようやく自分がしでかした罪の重さに気がつく。
「だいじょうぶ――で、すか?」
振り返ると、目には恐ろしい敵意の光があった。
「………………アナタ。ほんとうに最低ですね。とんでもない下品。こんなもの勝手に。しかもこんな卑猥な――私のソックリを勝手に作るなんて、人として最低ですっ」
「いててっ」
強い魔力を感じた。強いどころの騒ぎじゃない。
頭の中にある固有刻印がビリビリ警報を鳴らし、
さらには身体じゅうにある〝破片〟が軋み、痛覚を発生させる。
――人が手術が必要なほどの骨折をすると、骨自体を固定させるために〝ボルト〟と呼ばれる金具が埋め込まれることがある。この金具は天候によって体内で痛みを発生させるという。実際に体内に入っていない限り、一生体験することの出来ない痛み。
宗二郎の痛みとは、単純に天候が魔力に置き換わっただけの現象であった。
「こんなものは……こうですっ」
強く睨み見つけたまま伸ばされた手が、凶器に見えた。何かが来ると直感が告げる。
宗二郎が頭を守りながら駆け出し離れるのと……。
祈理の手から強力な空気圧が放たれたのは、ほぼ同時。
……〝ぼわッ〟という音。目に見えない力がぶつかる音。そして突風。
地面に倒れ込んだ宗二郎は、すかさず首を回して〝ぼわッ〟が何をしたのか見る。
――――ドラム缶が空を飛んでいた。
大きく〝くの字〟にへこんだドラム缶が宙を舞う。石蕗祈理を模して作られた彫像はドラム缶の比ではなく。突風の暴力を受けて微塵となっていた。
原型を失った破片とドラム缶が地面に落ちる。落ちた衝撃で缶から雨水であろう汚水が流れ出た。水の入ったドラム缶が飛ぶだけの衝撃がどれほどのものなのか、冷静さを欠いた宗二郎でさえ、本能的に理解させられる。彼女の手から放たれた〝ぼわッ〟は、ゾッとするほどの破壊力を物語っていた。
地べたに座ったままの宗二郎に対し、祈理は酷く冷たい目で、先ほど空気圧を放ったばかりの手を向ける。白くキレイな手。だが今の宗二郎には殺傷力十分の砲身を向けられている気分であった。
「学生証を出して。アナタには……重い罰を与えます。覚悟しなさい」




