魔女、小金稼ぎに出る。
「ノア、今日は森に行けるかしら?」
夜永は、読書をしていたノアに声をかける。
先日プレゼントした本を、辿々しくも着実に読み進めているノアはやはり勤勉だ。知らない単語が出てくると、文字だけでなく意味まで理解しようと逐一夜永に聞いてくるのだ。
集中しているところで申し訳なかったが、気にした様子もなく本をパタンと閉じたノアは首を傾げた。
「魔獣狩ってくる?」
「食料調達ではないの。でも、いつもありがとう。感謝しているわ。そうではなくて、今日は別の用事で付き合ってもらいたいの」
「別の用事?」
「そう。小金を稼ぎに行くわ」
「小金…」
「お金の事よ」
「……お金、ないの?」
「あるわよ」
ノアがまた首を傾げる。ならどうして?と言いたげだ。
「あら、今あるものを増やすのに理由が必要かしら」
「……必要ないの?」
「ええ。無くなったら困るでしょう?だから、余裕のある内に準備しておくのよ」
「そうなんだ」
ノアの中では、無くなったら調達する。潤沢なうちはまだ大丈夫という感覚なのだろう。
金銭に限らず、日常の物事を考える上では、目の前の事だけではなく、将来の事まで見据えて備えておくのは生きていく上で大切だ。
「魔獣は?」
「備蓄用がまだ残っているから狩らなくていいわ」
「いたら?」
「無益な殺生はいけないわ。放っておきなさい」
「襲ってきたら?」
「……その時はお願いするわ」
「うん」
この森には獰猛な大型の魔獣も多い。自分一人では、襲われたらどうしようもない、と判断し、夜永はいざとなったらノアに任せる事にした。
夜永からのお願いに、ほんの少しだけ表情を緩め、どこか嬉しそうに頷くノア。
何故そこまで嬉しそうなのかは分からないが、これも成長の一つだと思えばそんな疑問もどうでも良くなった。
「何するの?」
「この時期にしか採取できない薬草があるのよ。森の奥に自生している植物で、ノアにはその採取を手伝ってもらいたいの」
「分かった」
今日求めている薬草は少々危険な土地にあり、日頃から森へと繰り出して魔獣を狩っているノアが同行してくれるのなら、これほど心強い事はない。
快諾してくれたノアは、すぐさま立ち上がると入り口へと向かう。
何も持たず出て行くつもりだろうか。
狩りであれば、必要な分を抱えて持ち帰ってくれば良いが、薬草は種類も豊富だ。それに大量に必要で、とても両手で抱えて持ち帰れるものではない。
「ノア、装備を整えてから出かけましょうね」
「?うん?」
いつも薬草を採取するのに使う籠を手に取り、動きやすい服装に着替える。
待たせていたノアと合流して、家を出た。
*****
「ノア、足元の薬草を取ってくれるかしら」
「これ?」
「それは毒草ね。口に入れたら死ぬわよ」
「毒、効かない」
「……そういう問題ではないわ。薬草はこっちよ」
「……同じ」
「別物よ。葉の形が微妙に違うでしょう?」
分かりやすく、薬草の葉と毒草を比べてみる。
茎の伸び方は一緒だが、毒草の方は葉が細く、薬草の方は微妙に丸みを帯びている。
違いは微々たるもので、ある程度見慣れていないと難しいのかもしれない。
「そして、これが軟膏に使える薬草。これは毒草。こっちのは高く売れるわね」
一つ一つ、丁寧に指差して口頭で教えて行く。
詳細な見分け方については、簡単な薬草の本が家にあるからそれを見ながらノアにもう一度説明してあげよう。
*****
「へえ、状態が良いじゃないか」
「ええ。それで、いくらになるかしら?」
「そうだねえ、このくらいでどうだい?」
「あら、まあ…」
採取した薬草を薬屋に売りに行き、店主である老齢の女性と金銭のやり取りをする。
ノアが頑張ってくれたおかげで、割と良い値で売れた。
これで今日はノアに何か美味しいものでも買ってあげよう。
何がいいか、と考えながら腰に下げた麻袋に受け取った金をしまう。
「それにしても……なんだい、あの子供は」
店先でしゃがみこみ、歩いている鳥をぼうっと眺めているノアを店主が指差した。
「戦災孤児でね、拾って育てているのよ」
「あんたも物好きだねえ」
「ふふ、お互い様よ」
ノアの素性を隠すため、嘘を織り交ぜながら軽く立ち話をする。
常にフードを被り、危険な森に自生する貴重な薬草を売りに来る不審な女から毎度買い取ってくれる奇特な女性。
夜永にとっては、あまり深入りして来ないため付き合いやすい相手だった。
「ああ、そういえば今日はすぐ側の広場で屋台が出ていたよ」
「そうなの?帰りに寄ってみようかしら。ありがとう」
そこで話を切り上げ、礼を言ってノアの元に向かう。
「ノア。待たせてごめんなさいね。行きましょうか」
夜永が声をかけると、一瞬鳥に目をやり、少しだけ名残惜しそうにしながら立ち上がる。
街の出口ではなく、広場の方に向かう夜永に、ノアは不思議そうにした。
「帰らないの?」
「今、屋台が出ているんですって。折角だから食べて行きましょう」
夜永は手を差し出し、ノアも当然のようにその手を取る。
言わずとももう、ノアには伝わるようになっていた。
広場に出ると、沢山の食べ物屋が軒を連ねている。
「ノア。何が食べたい?貴方の好きな物を食べましょう」
問いかけると、屋台を見回し、悩む素振りを見せるノア。
やがて小さく口を開き、一軒の屋台を指差した。
「……あれ」
「串焼き屋ね。美味しいわよ。ノアもきっと気に入るわ」
ノアの手を引き、屋台へと足を向ける。
一緒に暮らすようになってから、ノアは好き嫌いせず出された物は何でも食べる。中でも肉が好きらしく、ステーキが出た時は特に良く食べてくれる。
串焼きを2本買い、近くの噴水の側に座ってノアに一本差し出す。
焼き立ての肉に、小さな口で大きく齧り付くノア。その姿を見て微笑ましさを感じながら夜永も口をつける。
「んっ!……これ、しょっぱいわ」
胡椒が効き過ぎている。ノアは顔色一つ変えずに食べている事から、夜永の方だけ異様に胡椒がかかっているようだ。
ツーンとした刺激に思わず顔を顰め、食べるのを渋っていると、隣からふっと小さく吹き出す声が聞こえた。
見れば、夜永を眺めてノアが僅かに口元を緩めている。
ノアが、笑っている。初めての自然な笑顔だ。
求められて笑ったのではない。ノア自身から自然と零れた笑顔だった。
「……そんなに面白かったかしら」
「ううん」
ノアは夜永から顔を逸らし、また串焼きに齧り付く。
その様子は、いつもと何ら変わらない。
この穏やかな日常がいつまでも続けば良いと思いながら、夜永も肉に口をつけた。




