魔女、軍と邂逅する。
「ーー見つけたぞ」
街を出て、馬車を捕まえるため街道に出る。
舗装された道がしばらく続き、街から少し離れた頃。
声をかけられた瞬間、ノアが来た道を振り返り、夜永を守るように前に立つ。
敵意の籠った声に反応したのだろう、動きに迷いはなかった。
鎖帷子を身に纏った数人の男達。
見たところ先程の街の常駐兵だろう。
街を巡回するのが役割のはず。何故ここにいるのか。
……もしかして、ここまで尾行されていたのだろうか。
ちらり、と夜永はノアを見る。
「ノア。もしかして気付いていたの?」
「うん。でも、何もされなかったから」
「……だから放っておいたのね」
「うん」
夜永は頭を抱えた。
そうだった。元々物事に頓着しない少年なのだ。ノアは命令されなければ無差別に人を襲う事はない。
ノアには十分警戒し、何か異変があったら知らせるようにと言っておけば良かった。
ここに来て夜永は、注意を怠った事を後悔した。
「報告は受けている。お前が4601番だな」
4601番とは、ノアの事だろうか。
確認するようにノアを見れば、本人も意味が分からなそうに首を傾げていた。
覚えがないようだ。
「聞こえているだろう、4601番」
「……僕、ノアだけど」
片や相手を番号で呼び、片や自分を名前で名乗っている。
だが、認識の相違があるとは言え4601番は恐らくノアの事で間違いない。
奴隷にも管理番号がある。単純に、これまで呼ばれなかったからノア本人はそれを認識すらしていないのだろう。
「街で見かけた時は驚いた。本当に報告通り赤い目をしているんだな。分かりやすい特徴で助かった」
むしろ奴隷時代は、瞳の色以外に特徴がない少年だったのだろう。
拾った当初、髪は伸び放題、髪色はくすみ、今よりもずっと体は痩せ細っていた。
身体的特徴がほとんどなく、判別できるのは赤い目くらいだったのかもしれない。
「確認する。首輪を見せろ」
今度はノアがちらりと夜永を見る。
夜永は黙って頷き、フードを外して良いと許可を出す。
ここまで確信を与えているのなら、ここで逃げても無意味だ。
夜永に促され、ノアがフードを外す。
細い首には当然、首輪は嵌っていない。
「首輪がない…。やはり、首輪の信号が消失した奴隷で間違いないな。こいつは4601番だ」
男達は頷き合い、2人に距離を詰める。
先頭の男が腰の剣に手をかけ、告げた。
「4601番、投降しろ。今ならまだ手は出さない」
夜永を後ろに庇いながら、ノアが一歩前に出る。
残念ながら、その手の脅しはノアには効かない。
彼は、自分が強い事を自覚している。
「しない」
ノアがはっきり告げると、男達に動揺が広がる。
報告にあった4601番にとって、命令は絶対。拒む事はないと思っていたのだろう。
だが彼はもう4601番ではない。名前をもらった1人の人間。今はただのノアだ。
警戒を強めた相手の反応は早かった。
ノアに一気に間合いを詰めると、腰から抜いた剣を振りかざし、切り掛かる。
だがその動作はあまりに大振りで、隙が多かった。
ノアには緩慢な動きに映っただろう。
即座に反応したノアは、姿勢を低くし剣を避けると、相手の足を払う。
バランスを崩した男の手を叩き、剣を落とした。
剣を持った相手を丸腰で軽くいなす。敵わない相手だと悟った男達は、ノアから距離を取った。
すると、男の一人が夜永に視線を向ける。
男達は目配せをし、数人で2人を囲むと、一斉に動いた。
ノアに襲いかかると同時に、残りが夜永を狙う。
経緯は分からないが、4601番と行動を共にする女。こっちを狙った方が勝機があると判断した結果なのだろう。
それに気付いたノアが、自分に向かってくる男達を無視して攻撃を躱すと、真っ先に夜永を狙った敵の懐に潜り込んだ。
「ノア!」
急所である首を狙ったノアの攻撃を、夜永が咄嗟に声を上げて止めた。
一瞬動きを止めたノアは、すぐに蹴り技に切り替え、素早い動きについて来れなかった男の腹部に命中する。
剣を取り落とした仲間を見て、残りの男達がたじろいだ。
その一瞬を夜永は見逃さなかった。
「こっちへ来なさい!」
その声に、ノアは考える前に夜永へと駆け出していた。
彼女が伸ばした手を、ノアが掴む。
その瞬間、2人の足元から光が溢れ出す。
目が眩んだ男達が目を開けた時には、2人の姿はもう無かった。
*****
転移魔法で森へと移動した2人は家路を歩いていた。
夜永は、色々な事が起こり過ぎて半ば混乱していた頭を整理する。
歩きながら、隣を歩くノアを見やった。
胸がざわつく。
先程、首筋を狙ったノアの攻撃は明らかに相手を殺す一撃だった。
自分の時は相手を転ばせるだけに留めたのに、敵の攻撃が夜永に向いた瞬間、ノアはいとも簡単に殺人に手を染めようとした。
自我が芽生え始めたノアが、自分の意志で判断し、人を殺す。
それも、自分のためではなく夜永のために。
そんな事はあまり考えたくなかった。
危うい少年を想い、今は嫌な想像に蓋をする事にした。




