魔女、自身の出自を語る。
ウィンターに案内された食堂は、意外にも綺麗にされていた。
テーブルに埃が積もっているため、単純に普段使われる事がないからだろう。
埃を綺麗に拭き取り、手ずからお茶を入れに行く。
自身は紅茶、ノアには搾りたてのフレッシュなアップルジュース、ウィンターは……水で良いか。
泥水を掬って来ないだけマシだ。
普段夜永からぞんざいな扱いを受けているウィンターは、煮沸消毒されただけの水でさえ大げさに喜んだ。
「さて、何から話そうかしらね」
カチャ、とティーカップを受け皿に乗せ、何をどこまで話すか思案する。
今後の自分の言動で、万一にもノアを不安にさせないよう、全て話した方が良いかもしれない。
隣に座り、コクコク、とジュースを飲むノアに視線を向ける。
フレッシュジュースは気に入ってもらえたようだ。
飲み終わるのを待ってから頭を撫でると、ノアはくすぐったそうにする。
夜永は、遠い昔の記憶を掘り起こす。
それは魔女の、悲しい生き様。
*****
今からおよそ900年前。
ドミニアから遥か遠く、東の国に少女はいた。
赤子の頃、口減しにより山に捨てられた彼女は、人間の子供を哀れに思った山の主によって拾われた。
山の獣達は皆、彼女を気に入り、毎日のように花や食物の贈り物をし、可愛がった。
だが、所詮は獣。人間の少女よりも先に子孫を残して死んで行く。一人になるのを可哀想に思った山の主は、彼女に神格の力で、最初で最後の不思議な贈り物をした。
「これで、お前は歳を取らなくなる」
授けられたのは、彼女が18の歳だった。
『いつか、一人では無くなるその時まで』
そんな願いを込めた山の主は、力を使い果たし、翌年死んだ。
その瞬間から、彼女の身体の刻は止まった……かのように思えた。
山の主が世代交代を迎え、新たな主は彼女を仲間と見なさず山から追い出した。
食事も睡眠も必要ない彼女は、各地を転々とした。
数年が経った頃、彼女は気付いた。
人間の不幸を吸うと寿命が延びて行く事に。
きっかけは、人間の子供が戦火で親を失い泣いているところに出くわした時のこと。
その子を可哀想に思い、一緒に泣いてあげた。
その瞬間、不思議な感覚が体を包み、次の瞬間にはあれだけ悲しみに打ちひしがれていた子供は無邪気に笑顔を見せた。
まるで、何も悲しい事などなかったかのように。
それからも似たような事が続き、彼女は気付く。
衰えを感じていたここ数年で、一番体調が良い事に。
転んで痛みに悶える者。小さな不幸は数日程度寿命が延びる。
戦で何もかも失い放浪している者。大きな不幸は数年程度寿命が延びる。
彼女自身、不幸を摂取しなければ歳を取ることをようやく悟った。
以前よりも成熟した大人の身体になったことを感じていたからだ。
かつての山の主に貰った力の根源を知った頃、見た目は25歳程度になっていた。
それからの行動は決まっていた。渡り歩く中で出会った者の不幸を吸い取り、自身の糧とする。
見た目の変わらない彼女は、同じ地に長くは留まれなかった。
その内に彼女は国を超え、大陸を超え、軍事国家・ドミニアへと流れ着いた。
それから紆余曲折あり、人間に紛れて生活する事に辟易した彼女は、魔物の闊歩する森は人の目に触れず、都合が良いと住み着いた。
それから数百年、一人で静かに暮らす傍ら、気まぐれに街に出ては不幸を吸う。不幸を吸っては静かに暮らす。その繰り返し。
別に長生きしたい訳ではない。何か成し得たい事がある訳でもない。
ただ、異端の目で見られる事にも、迫害される事にも疲れて、どうでも良くなってしまった。
変わらない日々の中、出会ったのがノアだった。
何も知らずに生きる、世界の理から外れた子。
長い時の中で初めて出会った、自分と同じ、本当の意味で何も持たない不幸な子。
だから、拾ってしまったのかもしれない。
同情したからでもなく、この子自身に興味があったのかと問われれば、それもよく分からない。
ただ、側にいれば何かが分かるかもしれない。世界から隔絶された世界で生きる者の気持ちが。
自身の事をよく知らない彼女は、知りたかったのだ。
*****
「これでおしまい。どう?つまらない話だったでしょう?」
話し終えた夜永は、最後の紅茶を飲み干した。
喉が渇いたと、お茶を入れに食堂を出る。
「ううーん。ワタクシは魔女の生き様は非常に興味深いと思うケドねえ」
ウィンターの面白がる声を最後に聞き、後ろ手に扉を閉めた。




