魔女、少年と心が通う。
「体調はどう?」
「大丈夫」
「目が覚める前の事は覚えているかしら?」
矢継ぎ早に問うと、ノアは首を傾げて、思案するように沈黙した。記憶を辿っている。
「あ」と声を上げたノアは、真っ直ぐに夜永を見つめる。
「帰って来いって言われた。北方の国に侵攻するから、本軍と合流しろって」
「それで?」
「嫌だって思ったから、無視した。そしたら体が痺れてきて、段々痛みを感じてきて、それが耐えられなくて、その後は……覚えてない。気付いたら寝てた」
床をのたうち回るほどなのだ、相当の苦痛だっただろう。痛みに慣らされたノアでさえ、顔を歪めて叫び声を上げていた。
ノアは電流を「痛い」と表現した。言葉通りならば、それは想像を絶する痛みだったに違いない。
「どうして命令を無視したの?もしかして……死んでも良いと思った?」
語尾に行くにつれて低くなる夜永の声は、非難するかのようにノアを射抜く。
ノアはビクリと体を揺らし、悩むように目を逸らす。
珍しく、動揺が透けて見えている。
「ノア」と強い声で名を呼べば、躊躇いがちにノアは口を開いた。
「夜永と、一緒にいたかったから。軍に戻ったら、もう二度と会えないと思った。だから、無視した。……でも…」
言い淀むノアはシュンと項垂れ、まるで捨てられる寸前の子犬のよう。
「でも、死んでも良いなんて思わなかった。死んだら、夜永と一緒にいられなくなる、から……だから…」
「お馬鹿さん」
コツン、と指先でノアの額を小突く。
額を押さえて、潤んだ瞳でノアは夜永を見る。
「命令に背いて死んでしまったら同じ事よ。そうなってしまったら、結局一緒にはいられないでしょう?」
「うん…」
「だけど、私と一緒にいたい。その気持ちはとっても嬉しいわ」
夜永は安心させるように微笑むが、ノアはそれでも浮かない顔だ。
ルビーのような真紅の瞳の色が翳る。
「命令には従いたくない。でも、死にたくない。生きて夜永といたい」
「ノア」
「どうしたら、いいの…?」
「ノア。そんな命令、聞く必要なんて無いのよ」
「でも…」
「だって貴方はもう奴隷ではないもの」
「……え…?」
パチパチ、とノアが目を瞬く。
意味が分からない。そんな様子だ。
夜永は、ノアに見えるよう手鏡をかざす。
首に嵌められた忌まわしい異物は、どこにも無かった。
「首輪、ない」
首元に触れるノアは、信じられないと言うように何度も何度も触って確かめる。
瞳の奥。宝石のような煌めきが戻り、キラキラと星が瞬く。
「気付かなかった?」
「……頭が軽くて、少し首がスースーすると思ってた」
常にそこにある物だったから、気付けなかったのだろう。
当面の問題は解決した。
「ノア。これからはもう、何にも縛られる事はないわ。不当な扱いを受ける事もないし、誰も貴方を責められない。嫌な事は嫌とはっきり言って良いの。貴方はもう、自由なのよ」
この世の不条理というものは、すぐには変わらない。
たとえ近い未来に、全ての人間が対等な存在になったとしても、夜永にはそんな事関係ない。
彼女が最上の愛情を注ぐのは、目の前の、可愛く愛しい一人の少年だけ。
他の者などどうでも良い。ただ、この子がいてくれるのなら…。
バッとノアが夜永に抱き付き、彼女はそれを受け止める。
「僕、一緒にいても良いの…?」
「ええ」
「迷惑じゃない…?」
「全く」
「夢じゃ、ない…?」
「夢だったのなら私が困ってしまうわ」
「そう。そう、なんだ…」
ギュウッと回した腕に力を込めたノアは、夜永の胸元に顔を埋める。
表情は窺い知れないが、声はどこか掠れており、感無量といった様子だ。
“一緒にいたい”
図らずも同じ想いを抱いた二人の間には、隔てる壁など最早無かった。
穏やかな空間に、横槍が入る。
「ワタクシ、もう喋っていーい?」
「空気をお読みなさいな。それか即刻出てお行きなさい」
「ここ、ワタクシのお家…」
シュンと肩を落とすウィンターは、部屋の隅でキノコを栽培し始めた。
薄暗く湿気の酷いこの塔で栽培するのなら打ってつけだが、ここでやらないで欲しい。
目の届かない場所、もしくは自分の部屋でやれ、と言いたくなるのをグッと堪える。
少なくともこの男はノアを助けてくれた恩人だ。
しばらくは無下にしないでおこう。今し方、厄介払いしようとしていたことに対しては素知らぬフリをする。
が、そこは自力でモチベーションを上げるポジティブ思考の持ち主。あっという間に立ち直り、忘れたかのように明るく振る舞う。
「あそうだ!魔女、実験に付き合ってくれてアリガトね!おかげで興味深いデータがとれたヨ!」
「実験?」
意外にも、真っ先にノアが反応を示す。
「そうだヨ!魔女には、キッズを助けるためにちょぉっと危険な人体実験に協力してもらったんだ!いやあ、なに、死ぬものじゃないから安心ーー」
「夜永に、何したの」
言いかけたウィンターに素早く近付き、逃がす間も無くその首に手をかける。
今は力が入っていないが、返答次第ではポッキリ首の骨でも折る勢いだ。
表情こそ変わらないものの、それほど凄まじい圧迫感があった。
普段のノアと何かが違う。この短時間で、ノアの中でどんな変化があったのだろうか。
「ノア、落ち着いて。私は大丈夫だから」
「でも、危険な人体実験だって言った」
「ウィンターは死ぬものじゃない、とも言っていたわ。大丈夫よ、私は死なないから」
「でも…」
「私が死ぬ事はないのよ」
気を使って言った言葉かとノアは思っていたが、「死ぬ事はない」とまで言われてしまえば、受け入れるしかない。
が、その言い方はどこか含みがあり、ノアにはそれが気になった。




