少年、大切を見つける。
残酷描写が含まれております。
ご注意ください。
夢を見た。
遠い昔のようで、ごく最近まで当たり前だった夢。
「おら、早く行け!今日の役目は終わりだ!さっさと入れ!!」
その日の任務を終えて、掃き溜めのような部屋へと戻る。
部屋とは言いつつ、そこは窓もない、鉄格子の嵌められた壁も床も石造りの場所。
広さ8畳ほどの空間に、15人、時には20人ほどが押し込められ、寝るためだけに戻される。
一日の大半を軍の最前線で戦わされ、一体何人の血を見て、一体何人の命が絶え、一体何人がここに戻って来られるか。数えた事はない。
物心ついた頃には、既に奴隷の烙印を押されていた。
殺し方を教え込まれ、拷問のやり方をその身で体験し、死なないギリギリで実験に使われ、当然毒にも慣らされた。
捕まって口を割られないように、機密事項は一切知らされない。戦いに身を置くことしか知らない、軍に使役されるだけの戦闘集団。
朝は薄味の具無しスープ、昼は無い、夜は硬いカビたパン。食事は満足にもらえない。人が減る。
寝る時は横にもなれず、布団もない。固い地面に座り、身を寄せ合って眠る。夏は熱暑、冬は極寒。人が減る。
トイレにも行けず、排泄はその場でするため、感染症のリスクが常に付きまとい不衛生。人が減る。
毎日毎日、同じ事の繰り返し。
死ぬ事でしか解放されず、死ぬ事でしか自由になれない。誰かがそう言っていた。
生きていても価値は得られず、どれだけ殺しても武勲を上げられることはなく、賞賛もされない。
寧ろ最底辺の存在だと後ろ指を指され、民衆からも石を投げられる。逆上して民衆を襲った奴隷は処分された。
その光景を尻目に、その状況を俯瞰して見ていた。
この人達と自分は、何が違うのだろう。何をもって奴隷を底辺たらしめる根拠にするのだろう。
清潔さ?着ている服?身につけた宝飾品の数?
姿形は皆似通った者なのに。不思議だ。
生き地獄、とは誰が言ったのだろうか。この環境でしか生きた事のない自分には、これが地獄なのかも分からないというのに。
捨てられた、と思った時には喪失感でいっぱいだった。生きていても死んでいても何も変わらない。
明日来るかも分からない、この世界から見放されたちっぽけな存在でしかないのに、何故だろう。心のどこかでホッとした。
乱暴な言動は耳鳴りがしてくるし、怒られると頭が真っ白になる。傷を負えば痛いし、心無い言葉には胸がギュッと締め付けられる。常にある当たり前の日常に、呼吸が苦しくなる。
捨てられたという事は、命令されなくなる不安と引き換えに、それらが無くなると言う事。
息ができる。苦しくない。でも、これが自由というのなら、やはり不安になるから欲しくない。
どっちつかずな感情が濁流のように押し寄せてどうしようもなくなった時、夜永に出会った。
初めて知った。人間として扱われるという事を。
食事を摂るのは当たり前。布団で眠るのは当たり前。体を清潔にするのは当たり前。
当たり前が更新されていく日々。
同じ当たり前でも、空気が澄んだように思い切り息ができる。
そうか、確かにあの頃の生活は生き地獄そのものだった。
あの頃には戻りたくない、と思ってしまった。
知らなければ抱く事はなかった未来への、希望。
知らなければ捨てられる事を恐怖しなくて済んだ、絶望。
夜永が全部くれた。夜永は良い人だ。
だけど、と不安になるのだ。
この人も自分を捨てるのだろうか。この人も僕を人間以下に見ているのだろうか。
だが、触れた指先は優しくて、ひんやりとした体温が心地良い。いつも笑いかけてくれる。寝る前にはいつも親愛のキスをしてくれる。それに返すと、頬を緩めて嬉しそうにしてくれる。
何も持たない僕を、見返りも求めず、ただ側に置いてくれるだけ。何も要求される事はない。
不思議で仕方なかったが、それに順応した自分の心は確かに温かく、幸福に満ちている……気がする。
失いたくない。これが、会ったばかりのあの男が言う大切だとするならば、壊させない。僕が守る。
*****
硬い感触に、目が覚めた。
一瞬、元いた場所に押し込められて、幸福が全部夢なのかと思って喉がヒュッと鳴る。
だが、今自分が寝ているのはただ硬いだけのベッドで、脇には、椅子に座り込んだ夜永が静かに眠っている。
薄暗い部屋の中、微かなランプの灯りだけが夜永の顔を照らしている。
美しい寝顔をじっと見る。普段は何を考えているか分からないような表情で笑みを浮かべる夜永の、安らかな寝顔。
初日以降、部屋が別れて見る機会はなかった。
不躾だろうが、まじまじと見つめてホッとした。
良かった。これは夢ではなく、現実だ。
もっと近付いてよく見ようと、そうっとベッドから地に足を着けた時。
「グッモーニングエブリバディ!朝ですよー!起きてぇー!!ワタクシ寂しくて死んじゃいそう!」
バアンッと扉が開け放たれ、ウィンターが顔を出す。
パチリ、と夜永の瞼が持ち上がり、鬱陶しそうにウィンターを見やる。
と、目が覚めていたノアをその目に映し、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
「おはよう」
「……おは、よう」
胸がキュッと締め付けられて、頬が熱くなるのを感じる。
顔には出ていないだろうが、パッと反射で夜永から目を逸らした。
心臓がドキドキうるさい。……自分は一体、どうしたというのだろうか。




