魔女、少年を案じる。
「さてさて、ワタクシは天才魔法使いであり科学者でもあるウィンター・クラメル!長ーい付き合いになるだろうから、以後お見知り置きを。よろしくネ!」
ノアの手を掴み、腕をブンブンと振って挨拶をしたウィンターは、勢いのままがっしり手を握る。
ぐっと顔を近付け、じっくりとノアの澄んだ瞳を観察する。
至近距離で見つめられ、居心地悪そうにするノアだったが、無理に振り解こうとはしない。
「うん、キミいいネ!すんばらしい研究材料だ!是非ともワタクシに眼球を見せーーギャフンッ」
「お止めなさいな」
ウィンターの足を蹴り転ばせると、何とも下品な声を上げて地面に顔面強打した。
起き上がれないよう、ヒールの先で頭をグリグリと足蹴にする。
いっそこのまま地にめり込んでしまえばいい。
「な、なんだい!その凶器のような靴は!」
「ふふ、変態にはちょうど良いでしょう?」
「失敬な!ワタクシはこの天才的な頭脳を駆使してキッズを研究したいだけなのだよ!」
「保護者の前でよくほざく口だこと。縫い付けてあげましょうか?」
ふふふふ、と唇を歪ませ、不穏に笑ってみせる。
青い顔をするウィンターは、しかし凄まじい執念を見せ、諦めない。
「キッズ!すこーしで良いんだよ!眼球くり抜いてちょぉっと観察したらちゃーんと元に戻してあげるから!ね?ね?」
「お止めなさいったら」
「アヒンッ」
さてこの男、調子に乗りすぎだ。
頭を踏みつけながら、どうしてやろうかと思案していると、ノアがポツリと呟く。
「良いよ」
見れば、来た時と変わらずただそこに佇んでいる。
無表情。自身に興味もなければ、どうなろうが構わない。だがそれは自己犠牲からではない。
求められればそれが当たり前と思ってしまう、誰にも穢されない純真無垢な少年の処世術。
美徳ではあるが、それは非常に危うい彼の精神状態を表しているようだ。
「必要なことなんでしょ?」と問うような瞳に、夜永だけでなくウィンターさえ押し黙る。
「ふむ…。やめておこうかね。キミ、自分を大事にしないと、いつか大切な人ができた時に壊れてしまうよ」
「大切…?」
「キミだけでなく、周りの人も巻き込む後悔に苛まれてしまうからね。ひとえに、キミを誰より案じる魔女とかネ!」
なんと。ウィンターがまともな事を言っている。
虚をつかれた夜永は、無言でノアを見つめる。
ノアもまた、夜永を見つめ、二人の視線が交わった。
この小さな少年は、今、何を考えているのだろう。
心が読める力があれば良いのにと、心から思った。
「さぁーてと!こんなシリアスな雰囲気はノンノン!とゆーわけで、髪の毛ちょーだい!」
「良いよ」
ノアが頭を差し出すと、ウィンターは髪の毛をぷちりと2、3本引っこ抜く。
それを大切そうに布に包むと、一本は指先で摘んでじっくりと吟味する。
指先から光が灯り、その熱で髪の毛が燃えて無くなってしまった。
「ふむふむ。なーるほど」
「何をしているの?」
「彼の情報を見ているのサ!天才のワタクシにかかれば、髪の毛一本で健康状態からストレス、系譜や年齢に至るまでぜーんぶお見通しさ!」
自信満々に答えるウィンターは、その場でくるくる回って見せる。
かなり機嫌が良いらしい。
「キッズの年齢は14歳。身長154センチ、体重39キロ。極度の栄養失調で痩せ型。貧相だけど先天的に体は頑丈、動体視力が凄まじーく優れている。そしてなんと!この国の生まれではない!」
「ドミニアではないということ?」
「ソウダネ!そこまでしか分からないけど、体構造を見る限りそれは確かだよ!銀髪赤目の特徴も遺伝によるものだろうね!そしてそして、どうやら魔法の才もあるみたいだよ!極々微量だけどね!」
「え?」
魔法の才がノアにある。
思わずノアを振り向くと、ウィンターを見て小さく首を傾げていた。
困っている、というよりは魔法というものを間近に見て興味を示しているようにも思える。
「ささ、この話はここでおーしまい!あとは大事な大事な研究材料にするヨ!足りなくなったらまたちょーだいね!さて、魔女は今日何しに来たのカナ?」
「え、ああ。ちょっとお願いをしに来たのよ」
「ほうほう。大体予想はつくけど、お茶でも飲みながらゆーっくり聞こうか!ささ、奥へ!」
バタバタと慌ただしく奥の部屋に消えていったウィンター。
ここより片付いていると良いのだが。
あまり期待せず、ウィンターに続いて行こうとノアを振り返る。
「ノア、行きましょーー」
「っう、ぐっぅ……っあ、あああっ…!」
突然、苦しみ出したノア。
床に倒れ、のたうち回っている。
首輪を外そうと躍起になっており、夜永は何が起きているかを瞬時に察した。
「ウィンター!」
鋭い声で短く旧友の名を呼ぶ。
緊急事態だ。お茶など飲んでいられない。
今すぐ首輪を外さなければ、ノアが死んでしまう。
「おお?これは、首輪にかけられた魔法が発動したようだネ」
やはり、これは電流による懲罰だ。
代えはいくらでもいるのだ。捨てられた奴隷など、その辺で野垂れ死のうが構わない。
そう判断し、国は捨て置くと思っていたが甘かった。
「おそらくキミが使った転移魔法が国に調べられて、キッズに繋がったようだね。見たところ、命令を無視して処分されようとしているのカナ?」
冷静に、ゆったりと話すウィンターは、人間一人の生死に頓着しない。
それがどんなに希少な存在だろうと、死んだとしても研究は容易に捗るからだ。むしろそちらの方が扱いやすいとすら思っている節がある。
だが、夜永にとっては違う。普段は飄々としているが、今まさに、人の生き死にに異常な動揺を見せる彼女は、自身の過去さえ乗り越えられてはいない。
殺される恐怖も、痛みに耐える覚悟もいい加減まっぴらだった。
人間の悪意というものはどこまでも醜く淀んでいる。
それが、自分の拾った少年に向けられていることが耐えられない。
ノアがどんな命令を受け、なぜ処分されかけているのかは知らないが、みすみす殺してたまるものかと思った。
人の死に後悔したくない。
その一心で、夜永はウィンターを頼る。
「ウィンター、この子を助けて。私を研究材料にしたいと虎視眈々と狙っていたわね。いくらでもこの体を調べて良いから、この子だけは助けて」
「おおーう、魅力的な相談だネ!良いよ!どーんと任せなさーい!」
その言葉を聞いて、夜永は心底ほっとした。




