魔女、少年と密談する。
湯を沸かす間、少しの間ぼんやりとしていた。
自分でも思い出す事が減った過去の話。色々と整理しながら話していたため、上手くまとまってはいたと思う。
だが、柄にもなく語ってしまった。それだけは少々後悔している。
人の話は笑って相槌を打ちながら耳を傾けるが、自分の話を長々とするほど恥ずかしいものはない。普段多くは語らない夜永の持論だ。
別に誰が何を話そうと構わないが、寡黙な者が突然自分の話を流暢に喋りだしたら驚く。そんな感じだ。
「夜永」
ふと、澄んだ声が聞こえて振り向くと、そこにはノアが寄る辺ない瞳に不安の色を浮かべて佇んでいた。
足音はしなかったため、驚いた。もしかしたら、物思いに耽っていた所為もあるかもしれない。
「おいで」と手招きすれば、素直にこちらに駆け寄ってくる。
首輪は外れても、主人に懐く従順な犬のようだ。
「どうしたの?おかわりが欲しいの?」
今度はオレンジを絞ろうかと用意を進めると、しばし黙っていたノアは小さく囁く。
「人体実験って、何したの…?」
夜永の過去を知り、聞きたい事は他にあるだろうに。
まず初めに口を開いて絞り出した言葉がそれとは。
夜永の心配をしているのだろう。
(本当に、どうしようもなく可愛い子ね)
夜永との生活に慣れたら、彼女にいたく懐きそうだ。それこそ、ついて回って離れないほどに。
可笑しそうに口元を緩めた夜永を、ノアは不思議そうに見つめる。
返事を待っているのだろう。健気な子だ。
「大した事はしていないわ。でも、そうね……ちょっと刃物で切られて中を覗かれただけ」
「切ら、れ…?」
気の抜けた声を漏らし、放心状態になるノア。
意味が分からない、と理解が追いついていないのがよく分かる。
「ああ。あとは、血を抜いたわね。それくらいかしら。ノアの命を守る報酬としては少ないくらいね」
どれだけ傷付けられても死なない生物など、ウィンターにとっては夢のまた夢でしか無かったことだ。
どれだけ研究を重ねようとも届かなかった高み。
研究の最終目標は、死者の蘇生と、死なない身体を創り出すこと。
後者に該当する夜永に尋常でない執着を見せ、会う度に研究させてくれとせがまれる。
そのため、ある程度のお願いは聞いてくれるし、粗雑な扱いも許してくれる。
今回は、どれだけ傷付ければ致命傷になるかの実験に付き合っていた。結果は言わずもがな。
後は少し、研究のため血を提供した。200ミリリットル程度だ。
夜永にとっては何という事もなかったが、ノアからしてみれば、守ろうと決意した矢先の出来事。衝撃の極みだ。
言ってみれば、ノアを救う為に夜永は自身を犠牲にしたのだ。
守るどころか守られている。
「ごめんなさい…」
「ああ、貴方が謝ることではないのよ。あの特殊性癖野郎の頭がイカれているだけだから。いっそのこと知恵熱でも出してぶっ倒れてくれれば溜飲が下がるのだけれど」
「溜飲…?」
「ああ、こっちでは使わない言葉だったわね。気が晴れる、という意味よ」
丁寧に教えてあげると、視線を落として考え込むノア。
閃いた、というようにパッと顔を上げた。
「頭、殴ってくる?」
「それはね、ノア。気絶させると言うのよ。実力行使は駄目。貴方の手はね、これからどんどん綺麗になっていくのよ。こんな事で傷が残りでもしたら、私が一生悔やんでしまうわ。それよりも、長い時間をかけて心理的ダメージを与えた方が精神を病んで勝手に自滅してくれるかもしれないわ」
ノアの未だ生々しい傷だらけの手を優しくさすって諭す。
物理的に駄目なら心理的に。全くもって道理に適っていないが、まるで内緒話でもするかのように、どうしたらウィンターを追い詰めるのに有効かと、話に花を咲かせる。利害は一致していた。
「キミたち、ワタクシがいないのを良い事に好き勝手言ってくれるねネ!ワタクシもまーぜーてー」
水のお代わりを待っていたウィンターは、辛抱たまらず自ら貰いに来たようだ。
空のカップを手に、健康加害の密談、ひいては自分の殺害計画に混ざろうとしている。
やはりこの男は頭がおかしい。一周回って馬鹿なのかもしれない。
「あら、貴方がいてもお構いなく言うわよ」
「もー魔女ったらツレナイ!ちなみにワタクシの心理的ダメージってナニ?」
「私とノアの研究を今後一切させない、とかかしら」
「……エッ!それチョー困るんですケド!!なになに、ワタクシ毒飲めば良い!?ここから身を投げれば良い!?何でもするから研究だけはさせて!」
それは死ぬ事と同義ではないだろうか。
死んでしまったら研究もクソも無いのだが。
やはりこの男、馬鹿だ。
「ノア。この男から学べる事は無いから、これからも私の言う事だけを聞くのよ。自分で考える事も大事だけれど、今はまだ早いわ」
「分かった」
コクリと頷きながら、ノアは何かを考えているようだった。
自分で物事を考えられない元奴隷の子供。そう思っていたが、夜永の知らないところでノアは何やら画策していた。




