9.変化
その後、警察が来てすみれは一度、検査のために病院に運ばれることになった。圭は当然の様に着いていこうとしたが、中で散々なことになっている男たちについて聴取があるという理由で刑事達が何とか引き留めて、警察署へしぶしぶ向かう事になった。
「聴取なんて明日でいいでしょ?」
圭が刑事達をぎろりと睨む。しかし、刑事達も譲らない。それを見ていたすみれがやれやれと言った雰囲気で声をかけた。
「私、ちゃんと病院で待ってる。聞かれた事に答えればいいだけなんだから、さっさと行って。」
「‥‥すみれさんがそう言うなら。」
刑事達のほっとした顔を見てすみれはくすりと笑った。通報したはいいもののそのまま単騎で無双したS級ハンターの扱いに苦労してるのが見て取れたからだった。そして、すみれは到着した救急車に乗せられ病院へ。そこで診察を受けて噴射されたのは違法な成分を混ぜた睡眠薬ということが分かった。とはいえ数日、手足のしびれが残る以外には副作用も無く代謝されるらしく、大事には至らないと分かり心底、ほっとした。
「お迎えはどなたに頼まれますか。」
看護師の問いかけにすみれは少し考えた。圭の事を何と答えるべきか迷い、結局上手い答えが浮かばなかった。
「しばらくしたら来ると思いますので、ロビーで待ちます。」
そう伝えて車いすに乗せて貰いロビーの長椅子に腰かける。すみれの手足はまだ痺れており、看護師は歩く時には注意が必要だと言い残して去っていった。静かなロビーに、ほぅというすみれの吐息だけが響いた。
「疲れた‥‥。帰って寝たい。」
そう呟き、脳裏に浮かぶのは圭の家だ。広くて、静かで、すみれのための豪華な檻。そんな所に帰りたいと思うなんてとすみれは自嘲気味に笑った。
◇◇◇
しばらくして病院の自動ドアが開き、圭が入ってきた。戦闘服もそのままでサングラスもかけたままだった。
「すみれさん、迎えに来ましたよ。」
「聴取終わった?」
「はい。具合はどうですか?」
「うん、手足のしびれは2、3日残るけど、後は問題ないってさ。」
「そうですか、良かった。」
そう言うと圭はすみれを横抱きにして歩き出した。
「ちょっと!歩けるって!」
「すみれさん、嘘はだめです。足のとこおかしいの見えてます。」
「見えてる?え?」
「このサングラスは色々機能が付いてて、まぁそういう事です。」
すみれはまさかとは思ったが、自分からは普通のサングラスにしか見えなくても彼ら能力者が身に纏うものが普通なわけがないと納得する。すみれが腕の中で大人しくなったのを見て圭は少しだけ悲しそうな顔をした。
「ごめんなさい。危ない目にあわせて。」
「‥‥いや、あんたが謝らなくても。」
「でも、僕がちゃんと見てなかったから。」
「あのさぁ、あの部屋のセキュリティ突破できるなんてあの人達プロかなんかなんでしょ?もうそれはどうしようもなくない?」
圭は監視カメラがジャミングされ、魔力阻害もされていたことをすみれに話した。元上司は国内の反社会組織だけではなく海外のテロ組織とも関係があったようだと圭は聴取の際に警察から説明を受けていた。
「やばっ何それ‥‥もう映画の世界じゃん。」
「そうですね、だからまぁあいつは死ぬまで刑務所から出てこれないと思います。」
「そっか、ちょっと安心した。」
すみれのほっとした顔をみて、圭も安心したように微笑んだ。二人は病院の外の通りに出てタクシーを拾い、圭の家に向かった。
◇◇◇
翌日、すみれが自分の寝室で目を覚ますと傍らに圭が腰かけており彼女をじっと見つめていた。
「‥‥びっくりした。何やってんの?」
「すみれさんがいなくならないか心配だったので。」
「いやおかしいだろ。え、いつから見てたの?」
「すみれさんが眠ってからずっと見てました。」
「寝てないの!?馬鹿じゃない!?」
「数日寝なくても特には支障はないので大丈夫です。」
「そうじゃない‥‥。」
圭はその日から異常なほど過保護になった。任務にも出ずにずっとすみれの側から離れないのだ。手足のしびれがあるからとすみれを抱いて運び、世話を焼き、食事すら食べさせようとする。その異常なまでの献身さにすみれはうんざりしつつも、何ともむずがゆい気持ちで過ごしていた。
「あのさぁ3日も任務ほったらかして大丈夫なの?」
「すみれさんのお陰で効率があがったのでしばらくは大丈夫です。それにハンターは僕以外にもいます。」
「S級ハンターはあんただけじゃん。」
食後の紅茶を飲みながらすみれは隣に座る圭から少しだけ離れる。しかし圭はその分だけ距離を詰める。
「何でくっついてくんの。」
「すみれさんが離れるので。嫌ですか?」
すみれは圭の雰囲気が以前と違う事に気付いていた。前は会話の成り立たない強引で自分勝手な男だったのに、今や柔らかく慈愛とも呼べるような眼差しをすみれに向け、そして彼女の気持ちを確認するような言葉を使う。その変化がまたすみれの心をおかしくさせる。
「あの、考えたんですけど、引っ越しませんか?」
「いや監禁してる側が何言ってんの?」
「それについてなんですけど、すみれさんもたまには外に出たいかなって。」
「え、どうした急に。魔力暴走?」
すみれは驚いて圭の額に手を当てた。今まで頑なにすみれを外に出そうとしなかった圭が彼女を外に出そうとしている。しかし、すみれの掌から伝わる熱は特に異常はない。
「色々調べて、郊外に良さそうな土地があるのでそこを買って家を建てようかなって。広い庭もあったらすみれさんも気分転換になるでしょ?それにゼロから作るならここより格段にセキュリティがしっかりした家になるので、僕も安心です。」
「おーいちょっと待てー。一応聞くけど、そこに住んだら私はあんたがいない間に一人で出かけられるのかなー?」
「‥‥。」
圭は無言でちらりと視線をそらした。
「おい、返事しろよ。それじゃ今までと大して変わらずに監禁だろ。あのね、専属薬師になったからには私は職務は全うする。まぁあんたの所に住み込みで働くって事なら飲み込もう。でもね、一人で出かけられないのは嫌。絶対に嫌。」
「どうしてそんなに一人で出かけたいんですか?」
「はぁ~そっからか。あのねぇいい?人間ていうのは色々な物を見聞きして自分で考えて、自分で選んで、たくさんの要素から成り立つ生き物なの。あんたが思うより複雑なの。相手に何かを望むなら、相手の望むものを与えないと。それが健全で対等な関係なの。私はそういうのがいいの。」
圭は目を閉じて何かを考えてため息をついた。
「分かりました。」
「え!?今なんて言った!?」
「分かったと言ったんです。それがすみれさんの望みなら善処します。」
「ヤバい、あんた本当にどっか具合悪いんじゃない?」
すみれは困惑して再度、圭の額に手を当てた。




