8.追跡者
事件の後、すみれも他の職員達と同じく警察の聴取を受ける事になった。すみれは構わなかったが圭は断固として自分が同席する事を条件にしてそれをごり押しした。
「何、監禁の事をばらされるのが怖いの?」
「え?違いますよ。あんなむさ苦しい奴らと同じ部屋にすみれさんを置くのが嫌なだけです。」
「向こうは仕事なんだよ!それに住所聞かれたらどうすんの!」
「え、前に免許証の書換えの時に住所を聞かれたから僕の家ですって言ったら、担当者の人に同棲してるんですか?って聞かれたんでそうですって答えておきました。だから大丈夫です。」
「何にも大丈夫じゃねーよ!しかもしれっと嘘ついてんじゃねー!」
「でも、同棲って『正式な婚姻関係にない男女が、一つの家で一緒に生活すること』ですよね。合ってます。」
「合ってないんだよ、何もかも‥‥。」
結局圭はその調子で警察にも付いてきて、刑事達にも殺気をバシバシ飛ばすので聴取は爆速で終わった。
「監禁されてますって言い損ねた。」
「すみれさん、そんなに怒らないで下さいよ。帰りに本屋に行きますか?」
「うーそんなんで機嫌が直ると思うなよ‥‥本屋は行くけど。」
そんなすみれを密かに付け狙う影がある事に彼女はまだ気付いていなかった。
◇◇◇
それから数日後の昼下がり、調合の合間に休憩をしようとすみれがキッチンに立っていると、そこにけたたましい火災報知の音が響いた。とっさに火の元を確認するがどうやら室内ではないようだ。誤作動だろうかと思い、玄関に向かったがそもそもそこは未だに圭の指紋認証でしか開かない扉である。どうしようかと困っていると誰かが外からどんどんとドアを叩いた。
「管理室の者です!!誰かいませんか!!廊下が火事なんです!!」
「え?‥‥あの!すみません!います!ここにいます!」
すみれがそう返事をした瞬間、ガチャッと大きくドアが開いて作業着姿の見知らぬ男たちが立っていた。どう見てもこのマンションのコンシェルジュではない、彼らは驚いたすみれに何かスプレーのようなものを噴射する。
「なっ、何!?‥‥!!」
急に視界がゆがみ、膝から崩れ落ちるすみれを男たちが支え何やら呟いているが意識が遠のく彼女の耳には届かなかった。
◇◇◇
すみれはコンクリートに囲まれた薄暗い窓のない部屋で目が覚めた。視界はゆがみ、頭がずきずきと痛む。何とか身体を起こしてみると両手と両足がロープで拘束されていた。
「……工藤。久しぶりだな。」
すみれが瞬きをして声のする方を見るとまだぼんやりとしてはいたが見覚えのある男が立っていた。
「部長……。」
それは逮捕されたはずの元上司だった。いくらかやつれてはいたがあの不遜で傲慢な顔をニタニタとした汚い笑顔で歪ませている。
「いやぁ、大変だったぞ。あの家、まるで要塞じゃないか。」
「何で、逮捕されたんじゃ‥‥。」
「あぁそうだ、お前のせいで逮捕された。ただ俺には良いお友達がいてなぁ。」
暗に脱獄したのだと匂わされて、すみれは震えた。圭が設定したシステムを全部突破して自分をここに連れてくる腕前を持つ元上司の仲間たちに心の底から恐怖した。しかし、すみれはそれを悟られまいと彼を睨みつける。
「何が目的ですか?」
その一言で元上司の笑顔が消え、すみれの顎を乱暴に掴んだ。
「痛っ……!」
「その生意気な顔が大嫌いだったよ。いつも自分が正しいと思ってるその顔がな。」
「離せ!」
力では敵わない。それでもすみれは自分を虐待した父親の様な乱暴な男たちの言いなりになるのは嫌だった。
「威勢がいいなぁ。それらなこっちも楽しめそうだ。」
元上司は壁際から立てかけていた三脚とカメラを引きずってくるとすみれの前に置いた。
「あのS級ハンターにずいぶん気に入られてるんだろ?俺はあいつも許せなくてなぁ。人の商売邪魔しやがって。だから、ここでお前をいたぶって殺す様を記録してやろうと思ってな。」
「‥‥狂ってる。」
「ははっ何とでも言え、数時間後にはお前は死体袋行き、俺は海外で優雅にバカンスだ!」
元上司がすみれに拳を振り上げた瞬間、ドゴォォッ!!という何かが壊れる鈍い音が外から聞こえた。驚いて彼は部屋の扉を見る。野太い複数の男たちの怒号と叫び声、そして何かがぶつかるような鈍い音がして、急に静かになった。
「な、なんだ?」
元上司が怯えた声で呟くと、きぃっとゆっくり部屋のドアが開く。
「‥‥ひっ!!」
ドアの向こうにいた人物を見て元上司は腰を抜かして床に崩れ落ちた。
「……お前、何してんの?」
低い声が聞こえた。黒い戦闘服に、撫で付けた髪。そしてサングラス。
「なぁ、何してんのかって聞いてんだよ。」
S級ハンター佐々木圭がそこ立っていた。ゆっくりと部屋の中に入って来る彼の周りにはゆらゆらと魔力が陽炎のように揺らめいている。
「よくも僕の大事な人を傷つけたな。」
圭は元上司の顔を掴むと軽々と持ち上げ、彼の右手を掴んだ。ボキッグシャッと嫌な音がして右手を潰された元上司が耳をつんざくような悲鳴を上げた。
「その手足引きちぎって、骨も残らないように焼いてやる。」
すみれはいつもの飄々とした雰囲気からは想像も出来ない圭の怒髪天をつく怒りの姿に何も言えず、彼を見上げるしかなかった。しかし、圭が元上司の右肩あたりを掴んだところで正気戻る。
「待って!圭!ストップ!!」
圭の肩がピクリと揺れる。そして、苦しげに呟いた。
「どうしてですか?こんな奴死ねばいい。」
「だ、駄目!それは駄目!警察にちゃんと引き渡さないと駄目!そうしなきゃ許さない!」
すみれが必死に叫ぶと圭は元上司を床に投げ捨てて、潰した右手を踏みつけて低く唸る。
「命拾いしたな。なるべく長く刑務所に入ってろ。次に僕達の目の前に現れたら本当に殺してやる。」
元上司は痛みにもがき、泣き叫んでいたが圭はそれを無視してすみれを抱き上げ部屋を出た。
「来る時に通報したので、もうそろそろ警察が来ると思います。」
「あのさ、この人達...。生きてるよね?」
部屋の外には複数の男達が転がっていた。皆、圭がやったのだ。ピクリともしない彼らを見てすみれは不安になった。
「多分?」
「いや、多分て!人殺しは駄目だって!」
「僕、どうでもいいんです。すみれさん以外は。」
圭の静かな言葉と、抱きしめられ密着した所から感じる温かさにすみれの緊張の糸が切れ、体を震わせながら涙を溢した。
「……すみれさん。どこか怪我しましたか?あぁ、ごめんなさい。縛られてるとこ痛いですよね。」
建物の外に出た所で圭はしゃがむと、すみれを膝に乗せたまま彼女の手足の拘束を解いた。そして少し赤くなった手首をさする。その優しい仕草にすみれは泣き声まじりに絞り出すように小さく呟く。
「帰りたい……。」
「え?」
圭が聞き返して耳を寄せると、すみれはそのまま圭の首筋に腕を回して抱きついた。
「早く帰りたい……。あの家に……。」
声に出してからすみれはよく分からなくなった。圭の家はすみれにとっての家ではない、あそこは監禁場所のはず、帰りたい場所ではないはずだ。
(こ、これは吊り橋効果。多分、きっと...。)
助けてもらった安心感からそう思うのだと自分に言い聞かせてもすみれの涙は止まらない。それを見て、圭は何も言わずに泣きじゃくるすみれの頭をゆっくり撫でていた。
「怖かったですね。」
その声は、今までで一番優しかった。
「もう大丈夫です。もう、誰にも触らせません。」
その言葉を口にした瞬間、圭は胸の奥の違和感に気付いた。今までなら『誰にも渡したくない。』と思っていた。でも今は『安心してほしい。』『泣き止んでほしい。』『笑ってほしい。』と思う。彼にはその感情の名前が分からない。ただ一つだけ分かるのは、この気持ちは『独占したい』だけでは、もう説明がつかないものだった。




