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7.転機

すみれにとって圭との初めての外出は実に2か月ぶりの外の世界との接触だった。マンションを出て大通りまで歩いてタクシーを拾う。圭は車を持っていなかった。「転移した方が車より早いので。」という実に彼らしい答えにすみれは吹き出す。無事に目的の和食屋に着いて二人で食事する、その和気あいあいとした雰囲気は周囲から見れば、友人か恋人に見えた。ただし、その実態は監禁犯と被害者の不可解な外出にすぎない。圭はと言えば、初めはすみれが逃げ出さないかと気を張っていたが、彼女が楽しそうに道を歩き、和食屋でメニューを見ながら悩み、美味しそうに食事をする姿を見て部屋に閉じ込めている時とは違った充足感を感じていた。自分が一緒に着いていくなら彼女を外に出してもいいのかもしれない、そんな風に思える様になっていた。


◇◇◇


そんな心地の良い外出から1週間後、すみれは昼食の後にぼーっとテレビを見ていた。そこに速報のテロップが流れる。


【速報】全国薬師協会本部を家宅捜索、幹部ら一斉逮捕へ


「え?」


すみれは驚いてテーブルから取ろうとしたマグカップを取り落とした。テーブルの上に広がる紅茶の水溜まりを見て慌てて近くにあったティッシュペーパーを数枚、引きだして拭く。すると昼のバラエティがニュース画面に切り替わった。


「番組の途中ですが緊急ニュースです。警察は本日、全国薬師協会の幹部ら合わせて二十数名を逮捕しました。捜査関係者によりますと、協会では長年にわたり組織ぐるみで違法薬物の製造・販売が行われ、その売り上げの一部が複数の反社会組織へ流れていた疑いが持たれています。また、予算の水増し請求や公金の横領、薬物原材料の偽装、公文書の改ざん、研究データの捏造などの不正も常態化していたということです。さらに、警察の捜索で押収された資料からは、証拠隠滅を目的としたデータ削除の指示書や、内部告発者への脅迫を示す記録も見つかっており、事件の隠蔽が組織的に行われていた可能性があるとみられています。警察は、協会上層部が一連の不正を主導していたとみて、資金の流れや反社会組織との関係について引き続き捜査を進めています。」


すみれは震える手でリモコンを取り、テレビの電源ボタンを押した。心臓はどくどくと早鐘を打っており、喉は瞬時にひりついてごくりと唾を飲み込むのも難しかった。

空になってしまったマグカップを片手にキッチンへ行き、何とか冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを注ぐ。ぐびぐびと冷たい水を流し込んでようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。


「組織的犯罪‥‥20人以上の逮捕者って大事件じゃん‥‥。」


すみれはてっきり上司と数人の幹部だけが犯罪に手を染めていると思っていた。協会はそれを露見させたくないだけなのだと。しかし、彼女が思うより事件は複雑でそして大規模だった。キッチンの床に力なく座り込んだ彼女は圭の言葉を思い出す。


『洗いざらい調べて、ぶっ潰してやります』


圭は有言実行したのだ、言葉通りに洗いざらい調べてすみれに濡れ衣を着せた奴らを完膚なきまでに叩き潰した。


「ははっ‥‥すげー。」


あまりの衝撃に現実味を感じられないすみれの口からは感嘆の吐息が漏れるだけだった。

午後は何も手につかなかった。ひとまず圭に飲ませるポーションだけは作り、リビングで何をするでもなく空を見つめている。そうしているといつもの時間より少し早く圭が帰ってきた。


「あれ?すみれさん、珍しいですね。いつもは調合室にいるのに。」


圭はいつもの調子でジャケットを脱ぐと椅子の背にかけてすみれの隣に座った。


「あのさ、ニュース見た。協会に家宅捜査が入ったやつ。」

「あぁ見ました?僕もあそこまで酷いとは思わなかったのでびっくりしてます。あぁそれでこれ。」


圭はジャケットのポケットから見慣れたカードを取り出した。それはすみれの顔写真付きの薬師の免許証だった。圭は彼女の手を取りそれを握らせる。


「ちゃんと取り返して来ましたよ。あいつら、すみれさんをクビにした後にその免許証を偽装工作に使ってたんです。許せませんよね?あ、その間の記録は綺麗に抹消して貰いましたから安心して下さい。」


すみれはそのままそっと圭を抱きしめた。


「ありがとう。大変だったでしょ。」


圭は突然の柔らかな衝撃に固まった。ふざけて圭から抱き着くことは何回かあったがいつもすみれに罵声を浴びせられて暴れられた。それが今、彼女の温かな腕が自分の体に回されている。その衝撃を何と表現していいのか分からず、圭はなんとか口を開いた。


「‥‥いいんですよ。僕がやりたくてやったんです。」

「本当に感謝してる。この免許証があれば‥‥んん?」


すみれは圭から離れて自分の手元の免許証をよく見た。免許証の下段には所属や職業が印刷される。本来ならすみれの所属は『全国薬師協会第3研究所』になるはずなのだが、そこには『専属薬師』と印字がしてあった。


「ねぇここのとこ‥‥。」

「あぁ記録を抹消して貰うついでに変えてもらいました。前そう言ってたのが聞こえたので。」

「何、勝手なことしてんだ!は?いやここは私本人の申請がいるでしょ!?」

「はい、そう言われました。でも、「今すぐにやって」って言ったらやってくれましたよ。担当の人凄く震えてましたけど。」

「馬鹿ー!!!!」


すみれには圭に凄まれて震えあがる担当者の顔が思い浮かんだ。相手は泣く子も黙るS級ハンター佐々木圭。しかも今回の事件の最大の功労者と言える。そんな人物が「やれ」というならやるしかないだろう。


「犯罪なんだよ、何もかも。」

「そうですねぇ、協会もこれから大変だと思います。」

「お前のこと言ってんの!!」


リビングにはすみれの怒鳴り声が響いていた。



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