6.忠誠心
圭に本と本棚を揃えて貰い、リビングの大型テレビに映画やドラマのサブスクを入れるとすみれの生活は彩を増した。仕事をして息抜きをして、圭と一緒に食卓を囲む。
「いやちょっと待て。これは監禁、監禁なんだって。」
すみれは今日も調合台に額を擦りつけるように突っ伏していた。この生活に慣れるどころか心地良いとすら感じている自分の心が理解できないのだ。それもこれも彼女が実のところ、かなりのお人よしであるがためだった。すみれが幼児向けの道徳本を圭に与え、子供に教えるように読み聞かせると圭は「そうなんですね、知りませんでした」を連発した。その恐ろしいほどの無知さにすみれの『見捨てられない』というスイッチがONになってしまったのだ。圭の命を救った時と同じである。
(そこらの幼稚園児の方がよっぽどあいつよりまともだよ‥‥。)
すみれは出来上がったポーションの瓶を指で弄んだ。これが彼の命綱であることは間違いない。体質の根本的な治療法がない現時点では彼はそのポーションが無いと体がもたないのだ。しかし、今の状況は異常である。いつまでもこんな生活は続かない。そのジレンマにすみれは小さく唸り声を上げた。
「うぅ....せめて私がまだ薬師の免許を持ってればなぁ専属契約って手もあったけど.....。」
薬師には色々な働き方がある。すみれのように研究者として勤める者、個人で薬局を開いてポーションを売る者、または専属契約を結んで誰かの専属薬師となる者。ちなみに富裕層では優秀な薬師と専属契約を結ぶ者も少なくない。ある意味ステータスの象徴のようなものだった。ちなみに無免許でポーションを作る事や、ましてやそれを誰かに飲ませるなんて事はれっきとした犯罪である。
「すみれさんって、無免許だったんですか?」
「わぁびっくりした!!」
いつの間にか背後に立っていた圭がぼそりと呟いた。すみれは飛び上がった拍子に手から落ちそうになったポーションを慌ててキャッチする。
「危なっ。おい!!人の部屋に入る時はドアをノックする!!」
「あぁそうでした。ごめんなさい。でも、すみれさんの顔が早く見たくて。」
口では謝るものの圭に反省の色はない。たった数日、人としての倫理観や道徳を説いた所でいきなり人は変われないという事実にすみれはぐったりした。
「それですみれさんって無免許なんですか?」
「え?私の事調べたんじゃないの?」
「調べましたよ?前は協会の研究室に在籍していてそこを辞めてスーパーで働いてた。」
「辞めたんじゃなくクビになったの。」
すみれはため息交じりに研究室での顛末を話した。上司の不正を告発しようとしたら濡れ衣を着せられて免許をはく奪されたこと、その帰り道に圭と偶然出会ったこと、全て包み隠さず。しかし、彼はすみれの話を聞いて首を傾げた。
「すみれさんの薬師の免許失効されてませんでしたよ?」
「はい?」
「だって、あの後、何とか探し出そうとして周辺の監視カメラの映像とか解析して、何とか抽出できた画像で顔認証かけたらすみれさんの薬師の免許がヒットしたんです。そこから住民票とか雇用記録とかで、すみれさんまでたどり着きました。」
「うん、犯罪だなそれも。」
すみれは圭の執念に呆れていたが、なぜ?という疑問も頭に浮かんでいた。
「失効忘れとかじゃないよね、いくらなんでも。」
「まぁ通常ならその可能性もあるかもですけど、すみれさんの場合はおかしいと思います。そもそも内々で処理とか何かやましい事でもあったんじゃないですか?」
「うーん、それはそうなんだけど。とはいえ今の私じゃ調べられないし‥‥。」
「じゃあ僕が代わりにやります。」
「え?いいの?」
圭は胸を張ってにこっと笑った。
「僕の大事なすみれさんに濡れ衣きせるとか許せないので洗いざらい調べて、ぶっ潰してやります。安心して下さい。すみれさんの名誉は僕が守りますから。」
(カッコいい事を言ってるけど、内容が物騒.....。)
「うん、ありがとう。でもまぁ穏便にね....。」
「そうですか?すり潰すくらいにしますか?」
「そうじゃねぇよ!!」
すみれはそう怒鳴ったものの、圭の言葉に胸の中が暖かくなるのを感じた。誰も自分の事を信じてくれなかった。そして手放され打ち捨てられた。でも圭は信じて調べると言ってくれた。それだけで十分な気がしたのだ。例え自分の汚名が晴らされなかったとしても。
「はぁ、すみれさん。僕、お腹空きました。今日の夕飯は何ですか?」
今まで魔力での補填とプロテインでの食生活が嘘のように圭は帰って来るとお腹が空いたと言うようになった。そして毎回すみれの作った料理を美味しいと言って食べるのだ。すみれはそっと圭の手を握った。
「あのさ、お願いがあるんだけど。」
「何ですか?何か必要なものがあるなら買いに行きますけど。」
「そうじゃなくて一緒に行きたいところがある。外が危ないっていうならあんたが一緒にいたら危なくないでしょ?」
圭は一瞬固まった。今まで自由にしろと言われたことは何度もあったが一緒に出掛けたいと言われたのは初めてだったからだ。
「‥‥いやです。」
「何で?」
「危険はないかもしれない。でも、すみれさんを外に出したくない‥‥。」
子供じみた独占欲だった。大事な唯一の宝物を誰にも見せたくない。大事に自分の宝箱の中にしまっておきたい。しかし、圭はほんの少しだけ寂しそうな顔をしたすみれを見て胸が痛んだ。今までは気にも留めなかったのになぜか今は彼女の悲しむ顔が胸を締め付ける。
「あの‥‥ちなみにどこに行きたかったんですか?」
「んー、私のお気に入りの和食屋。薬師の時は給料日によく言ってたとこ、久しぶりに行きたいなって。多分、あんたも気に入る。」
「‥‥。」
そこはすみれのお気に入りの場所だった。老夫婦と息子さんの3人でやっている小さな店で値段は少々お高めだが何を食べても美味しい。それなりに繁盛していて、テレビや雑誌の取材もよく来るようだ。毎月、給料日にはそこでひっそりと食事をするのがすみれの自分へのご褒美だった。『逃げ出したい』ではなく『一緒に出掛けてみたい』。きっと圭も気に入るという純粋な善意による感情だった。
「分かりました‥‥。」
圭は渋々頷いた。




