4.二人で一緒に
監禁生活も一か月を過ぎた頃には圭は部屋の中をすみれの好きなように使わせるようになっていた。それまではどこに行くにも付きまとっていたが、彼女が逃げないというのが分かると比較的自由にさせてもいいと思えたのだ。
「……ねぇ。」
すみれがキッチンに立って圭に声をかける。
「はい?」
「前から言おうと思ってたんだけど、この家さ。」
「はい。」
「キッチン、死んでるんだけど。」
圭はきょとんとして首を傾げた。
「死んでます?無機物に命はないはずですけど。」
「いや比喩、比喩表現。」
「なるほど。」
「なるほどじゃなくてさぁ。」
すみれはおもむろに冷蔵庫の扉を開けた。中にはミネラルウォーターのペットボトル、栄養ゼリー、プロテイン、エナジードリンク、そしてすみれが朝に食べ残したカットされたリンゴが数欠片。以上である。
「……ねぇ、卵とかないの?」
「ありません。」
「ねぎ。」
「ありません。」
「米。」
「それはあります。」
「あるんかい。」
炊飯器を開けると、きちんと白米だけは炊かれていた。とはいえ普通の家としては異常である。
「あのさ、普段何食べてんの?」
「主にプロテインです。」
「は?いや私には毎回、何かしらの料理出すじゃん。」
「それはデリを頼んだり、テイクアウトを買いに行ったり、気に入りませんでした?」
「いや毎回美味しいけど、いや、全部テイクアウトなのは置いといて、あんたは何、食べてないの?」
「あぁ、僕の事は気にしないでください。多少食べなくても魔力で補えるので。」
「馬鹿なの!?」
すみれは思わず叫んでしまった。圭に近づくと胸元に人差し指を当ててトントンと強めに叩く。
「人間はね!ちゃんと食べるの!朝昼晩!栄養バランス良く!」
「へーそうなんですね。勉強になります。」
「いや、勉強以前の問題だから!」
すみれはその場で頭を抱えた。
「二十六年間何して生きてきたのよ……。」
「魔獣を倒してました。」
「そういう意味じゃない!」
もう一度叫んで、すみれはがっくりとうなだれる。
「もういい、私が作る。」
「ありがとうございます。」
「感謝されることじゃない。」
しかし、すみれはシンクを見て、調味料棚を見て、もう一度冷蔵庫を見た。
その目に映るのは無機質で生活感の全くない無いキッチンである。
「はぁ....買い出しに行って来て。メモに必要なものを書くから。」
圭は一瞬だけ考えたあと、分かりましたとあっさり頷いた。
30分後、圭は買い物袋を提げて帰ってきた。すみれが受取って中を覗くときちんとメモ通りに買って来たようだ。
「メモ通り全部ある。」
「はい。」
「偉い。」
「ありがとうございます。」
(.....なんだろう。大型犬を褒めている気分になってきた。)
「とりあえずお腹空いたし、今日は簡単にチャーハン。」
フライパンに油をひいて卵を入れて手早くご飯を炒める。
そこに刻んだ長ねぎとハム、塩胡椒と鶏がらスープの素を入れて炒めていく。
最後に醤油を入れるとキッチンにじゅわっと香ばしい匂いが立ち上った。
「……。」
料理をするすみれを圭が興味津々と言った顔でずっと見つめている。
(背中がむずむずする。)
「ねぇ見すぎ。」
「すみれさん。」
「何。」
「料理してる姿も素敵ですね。」
「黙れ。」
「はい。」
圭は返事はするものの視線は外さない。
「見られるとやりにくいんだけど。」
「すみません。でもどうしても見ちゃうんです。」
「分かった、黙れ。..........ほら出来た。」
皿を二つ並べてそれぞれに炒飯を盛り付け、ダイニングテーブルへ運ぶ。
「いただきます。」
圭は律儀に手を合わせ、チャーハンをスプーンですくって口に頬張った。
「…………。」
「どう?」
「…………。」
「口に合わなかった?」
「おいしい。」
圭がぽつり、と呟く。
「すごく。美味しいです。」
一口、また一口と圭は食べ進めていく。いつも何かとうるさいのに珍しく静かだった。
「こんなに、おいしいもの初めて食べました。」
「いや、それは言い過ぎでしょ、ただのチャーハンだよ。」
「チャーハンってこんなにおいしいんですね。」
目を輝かせながら夢中で食べている姿を見て、すみれはなんだかくすぐったいような気分になった。
(クソッ、倫理観は終わってるけど、こいつ顔はいいんだよ。)
「すみれさん。」
「え?あ、何?」
「僕、貴女の作ったチャーハン毎日食べたいです。」
圭はただ、にこにこ笑っている。ただそれだけ、打算も駆け引きもなく子どものように嬉しそうな顔で。
「チャーハンだけじゃ飽きるでしょ。」
「他にも作ってくれるんですか?嬉しいなぁ。」
(ずるい、監禁犯のくせにそんな顔で楽しそうに笑うな。」
「……気が向いたらね。」
すみれがぼそっと答えると圭は一際嬉しそうに笑った。
「本当ですか!」
「毎日とは言ってない。」
「週に三回でも嬉しいです。」
「交渉すんな。」
「二回でも。」
「だから、気が向いたら!」
圭は本当に嬉しそうに笑った。すみれはその笑顔を見ているとその男が、自分を監禁している張本人だという事実を一瞬だけ忘れそうになる。
(だめだめ、絆されるな。相手は監禁犯、大型犬じゃない。)
すみれはそう自分に強く言い聞かせた。




