陽炎の御子は返さない 前編
その肖像画を見た時、陽麗は運命は確かにあると、そう感じた。
極東にある巨大な大陸『陽炎国』と、海が豊かな月と神秘の国アルテミシア王国が交易を始めたのは数年前からだ。
国交を更に深めるために、と王族の交換留学が持ち出され、アルテミシアからは第二王女が、陽炎国からは王の末姫であるヨーリィが出されることとなった。
アルテミシアの文化や政治力を学ぶつもりであったし、偉大なる陽炎帝の子として立派に勤めを果たすつもりでもあった。
しかし、アルテミシアに着いたその日にディアニスに出会ってからヨーリィの頭からは綺麗さっぱりと使命の事は消え去った。
「なんて、美しい人なのだろう……」
国内ではほとんど見かけない白金の髪に澄んだ青い瞳、肖像画などでは描き表せないほどの完成された美貌に、ヨーリィは一目恋に落ちた。
◆◆◆
ところで、陽炎国では、王族の男児は十六歳までは女児として育てる風習がある。
男児は身体が弱く、有能であればあるほど若くして神に連れ去られてしまうと昔から言い伝えられているのだ。
それを知るのは帝一族とお抱え医師、そして信頼の置ける臣下のみだ。
故に、上の兄三人が一時まで『姉』として過ごしていた事もあったし、ヨーリィもまた『無邪気で可憐な末っ子姫』として臣下からも民からも愛されて育った。
(この事を知るのは陽炎国でも一部の者だけ)
故にアルテミシア王国でもヨーリィは姫君として迎え入れられた。
そして、ディアニス王子もヨーリィの事を姫と思っており、そして好意を抱いてる事も分かっていた。
「ふふ、好都合だな」
ヨーリィが恋焦がれる満月の想いは、ヨーリィに向かっている。
ならば、この立ち位置を利用すれば彼を手に入れる事が出来るのではないだろうか。
(もしそうだとすれば、ディアニス様を陽炎国に連れ帰らなければ)
アルテミシア王国では同性婚は認められていない。
しかし、陽炎国は妾という立場であれば、同性を公的に伴侶に置くことができた。
(ディアニス様、おつむは弱くいらっしゃるからなぁ)
ディアニスと行動して思ったことは、ディアニスの中身は幼稚で、自己肯定感に満たされているということであった。
確かに狩猟の才は有ると思うが、自分の快楽や興味の有るもの以外には積極性はまったくない。
典型的な、暗君だ。
これではアルテミシア王国もいずれ傾くだろう。
(ディアニス様は、私の手元で愛玩するのが一番幸せだろう)
与えられた自室で、ヨーリィは寝る前に策を練るのが日課となっていた。
たとえば……そうだ。
「月の乙女、カグヤ様」
ディアニスは便宜上、『月の乙女』であるカグヤと婚姻を結んでいる。
しかし、カグヤは『月の乙女』が持つ奇跡を全く起こすことが出来ず、加えてアルテミシア王国では致命的な『目が悪い』という欠点があり『しかめっ面女』と蔑まれていた。
(もし、ディアニス様に彼女を弾劾させれば)
後ろ盾を失う彼女はきっと、着の身着のまま国外へと追放されるだろう。
勿論、異世界から無理矢理連れてこられたか弱い娘が惨いことになるのは、ヨーリィとて本意ではない。
同じく留学生であり、カグヤに想いを寄せているソルティ王子を利用し、この二人を恋仲にしてカグヤをアポロシス王国に連れて帰るように仕向ければ、罪悪感なく彼女を排除できる。
(多分、ディアニス様は何の考えも無くやるだろうな)
彼は多分そこまで考えないだろう、己の快楽を、利を優先させるのだから。
そして、『月の乙女』を失ったアルテミシア王国はディアニスを裁かざるを得なくなる。
「はあ……ディアニス様」
端から見れば、可憐な姫君の恋煩いに見えるだろう。
ディアニス好みの『可憐な娘』を、演じているのだから。
一年かけて、土台はしっかり作った。
あとは美しい満月をこの手にするだけだ。
ヨーリィは恍惚とした様子で一人、笑みを浮かべるのであった。




