陽炎の御子は帰さない 後編
結論から言えば、事はヨーリィの思惑通りに進んだ。
それとなく、しかし『ヨーリィが唆した』と思われないように背中を押すような形でディアニスはとあるパーティでカグヤを弾劾したのだ。
その姿は凛と美しくもあまりにも非情で、自らに酔っているものであった。
帰る場所を失ったカグヤを、事前に情報を流しておいたソルティが救った姿は今もアポロシス王国では美談として語られているそうだ。
(互いに幸せなら、それでいいだろう?)
ディアニスは『月の乙女』を他国に引き渡したという前代未聞の罪により、王位継承権を剥奪された。
そして行く当てのない彼をなだめ、『伴侶』として見事陽炎国へと連れ帰ったのだ。
「陽麗様、こちらの書簡の件は……」
「そうですね、こういった案はどうでしょうか」
一年経った今も、アルテミシア王国からディアニスの返還を求める声は無い。
陽麗は無事に成人の儀を迎え、末の『皇子』として、一領主として働きながら充実した日々を過ごしていた。
「……さて、そろそろ暇させてもらいましょうか」
「お妾様ですか、陽麗様も大変ですね」
「なに、すこしお転婆なだけですよ」
キリ良く仕事を片付けて、戻るのは私邸に残しているディアニスの元だ。
外側から掛けられた鍵を外して扉を開ければ、むせ返るような甘い香りが鼻腔を擽る。
「ディアニス様、良い子にしていましたか?」
真ん中に置かれた広い寝台には、自国の女物の民族服を着たディアニスがキッと青い瞳をこちらに向ける。
「ヨーリィ……」
「ほらほら、旦那様のお帰りですよ。 そんな顔をしないで?」
かつての中性的ながらも凛々しい雰囲気はこの一年で形をひそめ、代わりに危うげな色香が乗ったように思える。
狩猟で無駄無く鍛えられていた引き締まった筋肉は落ち、陽の光を殆ど浴びないため青白くなった肌はまるで月光のように儚げだ。
「聞きましたよ、また邸を抜け出そうとしたらしいですね」
「……っ」
警戒するように顔を顰める様は、まるで悪戯を怒られた猫のようだ。
「暫くはそういった事は無かったので油断していましたが……まだ諦めてらっしゃらないのですか」
「っ……当たり前だ、僕はアルテミシア王国の第一王子だぞ」
ディアニスは、中々過去の栄光を忘れられないようだ。
ここに来た時も彼は頻繁に邸を抜け出そうとし、その度に連れ戻されてはヨーリィから『お仕置き』をされている。
(最も、この世界で彼をアルテミシアの第一王子と呼ぶ人はもう居ないのだけれど)
今の彼はヨーリィの『妾』であり、籠の鳥だ。
遠い極東の大陸で、ヨーリィの庇護が無ければたちまち破滅するのは目に見えている。
それでも、かつてと今の落差に耐えきれなくなるようだ。
「あまり周りに迷惑が掛かるようなら、もう片足の腱を切るのも視野に入れなければいけませんね」
「……ぐっ」
「そうしたら、もう抜け出すことなど出来ないでしょう?」
長く伸びたプラチナブロンドの髪を手櫛で梳けば、ぴくりとディアニスの肩が揺れる。
澄んだ青の瞳に僅かな怯えが乗った事に気付き、ヨーリィはなだめるように声音を和らげた。
「そんな方法で気を引かなくても、私が愛しているのは貴方だけですよ」
「……こんなの、狂っている」
嗚呼、その言葉を何回も何十回も聞いてきた。
きっと彼は、変わりゆく事が怖いのであろう。
気位の高い彼にとって、この愛は屈辱で窮屈なのだ。
「何処にも返しませんよ、私の満月」
そんな彼の戸惑いを可愛らしく思いながら、一生掛けて付き合っていくつもりだ。
寝台へと押し倒せば、僅かな抵抗を見せた後に諦めたようにヨーリィへと身を任せる。
ようやく手元に堕ちてきた満月を愛でながら、ヨーリィは満足そうに微笑むのであった。




