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陽光の王子は返さない 前編

  ソルティ・サニーズ・アポロシスが強い高熱と眼の痛みに襲われたのは、三つの頃であった。


 アポロシス王国では、未だ衛生面や医学面が発達しているとは言い難く、三日三晩苦しみ抜いた。


 「それでも持ち直したのは、きっとソルが強い子だからだわ」


 アポロシス王妃である母は、事あることに涙ぐみながらそう言うことが多い。


 奇跡的に解熱し一命を取り留めたソルであったが、深いマリンブルーの左目は鈍く変色し、何かを映すことはなくなった。


◆◆◆

 

 そんな彼が、『月の乙女』であるカグヤに出会ったのはアルテミシア王国にやってきて暫く経った頃であった。


 アルテミシア王国では『月の乙女』と呼ばれる聖女が定期的に召喚され、国に繁栄をもたらすと言われていたが、カグヤはごく普通の女性に思えた。


 そんな名誉ある筈の『月の乙女』である彼女と出会ったのは、療養施設の中であった。


 「君、その顔は……?」


 「ご、ごめんなさい。 眼鏡を失くしちゃって顔が分かりづらいんです……」


 艷やかな黒い髪に同じ瞳の彼女は、どうやら目があまり良くないようだった。


 しかめっ面で一生懸命こちらを見ている姿が、どこか愛嬌を感じさせた。


 「施設長さんのところに行って、眼鏡を借りようと思ったのですが馬車から降りた所で一人ぼっちになっちゃって……」


 「おやおや、それじゃあワタシが案内したげましょ」


 「ありがとうございます」


 控えめに微笑む彼女はけして女神のような美しさではないが、人好きのする愛らしさは見受けられた。


 施設従事者から眼鏡を借り、ようやく一心地ついた彼女は、施設内で忙しなく働いた。


 病室のシーツを干し、清掃をし、庭に出て患者たちと日向ぼっこをする。


 分け隔てなく穏やかに接する彼女に、ソルはなぜか興味が湧いた。


 「まずは清潔が第一です、不潔な環境だと治るものも治りませんからね」


 「日向ぼっこは?」


 「太陽を浴びると背が伸びたり骨が丈夫になるんです、それにこんなに晴れてるのだから外に出ないと勿体ないですよ」


 異世界からやってきた彼女は、ソルティの知らないことを沢山知っていた。


 その知識はソルティにとっても新鮮で、それでいてそれをひけらかす事なく教えてくれるカグヤは好意的に映った。


 例えば、口腔の衛生と健康の関係性。


 例えば、手指消毒と食中毒や感染症の防止について。


 言われれば小さな当たり前の事だが、アポロシスやアルテミシアでも中々守られていなかった院内の衛生面を、カグヤは徹底的に正し続けていた。


 「ごめんね、私もまだまだ学んでる最中で基礎的な事しか分からなくて」


 「謝らなくてええんよ、ワタシにはとても新鮮で有意義な事ばっかりや」


 カグヤと共に居ると新しい学びが沢山あった。


 確かにアルテミシアはアポロシスよりも医学面でも発達しているが、『狩猟の女神』の加護を失った見離されし者と目を患う人々を冷遇している姿は、どうしても後進的に思えたのだ。


 「なんで、この国の人は目が見えなくなる事を怖れているのかしら、歳を取れば誰でも白内障なんかになることはあるのに」


 「はくないしょ?」


 「あっ……えと、目のなかにあるレンズが加齢なんかで濁っちゃう病気で……」


 「なるほど、確かに人は老いには勝たれへんものね」


 束の間の休憩中、盲院の中庭のベンチで軽く昼餉を取りながらカグヤと話をすることが、いつしかソルティの日課になっていた。


 この日もカグヤはしかめっ面をしていて、今日もまた眼鏡を侍女に捨てられたようだ。


 「昔から根付いている信仰心を変えることは難しいやろうね」


 それは、太陽の神を信じるアポロシスも同じだ。


 この国に根付く差別や風評被害は中々拭うのは難しいだろう。


 「それでも、アナタは助けたいんか?」


 「……そうですね、困っているというなら手を差し伸べたいかな」


 「それは、『月の乙女』やから?」


 「ううん、見習いだとしても私は看護師だから」


 とくりと、胸の鼓動が跳ね上がる音を聞いた気がする。


 じっとこちらを見上げる瞳は、ひどく澄んでいるように思えた。


 「……なんというかアナタ、すごいお人好しやね」


 「あはは……奇跡なんて起こせたら楽なんだろうけど」


 社交界でのカグヤの評判は、すこぶる悪い。


 『奇跡』も起こせない、視力も悪い『不美人』にアルテミシアの王族貴族の視線は冷たい。


 いくら淑女教育を頑張っていても、カグヤの立ち位置はあまりにも不安定だ。


 ――こんなに真面目で、素晴らしい女性なのに。


 特にこの国の第一王子にあたるディアニスは、婚約者である彼女に殊更無理難題を言い渡しては辛く当たっている。


 更には極東に有る異国の王族である、留学生のヨーリィを溺愛し、仲睦まじく共に居る姿をソルティも見かけていた。


 ディアニスとカグヤが相思相愛なら、少なくともディアニスが彼女を幸せにしてくれるのならば。


 ソルティは胸に芽生え始めてたこの気持ちに蓋をし、来たる日に国へと戻っただろう。


 けれど、そうはならなかったのだ。


 (このままでは彼女は不幸になってしまう)


 そうしてソルティはあのパーティで名乗りを上げ、カグヤを貰い受けたのだ。

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