陽光の王子は返さない 後編
アポロシス王国に戻り、一年が経とうとしていた。
アルテミシアから連れてきたカグヤと婚姻を交わし、夫婦となったのがまるで最近のように思える。
「今日もお疲れ様、カグヤ」
「ソルもお疲れ様」
カグヤとの婚姻後、自ら臣籍降下を願い出たソルティは母方の空位となっていた子爵位を賜り、カグヤと共に城を出た。
兄二人は既に愛妻がおり、子供もいる。
自身の継承権は無いに等しいが、『月の乙女』であるカグヤをどこで誰が利用するか分からないため、早々に権力争いの場からは降りたのだ。
「最近は流行りのせいか熱病が多いなあ」
「そうね、また熱冷ましの薬を煎じておかないといけないわ」
そして、今は領地の片隅に屋敷を構え、診療所を開いている。
アルテミシア王国で学んだ知識は、この領民の助けとなっており死亡率も減った。
無論、カグヤも看護師としてソルティを支え、時に師のように率先して動いている。
いつも一生懸命で人に寄り添える彼女は、この町で受け入れられ、毎日が楽しそうだ。
「それでも、衛生と消毒の大切さを口酸っぱく伝えたおかげで去年に比べたら食中毒の発生も少ないわ」
「皆が健康でいてくれるならそれでいいわね、あとは外科手術も対応出来るようになればいいのだけど」
「はは……頑張るでェ……」
カグヤは看護師であるが、医師ではないため執刀は出来ないのだという。
経験はまだまだ浅いが、そこはソルティ自身で詰んでいくしかない。
「でも、ソルは毎日頑張ってくれてるわ」
「なんの、カグヤの愛がこの街を支えてるんやで」
「全て、皆さんのおかげよ」
後に分かったことだが、カグヤの『奇跡』はカグヤを愛し、そしてカグヤが愛を返すことで発現するらしい。
現にカグヤはこの町の人からは敬愛されており、その見返りかのように彼女が作る薬の効能は高かった。
「でも、私がこうやって楽しく毎日を過ごせてるのは間違いなく貴方のおかげだわ」
ありがとうね、と可憐に微笑む妻は可愛い。
婚約指輪代わりに贈った、この国の特産品であるグラスを使った眼鏡はカグヤによく似合っていると思う。
向こうの世界にいる両親から貰ったという眼鏡と、オシャレ感覚で交互に掛けているのがまた微笑ましかった。
「……なあ、久々に明日お昼から出かけへん? 町の食堂で一緒に甘いものでも食べに行こうや」
「良いわね、働き放しも良くないもの」
「ほんま、カグヤはすぐ目を離すとワーカーホリック気味になるんやもん、たまにはワタシとデートしよ?」
「ふふ、楽しみだわ」
柔らかく、華奢な身体を抱きしめれば、彼女は嬉しそうに目を細めてくれる。
(なんて幸せなのだろう、こればかりはカグヤを手放してくれたディアニス王子に感謝せんといかんなぁ)
ディアニス王子は、あの後『月の乙女』を他国に渡してしまったという失態を重く見られ、王位継承権を剥奪された。
その後、ヨーリィの元に婿入りするために極東の異国へと渡ったようだが彼は今何をしているだろうか。
(――そういえばあの時、パーティの事を教えてくれたのはヨーリィ様やったな)
ふと、パーティの数日前の事を思い出す。
アルテミシア王国の文化を取り入れた異国のゆったりとしたドレスに身を包んだ彼女は、前もってソルティに婚約破棄の茶番劇の事を横流ししてきたのだ。
――私はディアニス様を、貴方はカグヤ様を手に入れられるでしょう?
歌うようにそう囁きかけた彼女の真意は、今となっては解らない。
だが、彼女が動かなければソルティが気付く前にカグヤは一人国外に放り出されていたかもしれなかった。
「ソルティ?」
腕のなかの『月の乙女』が大きな瞳でこちらを見上げてくる。
「ううん、なんでもない。 明日楽しみやね」
手にした『月』なのだ、アルテミシアにも元の世界にも返す気はサラサラ無い。
ソルティは最愛の妻の唇に、そっと口づけたのであった。
明日はディアニス編です




