第29話 若いもんの装備
第29話 若いもんの装備
橋の再建の下見から戻ると、サジ、バルグ、サクは、それぞれの持ち場で動き始めた。
サクの役目は、町へ連れていく若い二人の鍛錬である。
ただし、鍛錬と並行して、町へ向かうための装備もそろえなければならなかった。
まずはガロンのいる燻製小屋で、ダンとジーロに落ち合った。
そこでガロンに、二人の手袋と、歩くための靴、それに岩場を登るための靴を作れないか相談した。
だが、ガロンには二人に代わる新しい「若いもん」を仕込む仕事がある。
そこで装備作りは、同じ猟師のムロに頼むことになった。
ムロは長く足を痛めながらも、無理を押して猟師を続けてきた。だが、ここにきて息子が一人前に動けるようになり、今では半ば引退している。
猟師、ことに古株の者は、手袋や靴といった装備を自分で作る技にも長けていた。
ガロンもその一人だが、ムロはさらにひと手間かけた物を作る男であった。
ただし、理屈が多い。
サクはダンとジーロを引き連れ、ムロの家へ向かった。
「おるかー?」
家の前から大声で呼びかけ、戸を叩く。
「おるぞ。待っとったぞ」
家の中から、負けじと大きな声が返ってきた。
戸が開き、ムロが三人を招き入れる。
どうやらガロンから、あらかじめ話を聞いていたらしい。部屋の隅には、革や紐などの材料がすでに積まれていた。
大雑把に見えて、こういうところにはよく気が回る。
それがガロンという男であった。
家に入ると、さっそくダンとジーロの手形を取るところから始まった。
「何に使う」
「岩、木、縄。全部や」
「濡れるんか」
「濡れる」
「どこから減る」
サクは今使っている手袋を外し、ムロに渡した。
ムロは受け取ると、指先をつまみ、手のひらを曲げ、縫い目の一つ一つまで確かめていく。
手回りが済むと、次は足回りである。
二人は順に粘土を踏み、両足の裏の型を取られた。足の幅、甲の高さ、踵の形まで、ムロは細かく測っていく。
「歩くんは、どれくらいや」
「一日」
サクは答えた。
「これ履いて、一日か」
「何日もや」
ムロが手を止めた。
ダンとジーロも、黙ってサクを見た。
さらに岩場を登るときの足の置き方や、濡れた斜面でどこに力をかけるかという話まで始まる。
二人の顔から、しだいに笑みが消えていった。
町へ行く。
それだけの話だと思っていたのだろう。
だが、自分たちがどのような道を歩き、どのような事態に備えようとしているのか。
二人は、ようやく実感し始めていた。
ムロとサクは、淡々と話を進めていった。
サクは今使っている二足の靴を取り出す。
一つは岩場を登るためのもの。
もう一つは、長い道のりを歩き通すためのものだ。
ムロはそれぞれを手に取り、靴底を曲げ、縫い目を指でなぞった。
「こっちは、もう少し底が固うてもええんとちゃうか」
「岩の角、拾えんようになる」
「せやけど、これやと減るんが早い」
「減ったら替える」
「作るほうの身にもなれ」
「そんなん自分でやれんと、やっとれんわ」
そんなことを言いながらも、ムロの顔は楽しそうだった。
紐の通し方、踵の押さえ方、濡れた岩での滑りにくさ。
二人の話は、いくらでも続いた。
サクも、この話ならいつまででもしていられると思った。
だが、ほかにも頼まなければならない装備がある。
名残惜しいが、今日はここまでにするしかない。
「ムロさん、ごめん。あとの装備も頼みに行かなあかん。とりあえず、今日はここまでにするわ」
「これで終わりとちゃうからな」
ムロは少し不満そうに答えた。
足回りについては、まず鍛錬に使えるものを早めに一足ずつ作ることになった。
実際に歩かせ、その減り方や足の痛む場所を確かめながら手を入れていく。そのうえで、町までの道に耐えられるものに仕上げる。
どうやら完成まで、何度もここへ顔を出すことになりそうだった。
サクは二足の靴をしまい、立ち上がった。
次は、縄と、身体を支える帯、それに荷を入れる袋などである。
向かう先は、メルナのいる紬小屋だ。
*
紬小屋の脇では、新しい建物が造られていた。
先日の寄り合いで決まった刺繍仕事の人手と、これから増える縄作りのための場所である。
建築の指揮を執っていたのはモルだった。
サクの顔を見るなり、声をかけてくる。
「おう、久しぶりやな」
「おう。久しぶりっちゅうても、この前の寄り合い以来やんか」
「こうして話すんが久しぶり、ちゅうこっちゃ」
モルは建物のほうへ顎をしゃくった。
「メルナとの話が終わったら、声かけえよ。そっちも用事あるやろけど、俺も伝えたいことあんねん」
「ああ、分かった」
モルと言葉を交わし、サクたちは紬小屋へ入った。
戸を開けると、いつにも増して騒がしい声が押し寄せてきた。
「サクが来たでえ。尻すり減らして」
いきなりこれである。
中で働く者が増えていた。
オルムが、さっそく人を手配したらしい。手狭になった紬小屋を広げるのが、何より先ということのようだ。
「ああ、来た来た。やっと来た」
メルナが小柄な身体を弾ませ、ぱたぱたと近づいてきた。
「新しい子らの装備と、縄の段取りやろ。早うせんと、ほかの仕事で手ぇいっぱいになるで」
「そやねん。それで急いで来てん。まずは紹介するわ」
「そない面倒なこと、せんでええ」
メルナは片手を腰の辺りに置き、もう片方の手をひらひらさせた。
「名前も顔も、こんな小さい頃から知っとる」
腰よりも低いところで手を止める。
「ダンとジーロやな。サクのこと、頼むわな。ええ加減なやつやさかい」
サクは口をへの字に曲げた。
「ええ加減なやつとは言うな。俺は先生やぞ」
「尻の裂けたまま出歩いとる人が、何言うてんの」
小屋のあちこちから笑い声が上がった。
ダンとジーロまで笑っている。
サクは二人を振り返った。
二人はそろって目をそらした。
この辺りまでは、いつものやり取りである。
ひとしきり笑いが収まると、メルナは首に掛けていた採寸用の紐を手に取った。
「ズボンと、身体を支える帯の寸法取りやろ。あんたら、こっちおいで」
ダンとジーロを順に立たせ、腰回りや股下、胸回りを測っていく。
測った長さを帳面に書き付けながらも、メルナの口は止まらなかった。
「縄のことやけどな。えらい数を作れっちゅう話が来てんねん。あんた、知っとるか」
メルナは顔を上げた。
「たぶん、橋絡みやと思うんやけど」
「そうやと思うで。昨日の晩、サジとバルグが村長んとこへ行って、話し合うとった。今頃は、ほかの手も合わせて考えとるんやないかな」
「今朝、サリナからざっと聞いただけやけどな」
メルナの手が止まった。
「あの数は無理やで。なんぼ人を増やしても、すぐには作れへん」
先ほどまでの勢いが消えていた。
いつになく弱気なメルナに、サクは答えなかった。
縄がどれだけ必要になるのか。
いつまでに、どれだけ用意しなければならないのか。
サクにも、まだ言えることがない。
「この子らの装備、どれくらいでできる?」
強引に話を戻した。
メルナはしばらくサクを見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「縄は、今ある分でぎりぎりやな。身体を支える帯とズボンだけやったら、二週間ちゅうとこや」
帳面へ視線を戻す。
「せやけど、ほかの仕事との兼ね合いもある。ひと月は見といてほしいわ」
「分かった。よろしゅうお願い申します」
サクは頭を下げると、早々に席を立とうとした。
「ちょっと待ってえな」
メルナが慌てて引き留める。
まだ橋の話を聞きたいらしい。
だが、口から出たのは別の言葉だった。
「昼ご飯、食べていけへん? 若い二人も」
サクは、このあとの段取りを頭に浮かべた。
「おおきに。そんでも次は作事小屋へ行って、金物やらの装備を頼まなあかんねん。今度、お願いするわ」
「しゃあないわな」
メルナは、あっさりと手を放した。
「サクは村で一番、忙しい人やさかい」
*
紬小屋を出ると、モルが待っていた。
「おう、もう話は終わったか?」
まだ何も決まっていないうちから、断片的な話だけが村に漏れ始めている。
そのせいで皆の不安が膨らんでいることを感じながら、サクは慎重に答えた。
「ああ。見通しだけ聞いてきた」
モルは一つ頷いた。
「ほな、行こか」
「現場、放っといてええんか?」
「差配は終わっとる。それに作事小屋にも、仰山仕事が残っとるさかいな」
モルを加えた四人は、作事小屋へ向かった。
作事小屋の向こう、小川のほとりに、小さな建物が新しくできていた。
こちらを向いた壁は大きく開かれ、中では水車が音を立てて回っている。
ダンとジーロが足を止めた。
「どや」
モルは得意げに胸を張った。
「試し物を作るための水車小屋や。ここに歯車やカムを取り付けて、いろんなカラクリを試せるようにしとんねん」
歯車は、力の向きや回る速さを変える。
カムは、回る動きを、物を押したり引いたりする動きへ変える。
サクがこの村へ落ちてきて、ようやく馴染み始めた頃のことだ。
バルグとモルに捕まり、知っていることを根掘り葉掘り聞かれた。身振り手振りを交え、四苦八苦しながら説明した覚えがある。
その拙い説明から、二人はここまでのものを作り上げたのだ。
小さくとも立派な水車小屋ができたことより、サクはそのことに感心した。
「まずは、縄を撚るカラクリを作る」
モルは回る水車を見ながら、目を細めた。
「糸をつないどいたら、勝手に撚ってくれるようにすんねん」
その先に作るものまで、すでに頭の中にあるのだろう。
「ええもん作ったな。これやったら、試すんもずっと早うなるやん」
サクは素直に感心した。
「動いとるとこ見たら、メルナ、たまげるで」
糸を撚り合わせて縄にする仕事は、同じ動きを延々と繰り返す。
紬小屋の仕事の中でも、かなりの手間を取られていた。
それを水車の力に任せられれば、縄作りは大きく変わる。
「それよりな、滑車のほうを見てほしいんや」
モルはすっかり前のめりになっていた。
水車小屋を離れると、先に立って作事小屋の戸を開ける。
「ちょっと待ってえな」
サクが、その背中を呼び止めた。
「先に道具の注文させてくれ。何しに来たんか、忘れてまうわ」
*
作事小屋へ入ると、バルグの隣でカメルが紙に何やら描いていた。
どうやら図面を引いているらしい。
先日の下見からの帰り道にも、カメルはバルグから次々と図面を描かされると、こぼしていた。
「あっ、サク兄。こんにちは」
カメルは顔を上げ、挨拶をした。
それから、サクの後ろについてきたダンとジーロへ目を向ける。三人は互いに軽く顎を引き、目だけで挨拶を交わした。
サクも片手を上げて応じ、モルのあとについていく。
「要るもんは何や」
バルグが図面から目を離さずに尋ねた。
「とりあえず、ピッケル二本と斧二本。若いもんの練習に使うさかい、大至急や。それと、ハーケンとカラビナを作れるだけ」
「斧は在庫があったはずや。あとでカメルに聞いてくれ。ピッケルと細かいもんは、二週間くれ」
モルがメモを書き、ピンで壁にかけている掲示板に刺した。
「ああ、頼むわ」
事務的な話は、それで終わった。
ダンとジーロが顔を見合わせる。『もうしまいかい?』
「どやっ。これ見てくれ」
待ちきれなかったように、モルがすぐそばにあった円い板を抱え上げた。
滑車である。
円い板の縁には、縄を掛けるための溝が掘られている。
最初に話し合った形そのものだった。
だが、よく見ると、中央の軸を通す部分だけ別の木がはめ込まれていた。そこだけ、周りとは木目の向きも違っている。
サクは、その部分を指でなぞった。
「分かったか」
モルが少し誇らしげに言った。
「軸を受けるとこだけ、硬い木に替えたんや。木目の向きも、周りとは変えとる」
「理由は分かるで。木ぃを丸く切って、真ん中に穴を開けただけやったら、軸に当たるとこから削れて、すぐガタガタになる」
「そういうこっちゃ」
モルは滑車を立て、中央の穴へ指を入れた。
「木の種類も、乾かし具合も、いろいろ試した。ほんまは軸を受けるとこを鉄にしたかったんやけどな。きれいな丸に作るんが難しい」
滑車をくるりと回す。
「それで、違う木をはめ込んで、木目の向きも変えてみた。そしたら、減り方がまるで違うた」
「作る手間は増えるけどな」
バルグが横から付け加えた。
「ようやく使えるもんになった」
サクは腕を組み、感心しながら頷いた。
「橋の工事で、さっそく役に立ちそうやな。吊り橋の縄を張ったり、掘った穴から土や石を引き上げたり。使い道は、なんぼでもありそうや」
「そうか。役に立ちそうか」
モルの目が輝いた。
その声を聞きつけ、カメルの図面にあれこれ注文をつけていたバルグが近づいてきた。
「橋の話やけどな」
バルグが話に入る。
「村長んとこで話した結果、吊り橋の縄ができるまでに、川へ降りて渡る道を先に作ろうかっちゅうことになった。まだ仮決まりやけどな」
吊り橋に使う縄を用意するには、少なくとも二か月ほどかかる。
その間も橋台や木材の準備は進められるが、橋を架けるところまでは行けない。
ならば、その間に河原へ降りる道を整え、川を渡る別の手段も作ってはどうか。
吊り橋だけに頼らず、両方を進めるという案だった。
「時間と人を、無駄にせんようにするっちゅうことやな」
サクは頷き、それからふと首を傾けた。
「今、思い出したんやけどな」
「何や」
「前の世界に、潜水橋っちゅう橋があってん。水が少ないときは普通に渡れて、増水したら水の下に沈む橋や」
バルグの眉がわずかに動く。
「下へ降りて川を渡るんやったら、考え方はそれに近いんとちゃうかな。水に沈んでも流されにくいように、石で造ったもんが多かったと思うけど」
話を聞き終えたバルグの眉が、ぴくりと跳ねた。
「何で、あんときに言わへんねん!」
「いや、あんときは吊り橋のことしか考えてへんかったんや。帰ってから、川に残っとった水の跡を思い出してな」
「一緒に川まで見に行った意味がないやろが!」
「今、思いついたんやから、しゃあないやん」
「しゃあないで済ますな!」
怒鳴られたサクは、頭をかいた。
潜水橋だけで川を渡れるようにするのか。
それとも、吊り橋ができるまでの仮の橋とするのか。
そもそも、あの川に造れるものなのか。
もう一度、川幅や水深、増水したときの流れを調べなければならない。
バルグはなおもぶつぶつ言っていたが、案そのものを退けるつもりはないらしい。
「村長んとこ、行くで」
「今から?」
「今からや。忘れる前に、お前の口から説明せえ」
バルグはサクの腕をつかんだ。
「ちょっ、待て。まだ話が――」
「歩きながら聞く」
サクは半ば引きずられるように、作事小屋から連れ出されていく。
戸口を通る寸前、ダンとジーロを振り返った。
「明日から本格的に鍛錬や! 明日出て、一泊して帰る! ガロンに、何を用意するんか聞いといて!」
声だけを残し、戸が閉まった。
その場に残されたダンとジーロは、しばらく閉じた戸を見つめていた。
やがてダンが、確かめるようにジーロへ尋ねる。
「あの人、村で一番大事な人やって、師匠は言うとったけど」
村の誰もが遠慮なくサクをからかい、怒鳴り、引きずっていく。
ダンがこれまで抱いていたサクの姿とは、ずいぶん違っていた。
「それが、あの人のすごいとこや」
ジーロは小声で答えた。




