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補欠は異世界でも甲子園の夢をみるか  作者: クリオアサト


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第28.3話 水車の誕生

第28.3話 水車の誕生


朝。

サクは夜明けとともに起き出した。

ミアと連れ立ち、まずは比較的近い場所に仕掛けた罠を見て回る。

獲物がかかっていれば、運ぶのはサクの役目だった。

それが終われば、近隣の家々の水汲みを引き受ける。

水瓶を満たし終えると、今度は畑へ向かった。

土を耕し、荷を運び、頼まれれば何でもした。

この世界へ落ちてきたばかりの頃のような、危機的な状態はもう脱している。

身体は、少しずつ健康を取り戻していた。

けれど、身体が元気になるほど、別のものがサクを苛んだ。


望郷の念だった。


それは発作のように、不意に襲ってきた。

夜、静かな寝床に横たわると、もう帰れないかもしれない場所のことばかりが頭に浮かんだ。

目を閉じても眠れない。

胸が詰まり、身体が震えた。


だからサクは、日中、休もうとしなかった。


水を汲む。

畑を耕す。

狩りを手伝う。

重いものを運ぶ。

考える余裕がなくなるまで働き、身体がぼろぼろになるまで動いた。

床に入る頃には、眠るというより、気を失うように意識を手放した。

それが、サクの日課になった。

それでも時折、疲れ切っているはずの身体を震わせながら、寝床の中で夜明けを待つことがあった。


ミアには、それがいいことだとは思えなかった。

身体を疲れさせれば眠れる。

けれど、それでサクの中にあるものが消えるわけではない。

少しでも言葉を覚えてほしい。

少しでも多く、他の者と交わってほしい。

この村の中に、サクの居場所を増やしてやりたかった。

だからミアは、何かにつけてサクを薬師のばあさんのところへ連れていった。

そして時には、嫌がるサクをサリナとハウのいる学び舎へ放り込んだ。


「サクは、面白いやつだ」

ミアは本気で、そう思っていた。

もっと多くの者に、サクのことを知ってほしい。

そしてサクには、これからも自分たちの知らない面白いものを、たくさん見せてほしかった。


ある日、ミアは瓢箪をいくつも抱えて学び舎へやってきた。

あの歯の欠けたばあさんの家から貰ってきたものだった。

ばあさんが体調を崩したため、薬師のばあさんが調合した薬を届けに行き、その礼に持たされたのだという。

この村では、多くの家が農閑期に行う手仕事を持っている。

中には、親から子へ代々受け継がれ、家伝の技となっているものもあった。

歯の欠けたばあさんの家では、瓢箪を水入れや器などの生活用品へ加工することを得意としていた。


ミアは持ってきた瓢箪を、サクの前へごろごろと並べた。

「あんた、これ、なんとかしぃ」


それだけ言って、何を作るかはサクに任せてしまった。

サクは並んだ瓢箪を前に、しばらく考え込んだ。

ふと顔を上げると、学び舎の向こうに広がる畑で、いくつもの風車がくるくると回っていた。

もとは、サクが折り紙の延長で作ったものだった。

それをハウが目に留め、畑に立てておけば害鳥避けになるのではないかと考えたのだ。

風を受け、休むことなく回り続ける羽根を眺めているうちに、サクは思いついた。

風で回るなら、水でも回る。


水車を作ってみてはどうだろう。


サクはハウから鉈と鋸、それに穴を穿つための錐を借りた。

前の世界で見た水車の形を記憶から拾い上げながら、不器用な手つきで木を削り、部品を作っていく。

まず、三つの瓢箪を縦に割った。

これで、椀のように水を受ける六枚の羽根ができる。

それぞれに棒を取りつけ、軸となる丸太へ差し込もうとした。

だが、やってみると思ったほど簡単ではなかった。

穴が浅ければ、棒はすぐに抜ける。

深くしようとすれば、今度は丸太を割ってしまいそうになる。

穴の向きが少しずれただけでも、羽根は大きく傾いた。

何度も削り直しているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。

その日は、六枚の羽根を並べるところまでたどり着けなかった。



夜、サクはミアと食卓を囲んだ。

粗末な食事を口へ運んでいると、ミアが何気ない調子で尋ねてきた。

「瓢箪、どないした?」


「ナンカ、ツクッテル」


「何を?」


サクは少しだけ考え、それから口元を緩めた。


「ナイショ」


「なんや、それ」

ミアも笑った。

「器にするんか?」


サクは首を横に振る。


「水入れ?」

もう一度、首を振る。

「ほな、何になるんや」


「ナイショ」


たいした内容ではない。

それでも会話は、そんな調子でしばらく続いた。

寝床へ入ってからも、サクは水車のことを考えていた。

棒をどう差し込めば外れないか。

羽根の向きをどう揃えるか。

明日は、どこを削り直そうか。

いつもなら暗くなるほど膨らんでくるはずの望郷の念も、その夜はなかなか顔を出さなかった。

サクは水車の続きを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。



二日目。

サクは学び舎でいつもの仕事を終えると、すぐに昨日の続きを始めた。

軸となる丸太へ、少しずつ角度を変えながら六つの穴を開けていく。

棒の太さも一本ずつ調整し、緩いところには細い木片を噛ませた。

何度も差しては抜き、削っては差し直す。

そうしてようやく、六枚の羽根を軸へ固定することができた。

羽根の大きさも、間隔も、きれいに揃っているとは言いがたい。

正面から見れば、わずかに歪んでもいる。

それでもサクの手の中に、六枚の羽根を持つ素朴な水車が出来上がった。

立てれば、サクのへそあたりまである。

次に必要なのは、水車の軸を支える台だった。

サクは手頃な長さの木の棒を四本探し出すと、二本ずつ交差させ、縄で縛り始めた。

同じ形のものを二つ作れば、軸受けになる。


サクが棒を組んでいる間、傍らには一人の年長の子がしゃがみ込み、その手元をじっと見つめていた。

昨日も、少し離れたところから作業を見ていた子だった。

やがて、重ねた棒がずれそうになると、少年は黙って手を伸ばした。

棒を押さえ、サクが縄を巻くのを手伝ってくれる。


「ナマエ?」

サクが尋ねると、少年は自分の胸を指した。


「カメル」


「カメル」

サクがその名を繰り返すと、少年はうなずいた。


二つの軸受けが出来上がると、サクはカメルに身振りで頼み、少し離して立ててもらった。

その間へ水車を差し入れ、左右へ突き出した軸を、木組みの交差した部分へ載せる。

間隔を少しずつ調整してから、サクは羽根を手で押した。

不格好な水車が、ぐるりと一回転した。

もう一度押す。

軸を軋ませながら、それでも羽根は回った。

とりあえず、回る。

顔を上げると、いつの間にか周りには子供たちが集まっていた。

何を作っているのだろうと、皆が興味深そうに水車を覗き込んでいる。

これが何をするものなのかは、まだ誰にも分からないのだろう。

サクは二つの軸受けの下へ枝を渡し、縄で固定した。

これで、二つの木組みの間隔が勝手に変わることはない。

そうしているうちに、また日が傾き始めた。


今日の作業は、ここまでだった。


サクは運びやすいよう、水車本体を軸受けから取り外した。

それを学び舎の納屋へ運ぼうとすると、カメルが軸受けの片側を持ち上げた。

さらに、見物していた子供のうち二人が水車へ手を伸ばした。

誰に頼まれたわけでもない。

けれど三人とも、手伝うのが当然であるかのようについてきた。

道具と水車を納屋へ収めると、サクは覚えたばかりの感謝の言葉を口にした。


「オオキニ」


子供たちは一瞬きょとんとしたあと、互いの顔を見合わせて笑った。



学び舎の畑から少し離れたところに、小川が流れている。

最近のサクは、そこから水を汲み、学び舎で使う生活用水や畑へ撒く水を運ぶことに、一日の多くを費やしていた。

長雨がやんでからというもの、今度は日照りが続いている。

水汲みは、五往復やそこらでは済まなかった。


三日目。

朝の日課を終えたサクが納屋へ向かうと、カメルがすでにその前で待っていた。

昨日手伝ってくれた子供たちもいる。

サクが納屋から水車を運び出すと、何が始まるのかと、さらに小さな子供たちまでぞろぞろとついてきた。

サクは出来上がった水車を抱え、小川へ向かった。

その後ろでは、カメルが軸受けを持ち上げようとしている。

それは後で運べばいい。

そう伝えようとしたところへ、カメルと同じくらいの年頃の少年が駆け寄ってきた。

少年は木組みの反対側を持つと、カメルと二人で持ち上げた。

そして当然のように、サクの後へ続いた。


小川へ着くと、サクはズボンの裾を膝の上までまくり、水の中へ入った。

足の裏で川底を探りながら、瓢箪の羽根がほどよく水へ浸かる場所を探す。

浅すぎれば、羽根に水が当たらない。

深すぎれば、水の勢いに負けてしまうかもしれない。

何度か川の中を行き来して置き場所を決めると、足で小石を押しのけ、軸受けを据えられるよう川底を平らにならした。

いつの間に来ていたのか、岸辺にはハウが立っていた。


「何をしてるんだ?」


そう尋ねられ、サクは川の流れと、抱えている水車を交互に指した。

「カザグルマ。ミズ、ウゴク」


風車を、水で動かす。

拙い言葉だったが、ハウには伝わったらしい。

ハウは目を細め、サクの腕の中にある奇妙なものを見つめた。

それから、楽しそうな笑みを浮かべてうなずいた。



サクはカメルたちから軸受けを受け取ると、均した川底へ慎重に下ろした。

流れに押されて動かないよう、木組みの下部を足で踏んで固定する。

続いて、カメルともう一人の少年が水車を運んできた。

サクは二人に身振りを交え、どこを持ち、いつ手を放せばよいのかを伝えた。

言葉だけではうまく説明できなかったが、何度か手本を見せるうちに、どうにか意図は通じたらしい。

三人で水車を持ち上げ、左右へ突き出した軸を軸受けの上へ載せる。

初めは、何も起こらなかった。

瓢箪の羽根が流れを受け、わずかに揺れているだけだった。

サクは足で軸受けの位置を少しずらした。

すると、一枚の羽根が水に押された。

水車が重たそうに傾き、次の羽根が流れへ入る。

もう一枚。

さらに、もう一枚。

やがて水車は、ぎこちなく回り始めた。

岸辺から、わっと歓声が上がった。

しかし、その回転は安定していなかった。

軸がきれいな円になっておらず、表面の角も削りきれていない。そのため回るたびに、軸が受けの上で小さく跳ねている。

ガタッ、ガタッ、と木のぶつかる音が繰り返された。

サクは軸受けの下部を足で押さえていたが、回転に合わせて、びりびりと振動が伝わってきた。

これでは回転の速さが安定しない。

それどころか、このまま長く回し続ければ、軸か軸受けのどちらかがすぐに傷んでしまうだろう。

直すところは、まだいくつもある。

それでも、岸辺の者たちにとって、そんなことはどうでもよかったらしい。

ハウは笑顔で手を叩き、何度もうなずいていた。

それにつられて手を叩く子もいれば、両手を高く上げて声を張り上げる子もいる。

小さな子供たちは、水車が一回転するたび、その場でぴょんぴょんと跳びはねていた。

サクは回り続ける水車を見つめ、口元を緩めた。


まだまだ、驚かせるぞ。


だが、そのためにも手直しが必要だった。

サクがいったん水車を外そうと手を伸ばすと、岸辺から不満そうな声が飛んできた。


「もう外すんか?」


サクは振り返り、軸の角張った部分を指でなぞった。

それから、鉈で削る仕草をしてみせる。


「モウチョット、アンジョウスル」


もっと滑らかに、もっときちんと回るようにする。

正確な意味まで伝わったかは分からない。

それでも子供たちは、これで終わりではないのだと分かったらしい。

水車を見る目を、さらに輝かせた。

サクは水車を岸へ引き上げると、小刀を手に取った。

軸受けと触れ合う部分を少しずつ削り、軸の角を落としていく。

削りすぎれば、今度は軸受けとの隙間が大きくなってしまう。

何度も指で表面をなぞり、軸受けへ載せて回しながら、少しずつ形を整えた。

その作業が気になるのか、子供たちがすぐ傍まで寄ってきた。

身を乗り出し、小刀の先を覗き込もうとする子までいる。

サクが手を止め、どうしたものかと顔を上げると、いつの間にかサリナが傍らに立っていた。


「危ないから、もうちょい離れとき」


サリナは両腕を広げ、子供たちを少し離れたところまで下がらせてくれた。

おかげで、サクは再び作業へ集中することができた。

軸の出っ張ったところを削り、軸受けの窪みもわずかに広げる。

そうして一通りの手直しを終えると、水車をもう一度川へ運んだ。

軸受けを川底へ据え、カメルたちに支えてもらいながら水車を載せる。

位置を確かめ、サクは慎重に手を離した。

瓢箪の羽根が流れを受ける。

水車は一度大きく揺れ、それから先ほどよりも勢いよく回り始めた。

ガタガタと鳴っていた音も、いくらか小さくなっている。

岸辺から、再び歓声が上がった。

だが、サクにはまだ満足できなかった。

軸は先ほどより滑らかに回っているものの、軸受けの上で上下左右に揺れている。

六枚の羽根の大きさや向きが揃っていないため、回るたびに重心がずれているのだろう。

軸が横へ動かないよう、何かで押さえたほうがいいかもしれない。

羽根の重さも揃えられれば、回転はさらに安定するはずだ。

そうすれば、回る速さも耐久性も格段に違ってくる。

サクが次々と改善点を思い浮かべていた、そのときだった。

一本の棒が、軸からするりと抜けた。

棒の先についた瓢箪の羽根が水面へ落ち、そのまま流れに運ばれていく。


「あっ!」


子供たちが一斉に声を上げた。

サクは慌てて水車から足を離し、流れていく羽根を追いかけた。

川の中を二、三歩進んだところで、足の裏が石を踏み外す。

派手な水音を立て、サクは川の中へ尻餅をついた。

冷たい水が背中まで跳ね上がる。

その間にも、羽根はぷかぷかと流れていった。

しかし岸辺にいた年長の子供たちが駆け出し、先回りしてくれていた。

一人が岸から身を乗り出し、流れてきた棒をつかみ取る。


「取った!」


高々と掲げられた瓢箪を見て、また歓声が上がった。

サクは川の中に座り込んだまま、それを見上げた。

服はびしょ濡れだった。

水車は羽根を一枚失い、ひどく傾きながら回っている。

子供たちは目を丸くして、川の中のサクを見つめていた。

一瞬の静けさのあと、サクの口から声がこぼれた。


「あっはっは!」


自分でも驚くほど、大きな笑い声だった。

この世界へ来てから、初めて声を上げて笑った。

それをきっかけに、周りの子供たちもどっと笑いだした。

ずぶ濡れになったサクを指さして笑う子。

羽根の取れた水車の真似をして、ふらふらと回る子。

腹を抱え、その場に転がっている子までいる。

カメルも、サリナも、ハウも笑っていた。

サクは川の中に尻餅をついたまま、もう一度笑った。


失敗したはずなのに、不思議と悔しくはなかった。


その晩、サクはミアに言った。

「瓢箪ノコト、モウ少シデ、デキルデ」


「ほんまか」


「ウン」

何を作っているのかは、まだ教えなかった。

けれど、昨日までとは違い、今度は胸を張ってうなずくことができた。



四日目の朝。

学び舎でいつもの仕事を終えると、サクは納屋へ向かった。

積まれた道具や材料の間を、ごそごそと探し回る。

欲しいのは、水車の羽根を補強できるものだった。

特に、細くて丈夫な紐があれば都合がいい。

荒縄なら納屋にもあったが、瓢箪の羽根へ巻くには太すぎる。

サクが物を引っ張り出しては戻していると、通りかかったハウが納屋を覗き込んだ。


「何を探してるんだ?」


サクは昨日抜けた羽根を見せ、棒と軸を指さした。それから両手を握り合わせ、きつく縛る仕草をしてみせる。


「ホソイ、ナワ。カタイヤツ」


事情を察したらしいハウは、少し待つように手で示すと、学び舎の建屋へ戻っていった。

しばらくして、サリナを連れて戻ってくる。

サリナの手には、麻糸の束があった。


「これで足りる?」


サクは麻糸を受け取り、指で強く引いてみた。

細いが、簡単には切れそうにない。


「タリル。オオキニ」


麻糸を渡すと、サリナは学び舎の仕事へ戻っていった。


これと、納屋にあった荒縄があれば、なんとかなりそうだった。

まず、昨日抜けた棒の先へ細く裂いたぼろ布を巻いた。

その上から麻糸をきつく巻きつけ、棒を軸の穴へ押し込む。

布が隙間を埋めたことで、昨日よりもしっかりと噛み合った。

さらに、棒の根元と軸を麻糸で縛り合わせる。

これなら、そう簡単に抜けることはないはずだ。

残る五本も同じように補強した。

次は、軸の横揺れを抑えるための手直しだった。

軸受けの両脇に荒縄を何重にも巻きつけ、軸を挟むように太い輪を作る。

回転を妨げず、それでいて左右へ大きくずれないよう、縄の位置を少しずつ調整した。

すべてを終え、水車を納屋から運び出そうとしたところで、サクは足を止めた。

入口の向こうに、子供たちが並んでいた。

カメルもいる。

昨日、流された羽根を拾ってくれた年長の子供たちもいる。

皆、いつ始まるのかと待ち構えていたらしい。

サクが水車を抱えると、年長の少年二人が当然のように軸受けを持ち上げた。

その二人に先導され、サクも歩き出す。

後ろからは、さらに小さな子供たちがぞろぞろとついてきた。

昨日と同じ場所へ着くと、サクは軸受けを川底へ据えた。

続いて水車を載せ、瓢箪の羽根を手で押す。

羽根が流れをつかみ、水車が回り始めた。

昨日よりも動きが滑らかになっている。

荒縄の輪が軸の横ずれを抑え、上下左右に暴れていた揺れも小さくなった。

しばらく回し続けても、羽根が抜ける様子はない。


まずは、修理成功だった。


そのころ、岸辺にミアとサリナが連れ立ってやってきた。

ミアは川の中にいるサクを見つけると、片手を上げてにっこりと笑った。

サクは澄ました顔でうなずき返した。


まだ驚くのは早い。


水車が安定して回り続けることを確かめると、サクは再び軸受けから取り外した。

すぐに、子供たちから不満の声が上がる。


「えーっ、もう終わり?」


「まだ見たい!」

サクはそんな子供たちへ振り返り、得意げに言った。


「マダ、オモシロイコト、スルデェー」


岸へ戻ると、あらかじめ納屋から持ってきていた六本の竹筒を取り出した。

どれも片方を節で閉じ、反対側を切り開いてある。

細長いコップのような形だった。

サクはまず、瓢箪の羽根の左右へ小さな穴を開け、そこへ麻糸を通した。

その麻糸を使い、一本の竹筒を羽根へ斜めに縛りつける。

水車の下側では、竹筒の口が水をすくう。

そのまま持ち上げられ、羽根が最も高いところへ達すると、今度は口が斜め下を向く。

中へ入った水が、水車の横へ流れ落ちるようにするためだった。

角度がずれれば、途中で水がこぼれてしまう。

サクは何度も水車を手で回し、竹筒の向きを確かめた。

位置を合わせると、外れないよう麻糸をきつく縛る。

残りの五枚にも、同じように竹筒を取りつけていった。

子供たちは何が始まるのか分からないまま、その作業を黙って見つめていた。

六本すべてを取りつけ終えると、サクは水車を抱えて川へ入った。


軸受けの上へ載せる。


縄の輪に軸が触れていないことを確かめ、位置を微調整した。

サクの喉が、ごくりと鳴った。

うまくいくはずだ。

けれど、実際に回してみるまでは分からない。

水車から手を離し、外周をそっと押した。

水車がゆっくりと回り始めた。

最初の竹筒が水の中へ入る。

口から水をすくい上げ、そのまま上へ運んでいく。

やがて最も高いところへ達すると、竹筒の口が傾いた。

中の水が、水車の脇へ細い筋となって流れ落ちる。

続く竹筒からも、また水がこぼれた。


一本、また一本。


回転するたび、水車が川の水をすくい上げ、岸の側へと吐き出していく。

子供たちから、再び歓声が上がった。

けれど、小さな子供たちの多くは、その意味までは理解していないようだった。

回る水車と、横へ流れ落ちる水を、ただ不思議そうに眺めている。

年長の子供たちの中には、仕組みに気づいた者もいた。

特にカメルは目を丸くし、口をぽかんと開けている。


これがあれば、川の水を高いところへ運べる。


水車が安定して動いていることを確かめ、サクは岸へ上がろうとした。

すると、ミアが手を差し出してきた。

引き上げてくれるつもりなのだろう。

サクは素直にその手をつかんだ。

ミアはぐいと力を込め、サクを岸へ引っ張り上げた。


「オオキニ」


礼を言って顔を上げたサクは、わずかに首をかしげた。

ミアは笑っていた。

けれど、その目は少しも笑っていない。

そのままサクの手を離さず、くるりと背を向ける。


「ちょ、ナンヤ?」


答える代わりに、ミアはサクの手を引いたまま走り出した。


「ナンヤ、ナンヤ! ドコイクンヤ!」


サクは転びそうになりながら、引きずられるようにその後を追った。

残された子供たちとサリナは、走り去る二人と、何事もなかったように回り続ける水車を交互に見た。

誰もが、ぽかんとしていた。



ミアが向かった先は、村の作事小屋だった。

中では数人の職人が、それぞれ木を切り、削り、組み上げている。

鋸を引く音や、木槌を打ちつける音が響く中、ミアは一人の男を見つけると、サクの手を引いたまま駆け寄った。

無精髭を生やした、中年に差しかかろうかという男だった。


「モル、ちょっと来て!」


ミアは男の腕をつかむなり、早口でまくしたてた。


「すごいねん。えらいもん、サクが作ってん。なあ、ちょっと見に来てや」


あまりの勢いに、サクには何を言っているのかほとんど聞き取れなかった。

どうやら、男の名はモルというらしい。

モルは作業中だった木材から顔を上げ、困ったように眉を寄せた。


「今、忙しいから、あとで――」


「すぐやから。ほんま、すぐ!」


「そう言うたってな……」


ミアはそこで、突然サクを振り返った。

「ちょっとサク、説明しぃ」


「エッ」


急に話を振られ、サクは目を見開いた。

何をどう説明すればいい。

川の流れで車が回り、竹筒が水をすくい上げる。

そんなことを、この村の言葉で話せるはずがなかった。


「あ、アノ……ミズ、デ……」


両手で輪を描き、その場でぐるぐると回してみせる。

それから、片手で何かをすくい上げるような仕草をした。


「グルグル、マワッテ……ミズ、ウエニ……」


自分でも、何を説明しているのか分からなくなってくる。

サクは口を開けたまま、助けを求めるようにミアを見た。

ミアは一度うなずいた。


「じかに見てもろた方が早いわ」


そう言うなり、モルの腕をつかんだ。


「おい、待て。まだ話は――」


「ほら、行くで!」

ミアは返事も聞かずに走り出した。

サクも慌てて、その後を追った。



小川へたどり着いたとき、モルは膝に両手をつき、肩で息をしていた。


「おま……急に……走るなや……」


ミアはそんなモルの背中を叩き、川の方を指さした。


「あれや、あれ!」


モルは息を整えながら顔を上げた。

そして、川の中で回り続けている水車を目にした途端、動きを止めた。


「……なんじゃ、こりゃ」


水車は先ほどと変わらず、律儀に川の水をすくい上げていた。

下側で竹筒が水をくみ、回転とともに持ち上げ、頂点を越えたところで岸の側へ流し落とす。

子供たちはまだ、その様子を飽きもせず眺めている。

いつの間にか、ハウも水車の傍へ戻ってきていた。

モルは川岸へ近づきながら、ハウに尋ねた。


「あんたが作ったんか?」


ハウは首を横に振り、少し離れたところに立つサクを指さした。


すかさずミアが声を上げる。

「せやから、何べんも言うたやん。サクが作ったんやって!」


モルはミアへ返事をすることもなく、裾をまくって川へ入った。

水車へ近づき、まず軸受けを覗き込む。

荒縄を指で押し、軸の揺れを確かめる。

次に瓢箪の羽根をつつき、そこへ縛りつけられた竹筒の角度を一つずつ見ていった。

回転する水車を追いながら、目つきが次第に鋭くなっていく。

やがてモルは、サクを振り返った。


「ほんまに、お前が作ったんか?」


サクはうなずいた。


「ウン」


「誰かに教わったんやのうて?」


「ジブンデ、カンガエタ」

モルはもう一度、水車へ目を戻した。

軸が回る。

竹筒が川へ沈む。

くみ上げられた水が、岸へ落ちる。

しばらくその動きを見つめてから、感心したように鼻を鳴らした。


「作りは、まだまだや。軸も歪んどるし、羽根の重さも揃うとらん」


サクは少しだけ肩を落とした。

自分でも分かっていたことだが、職人に言われると余計に堪える。

しかし、モルは続けた。


「せやけど、こんな仕掛けは見たことない。川が流れとる間、勝手に水をくみ続けるんやろ」


サクは勢いよくうなずいた。


「ウン。ズット、ミズ、ハコブ」


その言葉を聞いたハウが、腕を組んだ。

先ほどまでの楽しそうな顔ではない。

水車と、学び舎の畑とを交互に見ながら、真剣な表情で言った。


「これは、この畑だけの話やのうなるな」


モルもうなずく。


「水の少ない畑に置けたら、だいぶ違うぞ」


「オルムにも話を通さんと……」

オルムは、村の農事を取りまとめている男だった。


二人が話し始めた途端、ミアが顔を上げた。


「ほな、呼んでくるわ!」


「あ、おい。待て、ミア――」

ハウが止めるより早く、ミアはまた走り出していた。

その背中が見えなくなってから、モルが呆れたようにつぶやく。


「あいつは、いっぺん歩くいうことを覚えた方がええな」


しばらくして、ミアが一人の男の腕を引き、再び小川へ駆け戻ってきた。

連れてこられた男は、膝に手をついて激しく息を切らしている。


「な、何事や……!」


どうやら、この男がオルムらしい。


「畑で何かあったんかと思うやろが!」


オルムは肩で息をしながら、恨めしそうにミアを睨んだ。

それからモルとハウへ顔を向ける。


「それで、何や。わしを走らせるほどのことなんか」


「あれや」


モルが水車を指さした。

オルムは荒い息を整えながら、川の中へ目を向けた。

初めは、ただ回っている水車を訝しげに眺めていた。

やがて竹筒が水をすくい、それを岸の側へ流していることに気づく。

オルムの表情が変わった。


「……水を、持ち上げとるんか」


モルがうなずいた。

オルムは無言で水車へ近づき、しばらくその動きを見つめた。

それから声を落とし、ハウ、モルと何かを相談し始める。

どの畑なら使えるか。

川との高さはどれほど必要か。

一台を作るのに、どれほどの材が要るのか。

話は、もうサク一人の手を離れようとしていた。

サクは三人の相談へ加わろうとはしなかった。

難しい言葉は分からないし、今の自分が何かを言う必要もない。

それより、まだ水車には続きがある。

サクはその場を離れ、納屋から太い竹を一本運んできた。

地面へ横たえ、鉈の刃を竹の端へ当てる。

木片を使って刃の背を叩き、竹を縦に割っていった。

ぱきぱきと小気味よい音を立て、竹が二つに分かれる。

節を削れば、二本の細長い樋になる。

一本目で、水車が横へ吐き出す水を受ける。

そこから二本目へ流し、畑の方向へ向きを変えるつもりだった。

サクは岸辺へ土を盛り、一本目の樋を置いた。

竹筒から落ちる水が、樋の内側へ入るよう角度を合わせる。

しかし、土台が低い。

これでは水が途中で逆流する。

サクが樋を持ち上げたまま、どこへ土を足そうかと辺りを見回したときだった。

横から、ごつい手が伸びてきた。

その手が樋の先を持ち、ちょうどよい高さへ支える。

モルだった。

オルムとハウの相談から抜けてきたらしい。


「ここに土、盛ったらええんやな?」


サクは一瞬驚き、それから大きくうなずいた。


「ウン。モウチョット、ウエ」


「このくらいか」


「ソコ。ソコガ、エエ」

モルはしゃがみ込むと、樋の傾きを目で確かめた。

それから水車を見て、次の樋を見て、楽しそうに口元を緩める。


「お前、おもろいな」


やがて、竹筒がくみ上げた水が最初の樋へ落ち、継いだ樋を伝って流れ始める。

樋の先からこぼれた水が乾いた地面を濡らし、黒い染みをじわじわと広げていった。

まだ、畑までは届かない。

けれど、樋をもっと長くつなげれば、きっと水を運んでいける。

そうなれば、子供たちは重い桶を抱えて、川と畑の間を何度も往復しなくて済むかもしれない。

そうなるとええな。

広がっていく水を眺めながら、サクはぼんやりと思った。


水車の誕生をさらっと書くつもりだったのですが、サクが村に落ちた頃まで遡って書き始めたら止めどがなくなり、思いのほか長い話になってしまいました。


物語というものは、なかなか思いどおりには進んでくれないものですね。


読者の皆さまに楽しんでいただけていたなら嬉しいです。

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