第28.2話 紙の花束と答えのない問い
第28.2話 紙の花束と答えのない問い
折り紙は子供たちばかりでなく、世話をする者や先生、手伝いに来ていた女性たちまで引き寄せた。箱や受け皿など、暮らしに役立ちそうなものもあったからだろう。
サリナと名乗った女性が紙を追加で持ってくると、その場はいつの間にか折り紙の講習会になっていた。
サリナは全員に行き渡るよう紙を小分けにし、出来上がった鶴を指さして、サクに折り方を見せてほしいと促した。
サクが一つ折るたび、サリナはそこで手を止めさせ、皆が同じところまで折るのを待った。うまくできない子には手を貸し、焦らせることなく、ゆっくりと進めていく。
そして最後には、全員の手の中に、それぞれが自分で折った鶴が一羽ずつ収まっていた。
子供たちは出来上がった鶴を両手で捧げ持ち、飽きることなく眺めていた。中には鶴が飛ぶ様子を真似て、手に持ったまま部屋の中を走り回る子もいる。
大人たちは一度折った鶴を広げ、もう一度同じものが作れるか、手順を確かめながら折り直していた。
サクはしばらくその光景を眺めたあと、新しい紙を手に取った。そして先ほどと同じような手順で、別のものを折り始める。
途中までは鶴とよく似た折り方だったため、周囲の者たちも覚えたばかりの手順を思い返していたらしい。だが、次第に鶴とは異なる形が現れ始めると、皆の視線が再びサクの手元へ集まった。
最後に、細く尖った部分を棒に巻きつけて丸みをつけ、そっと開く。重なっていた白い花びらが、サクの手の中でふわりと広がった。
ユリの花だった。
この世界にもユリがあるのだろうか。
そんなサクの疑問に答えるように、皆は口々に花の名を呼びながら、出来上がったユリを手に取って眺めていた。
どうやら、こちらにも同じ花があるらしい。
そのあとサクは、ダリアやバラなど、覚えている限りの花を折ってみた。どの花にも見覚えがあるのか、周囲からは次々と名前が上がる。
サリナはどこからか絵筆を持ち出してくると、赤や黄色、青――藍の染料で、折り上げた花の表面にさっと色をつけた。
白一色だった花々はたちまち鮮やかに彩られ、それらをひとまとめにすると、本物にも負けないほど立派な花束が出来上がった。
それから二日ほど、雨の日が続いた。
だが、折り紙の人気のおかげか、学び舎の中から明るい声が絶えることはなかった。子供たちだけでなく大人たちも次々に花を折り、部屋のあちこちに色とりどりの花畑が生まれていく。
殺風景だった学び舎は、一気に華やいだ。
その光景を眺めながら、サクはふと、前の世界で見た幼稚園の一室を思い出していた。
*
雨が上がった日、サクはサリナに連れられ、年長の子供たちのグループへ放り込まれることになった。
学び舎のすぐそばには、そこそこの広さの畑があった。何種類もの野菜や穀物が育てられており、年長組は水やりや草抜き、害虫の駆除などをしていた。ほかにも、新しい畑を耕して畝を作り、次の作物を植える準備をしている。
そこでサクは、サリナよりいくらか年上に見える男を紹介された。
名はハウ。サリナの夫だという。
ハウはにこやかに話しかけてきた。ここで何を育てているのか、どのような作業をしているのか。こちらの言葉もろくに分からないサクに向かって、そんなことには構いもせず、次々に説明してくれる。
ところどころ聞き取れる言葉はあったが、話の大半は理解できなかった。
サクはきっと、ぽかんとした顔をしていたのだろう。
それでもハウは笑顔でうなずくと、近くにいた女の子を呼び寄せた。そして、サクに作業を教えてやるよう頼んだらしい。
サクはその子のあとについて歩き、水を汲んだり、土を耕したりしながら、昼食までの時間の半分を過ごした。
残りの半分は、なぜか年少の子供たちがいるグループへ戻された。
そこでまた、人間ジャングルジムになったり、折り紙職人になったりする羽目になった。
*
翌日、なぜかミアが年長組のところへやってきた。
その手には数羽のウサギがぶら下げられ、背負った籠には山鳥が何羽か入っていた。
サクを見つけたミアは、開口一番、何かを言った。
「あんた、いろいろやらかしてるそうやね」
――おそらく、そんなことを言ったのだろう。
その言葉の意味をサクが知ったのは、もう少しあとのことである。
その日、ミアが年長組に教えるのは、獲物の捌き方だった。
何をするのか、ミアは身振り手振りを交えながらサクにも説明してくれた。やがて年長の男の子や女の子たちが三々五々集まり、ミアの周りを取り囲んだ。
まずは鳥の捌き方からだった。
ミアは子供たちを見回しながら手順を説明し、手本を見せる。
子供たちは皆、真剣な顔でその手元を見つめていた。中には、すでにやったことのある子もいるのだろう。それでも、ミアの手際は目を見張るほど鮮やかだった。
羽をむしり、刃を入れ、内臓を取り出す。見る間に一羽の鳥が部位ごとに切り分けられ、食材へと姿を変えていった。
作業の途中でも、子供たちからはしきりに声が上がる。そのたびにミアは手を止め、切る場所や刃の入れ方を示していた。
一通り説明が終わると、今度は子供たちが順番にやってみることになった。
最初の子は、危なげながらも、教わった手順を一つずつ確かめるように、ゆっくりと切り分けていった。
次の子には経験があるらしい。迷うことなく刃を入れ、なかなかの手際で解体を進めていく。
その様子を眺めながら、サクは次第に不安になってきた。
どうやら、この中で何もしたことがないのは、自分だけらしかった。
そして、とうとうサクの番が来た。
一羽の山鳥とともに、刃物が手渡される。
サクはそれを握ったまま、その場で固まった。
つい先ほどまで生きていたものに、自分の手で刃を入れる。そんなことは、生まれてこのかた一度もしたことがない。
魚すら捌いた経験のないサクは、どこに刃を当てればよいのかも分からず、頭の中が真っ白になっていた。
いつまでたっても動こうとしないサクを見かねたのか、ミアが横から手を伸ばした。
「帰ってから、練習しよな」
そう言ってサクの手から刃物を取り上げると、代わりに鳥を捌き始めた。
隣にいた男の子が、呆れたようにサクを見上げた。
「兄ちゃん、なんも知らんな」
ずいぶん偉そうな言い方だった。
だが、サクには言い返す言葉がなかった。
まったく、そのとおりだった。
*
数日後、狩り帰りのミアが、また学び舎へやってきた。
その日は鹿を仕留めたらしく、すでに解体された肉の一部を抱えていた。頬には泥か血の跡が薄く残り、いつもより凜々しく見える。
ミアの姿を見つけるなり、子供たちが群がった。
持ってきた肉は、明日の食事にでも使ってもらうつもりなのだろう。ミアはいったん厨房へ運び込んだが、外へ出てくると、たちまち子供たちに取り囲まれた。
「生きとる鹿を、弓で仕留めたんか?」
「一人でやったんか?」
次々と質問を浴びせられ、ミアは歩きながら適当に答えていた。
すると、年長の子が背中の弓を指さした。
「弓、射つとこ見せてくれ! ちょっとでええから」
ほかの子供たちまでミアの前へ回り込み、その行く手を塞ぐ。
「一回でええから!」
「頼む!」
ミアは立ち止まり、困ったように眉を寄せた。
小柄なミアは、年長の子と並ぶと背丈がほとんど変わらない。子供たちに囲まれた姿だけを見れば、誰が狩人なのか分からないほどだった。
――これは、やってみせんと通してくれんな。
そう諦めたらしい。
「しゃあないな。ちょっとだけやで」
ミアは背中の弓を外した。
周囲を見回し、十歩ほど離れたところに生えている、大人の背丈より少し高い低木へ目を向ける。その細い幹を的に決めると、矢をつがえた。
弦が鳴った。
放たれた矢は吸い込まれるように飛び、狙った幹の真ん中へ突き立った。
子供たちから、どっと歓声が上がる。
見事なものだった。
サクがあとになって知ったことだが、ミアはこの村でも指折りの弓の使い手として知られていた。
「もう一回!」
「うち、見てへん!」
「一回だけ、お願い!」
騒ぎを聞きつけ、一射目に間に合わなかった子供たちまで集まってきた。
ミアは露骨に嫌そうな顔をしたが、口々にせがまれ、再び弓を構えた。
「もう、しゃあないな。これで最後やで」
二本目の矢をつがえる。
そのときだった。
小さな子が一人、人垣の間から飛び出した。
何かをよく見ようとしたのか、ミアと的の間へ駆け込んでいく。
そして、つまずいた。
サクには、その子の身体が射線へ入っていくように見えた。
「あぶない!」
とっさに、日本語で叫んだ。
ほとんど同時に、弦が鳴った。
矢が飛び出す寸前、ミアは弓を跳ね上げていた。
放たれた矢は低木のはるか上を越え、空へ消えていく。
誰もが息を呑み、矢の消えた方角を見上げた。
しばらくして、遠くの木立から葉の激しく揺れる音が聞こえた。
「誰や!」
ミアが鋭く叫んだ。
その場にいる子供たちを見回し、転んだ子へ目をやる。それから、サクを見た。
サクは何も言えなかった。
今の叫びが何を意味したのか、子供たちには分からなかったはずだ。
危険を知らせる声だったことくらいは、伝わったかもしれない。だが、聞いたこともない言葉を突然大声で発したサクに、子供たちは戸惑っているようだった。
誰も口を開かない。
年少の子が一人、そばにいた年長の子の後ろへ隠れた。別の子は、サクからわずかに身を引いている。
いつしか、その場にいる全員の目がサクへ向けられていた。
さっきまで向けられていた、何も知らない年上の子を見る目とは違う。
まるで、得体の知れないものでも見るような目だった。
サクにはそう見えた。
*
ここへ通うようになってから、サクにも少しずつ、この学び舎がどのような場所なのか分かってきた。
特に年長の子供たちは、毎日決まって来るわけではない。
今日いた子が、明日には来ない。昨日まで見かけた子が今日はおらず、何日も姿を見せなかった子が、ふらりとやって来る。
それぞれの家に仕事があり、年長の子供たちは、すでにその働き手として当てにされているからだった。家で人手が必要となれば、学び舎よりもそちらが優先される。
この学び舎には、おそらくいくつかの役目がある。
まだ仕事を任せられない幼い子供を、家族に代わって預かること。
文字の読み書きや数の勘定など、暮らしていくうえで欠かせないことを教えること。
さらに、これはサリナとハウの考えによるものなのだろう。子供たちは村にあるさまざまな仕事を教わり、そのために必要な知識や技術にも触れていた。誰もが詳しく身につけるわけではない。それでも、どのような仕事があり、何をすればよいのかを知っているだけで、将来選べる道は増える。
そして、学び舎へ来た子供たちには昼食が出された。
成長するために必要な食事を、少なくとも一食はきちんと取らせるためである。
もっとも、その昼食も誰かが用意してくれるだけではない。子供たちは料理を教わりながら、自分たちで作ることになっていた。
学び舎に隣接する畑も、その食材を育てるためのものだった。畑だけで足りないものは、村の者たちが持ち寄ってくる。
ミアが獲物を持ってくるように。
そして、ときには持ってきた者自身が臨時の教師となり、その扱い方や仕事の仕方を子供たちに教えるのである。
ミアとサリナが話し合った末、サクをここへ放り込んだ理由も、だんだんと分かってきた。
サクに言葉を覚えさせ、この村で暮らす者たちとの関わり方を身につけさせる。そのためには、学び舎がもっとも現実的で、効率のよい場所だったのだろう。
けれども、この時点で成果が上がっていたかといえば、そうでもなかった。
最初こそ年少の子供たちには面白がられ、少し上の子供たちにも、それなりに受け入れられていた。
人間ジャングルジムになり、折り紙を作り、言われるまま遊びに付き合う。それだけなら、言葉がよく通じなくてもどうにかなった。
だが、年長組の中でのサクの評価は、決して高くなかった。
畑の仕事はろくに分からず、獲物を捌くこともできない。村では自分より幼い子供でも知っていることを、サクは何ひとつ知らなかった。
そして、サク自身の評価も、同じように低かった。
言葉のほうも、覚えた単語は少しずつ増えていたが、まともに話せるようになったとは言い難い。
むしろはじめの頃より、鈍化しつつある。
もちろん、サク自身に学ぶ気がなかったわけではない。
それでも、元の世界へ帰りたいという思いは消えなかった。
かつての暮らしと、この村での暮らし。その隔たりはあまりにも大きい。ここで生きていくためのことを覚えるほど、もう元の生活には戻れないような気さえした。
だからサクは、まだ自分の境遇を受け入れきれずにいた。
この村のことを知ろうとしながら、心のどこかでは、ここに馴染むことを拒んでいたのである。
なぜ。
どうして。
ひとたびその問いが浮かぶと、頭の中いっぱいに広がり、ほかのあらゆるものを押しのけてしまう。
そんな夜、サクは寝床の中で薄い布を頭まで引きかぶった。身体を丸め、震えながら、声を殺して泣いた。
そうして、ただ朝が来るまで耐えるのだった。
その晩も、サクは眠れずに震えていた。
この世界へ落ちてきてから、もう何度、同じような夜を過ごしたか分からなかった。
だが、その晩は違った。
サクのすすり泣く声が聞こえたのかもしれない。
仕切りの布をそっと押し分け、ミアが入ってきた。サクの寝床の傍らに腰を下ろすと、その頬に手を添え、静かに語りかける。
何を言っているのか、まだところどころしか分からなかった。
それでも、これだけは分かった。
「大丈夫。うちがそばにおるよ」
ミアはそう言って、丸められたサクの背中を、赤子をあやすようにゆっくりと叩いた。
一定の間を置いて、何度も、何度も。
その晩、サクはいつの間にか眠りに落ちていた。
28.2話と28.3話の村長の名前がハウのところハクとなっていました。
ここをハウと修正しました。
ずっと村長とだけ記してきたのに、ここの2話は回想だったのでここだけがこの表記だったんです。
名前を間違えるって登場人物が増えるともっと出てきそうですね。
これから人物表でも作って気をつけます。




