表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
補欠は異世界でも甲子園の夢をみるか  作者: クリオアサト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/43

第28.2話 紙の花束と答えのない問い

第28.2話 紙の花束と答えのない問い


折り紙は子供たちばかりでなく、世話をする者や先生、手伝いに来ていた女性たちまで引き寄せた。箱や受け皿など、暮らしに役立ちそうなものもあったからだろう。

サリナと名乗った女性が紙を追加で持ってくると、その場はいつの間にか折り紙の講習会になっていた。


サリナは全員に行き渡るよう紙を小分けにし、出来上がった鶴を指さして、サクに折り方を見せてほしいと促した。

サクが一つ折るたび、サリナはそこで手を止めさせ、皆が同じところまで折るのを待った。うまくできない子には手を貸し、焦らせることなく、ゆっくりと進めていく。

そして最後には、全員の手の中に、それぞれが自分で折った鶴が一羽ずつ収まっていた。

子供たちは出来上がった鶴を両手で捧げ持ち、飽きることなく眺めていた。中には鶴が飛ぶ様子を真似て、手に持ったまま部屋の中を走り回る子もいる。

大人たちは一度折った鶴を広げ、もう一度同じものが作れるか、手順を確かめながら折り直していた。


サクはしばらくその光景を眺めたあと、新しい紙を手に取った。そして先ほどと同じような手順で、別のものを折り始める。

途中までは鶴とよく似た折り方だったため、周囲の者たちも覚えたばかりの手順を思い返していたらしい。だが、次第に鶴とは異なる形が現れ始めると、皆の視線が再びサクの手元へ集まった。

最後に、細く尖った部分を棒に巻きつけて丸みをつけ、そっと開く。重なっていた白い花びらが、サクの手の中でふわりと広がった。


ユリの花だった。


この世界にもユリがあるのだろうか。

そんなサクの疑問に答えるように、皆は口々に花の名を呼びながら、出来上がったユリを手に取って眺めていた。

どうやら、こちらにも同じ花があるらしい。

そのあとサクは、ダリアやバラなど、覚えている限りの花を折ってみた。どの花にも見覚えがあるのか、周囲からは次々と名前が上がる。


サリナはどこからか絵筆を持ち出してくると、赤や黄色、青――藍の染料で、折り上げた花の表面にさっと色をつけた。

白一色だった花々はたちまち鮮やかに彩られ、それらをひとまとめにすると、本物にも負けないほど立派な花束が出来上がった。

それから二日ほど、雨の日が続いた。

だが、折り紙の人気のおかげか、学び舎の中から明るい声が絶えることはなかった。子供たちだけでなく大人たちも次々に花を折り、部屋のあちこちに色とりどりの花畑が生まれていく。

殺風景だった学び舎は、一気に華やいだ。


その光景を眺めながら、サクはふと、前の世界で見た幼稚園の一室を思い出していた。



雨が上がった日、サクはサリナに連れられ、年長の子供たちのグループへ放り込まれることになった。

学び舎のすぐそばには、そこそこの広さの畑があった。何種類もの野菜や穀物が育てられており、年長組は水やりや草抜き、害虫の駆除などをしていた。ほかにも、新しい畑を耕して畝を作り、次の作物を植える準備をしている。


そこでサクは、サリナよりいくらか年上に見える男を紹介された。

名はハウ。サリナの夫だという。


ハウはにこやかに話しかけてきた。ここで何を育てているのか、どのような作業をしているのか。こちらの言葉もろくに分からないサクに向かって、そんなことには構いもせず、次々に説明してくれる。

ところどころ聞き取れる言葉はあったが、話の大半は理解できなかった。

サクはきっと、ぽかんとした顔をしていたのだろう。

それでもハウは笑顔でうなずくと、近くにいた女の子を呼び寄せた。そして、サクに作業を教えてやるよう頼んだらしい。

サクはその子のあとについて歩き、水を汲んだり、土を耕したりしながら、昼食までの時間の半分を過ごした。

残りの半分は、なぜか年少の子供たちがいるグループへ戻された。

そこでまた、人間ジャングルジムになったり、折り紙職人になったりする羽目になった。


翌日、なぜかミアが年長組のところへやってきた。

その手には数羽のウサギがぶら下げられ、背負った籠には山鳥が何羽か入っていた。


サクを見つけたミアは、開口一番、何かを言った。

「あんた、いろいろやらかしてるそうやね」

――おそらく、そんなことを言ったのだろう。

その言葉の意味をサクが知ったのは、もう少しあとのことである。


その日、ミアが年長組に教えるのは、獲物の捌き方だった。

何をするのか、ミアは身振り手振りを交えながらサクにも説明してくれた。やがて年長の男の子や女の子たちが三々五々集まり、ミアの周りを取り囲んだ。


まずは鳥の捌き方からだった。

ミアは子供たちを見回しながら手順を説明し、手本を見せる。

子供たちは皆、真剣な顔でその手元を見つめていた。中には、すでにやったことのある子もいるのだろう。それでも、ミアの手際は目を見張るほど鮮やかだった。

羽をむしり、刃を入れ、内臓を取り出す。見る間に一羽の鳥が部位ごとに切り分けられ、食材へと姿を変えていった。

作業の途中でも、子供たちからはしきりに声が上がる。そのたびにミアは手を止め、切る場所や刃の入れ方を示していた。

一通り説明が終わると、今度は子供たちが順番にやってみることになった。

最初の子は、危なげながらも、教わった手順を一つずつ確かめるように、ゆっくりと切り分けていった。

次の子には経験があるらしい。迷うことなく刃を入れ、なかなかの手際で解体を進めていく。

その様子を眺めながら、サクは次第に不安になってきた。

どうやら、この中で何もしたことがないのは、自分だけらしかった。

そして、とうとうサクの番が来た。

一羽の山鳥とともに、刃物が手渡される。


サクはそれを握ったまま、その場で固まった。

つい先ほどまで生きていたものに、自分の手で刃を入れる。そんなことは、生まれてこのかた一度もしたことがない。

魚すら捌いた経験のないサクは、どこに刃を当てればよいのかも分からず、頭の中が真っ白になっていた。

いつまでたっても動こうとしないサクを見かねたのか、ミアが横から手を伸ばした。


「帰ってから、練習しよな」


そう言ってサクの手から刃物を取り上げると、代わりに鳥を捌き始めた。

隣にいた男の子が、呆れたようにサクを見上げた。


「兄ちゃん、なんも知らんな」


ずいぶん偉そうな言い方だった。

だが、サクには言い返す言葉がなかった。

まったく、そのとおりだった。



数日後、狩り帰りのミアが、また学び舎へやってきた。

その日は鹿を仕留めたらしく、すでに解体された肉の一部を抱えていた。頬には泥か血の跡が薄く残り、いつもより凜々しく見える。


ミアの姿を見つけるなり、子供たちが群がった。

持ってきた肉は、明日の食事にでも使ってもらうつもりなのだろう。ミアはいったん厨房へ運び込んだが、外へ出てくると、たちまち子供たちに取り囲まれた。


「生きとる鹿を、弓で仕留めたんか?」


「一人でやったんか?」


次々と質問を浴びせられ、ミアは歩きながら適当に答えていた。


すると、年長の子が背中の弓を指さした。

「弓、射つとこ見せてくれ! ちょっとでええから」


ほかの子供たちまでミアの前へ回り込み、その行く手を塞ぐ。


「一回でええから!」


「頼む!」


ミアは立ち止まり、困ったように眉を寄せた。

小柄なミアは、年長の子と並ぶと背丈がほとんど変わらない。子供たちに囲まれた姿だけを見れば、誰が狩人なのか分からないほどだった。


――これは、やってみせんと通してくれんな。

そう諦めたらしい。


「しゃあないな。ちょっとだけやで」


ミアは背中の弓を外した。

周囲を見回し、十歩ほど離れたところに生えている、大人の背丈より少し高い低木へ目を向ける。その細い幹を的に決めると、矢をつがえた。


弦が鳴った。

放たれた矢は吸い込まれるように飛び、狙った幹の真ん中へ突き立った。


子供たちから、どっと歓声が上がる。

見事なものだった。


サクがあとになって知ったことだが、ミアはこの村でも指折りの弓の使い手として知られていた。


「もう一回!」


「うち、見てへん!」


「一回だけ、お願い!」


騒ぎを聞きつけ、一射目に間に合わなかった子供たちまで集まってきた。

ミアは露骨に嫌そうな顔をしたが、口々にせがまれ、再び弓を構えた。


「もう、しゃあないな。これで最後やで」


二本目の矢をつがえる。


そのときだった。

小さな子が一人、人垣の間から飛び出した。

何かをよく見ようとしたのか、ミアと的の間へ駆け込んでいく。

そして、つまずいた。

サクには、その子の身体が射線へ入っていくように見えた。


「あぶない!」


とっさに、日本語で叫んだ。


ほとんど同時に、弦が鳴った。

矢が飛び出す寸前、ミアは弓を跳ね上げていた。


放たれた矢は低木のはるか上を越え、空へ消えていく。

誰もが息を呑み、矢の消えた方角を見上げた。


しばらくして、遠くの木立から葉の激しく揺れる音が聞こえた。


「誰や!」

ミアが鋭く叫んだ。


その場にいる子供たちを見回し、転んだ子へ目をやる。それから、サクを見た。

サクは何も言えなかった。


今の叫びが何を意味したのか、子供たちには分からなかったはずだ。

危険を知らせる声だったことくらいは、伝わったかもしれない。だが、聞いたこともない言葉を突然大声で発したサクに、子供たちは戸惑っているようだった。

誰も口を開かない。


年少の子が一人、そばにいた年長の子の後ろへ隠れた。別の子は、サクからわずかに身を引いている。


いつしか、その場にいる全員の目がサクへ向けられていた。

さっきまで向けられていた、何も知らない年上の子を見る目とは違う。

まるで、得体の知れないものでも見るような目だった。

サクにはそう見えた。



ここへ通うようになってから、サクにも少しずつ、この学び舎がどのような場所なのか分かってきた。

特に年長の子供たちは、毎日決まって来るわけではない。

今日いた子が、明日には来ない。昨日まで見かけた子が今日はおらず、何日も姿を見せなかった子が、ふらりとやって来る。

それぞれの家に仕事があり、年長の子供たちは、すでにその働き手として当てにされているからだった。家で人手が必要となれば、学び舎よりもそちらが優先される。


この学び舎には、おそらくいくつかの役目がある。

まだ仕事を任せられない幼い子供を、家族に代わって預かること。

文字の読み書きや数の勘定など、暮らしていくうえで欠かせないことを教えること。

さらに、これはサリナとハウの考えによるものなのだろう。子供たちは村にあるさまざまな仕事を教わり、そのために必要な知識や技術にも触れていた。誰もが詳しく身につけるわけではない。それでも、どのような仕事があり、何をすればよいのかを知っているだけで、将来選べる道は増える。


そして、学び舎へ来た子供たちには昼食が出された。

成長するために必要な食事を、少なくとも一食はきちんと取らせるためである。

もっとも、その昼食も誰かが用意してくれるだけではない。子供たちは料理を教わりながら、自分たちで作ることになっていた。

学び舎に隣接する畑も、その食材を育てるためのものだった。畑だけで足りないものは、村の者たちが持ち寄ってくる。

ミアが獲物を持ってくるように。

そして、ときには持ってきた者自身が臨時の教師となり、その扱い方や仕事の仕方を子供たちに教えるのである。


ミアとサリナが話し合った末、サクをここへ放り込んだ理由も、だんだんと分かってきた。

サクに言葉を覚えさせ、この村で暮らす者たちとの関わり方を身につけさせる。そのためには、学び舎がもっとも現実的で、効率のよい場所だったのだろう。

けれども、この時点で成果が上がっていたかといえば、そうでもなかった。

最初こそ年少の子供たちには面白がられ、少し上の子供たちにも、それなりに受け入れられていた。

人間ジャングルジムになり、折り紙を作り、言われるまま遊びに付き合う。それだけなら、言葉がよく通じなくてもどうにかなった。


だが、年長組の中でのサクの評価は、決して高くなかった。

畑の仕事はろくに分からず、獲物を捌くこともできない。村では自分より幼い子供でも知っていることを、サクは何ひとつ知らなかった。


そして、サク自身の評価も、同じように低かった。

言葉のほうも、覚えた単語は少しずつ増えていたが、まともに話せるようになったとは言い難い。


むしろはじめの頃より、鈍化しつつある。


もちろん、サク自身に学ぶ気がなかったわけではない。

それでも、元の世界へ帰りたいという思いは消えなかった。

かつての暮らしと、この村での暮らし。その隔たりはあまりにも大きい。ここで生きていくためのことを覚えるほど、もう元の生活には戻れないような気さえした。

だからサクは、まだ自分の境遇を受け入れきれずにいた。

この村のことを知ろうとしながら、心のどこかでは、ここに馴染むことを拒んでいたのである。


なぜ。


どうして。


ひとたびその問いが浮かぶと、頭の中いっぱいに広がり、ほかのあらゆるものを押しのけてしまう。

そんな夜、サクは寝床の中で薄い布を頭まで引きかぶった。身体を丸め、震えながら、声を殺して泣いた。


そうして、ただ朝が来るまで耐えるのだった。


その晩も、サクは眠れずに震えていた。

この世界へ落ちてきてから、もう何度、同じような夜を過ごしたか分からなかった。


だが、その晩は違った。


サクのすすり泣く声が聞こえたのかもしれない。

仕切りの布をそっと押し分け、ミアが入ってきた。サクの寝床の傍らに腰を下ろすと、その頬に手を添え、静かに語りかける。

何を言っているのか、まだところどころしか分からなかった。

それでも、これだけは分かった。


「大丈夫。うちがそばにおるよ」


ミアはそう言って、丸められたサクの背中を、赤子をあやすようにゆっくりと叩いた。

一定の間を置いて、何度も、何度も。


その晩、サクはいつの間にか眠りに落ちていた。


28.2話と28.3話の村長の名前がハウのところハクとなっていました。

ここをハウと修正しました。


ずっと村長とだけ記してきたのに、ここの2話は回想だったのでここだけがこの表記だったんです。

名前を間違えるって登場人物が増えるともっと出てきそうですね。

これから人物表でも作って気をつけます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ