第26話 不気味な子供
第26話 不気味な子供
サクはサジ、モルの弟子であるカメル、そしてバルグとともに、馬車に揺られていた。
落ちた橋の再建に先立つ、見分のための一行である。
現場の状況を確かめ、再建の方針を決める。さらに、必要になる資材と人手のおおよその見当をつける。それが今日の仕事だった。
御者台にはサクとサジが並んで座り、荷台にはカメルとバルグが乗っている。
そのバルグは早くも横になり、盛大ないびきをかいていた。
普段から口数の少ないサジは、黙々と馬の手綱を取っている。
雨季もそろそろ終わり、暑い夏がやってくる。
日差しは日に日に強くなり、頭上の葉の隙間から落ちる木漏れ日が、馬車の揺れに合わせてちらちらと瞬いていた。
あまりにゆっくりとした歩みに、サクは思わずあくびをかみ殺した。
「サジさん、こないだ言うてくれたやろ。周りの話は無視してええって。あれ、むずかしいな」
「簡単ではないな」
サジがぼそりと言った。
「あのあと、レアとやり合うてな。それから口きいてくれへんねや」
「そうか」
「どないしたらええんやろ」
「そんなん、わしに分かるわけないやろ」
「そうかぁ。サジさんやったら、なんか教えてくれるかと期待しとったんやけどな」
「買いかぶりすぎや。分からんもんは分からん」
そこで会話は途切れた。
聞こえるのは、車輪が土を踏む音と、荷台から響くバルグのいびきだけだった。
しばらくして、今度はサジの方から口を開いた。
「そういや、あの時、町へ行った時のことを聞いとったな」
「おう、それや。思い出した。町へ塩を買いに行った話や。なんの伝手もないまま飛び込みで行って、たまたま領主に会うて、塩を買えるようになった言うてたな」
「今の領主や。そん時は十歳くらいの子供で、まだ領主やなかったがな」
「ああ、そやったか」
サクは御者台の縁に腕を置いた。
「その前に、なんで西大国まで塩を買いに行かなあかんようになったんや。それまでは、どないして塩を手に入れてたんや。まずは、その辺から聞きたいな」
ずっと引っかかっていたことだった。
取引先を探すにしても、いきなり国境を越え、他国の辺境の町まで足を延ばすのは話が飛びすぎている。
王国側の北の領主がろくでもないことは、サクも徴兵の一件からなんとなく察していた。
だが、それだけで、見ず知らずの他国へ塩を買いに行こうと決められるものだろうか。
「それまでは、北の領都から来る行商人から、塩やら要るもんを買うとった」
「行商人が来とったんか」
「十年以上も前の話やけどな。年に何度か、決まった商人が来とった」
サジは昔のことを一つずつ拾い上げるように、ぽつぽつと話し始めた。
「その商人が、塩の値段がえらい上がる言い出したんや。次からは新しい街道税も掛かるから、もっと高うなるとな」
「街道税?」
「そのあと、年貢の取り立てと検地に領都の役人が来た。そん時に、正式な通達も持ってきよった。それで、さあ、どないしようとなったわけや」
サクは呆れたように言った。
「年貢かて緩いもんやない。そのうえ、細々と続けてきた手仕事の現金収入まで絞り取ろうちゅうんか。やっぱり北の領主はろくでもないな」
サジはそれには答えず、話を続けた。
「寄り合いで、昔は南の海辺の集落から塩を買うとった、ちゅう話が出たんや。今はもう、付き合いも切れとったけどな」
「それで南へ行ったんか」
「村長から相談されてな。まずは南へ行って、塩を分けてもらわれへんか、調べてくれと言われた」
「その時は、西大国の町までは考えてなかったんか」
「考えてへん。とりあえず、南に塩があるか確かめに行っただけや」
「で、塩はあったんか」
「ないわけやなかった。けど、ちっちゃい集落や。自分らが食う分で精いっぱいで、こっちの村の分まで用意してくれとは、とても言えるような有り様やなかった」
「それで、どないしたん」
サジは口を開くたびに、言葉を荷物のように一つずつ運び出してくる。
サクはそれを急かさないよう、短く合いの手を入れた。
「集落の年寄りが、ぼそっと教えてくれたんや。岬の峰を越えて、そこから北西へ七日ほど行ったところに、辺境の町があるとな」
「今の町か」
「そうや。昔、そこの商人が集落まで来たことがあったらしい。その商人が塩を持ってきとった」
「それを頼りに行ったんか」
「集落の者がな、漁船を出してくれる言うたんや。荷駄も一緒に乗せたるとな」
「えらい親切やん。なんで、そこまでしてくれたんや」
「山里には恩がある、言うとったな。あの人らは、こっちの村を山里と呼んどった」
その時、荷台から不意に声が飛んできた。
「その話は、また、わしがしたる」
サクは驚いて上体をひねった。
寝ていたはずのバルグが、荷台に横になったまま、片目を開けてこちらを見ている。
「わしは、その海の里の生まれじゃ」
「起きとったんかい! びっくりするやん」
サクは御者台から落ちかけながら、バルグの顔をまじまじと見た。
「途中からな」
バルグは大きなあくびをした。
「今はサジの話の途中やろ。わしの話まで始めたら長なる。また今度、話したるわ」
そう言うと、再び目を閉じた。
サジは気にせず話を続けた。
「そんで、岬を回って西大国側の停泊地に着いた。そこから九日かけて、町まで行ったんや」
「七日ちゅう話やなかったんか」
「道を知っとる者ならな。わしは何度も道を間違えた」
「町に着いた時は、門番にいろいろ聞かれた。どこから来た、何しに来た、荷駄には何を積んどる、とな」
「怪しまれたんか」
「そら、怪しまれたやろな。王国の山奥から塩を買いに来た言うても、すぐには信じてもらえんかった」
「よう入れてくれたな」
「荷物を全部見せたら、税を取られることものうて、案外すんなり入れてくれた」
「北の領都より、よっぽどましやな」
「当時は、わざわざ税を取るほど、よそから人の来る町やなかったんやろ」
サジは少し遠くを見るように目を細めた。
「そんでも、町いうても、今みたいにギルドや宿屋があるわけやない。どこへ行けば塩を売ってもらえるんか、誰に聞けばええんかも分からんかった」
「とりあえず酒場を探して入った。人の集まるところなら、何か分かるやろと思ってな」
「そう考えたら、ギルドって便利やな。それでも酒場はあったんや」
「酒場いうても、今みたいに毎日開いとる店やない。行商に出てへん商人が、家の土間や軒先で酒を出しとるようなもんや」
「そこで聞き込みしたんやな」
「そのつもりやった」
サジはそこで、わずかに口元を緩めた。
「酒を頼んで、店の主人に塩を扱う商人を知らんか聞いとった。そしたら、なんや、背中がむずむずする」
「背中が?」
「ああ。誰かに見られとる気がしてな」
サジが振り返ると、十歳ほどの少年が少し離れたところに立ち、こちらをじっと見ていた。
服は上等だったが、華美ではない。
少年の後ろには、大人の男が二人、目立たぬように控えていた。
「なんや、この子供はと思った」
「領主の息子やったんやろ」
「その時は知らんかった。けど、周りからは“若”と呼ばれとったな」
サジは手綱を持ったまま、肩をわずかにすくめた。
「その若が、わしの荷駄と服と山刀を、上から下までしげしげ見とる。まるで馬でも買うみたいにな」
「失礼なやっちゃな」
「わしもそう思った」
少年はサジと目が合っても、視線を逸らさなかった。
それどころか、少し首を傾げ、自分の名前だけを名乗ってから言った。
「お前は、どこから来た」
「その言い方で十歳かい」
「子供や思うて、わしも普通に答えた。王国の山奥からや、とな」
「そしたら?」
「名前はなんや、何日かかった、村には何人おる、何を作っとる。次から次へ聞いてきよった」
「門番と同じやな」
「あとで分かった。門番は、めぼしいよそ者が町へ入ってきたら、必ず若に知らせることになっとったんや」
「若が、自分で見に来たんか」
「ああ。それで一通り聞き終わったあと、何を買いに来た、と言いよった」
「わしが、塩と、そのほか細々したもんやと答えたら、荷駄をもう一度上から下まで見直してな」
サジは少年の声をまねるように、少しだけ顎を上げた。
「ついてこい」
「なんか、気味の悪い子供やな」
サクは正直に言った。
「そんでな、ついていった先が領主の館やった」
サジは淡々と言ったが、サクは驚いて顔を向けた。
「なんで領主の館やねん。なんか法に触れるもんでも持ち込んだんか」
サジはすぐに否定した。
「いやいや、変なもんは持ち込んどらん。それに、その時はそこが領主の館やとは思わなんだ」
「館やのにか」
「質素な建物でな。壁も門も、今みたいに立派なもんやなかった。それに当時は、町へ入ってくる物資の集積所みたいにも使われとったんや」
「領主の館が倉庫も兼ねとったんか」
「そんなところや。特に塩は、町がまとめて扱っとった。勝手に売り買いするんやのうて、そこで取引することになっとったんや」
「館に着いたら、若がすぐに品物の担当を呼び出してな。持ってきたもんを、一つずつ査定させたんや」
「若が呼び出したんか」
「そうや。館の者も、なんの疑いもなく言うことを聞いとった」
サジは当時の荷物を思い出すように、指を折った。
「持ち込んどったんは、麻糸に薬、鹿の皮、燻製肉。それから漬物なんかの保存食やな 。中でも、麻糸と薬にはえらい興味を引かれたみたいやった」
「薬は、ばあさんのか」
「ああ。効き目や使い方を、ばあさんが細かく紙に書いてくれとった。それを渡したら、根掘り葉掘り聞かれたわ」
サクは聞き返した。
「その担当にか?」
「いいや。若がや」
「若が?」
「どの草を使っとる、どんな時に飲ませる、どれくらい持つ、同じもんを次も用意できるんか。次から次へ聞いてきよった」
「十歳の子供がか」
「それだけやない。その薬と麻糸については、若が担当にあれこれ言うて、値を決めさせとったみたいやな」
「値段まで口出したんかい」
「それを元に、欲しい分の塩と交換した。それでもまだ値が余ったから、針やら綿やら、作物の種やらに替えてもろた」
サクはますます驚き、思わず声を高くした。
「ほんまに十くらいの子供か、それ!」
サジはそれには答えず、話を続けた。
「そんで、その日は館に泊めてもらえることになった。晩になると、領主がわしを呼んだんや」
「領主が?」
「ああ。男爵や言うとった。その席で、若も改めて息子として紹介された」
「やっぱり領主の息子やったんやな」
「それで、また品を持って来てくれと言われた。村のことも、もう少し詳しく聞きたいとな」
サクは呆れて、しばらく言葉が出なかった。
十歳そこそこで、町へ入ったよそ者を自分の目で確かめ、その荷物の価値を見定め、取引にまで口を出していた。
その子供が父の跡を継ぎ、今では領主となっている。
ギルドができ、寺院が建ち、人の往来も当時とは比べものにならないほど増えた。
町をここまで大きくしたのも、その領主だった。
そしてサクは、近いうちにその男から呼び出されることになっている。
「なんや、その気味の悪い子供……」
サクは、自分の背筋を冷たいものが伝っていくのを感じた。




