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補欠は異世界でも甲子園の夢をみるか  作者: クリオアサト


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第24話 村の決定

第24話 村の決定


サクが村長宅の板張りの居間に入ると、席はほとんど埋まっていた。

それを見越して、いつも少し遅れ気味に入ることにしている。

村長はすでに前の方で胡坐をかき、集まった者たちの顔を確認していた。

サクは出入口に近い後ろの席に腰を下ろした。すると、すぐ近くにサリナがいることに気づいた。

サクが無言で会釈をすると、サリナは少しだけ口角を上げ、ちょっと頭を下げた。

ほどなくしてサジが入ってきた。窓のそばの柱に背をもたせるようにして腰を下ろす。

そこが、彼の指定席になっているようだった。


サジがサリナに声をかけた。

「めずらしいな。今日は夫婦そろってか」


サリナが寄り合いに出ることは、これまでほとんどなかった。

サリナは前村長の一人娘である。そのため、村の者たちも彼女の発言を軽く扱うことはない。だが、現村長である夫の威厳や発言を損なわないよう、こうした場にはできるだけ顔を出さずにいた。


「ちょっと、手伝おう思って 」

サリナは手元の布袋に触れながら、小さく答えた。


それを合図にするように、村長が口を開いた。

「集まったようやな」


*


「今日の議題は、案内に出した順に話し合う。ええな」

村長はそう言って、膝元に置いた紙へ目を落とした。

今回は珍しく、寄り合いの前に口頭ではなく紙で案内が回されていた。

紙といっても、上等なものではない。議題の項目を簡単に書きつけただけのものだ。


そこには、こう書かれていた。

・荷駄道の確認の報告

・荷駄道、橋の修復について

・新しい取引の品の紹介

・塩と、足らぬ物の手当て


この順で話を進める、ということらしい。

サクはその紙を見て、少しだけ眉を動かした。

村の寄り合いで、先に議題が紙で回ることなど、あまりない。

決めることが多いからなのか。

それとも、余計な話に流れないようにしたいのか。


村長の声はいつも通りだった。

だが、前に薬事小屋で話したときのような熱はなかった。


村長が口を開いた。

「まず、荷駄の道についてや」


集まった者たちの目が、村長へ向いた。

「すでに、話や噂で皆の耳には入っているかと思う。ここから南に一日半ほど行った沢の橋が落ちとった」


そこで村長は、窓際に座るサジへ目を向けた。

「これについて、サジ。話をしてもらえるか」


サジは顔を上げずに答えた。

「村長の言うとおりや。それだけや」


それから、少し間を置いた。

「ただ、その橋がないと荷駄は通せん。迂回も無理や。人が歩いて渡ることはできるやろうが、それでは意味がない。量が運べん」


農家の一人が手を上げた。

「橋を架け直すのに、どれくらい掛かる?」


サジは首を横に振った。

「わしは大工やない。分からん。そのへんは、大工仕事をする者に聞いた方がええ」

そう言って、モルとバルグの方を見る。


バルグが、腕を組んだまま口を開いた。

「前と同じようなもんを架けるとなると、一年以上かかるやろ。簡単なものでも、三か月は見といた方がええ」


先ほどの農家が、もう一度尋ねた。

「その先は?」


「分からん」


サジが答えた。

「今回見てこられたんは、荷駄道の三分の一ほどや」


「それで、その三分の一は?」


「最初は、道を片づけながらになる。倒木もある。崩れとるところもある。かなり時間は掛かるやろうな」


誰もすぐには声を出さなかった。

皆の顔が、一斉に暗くなった気がした。


終わった。


そう思った者が、何人もいたように見えた。

すると別の農家の者が途方に暮れたように言った。

「ほんなら、塩の足らん分はどうするんや?」

「塩なかったら、橋、架けなおすどころの話やないぞ」


その言葉に村長が間を開けずに少し強めの口調で言った。

「その話はあとや、後の議題にしとる。ここでは橋をどうするか決める」


それでも彼は食い下がる。

「この秋に間に合わんもん、ここで言うてなんの意味がある? 塩が足らんちゅうのが先とちゃうんか」


「塩の話は重要や。せやから最後に持って来とる」

「荷駄の道の話はこれからの村の将来の話や、ごっちゃにしたらあかん」

村長はその者を見つめながら、冷静に制した。


彼は黙るしかなかった。


村長は間を置いてつづける。

「で、橋を復旧したいとわしは考えとる。これについて異論のある者はいるか」


メルナがここで声を上げる。

「うちは橋を架けなおすべきやと思う。なんぼ品物作っても、運べんかったら意味ないし」


反対の声を上げる者はいないようであった。


「わしも反対する訳やないが、だれが差配するんや」

オルムがここで言葉をつづけた。


村長はモルの方を見た。

「モル、たのめんか?」


モルは少し考えた後、答えた。

「村での仕事考えたら、ずっとちゅうのは無理がある。やらんちゅうわけやないで。

ただ、差配は無理や」


村長は次にサジに目を向けた。

「わしを見るな。この年で、丸太一本もてん。足手まといや」


ここでバルグが言った。

「しゃーない。わしも参加しよう。老い先短いじじぃやけど、最後のご奉公や。

ただ、差配するのは無理やな。寸法みたり、段取り考えたりするんはできる」


そしてバルグは、サジの方を見た。

「サジ、なにもお前に丸太を担げとは言わん。道を見て、どこから直すか決めることはできるやろ」


オルムも続けた。

「人は畑の若いもんを出す。どの家からいつ出せるかは、わしが見る」


サジは二人の顔を見たあと、深いため息をついた。

「簡単に言うてくれる」


「簡単やとは思っとらん」

バルグが答えた。

「だが、お前以上にあの道を知っとる者はおらん」


サジはしばらく黙っていた。


それから、柱にもたせていた背を少し起こした。


「現場に毎日立つことはできん。それは先に言うとく」


村長がうなずく。

「分かっとる」


「木組みや寸法はバルグとモルが見る。人足はオルムが割る。わしは、どこから直すか、何を先に運ぶかを見る。それでええなら、引き受ける」


村長は皆を見回した。


「それで異論はあるか」


誰も声を上げなかった。


「では、橋の復旧はその形で進める」


そこで、モルが手を上げた。


「ちょっとええか」


村長が目を向ける。


「最初だけでええんで、サクにも来てもらえんか。教えてもろた滑車が、今回の件で使えると思うねん。意見を聞きたい。それと、徒歩の道にも使えんか考えてほしい」


集まった者たちの視線が、サクへ向いた。


サクは短く答えた。


「分かった」


村長はうなずき、改めて皆を見回した。


「橋の再建はサジが差配する。バルグが支えに入り、人足はオルムが手配する。モルは道具と木組みに必要な時に入る。サクは最初の確認だけや」

そこで一度、言葉を切った。


「これでええか」


今度も、反対の声はなかった。


*


村長は次の議題をあげた。

「前の寄り合いで決まった交易品についてやけど、ぼつぼつ形ができつつある。

それの報告と調整の話や」

「具体的にできそうなんが、二つほど出てきた。それの話をしてもらう」


村長はオルムに目を向け、話を促すようにうなずいた。


オルムが口を開く。

「ものは酒や、村長から話を聞いて、一緒に前から試しとった」

「幸いにして、去年も豊作で、今年も村で喰う分には十分、あまるくらいの予想や。ただ、腐らすにはもったいない」


一つ息をついて続ける。

「そこで酒を造ろうということで、今年になって、村長、モル、そんでガロンとサジにも関わってもろて進めてきた。ちょっと変わった作り方しとる」


オルムは持ってきた甕を隣に回した。隣の者は碗に少量ずつ柄杓でつぎ、周りの者に回していった。

受け取った者はそれを口元に持っていき、まず匂いを嗅いだが、そのまま口につけるものはいなかった。中には顔をしかめるものもいた。


「醸した酒を温めて、出てきた湯気を冷やして集めたものや」

「都にはこんな酒があるらしい。それに似たもんができんかと作ってみたんやが、やっとそれなりの物ができた」


村長がここで口を開いた。

「今は出来立てで、匂いがきついが、時間を置くとそれもまぎれてまろやかになるらしい」


顔をしかめた者が聞いた。

「時間って、どれくらい?」


「分からん」

オルムはあっさり答えた。


「分からんのか」


「分からん。だから試しとる」


何人かが小さく笑った。


オルムは笑わなかった。

「ただ、出来立てよりはましになる。これはもう、何度か試した」


そこでガロンがうなずいた。

「最初に出たやつは、飲めたもんやなかった。喉が焼けるだけで、鼻に嫌な匂いが残った」


「今のも大概やぞ」


誰かが言うと、ガロンは肩をすくめた。

「大概やが、前よりはましや。肉に使うには面白い。臭み消しにもなるし、少し垂らして焼くと匂いが変わる」


「飲む前に肉の話か」


「わしは肉屋や」


座の中に小さな笑いが起きた。


サジも口を開いた。

「町で売れるかは、まだ分からん。ただ、珍しがる者はおるやろうな。都に似た酒があるなら、話だけで興味を持つ者もおる」


「値はつくか」

オルムが聞く。


「つくかどうかを聞くために、町へ持っていくんや」

サジは甕を見た。

「ただし、酒は重い。器も割れる。少ない量で値がつかんと、運ぶ意味は薄い」


オルムはうなずいた。

「そこは分かっとる。だから、まずは試しや。食う分にも、種にも手はつけん。余りとして集められる分だけでやる」


村長が静かに言葉を継いだ。

「今回は、酒造りを村の仕事として試してよいか。その承認をもらいたい」


皆は無言で答えた。


「ほんなら、これはこれで進めるで」


村長はこの話を締めた。


そして続けて言った。

「もう一つは、サリナからや」


サリナはその声を聞くと、持ってきていた布袋に手を入れた。

中から、膝に抱えるほどの袋を三つ取り出す。

持ってきた布袋の大きさから考えると、入っていたとは思えないほど大きかった。


サリナはそれを近くの三人に手渡した。

「触って、回していって」


袋は、順に座の中を回されていった。


「今お話しするのは、枕というか、座布団というか、そんなものです」

サリナは続けた。

「これまでのものと違うところは、やわらかいこと。それと、とにかく軽いことです」


受け取った者たちは、手のひらの上でぽんぽんと弾ませたり、指で押したり、持ち上げたりしている。


「……なるほど」


何人かが、納得したようにうなずいた。


皆と同じように袋を押しながら、ガロンが言った。

「おもろいとは思う。そんでも、これが売りもんになるんか?」


サリナはうなずいた。

「実は、前の交易で、サクに試作品をギルドへ持ち込んでもろたんです」

「町から返事が来ました。変わった感触やし、裕福な家には需要があるかもしれん、と」

サリナは手元の袋を軽く叩いた。

「もう少し布地の質を上げたり、装飾を工夫したりすれば、高級品にもなるかもしれんそうです」


バルグが尋ねた。

「えらい軽うてやわらかいけど、材はなんや」


「水鳥の羽根です」


「そんなもん、よう使おうなんて思たな」


「昔、ミアとサクが考えて、私のところに持ち込んできたんです」

サリナは少しだけ声を落とした。

「それを、私とメルナで考えて、この形にしました」


久しぶりに聞くミアの名前に、皆が一斉に顔を上げた。


サクは何も言わず、回されていく袋を見ていた。


オルムが口を開いた。

「それやったら、寄り合いにかけんでも、つむぎ小屋で進めてええんちゃうか」


「つむぎ小屋だけではあかんのです」

サリナはすぐに答えた。

「この枕一つ作るのに、結構な量の羽根が要ります。せやから、猟師組の人らに協力してほしいんです」


それから、袋の表の布を指で撫でた。


「それと、枕の覆いに刺繍をしようと思っています。つむぎ小屋だけやと人数をかけられへんので、あまり凝ったものはできません」

「最初は、少し目を引くものを作りたいんです。何人か、手を貸してほしい」


ガロンがうなずいた。

「分かった。水鳥を狩る時に、羽根を捨てんと溜めといたらええんやな」


「お願いします」


「そんでも、水鳥の狩りは猟師でのうてもやっとる。このへんも、捨てんとつむぎ小屋に持っていくように、村中へ広めといた方がええ」


オルムも続いた。

「刺繍いうことは女手やな。分かった。こっちで見繕おう」


「おおきに」


サリナはほっとしたように息をつき、それからにっこり笑った。

「交易で売りもんになったら、分配も考えなあきませんね」


その言葉に、何人かが小さく笑った。


村長が口を開いた。

「では、新しい枕を交易品の候補とする。猟師組は羽根の収集に協力する。猟師組以外が水鳥を獲った場合も、羽根は捨てずにつむぎ小屋へ持っていくよう、村の者に伝える」


そこで一度、言葉を切った。

「刺繍については、農家の女手をオルムが見繕う。分配については、売り物になる見込みが立ってから改めて決める」


村長は皆を見回した。


「これでええか」


反対の声はなかった。


*


「最後に一つ議題があるが、ここで一息入れよか」

村長が休憩を宣言した。


サリナとメルナが腰を上げ、ハーブティを参加者に配った。


参加者は十五人ほどいる。その中に、なぜかばあさんの姿はなかった。

代わりというわけではないが、レアが茶を配る手伝いをしていた。湯を沸かす段取りなどは、彼女がやっていたのだろう。


村長は目を閉じ、入れてもらった茶を静かにすすっていた。


幾人かが小用で席を立つ。


暗い報告が最初にあったものの、その後は前向きな報告と決定が続いた。心なしか、皆の表情も少し明るく見える。張りつめていた空気が、いくらか緩んでいた。


レアはいつものように表情を変えず、サクに茶を手渡した。


「おおきに」

サクは礼を言い、一口飲んだ。

薬草の香りが、鼻に抜ける。


レアは何か言いたげにサクを見たが、すぐに視線を外した。


やがて、席を立っていた者たちが戻ってきた。


サリナがレアの方へ目を向ける。

レアはそれだけで察したように、空になった器をいくつか抱えた。

「片づけてきます」

そう言って、静かに部屋を出ていく。


戸が閉まる音を待ってから、村長が口を開いた。

「さて、最後の議題やけど、始めてええか」


皆が無言で賛意を示す。

「荷駄の道の復旧に時間がかかる。これは分かった」


村長は一度、居間の中を見回した。


「なら、どうするかという話や」

「まず、ここで提案がある者は言うてくれ」


場は沈黙に包まれた。

一気に現実へ引き戻されたようだった。


先ほど話していた新しい交易品も、荷駄の道があってこその話である。運べなければ、利益も何もない。


「サクの徒歩の道で、塩の量、増やせんのか」

誰かが、独り言のように言った。


村長がすぐに顔を向ける。

「それはサクに対しての質問か。そこははっきりして発言してほしい」


言った者は、少し居心地悪そうにした。

「誰でもええ。ちゃんとしたところを知りたいんや」


村長はサクを見た。

「サク、ええか」


「ええよ」


サクは短く答えた。

「前に、サリナさんと俺の方で、家ごとに聞いて調べた結果やけど」

皆の視線が集まる。

「毎月、普段の使用量だけでも最低二十キロから三十キロはいる。だいたい、俺が月一回で運べる量のぎりぎりや」


そこで一度、言葉を切った。

「これとは別に、収穫期と冬支度の分がいる。そっちは、一気に跳ね上がる」

サクは皆を見回した。

「最低でも、六百キロはいる計算になる」


誰かが小さく息を呑んだ。


「単純に言うたら、今運んでいる分とは別に、追加で二十往復や」

先日、メルナに答えた内容を、そのまま伝えた。


質問した者は、苦虫をつぶしたような顔をした。

「無理なんか」


「これから収穫期までに二十往復は、物理的に無理やな」

サクは淡々と答えた。


村長が付け加える。

「わしの方でも、各々のまとめ役から聞いた数字を合わせた。ほぼ、その数字で間違いない」


これで、今までの方法では無理があることがはっきりした。


村長は続けた。

「他にないか」


誰も声を上げなかった。


村長は全員の反応を待ってから、口を開いた。

「サクが町から帰ってきて、こんな提案があった」


一度、間を置く。


「冒険者を雇って、塩を運ぶ量を増やそうという案や」


その言葉で、場がざわついた。

「雇うて、いくら掛かるんや」

「その金はどこから出す」

「西大国の金やぞ。そんなん、村にあるんか」


予想外の提案に、参加者たちが口々に疑問を上げた。


村長が少し声を強める。

「私語は慎むように。質問は、はっきりとや」


ざわめきが少し収まるのを待ってから、村長は続けた。

「まず、疑問で多いのは金の話やと思う」


皆が村長を見る。

「サクに動いてもらった交易の分については、ほぼ塩と必要な物の購入で消えとる。わずかに残っとる西大国の金もあるが、とても人を雇える金額ではない」


そこで一度、言葉を切った。

「かといって、借金もできん。皆、忘れとるかもしれんが、町は隣の国や。それも三年前まで戦をしとった相手や」


また、場がざわついた。


村長はそれをしばらく待ってから、サクへ目を向けた。

「ここからは、サクの提案や。頼めるか」


サクは座ったままうなずいた。

「まず、今のままやと、ここまで来られる町の冒険者はおらん」


「あかんやないか」

オルムの隣にいた男が声を上げた。


「まあ、聞いてほしい」

サクは特に表情を変えずに続けた。

「この間、町に行った時、冒険者ギルドから話があった。町の冒険者に、森の入り方、野営の仕方、危険な場所の見方、難所の越え方なんかを教えてほしい、ちゅう話や」


何人かが顔を見合わせた。


「つまり、俺に一定期間、指導員として町へ来てほしい、ということやな」


場は静かになった。


だが、参加者たちは、塩の話と指導員の話がどう結びつくのか分からない様子だった。


オルムが低い声で尋ねた。

「町の冒険者に、森の越え方を教えようちゅうことか」


「そうや」

サクは答えた。

「ただ教えるだけやない。訓練の一部として、この村まで来させる。来られるようになった者に、塩や必要な物を背負ってもらう」


「雇う金はどうする」


「そこを、ギルドと話す」


サクは村長を一度見てから、また皆へ向き直った。

「村が金で冒険者を雇うんやなくて、俺が町で指導する。その対価として、ギルドに冒険者を出してもらう。そういう形にできんか、という話や」


ようやく、何人かが意味を理解したように顔を上げた。


オルムだけは、表情を変えなかった。

「つまり、塩を運ばせる代わりに、サクを町へ出すいうことやな」


また、オルムは村長の方を振り返って尋ねた。

「村長はどう思っとる」


村長は少し考えてから答えた。

「実行する、せんは置いといて、実現可能な案やとは思う」


オルムは少し下を向いた。

苦笑いしたようにも見えた。

おそらく、支持するのかしないのかを聞きたかったのだろうと、サクは思った。


すると、オルムは突然サクへ顔を向けた。

「サク。お前、村を出たいんか」


完全に不意を突かれ、サクは言葉に詰まった。

「おっ、俺は村の人間や。だから、戦からも帰ってきた」


それから、慌てたように続ける。

「この件が終わったら、村でおとなしゅうしたい」


何人かが、少しだけ表情を動かした。


信じたのか、信じなかったのかは分からない。


サクはさらに続けた。

「行く言うても、期限は設ける。三か月、いや、半年くらいになるか。その後は定期的に出向いて教える。それで動き出せると思う。秋の収穫期には、なんとか間に合わせたい」

そこで、サリナが声を上げた。

「私は反対や」


居間の空気が、少し変わった。


「みんな、サクのことを便利に使いすぎてるんとちゃうやろか。本人は数か月行けば事足りると言うけれど、それだけで済むとは思われへん」

サリナはサクを見た。

「サクは、村の人から言われたら、いやでも行くやろ」


サクはすぐに答えた。

「いややったら行けへんで」


「そんなことを言うてるんやない」


サリナの声は、いつになく強かった。

「ほんとはいやでも、村のためやったら、あんたは行く。喜んで行く」


サクは言い返せなかった。


「みんな、サクに甘えすぎや」


普段は穏やかでやさしいサリナのその姿に、参加者は言葉をなくしていた。


しばらくの沈黙のあと、オルムが口を開いた。

「わしも反対や」


ガロンがオルムの顔をまじまじと見た。


「なんや。俺の顔に何かついとるか」


「いや。お前が真っ先にこの案に賛成すると思とったからな」

ガロンは少し首を傾げた。

「それで、なんでや」


オルムは、それも分からんのか、という顔をした。

「サクはできるやつや。これは、みんな認めとる」


誰も否定しなかった。


「狩りや荷運びみたいな体力仕事だけやない。人とも話せる。ギルドと交渉もできる」

オルムは指を折るように続けた。

「それに今回、はっきり分かったやろ。モルの言うとった滑車も、サリナの持ってきた枕も、元をたどればサクが絡んどる。俺の知る限り、この手の話は他にもある」


サクは黙って聞いていた。


「サリナの言う通りや。村はサクに頼りすぎとる。サクがおらな回らんようになりつつある」


オルムはそこで、居間の者たちを見回した。

「その状態で、サクを町に取られてみい。どうにもならんようになる」


「取られるて」

誰かが小さく言った。


オルムは鼻で笑った。

「そんなやつを、数か月とはいえ町に出してみい。町はもう離せへんで」


サクが口を挟む。

「大げさな。そんな大層なもん違う」


「大げさやない」


オルムはサクへ向き直った。

「役を与える。権限を与える。責任を背負わせる。悪いことを考えるなら、女をあてがって、家族を作らせて、離れられんようにする」


居間が静まり返った。


「俺が町の人間やったら、そう考える」


サクは一瞬、返す言葉を失った。


オルムは少し声を落とした。

「正直に言うと、俺はお前のこと、人間的には好いとる」


サクは驚いて顔を上げた。


「ほんでも、距離を置いてきた」


「なんでや」


「お前は、端から見ると危ういんや」

オルムはまっすぐサクを見た。

「お前は嫌がりながらでも、結局なんとかしようとする」


それから、低く言った。

「町でも、そうならんと誰が言える」


しばらく、沈黙が場を覆った。


ガロンが、その沈黙を破った。

「それで、オルム。何か案はあるんか」


オルムは下を向いた。

「はっきり、これというのはない」


居間の中に、重い空気が落ちた。


「塩の使う量を減らして、できるだけあちこちから集める。それくらいや」


「それで足りるんか」

誰かが尋ねた。


オルムは答えなかった。


そこで、バルグが口を開いた。

「オルムの言うことは分かる」


皆の目が、バルグへ向いた。


「そんでも、サクをこの村に縛りつけて、それで村は回るんか」


オルムは顔を上げた。


「サクの考えを、村から追い出すこともできんやろ。今回の滑車も、枕も、モルやサリナとメルナが形にし始めとる」


バルグは一度、オルムを見た。

「お前のところの水車もそうや。元は、ミアとサクが騒いで、お前に首を縦に振らせたもんやろ」


水車とは、数年前にサクが遊びで作ったものをミアが見つけ、オルムに話を持っていったのが始まりだった。

それをバルグが作り直した。

揚水のための小さな水車である。

それによって耕せる土地が増え、去年と今年の豊作の要因の一つにもなっていた。


「必要なんは、サクを閉じ込めることやない」

バルグは低い声で言った。

「サクにしかできんことを減らすことや」


誰もすぐには言い返さなかった。


「わしは、サクに決めてもろたらええと思う。それで結果、町に取られることになったら、それはそれでしゃあない」


その言葉に、サリナが声を上げた。


「あかん!」


普段のサリナからは考えられないほど強い声だった。


「この子は、必要やと思ったら、いやでも行く」


また、場を沈黙が覆った。


村長はそのやり取りを聞きながら、口を開けずにいた。

サリナの心配も、オルムの懸念も、バルグの言い分も、どれも間違ってはいない。

だが、村長が気にしているのは、それだけではなかった。

サクを外に出すということは、この村の匂いを外へ持ち出すということでもある。

塩や品だけではない。

人も、話も、目も、いずれこちらへ向く。

良いものも来る。悪いものも来る。

二日前の晩に聞いた話が、頭から離れなかった。

西大国の女騎士と薬師。

ばあさんを訪ねてきたという二人。

あの話を聞いてから、村長は、交易というものがただ村を潤すだけのものではないことを、ようやく腹の底で理解し始めていた。

もう少し時間がほしかった。

準備も、覚悟も、足りていない。

だが、塩は待ってくれない。


「村長」


サジの声がした。


村長は顔を上げた。


サジが、柱にもたれたままこちらを見ていた。

「話を進めい」


村長は眉間に皺を寄せ、言葉を絞り出すように言った。

「そうやな。議論も進んだようやけど、このままでは平行線で、結果は出ぇへんと思う」

誰も声を上げなかった。

「それでも、時間は待ってくれへん。冒険者に教えるにしても時間がかかる」


自分で言って、村長は気づいた。

時間がない。

だが、誰よりも時間がほしいと思っているのは、自分だった。


「ここまでで、挙手で多数決を取りたいと思う」


その時、サクが手を上げた。

「ちょっと待ってくれ」


村長が目を向ける。

「決を取るんやったら、投票にしてくれ。誰が行かせたがって、誰が止めたいのか、分かっていくのは気持ちが悪い」


サクは一度、居間の中を見回した。


「行くとしたら、村の決定として、行かせてほしい」


その言葉は、村長を救った。


村長は少しだけ息を吐いた。

「ええ意見や。挙手では、人が見とる。他人の目を意識してしまう」


それから、皆へ向き直った。


「皆が自分の考えだけで判断する。それでいこう」


村長はサリナを見た。

「サリナ。人数の二倍の紙切れを用意してくれへんか」

サリナは「はい」と小さく答え、立ち上がった。


しばらくして、サリナが紙片を持って戻ってきた。

村長はその半分に丸を、残りの半分にばつを書いた。


「一人に、丸とばつを書いた紙を一枚ずつ渡す」

村長は紙片を示しながら説明した。

「今回の、サクをギルドの要請を受けて派遣する件に賛成なら丸。反対ならばつ。そのどちらかを、この布袋に手を入れて落とす。残った方の紙は、手元に伏せておいてくれ」


布袋は、さきほどまで羽毛の枕をまとめて入れていたものだった。


「この場で開いて、多い方に決定する」


村長は皆を見回した。

「ええか」


何人かがうなずいた。

異論は出なかった。


最初に村長が、見本を見せるように一枚の紙片を握りしめ、布袋に手を入れた。


その後、サリナが布袋を持って、一人ひとりの前へ座っていった。

布袋を差し出す時、サリナは顔を背けるようにした。


最後に、サリナはサクの前に来た。

「俺も入れるんか。今回の議題では、おかしないか」


サリナが言った。

「何言うてんの。自分のことやのうて、他人が行くと考えて入れたらええやないの」


「そんなんでええんか」


そう言いながら、サクは布袋に手を入れた。


投票が終わり、その場で集計された。

出てきた紙は十三枚だった。

二枚、足りない。


「二人、入れてへん者がおるな」

村長は紙片を見つめたまま言った。

「これは棄権ということで進める」


白票を投じたのは、村長とサクだった。

数を数え終え、村長は口を開いた。

「賛成八、反対五」


*


「賛成多数でサクの町のギルドへの派遣を決定する」


誰もすぐには声を出さなかった。


決まった。

だが、決まっただけだった。


「詳細はわしとサクで詰める。そのあと、皆に報告する」


「それでええか」


その時、オルムが手を上げた。

「ちょっと、ええか。この決定に異論を挟むもんやない。サクに村から同行者をつけたいねん」

「さっきバルグも言うとったが、サクにしかできんことを減らすことや。畑のもんから一人出したい。ガロン、猟師の組からも一人出せ」


サクは言う。

「足手まといやったらいらんで」


「そう言わんと、鍛えてやってくれんか。できるだけ邪魔ならんやつを選ぶ」


ガロンが言う。

「オルムの言わんとしてることも分かる。サクもこれまで教えてきた若いもんにもう一つ教えたってくれへんか」


ただでさえ、猟師組は数が少ない。それを出そうという。

「分かった。そんでも、これから行くまでの間に大分鍛えなあかん。人選は出来るだけ、早よしてほしい。ただ、無理強いはあかんで、まずやる気のあるやつや」


「そういうのを選ぶ。たのんだ」


そのやり取りを聞いていた村長がうなずき、言葉にする。


「聞いての通りや、サクの派遣の決定。それと同行者を二人、畑の若いもんと猟師の若いもん。これで決定する」


「ええか」


一同、無言で了解する。


「それでは、今日の寄り合いは終了する」


村長は言い終えると目を閉じ、肩を落とした。


メルナが盆を出口で捧げ持って立っている。三々五々、参加者がその盆に酒やお茶を飲んだ湯呑を置いて帰っていく。


サクがそれを見ながら、腰を上げようとすると、横から声をかけられた。


「サクよ、帰り同じ方向や。そこまで一緒に帰ろ」

声の主はサジだった。


後ろを振り向くとサリナが声をかけるでもなく、夫の袖をつかんでいた。

そして小さく声をかけるのが聞こえた。


「お疲れ様」


それを見るなり、サジの方を振り返り

「帰りましょか」



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


レビューやコメントがない中での更新は、正直なところ心細くなることもあります。

それでも、更新した時にふっと増えるPVを見るたびに、「読んでくださっている方がいるんだな」と励まされています。


この物語は、まだ先まで描きたい流れがあります。

派手な展開ばかりではありませんが、サクたちの暮らしや村・町の変化を、最後まできちんと書き切りたいと思っています。


物語は、ここから少しずつ次の段階へ入っていく予定です。

仕事の方がなかなか区切りがつかず、不定期投稿になってしまっていますが、

引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

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