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補欠は異世界でも甲子園の夢をみるか  作者: クリオアサト


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第21話 大猫の回収 その3

第21話 大猫の回収 その3


サクは顔を上げ、木々の隙間から見える日の高さを確かめた。

「さぁ、解体はここでしよか。ランス、あんた解体できるか?」

「いや。いつもギルドでやってもらってた」

ランスは正直に答えた。

サクはうなずいた。

「遠出の狩りでは、解体は必須や。全部持って帰ろ思たら、それだけで足が止まる。荷を軽うするのも技のうちやで。ここで基本だけ覚えとき」

そう言ってから、サクはバンに目を向けた。

「バンさんも頼むわ」

「ああ、任せてもらおう」

バンは短く答えた。

その声には、いつものギルドマスターとしての重さではなく、森を知る者の落ち着きがあった。

「それより、野営の準備もそろそろ考えた方がいいんじゃないか」

「まだ大丈夫やけど」

「解体に三人はいらん。ランスには俺が教える。血の匂いも出る。野営地は少し離した方がいいだろう。場所はお前しかわからん」

サクは少し考え、それからうなずいた。

「助かるわ。火と寝床だけ見てくる。済んだらすぐ戻る」

そう言いながら、大猫の上にかぶせていた枯葉をどかした。

三人で近くの枝を拾い、大猫の後ろ脚を開くように結びつける。そばの木の太い枝にロープをかけ、息を合わせて引いた。重い獣の体が、ずるりと地面を離れる。

「ほんなら頼むわ」

サクはそう言い残し、木々の向こうへ歩いていった。

バンは、改めて吊るされた大猫を眺めた。

致命傷は明らかに首だった。

喉元に、一突き。

それ以外では、左前脚の下、人でいう脇のあたりに血がにじんでいる。だが、大きな傷はそこまでだ。毛皮の乱れも少ない。無駄に切り刻んだ跡もない。

一瞬で決まった戦いだったのだろう。

バンは目を細めた。

「サクは、弓のような飛び道具を使うのか?」

ランスは少し考えてから答えた。

「いや、弓は見てない。でも、投げ針みたいなものを使っていた」

「投げ針か。珍しい道具だな」

バンは大猫の傷をもう一度見た。

「……あとで本人に聞いてみるか」

そう言って、背嚢から愛用の解体ナイフを取り出した。続けて、細い紐と数枚の布を出す。

「ランス。水場は聞いているな。袋に水を汲んできてくれ」

「わかった」

ランスが水を汲みに向かうと、バンは地面に布を広げ、四隅を石で押さえた。さらに少し離れた場所を選び、木の枝で土を掘り始める。

ほどなくして、ランスが水を入れた袋を抱えて戻ってきた。

「こっちを手伝え」

二人で穴を広げる。

ランスが首をかしげた。

「これは?」

「捨てるものを埋める穴だ。血と内臓をそのままにすれば、獣を呼ぶ」

ランスの表情が少し引き締まった。

「まず腹を開く。そして肛門を縛る。中のものが漏れると、肉も毛皮も台無しになるからな」

バンは言葉を選びながら、手順を一つずつ見せていった。

ナイフの刃は迷わない。だが、急がない。

「腹を開くときは、内臓を傷つけない。刃を深く入れすぎるな。皮と膜だけを切るつもりでやる」

ランスは息を詰めて見ていた。

バンは腹を開き、手を入れ、内臓をまとめて引き出した。重い音を立てて、それが下に落ちる。

「使わないものは穴へ。使えるものはこっちの布に置く」

そう言って、バンは心臓と肝を分けて布の上に載せた。

「森では、食えるものは食う。だが、欲張って腐らせるくらいなら捨てる。その見極めも覚えろ」

ランスはうなずいた。

バンはちらりと、サクが消えた森の奥を見た。

「あいつは、こういうことを一人でやってきたんだろうな」

その声は、感心とも呆れともつかないものだった。


「やってみろ」

バンは、内臓を掻き出す作業をランスにもやらせた。

ランスは顔をしかめながらも、言われた通りに手を入れる。ぬるりとした感触に、一瞬肩がこわばった。

「気温がまだ高くないせいか、腐敗臭は少ないな。もう少し後なら、息をするのも嫌になるぞ」

「……結構、匂うぞ。これよりもか?」

「ふん。全然ましだ。要は慣れだ」

バンは淡々と言った。

「それに、これができないと森の奥には入れん」

「心が折れそうだよ、まったく」

「ここまで来たんだ。そう言うな」

バンは口の端を少しだけ上げた。

「解体ができるようになれば、肉屋に転職もできるぞ。手に職を、というやつだ」

「……冒険者をやめる前提か」

「まあ、そこまでになるには経験を積まんといかんがな」

バンにしては、いささか雑な冗談だった。

ランスは苦い顔のまま、手を動かし続けた。

内臓を穴へ移し、使える部位を布の上に分け終えると、バンは腹の脂肪と皮の境目にナイフを入れた。

「次は皮だ。肉と皮を分けていく」

バンは刃先をゆっくり動かしながら説明する。

「ここでは脂肪と皮の間にナイフを入れる。現場での解体なら、最初は脂肪側を少し多めに残すくらいでいい。肉は少し削れても食えるが、皮に傷を入れると値が落ちる。こういう獲物ならなおさらだ」

そう言って、少しだけ手本を見せたあと、ランスにナイフを持たせた。

「握りはこうだ。刃を深く入れるな。切るというより、はがすつもりでやれ」

ランスはおっかなびっくりナイフを入れた。

刃先が少し迷うたびに、バンが短く指示を出す。

「そこは浅く」

「引きすぎるな」

「皮を見ろ。肉じゃない」

やがて、脇のあたりまで進んだところで、バンが手を止めさせた。

「ここからは薄い。皺も多い。希少な獲物の皮だから、ここから先は俺がやる」

ランスは素直にナイフを返した。

「そっちをつまんで持て。少し引っ張ってくれるか」

ランスが皮を持ち上げる。

バンはその張り具合を確かめるようにして、またナイフを入れた。

しばらく、二人は無言で作業を続けた。

ランスは、バンの刃先をじっと見ている。力を入れているようには見えないのに、皮と肉は迷いなく離れていった。


難しい部分を越えたところで、バンが手を動かしたまま言った。

「お前は、サクのことをどう見た」

「強さか?」

「それもある。だが、冒険者としての全体の評価だ。客観的に見て、どうだ」

ランスは少し考えた。

「……わからん」

正直な答えだった。

「都には、あんな奴はいなかった。弱くはないのだろう。だが、都のベテランや高位冒険者には、みな凄みがあった。近づけばわかるものがあった。でも、あいつにはそれがまったく感じられない」

ランスは、都のギルドで見た冒険者たちを思い出していた。

鎧の音。傷だらけの顔。人を押しのける声。自分の腕を疑わない目。

サクには、それがない。

「なまりは強いが、中身は至って良心的な常識人に見える」

バンはランスの言葉を受けるように言った。

「冒険者は総じて自己主張の強い者が多い。腕のある者ならなおさらだ。だが、あいつはそれが薄い。金に細かいところはあるが、それも理由があってのことだ」

「冒険者らしくない、ということか」

「そうだな」

バンは皮を引きながら、刃を進めた。

「最初は、王国の工作員か何かかとも思った」

「工作員?」

ランスが思わず顔を上げる。

「思っただけだ」

バンは淡々と答えた。

「だが、考えてみれば、こんな田舎で何を工作する。盗まれて困る秘密も情報もない。だから、しばらく放っておいた」

「放っておいたのか」

「ああ。害がないなら、それでいい」

バンは少しだけ間を置いた。

「だが、付き合いが長くなるにつれ、やつの存在が町の中で確かなものになってきた。寺院もそうだ。そしてギルドも、やつに深入りしそうになっている」

ランスは黙った。

バンのナイフだけが、静かに動いていた。

皮と肉の境目に刃を入れ、少しずつ、無理をせず剥がしていく。

「疑っているわけではない」

ぽつりと、バンが言った。

ランスは顔を上げた。

「だが、組織の上に立つ者としては、疑念は除いておきたい。あいつが何者で、何を背負っていて、どこまでこちらに関わらせていいのか。それは見ておく必要がある」

ランスは黙って聞いていた。

バンの声に、サクへの敵意はなかった。

ただ、甘さもなかった。

「今度、サクに指導員を依頼している。まだ決定ではないがな」

「指導員?」

「若い冒険者に、森の歩き方を教えさせる。戦い方ではない。火の置き方、水の探し方、荷の減らし方、獲物の扱い方、危うい場所の見分け方だ」

バンはそこで、少しだけ手を止めた。

「そういうものを、あいつは持っている」

ランスは答えなかった。

否定はできなかった。

この半日だけでも、思い知らされている。

サクは強い。

だが、都で見た強者たちとは、まるで違う強さだった。

「ランス」

バンは再びナイフを動かしながら言った。

「おまえ、サクと組む気はないか」

ランスは思わず手を止めた。

「……俺が?」

「ああ」

「どういう意味だ」

「そのままの意味だ。あいつ一人では、町の外に出せる仕事に限りがある。だが、誰かと組ませるなら、仕事の幅は広がる」

バンは淡々と言った。

「それに、お前にも必要だろう。都で身につけたものではなく、この辺境で生きるための技が」

ランスは言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。

バンの言葉は、腹立たしいほど正しかった。

都でB級まで登ったというプライドはあった。

だが、あの出来事は、それを打ち砕くには十分すぎた。

だから、ランスはサクに教えを乞うつもりでいた。ただ、それは誰かに言われてすることではない。バンに命じられることでもない。

自分の口から言わなければならなかった。

ランスは、バンには無言で答えた。


沈黙を破ったのは、サクの声だった。

「どないだ? 進み具合は」

サクは手に鉄製の鍋を持っていた。もう片方の手には、調味料や香辛料が入っているらしい袋と、途中で採ってきたのであろう野草を抱えている。

「食えるところ、ありそうか?」

サクはバンに聞いた。

大猫はすでに半身ほど、皮と肉がはがされていた。

「これを食うのか」

バンが眉を上げる。

「できたら食ってやりたい。無駄に腐らせるのも、罪のような気がするんや」

「腐敗臭はないようだが、内臓はやめておいた方がよくないか」

「うん。あばら周辺の肉を少し貰えるか。解体しながら、横で火にかけるわ」

そう言うと、サクは石と木の枝を集めはじめ、手早く簡易のかまどを組みはじめた。

「ここで飯にするのか。まだ早くないか」

「血抜きしとらんから、あくが強いと思うねん。解体してる間にしっかり煮て、臭みを取った方がええ」

「わかった。その分の肉を切り出そう」

バンは大猫の胸にあたる部分を見定めると、あばらごと斧で断ち切った。骨の砕ける鈍い音がした。

「こんなものでいいか」

「おおきに」

サクは短く礼を言い、肉と鍋を持って水場の方へ歩いていった。

その背中が少し離れたところで、ランスがおもむろに口を開いた。

「教えを乞うつもりでいた」

バンは何も言わず、手元の刃を止めた。

「組むなんて、おこがましい」

ランスは、解体途中の大猫を見ていた。だが、その目が見ていたのは、そこではなかった。

「これは、俺の問題だ。ギルドは出ないでほしい」

バンの口角が、わずかに上がった。

「どうするつもりだ」

ランスは一度、息を吐いた。

「俺の口から言う」

「なら、そうしろ」

バンは解体の手を止めずに言った。


*


解体が終わるころ、大猫の肉の煮込みもできたようである。

何度も水を足し、灰汁をすくい、骨と肉がほぼ離れそうになっている。

ここで香辛料と野草を加え、しばし煮込む。

「持って帰れそうなところは整理できたな。皮は俺が持つ。肉はランスで、頭とそれ以外はバンでええか」

「皮は重くないか。途中で代わるぞ」

「いつもしとることや、三人で手分けしとるからまだ楽なもんや」

日は傾き始めている。

三人は荷物をまとめ、野営地に移動した。サクはその手に鍋を持っている。

野営地につくと、簡易の天幕とかまどが用意されていた。

サクは鍋の蓋を開け、改めて味を見た。それから、用意してきた乾麺を鍋に入れ、また火にかける。

「帰りに罠を見んとあかん。なんか獲れとったら、それも回収せなな」

そう言いながら、サクは火加減を見ていた。

麺が煮えたころ、それぞれが持ってきたカップにスープを注ぎ、箸で具材を入れていく。肉は骨からはがれかけていたが、サクは骨ごとそのままカップに放り込んだ。

ランスは恐る恐る、カップに口をつけた。

次の瞬間、目を見開く。

「……うまい!」

恐れていた臭みはほとんどなかった。むしろ、わずかに残った獣の匂いが、妙な力強さになっている。それを覆うようなうま味と香辛料の香り。そこに野草の清涼感が重なり、不思議なほど合っていた。

「骨の髄にはうま味があってな。こいつはまた独特やな」

サクはそう言いながら、自分のカップにも肉と麺を入れる。

肉は少し繊維が口に残ったが、臭みはすっかり消えていた。噛むと、ほろほろと崩れる。骨の周りの肉は特に濃く、スープを吸っていた。

「野営でこんな贅沢な飯は初めてだな」

バンはカップを見下ろしながら言った。

「それと、この麺は保存が利くのか?」

「ちゃんと乾燥できたら、一年くらいは持つで。寺院の人らに教えて、作ってもろてん」

サクは箸で麺をすすった。ランスとバンはフォークで麺を引っかけ、少し苦労しながら食べている。

一杯目は、あっという間になくなった。

サクが鍋から麺を足す。バンがスープをすくう。ランスは骨についた肉をフォークで剥がそうとして、結局そのままかぶりついた。

小さなカップでは足りず、三人の手は何度も鍋へ伸びた。

「うまいものだな。堅パンにワインを浸して食べるのとは、趣が違う」

バンは骨をしゃぶりながら言った。

ランスも頷き、サクを見る。

「いつも、こんなうまいものを食っているのか?」

サクは大きく首を振った。

「そんな訳あるかい。今日は二人が解体やってくれてたから、時間かけて煮込めたんや」

それから、少し笑う。

「今日は特別やで」

鍋には何度か麺が足された。

火のそばで、三人は黙って食べた。ときおり骨を割る音と、スープをすする音だけがした。

腹が膨れるころには、先ほどまで大猫の死体を前にしていた空気は、少しだけ遠のいていた。

「ご馳走様でした」

サクは丁寧に手を合わせ、目を閉じた。

バンとランスはそれを見て、不思議そうに目を合わせた。


*


「町にいる時だけでかまわない。俺に、森の入り方を教えてくれないか」

洗い物を終え、沸かした湯に茶葉を入れて、ようやく一息つこうとしていた時だった。

唐突に、ランスがサクに言った。

「なんだったら、依頼にしてもかまわない」

サクは湯気の立つカップを手にしたまま、ランスを見た。

「猟師になりたいんか?」

「違う。冒険者として、狩りをしたり、危険を避けたりする術を身につけたいんだ」

「都では、どんな仕事をやってたんや?」

冒険者といっても、得意不得意がある。

害獣の駆除。薬草などの採取。危険な場所への荷運び。貴人や商人の護衛。ひと口に冒険者と言っても、森に入る者もいれば、街道からほとんど外れない者もいる。

ランスは少し考えてから答えた。

「主には、近隣領主からの依頼での大物の討伐と護衛だ」

「大物?」

「人里に出た魔獣や、群れを率いた害獣。あとは、領主の狩りに同行することもあった」

サクは黙って聞いている。

ランスの話では、彼は商家の次男坊だったという。小さい頃から通っていた剣術道場の紹介で、冒険者になった。体を動かすことが好きで、算術や読み書きは二の次。親の反対を押し切った形だったが、運よく仕事に恵まれ、実績を積むことができた。

「それで、B級まで上がった」

ランスはそう言った。

だが、バンは目を細めた。

それだけでB級になれるはずがない。言葉ほど軽い道ではない。ランスはかなり控えめに言っている。

町に現れた時に見せていた、あの高いプライドは、いまは微塵も見えなかった。

サクは少し湯をすすってから言った。

「こっち側におる時やったら、かまへんで」

ランスが顔を上げる。

「ただし、仕事を見せるだけや。教えるために、特別に時間は取れへん」

「それでいい」

ランスはすぐに答えた。

「同行させてくれて、質問に答えてくれるだけでいい」

サクはしばらくランスを見ていた。

「それと、俺の言うことは聞いてもらうで。森の中で勝手なことされたら困る」

「わかった」

「危ないと思ったら戻る。理由はその場では説明せんこともある」

「それも従う」

「ほな、ええ」

サクはそう言って、またカップに口をつけた。

ランスは小さく息を吐いた。安堵の息だった。

バンはその横顔を見て、何も言わなかった。

日が傾き、野営地は森の影に飲み込まれつつあった。


*


火の番を三交代で行うことなどを取り決めると、それぞれが自分の道具の手入れを始めた。

サクは交換した縄の具合を確かめ、傷みがないかを指で探っている。それからフクロナガサの刃を布で拭い、油を薄く引いた。

バンは解体に使ったナイフを砥ぎ、斧の刃こぼれを確かめている。

ランスは、自分の剣よりも、サクの縄の手入れを熱心に見ていた。

しばらく、刃を研ぐ音と、焚き火のはぜる音だけが続いた。

やがて、バンがおもむろに口を開いた。

「昨日話した件だが、村の方にも、しっかり話してほしい。これからのことを考えれば、双方に利がある話だと思う」

「ああ、俺もこの件については、やぶさかやない」

サクは縄を巻き直しながら答えた。

「そんでも、直近の問題として、俺は猟師として村の食い扶持にも関わってるねん。俺が町に取られると思われたら、反対もあるやろな」

「お前以外が渡れるようになれば、交易にも余裕ができる。食料についても、多少は楽になるんじゃないか」

「人が動くだけでは、量は知れてる」

サクは短く言った。

「俺が動く分にはええねん。けど、今のところ冒険者に依頼する金は村にはない。稼ごうにも、量が捌けんことには儲けようがない」

「サジが荷車での交易をやっていたと言っていたな。それはどうした」

「サジも年や。代わりもおれへん」

サクは火の向こうを見た。

「サジが動かんようになって、一年たつ。道がどないなっとるか、荷駄のルートがどないなっとるか、今は確認中や」

「その代わりに、お前がこの森を越えて来るようになったわけか」

「そういうことやな」

サクは苦く笑った。

「荷駄のルートの代わりに、こっちへ来るようになった。けど結局、村が立ち行くには、向こうを復旧させんとあかんようや」

バンは斧の柄を膝に置き、少し息を吐いた。

「皮肉なものだな。荷駄の代わりに来たお前が、また荷駄の必要性を言うとは」

「そこは、現実を見なあかんな」

サクはそう言って、巻き終えた縄を背嚢のそばに置いた。

バンはそれで、村の事情をある程度理解したようであった。

ただ、ランスは半分も理解していない顔をしていた。村の食い扶持、交易の量、荷駄の道。剣一本でどうにかなる話ではない。

夜が更けてきた。

三交代の火の番が始まる。最初はランス。次にサク。そして最後がバンである。

焚き火の燃え尽きる時間を目安にして、ランスを除く二人が天幕の下で横になった。




翌朝、まだ薄暗いうちに、三人は朝飯を早々にすませた。

夜明けとともに野営地を畳み、来た道を逆にたどる。

前日のランスの申し出もあって、三人は緊張を保ったまま進んでいった。

特にサクは、帰り道の目印や、気をつけるべき場所を口にしながら歩いた。

「この倒木、行きは右手に見えたやろ。帰りは左や」

「この苔のつき方、方角見る時の目安にはなる。ただし、あてにしすぎたらあかん」

「ここは踏み跡が二つに分かれてるように見えるけど、左は獣道や」

そんなふうに一つ一つ確認していくので、自然と立ち止まる回数は多くなった。

バンとランスに、帰り道を自分たちだけでもたどれるよう教えているようでもあった。

それでも、道行きに慣れてきたのか、バンもランスも昨日より速いペースで進んでいた。

特に、昨日は暴れていた沢が、嘘のように静かな清流になっていた。水かさも落ち、渡るのに苦労はなかった。

おかげで、昼頃には最後の難所の手前まで来ていた。

「ここで一服しよか」

荷を下ろしながら、サクが言った。

バンは周囲を見まわし、少し残念そうに言う。

「獣に遭遇しなかったな。トカゲもいなかった。動いているところを見たかったが」

「あれは、このルートからちょっと外れたところにおる。最近はそれより外に出ることも多くなったけど、今回のルートまでは来んな」

「いやな、あの肉をまた食べたいと思ってな。あれが切れてから、まだ次がないんだ」

「そりゃ悪かったな。森に入れるもんが他にもできたら、教えたるねんけど」

「ぜひそうしてくれ。他の冒険者も俺に聞いてくるんだ」

最後の難所は、往路では登りだった場所である。今度は下りになる。

ロープは登りの時に張ったままだった。ランスもバンも、問題なく降りてきた。

サクはロープの具合を確かめると、周囲を見た。

「さぁ、罠を見に行くでぇ。ついてくるか。ここで休んどってもええで」

ランスは食い気味に返事をした。

「行くぜ。見逃してたまるか」

サクは苦笑しながら、フクロナガサとロープを準備した。

バンも行くと言ったので、三人は荷物をいったん木の枝に吊った。その周りに簡単な結界と罠を張り、身軽になってから向かう。

いくつか張った罠のうち、二番目の罠に中くらいのイノシシが掛かっていた。

一昨日あたりには掛かっていたのだろう。疲れたようにうずくまっている。

かなり暴れたらしく、周囲の土は黒々と掘り返されていた。窪みは、まるで小さな火口のようになっている。

サクが近づくと、イノシシは牙をむき出しにした。

突進しようと窪みを駆け上がる。だが、罠に掛かった後ろ足に引かれ、つんのめった。

その頭が上がった瞬間だった。

サクはあごの下にフクロナガサを差し込み、一突きで急所を刺した。

イノシシの体が大きく震えた。

それきり、土を掻く音は止まった。

「見事なものだな」

バンが感心して言った。

「ふつーやで」

サクは短く答えた。

あとの手順は、いつものことのように進んだ。

三人でイノシシを引きずり、川に死体を浸す。体温を下げることで肉焼けを防ぎ、血も抜くためである。

しばらく時間をかける必要があるので、その間に次の罠を見に行く。

そちらには、獲物は掛かっていなかった。

サクはバンとランスに、仕掛けを説明する。

「これは、くくり罠いうてな。どこの地方でもやってる罠や。ここを通った獣の足を縄でつかまえて、動けんようにする」

サクは落ち葉をどけ、踏み板と縄の位置を示した。

「ただ、仕掛けたら終わりやない。獣がどこを通るか見て、足の置き場を読まなあかん。外れたら、ただの縄や」

川に戻ると、三人でイノシシを木の枝に吊り下げた。逆さにして、本格的に血抜きを行う。

その後、最後の罠も見に行ったが、こちらも空振りであった。

「まぁ、今日はラッキーや。結構なもんが獲れた」

サクが言うと、ランスは少し意外そうな顔をした。

「獲れないものなんだな。四つ仕掛けて一つなんて。もっと掛かるものだと思っていたよ」

「四つのうち一つなんて、上出来も上出来や」

サクはすぐに言葉を返した。

「ほとんどが空振りや。一割でも掛かってたら、名人の域やで」

ランスは罠のあった場所を振り返る。

「そんなものなのか」

「そんなもんや」

サクは続けた。

「それとな、罠猟はルールがある。森の調和を乱したら、途端に獲れんようになる」

それから、罠を仕掛けた木を指した。

「それと、罠猟師同士のルールというか、モラルも決めとかんとぐちゃぐちゃになる。例えば、あの木の枝の上に巻いた布はな、俺の印や」

罠をつけた木の枝の少し上に、布が結びつけてあった。その布の先も、もう一度結ばれている。

「この場所は、俺が見てる。そういう印やな」

「勝手に外したり、獲物を持っていったりするな、ということか」

バンが言った。

「そういうことや。ここでは、まだ必要ないことやけどな」

三人はイノシシのところに戻り、解体を始めた。

今度は内臓を出し、埋めるだけである。肉と皮、部位ごとの解体はギルドで行うことになる。

町の冒険者としては、ここまでできれば最低限の仕事と言っていい。

一仕事を終えて、三人は帰路についた。

バンを先頭に、サクとランスが棒にぶら下げたイノシシを担ぐ。三人とも、大猫の素材を背嚢に入れた状態である。

道行きは昨日より楽になったとはいえ、ランスの足腰と肩は、すでに悲鳴を上げていた。

なぜバンが先頭なのかといえば、単に体格が二人より大きいからである。

二人で棒を前後に担ぐと、どうしてもバランスが悪い。

「……これも、森の入り方か」

ランスが苦しげに言った。

サクは前を向いたまま答える。

「せや。獲ったら、持って帰らなあかん」

バンが先頭で小さく笑った。



森奥の入口で置いていった荷車に荷を乗せてからは、道中はずいぶん楽になった。

ところどころ担ぐ必要はあったが、三人いれば造作もない。

いつもの門番に帰りの挨拶をした頃には、まだ日が高かった。ギルドまでの道のりも、三人はまだ余力を残して歩くことができた。

ギルドは、ちょうど繁忙の時間を迎えていた。

依頼を終えた冒険者たちが戻り、酒場の方からは早くも声が上がっている。受付の前にも、報告待ちの者が何人か並んでいた。

その中から、ヘレナが受付を飛び出すようにして三人を迎えた。

「戻ったのね」

ランスは少しはにかみながら、サクはいつも通りの顔で、それぞれ帰還の挨拶をした。

バンは二人に軽く手を上げると、そのまま解体小屋の方へ向かっていった。

ヘレナは、まずランスの顔を見た。

それから、サクを見た。

その眼差しは頭の包帯に向いている。

「キズの具合はどう?」

「ふつーやで」

ヘレナはため息をついた。

「あなたの普通は、あてにならないのよ」

サクは首をかしげ、ランスは少しだけ笑った。

21話はかなり長くなりました。


ギルド、町、村の関係性や、ランスの立ち位置をここで少し整理しておきたいと思い、今回はこのような形になりました。


相変わらず試行錯誤しながら書いております。

気になるところやご意見などありましたら、コメントで教えていただけるとうれしいです。

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