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補欠は異世界でも甲子園の夢をみるか  作者: クリオアサト


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第15話 交易の品定め

第15話 交易の品定め


次の交易の準備が本格的になってきた。

まず麻糸、それから薬、革。

とりあえず今、用意できるものはそれだけだ。しかもサク一人で運べる量には限りがある。

それでも、準備には手間がかかる。

今回はこれに子供たちのズボンが加わる。三十キロは優に超えそうだった。

革は今回、少し優先順位を落としてもええかもしれん。

サクはつむぎ小屋へ向かいながら、そんな段取りを頭の中で組み立てていた。


つむぎ小屋には、先にサリナが来ていて、メルナと帳簿をつけていた。

「毎度、ごくろうさん」

メルナの横には、束ねた麻糸と子供たちのズボンが積まれている。今回の荷の中心になる品だ。

サクはしゃがみ込み、麻糸の出来を一つずつ確かめた。

「今回は作業量、半端やなかったで。いつもの糸に加えてズボン十着ほど、それとあんたの尻や。これが一番めんどくさいわ」

メルナはしかめっ面で、サクのズボンを差し出した。

「おおきに。……おお、さすがメルナねぇさん。きっちり塞がってる。新品みたいや」

ズボンの尻には大きな当て布がされ、その上から丈夫な糸で細かく縫い込まれていた。かなりしっかりした厚みがある。膝にも同じような補修が入っている。

サクは、昔、体育の授業用に買わされた柔道着をふと思い出した。刺し子、やったか。

それを見て、サリナが感心したように言った。

「えらい細かい縫いやね。強度も上がってるやろうけど、見た目もきれいやわ」

メルナは少し胸を張った。

「せやろ。自信作やねん。そら手間はかかったで。ほんでも毎度毎度破られんのもかなわんし、うちらで手分けしてやってみてん」

サリナの目がきらりと光る。

「どれくらいかかるん? たとえば一人で、これだけやるとしたら」

「一人でやったら手ぇ死ぬわ。それでも、たぶん二日はかかるんちゃうかな」

「結構かかるんやね。売りもんにするには、だいぶ高うつきそうやわ」

どうやらサリナは、これも商いの種になるかどうか考えているらしい。

サクはちょけて言った。

「そんな高いもん、尻の下に敷いて座られへんな」


「何言うてんの。すり減るの考えて作ったんやから、尻に敷かんとどないするん」

メルナが呆れたように返すと、サリナも真顔で続けた。

「サクちゃん。あんたもふざけてばっかおらんと、どうしたらもっと楽に、早うできるか考えて」


二人にそろって向かれると、サクは少し身を引いた。

「……わかったわ。今度、作るとき寄せてもらう。実際に見せてもろてから考える。それでええか」


サリナは少し目尻を下げた。

「あんたにばっかり負担かけて、悪いなあとは思うわ。そんでも、あんたの知恵は何とかしてくれる気ぃにさせるんよ」

横で、メルナも小さくうなずいていた。

と、不意に何か思い出したように立ち上がり、部屋の奥へ引っ込む。しばらくして、白い布袋のようなものを二つ抱えて戻ってきた。

「あんた、これに見覚えないか?」

サリナもその手元を見て言った。

「懐かしいやろ。ミアが騒いどった枕や。あんた、あれからほったらかしやったろ」


サクはそれを受け取った。

軽い。指先に返る感触も、妙に覚えがあった。あのときの記憶が、手のひらからそのまま戻ってくるようだった。

「……忘れてたわ。こんなんもあったな」


「匂うてみ」


言われるまま、サクはそっと顔を近づけた。

「……臭ない」


「ミアがおれへんようになったあと、家見に行ったらこれがあってな。びっくりしたわ」

「黙って持ってきて悪いけど、宿題ほうり出したままはあかんやないの」


サクは返す言葉をなくした。

ただ、枕を抱えたまま顔を伏せる。


「うちとメルナで、あれから色々試してみたんや。灰汁につけたり、煮てみたりな」

「やっとここまで臭い落ちたわ」

しばらくしても、サクは顔を上げなかった。

メルナがぽつりと言う。

「あの子がおったら、大騒ぎしとったやろな。……いや、怒っとったかもしれへん。サクの仕事取った、言うて」


「……ほんまやな」

いつもは賑やかなつむぎ小屋が、その時ばかりはしんとしていた。


やがて、サリナが口を開いた。

「そんでな、この枕を一つ、町に持って行ってほしいねん」

「ヘレナさんやったっけ。ギルドの受付の人。その人に渡して、感想聞いてみてほしいんよ。いつも世話になってるお礼も兼ねてな」

「それと、商いの品として扱えそうかどうかも」


サクは伏せていた顔を上げた。

「……わかった。きっと喜んでくれるやろ」


メルナは、もう一つの枕を軽くたたいた。

「こっちはあんたが使い。レアか薬師のばあさんに渡してもええで」


「いや、ねえさんらが持っといてええわ。ええ匂いつけるとか、そういう知恵が出たらすぐ試せるやろ」


「ええ匂いって……」

メルナは呆れたように笑った。

「そういうの、さらっと言うんよなあ、あんたは」

サリナも笑う。

「サクちゃんは、自分がええ知恵出してるの気づいてへんのよ」

メルナも「ほんまそれ」と言うようにうなずいて、二人の笑い声が小屋の中に戻ってきた。


     *



つむぎ小屋の用事を終え、日が沈みかけたころ、サクは薬師の家へ帰ってきた。

長い旅の末に村へ戻れたとき、サクはもともとミアと住んでいたカディフの家をそのまま使うことも考えていた。

だが、レアをばあさんに預け、薬師の弟子としてやっていけるか見てもらいたかったこと。

それに年老いたばあさんの暮らしと仕事を手伝う者も要る。サリナにも頼まれ、結局ここで一緒に暮らすようになった。

「ただいまぁ。今帰ったでぇ」

サクはいつものように声を張る。


「おかえり」

返ってきたのは、ばあさんの短い一言だけだった。

そこに、いつもならいるはずのレアの姿が見えない。


「レアはまだ帰らんのか」

「ついさっき、薬の納品に村長んとこ行かした」

ばあさんは薬草を仕分けながら答えた。


「そうか。ほな、めしの段取りでもしとくか」

荷を置き、イモと菜を持って外へ洗いに出る。


レアは、サクが旅の途中で連れてきた十五になる娘だ。

ある村で特別な役目を負わされていて、成り行きとはいえ、そのままにはしておけんかった。

この村へ来てもう三年になる。いまではすっかり馴染み、この家でも、もう遠慮した顔をせんようになった。

血のつながりもなく、歳も性別も違う三人が、いつのまにか一つ屋根の下で暮らしていた。


サクは竈に火を起こしながら聞いた。

「薬の段取りはどうや。数は足りるか」


「次に持っていく分は、今レアが持っていっとる。ここで使う分を、こっちで段取りしとるところや。手間のかかることやて」

ばあさんは肩に拳を当て、とんとんと叩いた。


「手間かけてすまんと思う。ここだけやったら、そこまで詰めてやらんでもええんかもしれんがな」

「おまえが礼を言うことはない。村が生きていくのは、みんなですることや」

「それぞれできることをして、わしは薬草の仕分けと調合をしとるだけや。ちぃと量は増えたがな」

サクは火を見つめたまま、少し間を置いてから聞いた。

「レアは、役に立っとるか」

いちばん気になっていたことだった。


「あれは弟子じゃ。役に立って当たり前じゃ」

「薬草の栽培と収穫、それに栽培できんものの採集は、あれに任せとる」

そこでばあさんは、ふんと鼻を鳴らした。

「手つきもだいぶようなった。乾き具合の見切りも、煎じる時の火加減も覚えてきた」

「前は葉を見ても、まだ水気が残っとるのかどうか怪しかったが、今はよう見とる」


それを聞いて、サクは胸の内でそっと息をついた。

レアの居場所は、ちゃんとここにできている。


だが、ばあさんの口はそこで止まらなかった。

「……せっかく腕が上がってきたいうのに、作らせるのが痛み止め、熱冷まし、傷薬ばっかりじゃ」

いかにも不満そうな言い方だった。

「朝から晩まで、すり潰して、煎じて、濾して、包んで終わり。地味なことこの上ない」

「大事な薬なのは分かっとる。村でも町でも要る。効きがええ言われるのも悪いことやない」

ばあさんはそこで一度、手を止めた。

「じゃがの。薬師にも張り合いというもんがある」

「もう少しこう、見立ても加減もいる薬を触らせたいんじゃ」

「せっかく手が育ってきたのに、村じゅうの擦り傷と熱ばかり相手にしとる」


サクは思わず笑った。

「薬師にも、そういうもんあるんやな」


「あるわ」

ばあさんはむっとした顔で即座に返した。

「珍しい薬草の合わせもある。毒抜きもある。煎じる順をひとつ違えたら効きの変わるもんもある」

「そういうのを触ってこそ、薬師いうもんじゃ」


「そらまあ、わからんでもないけどな」


「それが何じゃ」

ばあさんはさらにぶつぶつ言う。

「傷薬、傷薬、また傷薬。次は熱冷まし。その次は痛み止め」

「村の連中は、もう少し上品に怪我できんのか」


「無茶言うなや」

サクは苦笑しながら薪を差し込んだ。


だが、ばあさんの愚痴も、もっともではあった。

村の薬は町で効きがいいと評判になり始めている。悪いことではない。

けれど、行くたびに量の上積みを頼まれる。

この先、生産が追いつくのか。それが気がかりだった。


「弟子は増やさんのか」

ばあさんは手を動かしながら答えた。

「薬師はむやみに増やすもんやない。人を選ばんといかん。薬は毒にもなる」

「それに、弟子やなくても手伝ってもらえることはある。今はまだ、その必要がないだけじゃ」

レアの前には、ミアを弟子に欲しがったこともあったと聞く。

その前はサリナだ。二人とも薬師にはならなかったが、ばあさんなりに見どころはあったのだろう。

「男ではいかんのか」

サクは率直に聞いた。

「この村では、男は別の仕事がある。それに余計なことまでしよる。お前はその代表じゃ」

その言葉に、サクは少しはぐらかされたような気がした。

弟子を女に限るのには、たぶんそれだけではない理由がある。

頭の回り方や気質についても、ばあさんなりの見方があるのだろう。

その中でレアが弟子と認められている。それはやはり、サクにとって安心できることだった。


だが、もう一つ気になることがあった。

「……麻についても、同じか」


ばあさんのまなこが、ぎろりとこちらを向いた。

それきり、言葉が切れた。


しばらくして、戸口のほうで物音がする。

「ただいまぁ。サリナさんから卵もろたよ。サクとばあさんにやって」

「いつも無理言うてごめんなさい、やって」

レアが帰ってきた。

「おぅ、今ちょうどイモがゆにしようとしとったとこや。卵入れたら、ごっつうまなる」

「レア、あんたが味つけしぃ。サクがやると味が濃いなる」

ばあさんが言う。

「ええー、そんな濃いかな」

「濃い」

「濃いよ」

二人に即座に返されて、サクは苦笑した。

さっきまで張っていた空気は、卵を割る音といっしょに、いつもの夕餉の気配へほどけていった。


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