第14話 交易の支度
第14話 交易の支度
鹿の解体と仕分けを終えたころには、もう日もだいぶ傾いていた。
解体小屋から燻製小屋へ運び込む分、村の中で声をかけて分ける分、自分のうち(薬師の家)。
そうして一つずつ片をつけていくと、狩るよりそのあとの方が長いくらいやなと、サクは毎度のように思う。
燻製小屋の前で、ガロンが肉の吊るし具合を見上げながら言った。
「ほな、こっちは見とくわ」
「頼む」
「塩の加減だけ見ながら回しとく」
「おう」
*
短く言葉を交わし、サクはその場を離れた。
足はそのまま、つむぎ小屋へ向く。
寺院の子供たちのズボンがどこまでできているか、それを確かめておきたかったし、自分のズボンもそろそろ繕ってもらわねばならなかった。
つむぎ小屋は、村の中でもいつも人の声が絶えない場所だった。
戸口に近づく前から、中から女たちの笑い声と話し声がこぼれてくる。
糸を撚る音、布をさばく音、麻の青い匂い。
そこへ人いきれのぬくもりが混じっていた。
「邪魔するでぇー」
戸口から声をかけると、仕事をしていた女たちがいっせいに顔を上げた。
「あらまぁ、来よった」
「メルナぁ、お尻の破れた人きたわぁ」
たちまち小屋の中に笑いが広がる。
「よう覚えとるな」
「そら覚えるわ。見事に裂けとったもん」
「村の未来背負う前に、尻を支えなあかんのちゃうか」
「うるさいわ」
サクは苦笑しながら肩の包みを持ち上げた。
「鹿の肉もってきたけど、やらんどぉー」
「ふーん」
奥から気のない声が返ってくる。
「お尻直していらんのや」
メルナが布束を抱えて奥から出てきた。
太い腕で器用に布を抱え、目つきはきついが手は確かだ。
村で衣類のこととなれば、まずこの女に話が行く。
「いる。めっちゃいる」
「ほな最初からそう言い」
「素直やったらおもろないやろ」
「自分の尻破れとるのに、ようそんな口きけるな」
また笑いが起きる。
サクは肩をすくめて中へ入った。
床には麻の繊維が細く散り、壁際には巻き取った糸束や布が積んである。
小さな裁断布も見えた。寺院の子供たちの分だろう。
「で、今日は尻だけやないんやろ」
メルナが言う。
「おう。本題はそっちやない。寺院の子らのズボン、どこまでいっとる?」
「進んどるで。何本かはもう形になっとる。次にあんたが町へ行くまでには、全員分まとめて渡せるようにするわ」
「ほんまか」
「布のストックがあったからな。助かったわ。せやけど、それもずっとあるわけやない」
「麻糸の方はどうや」
メルナは奥に積んだ束を顎で示した。
「今ある分をまとめたら、数日中には出せる。町へ持っていく分としても、まあ悪ない出来や」
「数日中、か」
サクは頷いた。
それなら次の町行きの目安も見えてくる。
村で現金になるものは多くない。
麻糸、ばあさんの薬、それに少しの革製品。
狩りで肉は取れても、そのまま遠くの町で金に換えるには限界がある。
塩を手に入れるためには、持っていく品を切らすわけにはいかなかった。
「子供らの分、助かるわ」
「寺院の子らの服は後回しにしたらあかん。すぐ大きなるし、すぐ破るしな」
「それはよう知っとる」
「あと、あんたのもや」
メルナが手を出したので、サクは自分のズボンを袋から取り出した。
尻から腿にかけて布が擦れ、片側は見事に裂けている。
メルナは一目見て言った。
「これは繕う言うより、半分作り直しやな」
「まだいけるやろ」
「いけるか。あんた森でどないな動きしとるん」
「普通や」
「普通の人間はこんな裂け方せえへん」
周囲から「せやせや」と合いの手が飛ぶ。
「とにかく置いてき。やっといたる」
「助かる」
サクはそう言って、別の包みを差し出した。
今日の鹿から切り分けた肉が、そこそこ入っている。
「お、今日は気前ええな」
「糸と布と、子供らのズボンと、俺のズボンや。これくらいは出す」
「最初からそう言え」
メルナは肉を受け取り、ようやく少し機嫌よく笑った。
「まあええわ。今日はよう働いた顔しとるし」
「いつも働いとる」
「口もよう動いとる」
そんなふうに言い合いながら、サクはつむぎ小屋を出た。
外へ出ると、夕方の光はだいぶやわらかくなっていた。
にぎやかな声を背に歩き出すと、頭の中は自然と次の町行きのことへ戻っていく。
交易に使える商材が少ない。
今のところ、麻糸。
ばあさんの作る薬。
それに少しばかりの革製品。
どれも村にとっては大事な品だが、どれか一つ相場が崩れたり、出来が落ちたり、量が出せなくなったりすれば、たちまち苦しくなる。
塩は要る。
人が生きるにも、肉を保たせるにも、どうしたって要る。
町ではヘレナが間を取り持ってくれ、村の品ができるだけ買い叩かれんよう口を利いてくれている。
ありがたいことだ。だが、売るものそのものが細ければ、どうにもならない。
そう考えているうちに、足は自然と村長の家へ向いていた。
*
村長宅では、村長が家の脇の薬草畑で草を抜いていた。
腰をかがめ、小さな鎌で根元を確かめるように土を分けている。
「おう、ご苦労さん」
サクに気づくと、村長は顔を上げて片手を上げた。
「そっちもな」
「わしは草抜きや。あんたは鹿一頭やろ」
「草も放っといたら負けるやろ」
「それはそうや」
村長は立ち上がって腰を叩いた。
家の脇には、薬草がいく筋にも分けて植えられていた。
葉の形も、草丈も、匂いもそれぞれ違う。
ばあさんに教わったもの、自分で試しているもの、町から種や苗を取ってきて育ちを見るもの。
ここは村長の家の畑であると同時に、小さな薬草畑でもあった。
村で使う分の足しにもなるし、うまくいけば、ばあさんの薬の材料として回せる。
ものによっては、町へ持っていく品にもなるかもしれない。
そういう見込みを込めて、村長は毎年いくつも試していた。
「で、メルナんとこ寄ってきたんやろ」
「おう。糸は数日中には出せる。寺院の子らのズボンも、次の町行きまでには間に合う言うてた」
「ほう、それはええ」
「燻製小屋もすぐ回せる。ガロンが見とる」
村長は何度か頷いた。
「今年の狩りはどうや」
「今んとこ大きな狂いはない。鹿も痩せすぎてはおらん。せやけど、楽な年いう感じでもないな」
「ふむ」
村長は少し考えてから言った。
「ザジは先に下見へ出す段取りしとる。道と向こうの様子、見れるだけ見てこい言うてある」
「聞いとる」
「ただ、戻るまでには少しかかりそうや。あんたが町へ向かうまでには、たぶん間に合わん」
「そっか」
ないものは仕方がない。
待ってばかりもいられない。
塩もいるし、村の品も動かさねばならない。
村長は薬草畑を見やって、ぽつりと言った。
「結局やな。問題は、売りになるもんが足らんことや」
「ああ」
サクもすぐに頷いた。
「麻糸、薬、革。今はそのへんや。どれも大事やけど、これだけやと細い」
「どれか一つこけたら、いっぺんにしんどなる」
村長は薬草畑を見下ろした。
「せやから、こうして植えてみたりしとるんやがな。うまく根づけば村の足しにもなるし、町へ持っていけるもんになるかもしれん。けど、畑のもんは時間がかかる」
「今すぐの足しにはなりにくい」
「そういうことや」
サクは腕を組んだ。
燻製小屋は回り出す。
糸も、まもなくまとまる。
ズボンも何とかなる。
村は少しずつ手を打っている。
だが、それだけで懐が急にあたたかくなるわけではない。
今の村に必要なのは、細い命綱をもう一本増やすことだった。
できれば二本。
何か一つ不調でも、まだ回るように。
「考えなあかんな」
サクが言うと、村長は静かに頷いた。
「考えるだけやなく、見つけていかなあかん。村の手ぇで作れて、町で値がついて、無理なく続くもんや」
「そんなん、簡単に見つかるなら苦労せん」
「そらそうや」
二人とも少しだけ笑った。
笑うしかない、という笑いだった。
サクは薬草畑の並びを見た。
葉の厚いもの、細いもの、匂いの強いもの。
まだ試している段階のものばかりだが、それでも村長は毎年、土をいじり、植えて、残るものを探している。
次の町行きまでに、今ある品をきっちり揃えること。
それはやる。
だが、それだけでは足りない。
村が生きていくには、もう少し売れるものをひねり出さねばならない。
「ま、今日はよう働いた。飯は食うてけ」
村長が言った。
「いや、薬草畑回ってくるわ。レアもまだおるやろ。手伝うことあるかもしれへん」
「おるやろな。まだ日ぃあるし、たぶん畑の端で何かしとるわ」
「ほな、見てくる」
「おう」
サクは手を上げ、村長の家の脇を回った。
薬草畑の並びを眺めながら、頭の中で町へ持っていけるものを一つずつ並べ直す。
麻糸。薬。革。
そして、まだ形になっていない何か。
村の明日を支えるには、それを見つけねばならなかった。




