第13話 村に残る理由 その2
第13話 村に残る理由 その2
しばらく、二人の間に沈黙が続き、ガロンは言う。
「あの頃は、もうミアとお前は一緒になって、すぐにでもコロコロ子供作って、やかましい家族になるやろなと思とった」
「あの娘、見目は悪ないが、家を守っとるけなげな女やない。村の男では扱いきれんやろな。だからワシも、いつのまにかお前のことをそれで受け入れとった」
サクはガロンの方を向き直る。
「俺はミアのおまけか。言うて、事実そうやったやろな。あいつはみんなをひっかき回すところがあったからな。俺もあいつに引っぱり回されて、そんな日々がずっと続くと思とった」
「ただ、あいつが回りをひっかき回すのは、お前が元になる分ばっかりやったぞ」
「新しい罠の工夫だの、道具だの、食い物、食い方、そのたんびに大騒ぎしとった」
二人はそこで声を上げて笑いあい、それから少し間があいた。
「あの瞬間から、スパっと切れてしまった気ぃがするな。ふもとの領主から徴兵の兵隊が来た日からや」
「特に斥候として重宝する言うて、優先的に猟師が連れていかれた。お前がつれていかれたんは一回目の徴兵の時や。うちの息子もそうやった。他にも木こり、職人とかが優先的にやったな。若いもんのまとめ役やったザジの息子も、その時や」
ガロンはそこで一度、言葉を切った。
「一回目は、まだ戦やから言う理屈をつけとった。せやけど、道中で崩れた、山で散った、賊にやられた、よう分からん話ばっかりがあとから来た。戻らんかった連中は、そのまま死んだことにされた」
「二回目からは、もう使えるもんから順に持っていく感じや。三回目になるともっと雑やった。山に入れる、足が立つ、目が利く、そんなん言うてな」
サクは小さくうなずいた。
「聞いとる。あとで戻ったもんや、噂で、大体はな」
「……ミアも、お前が死んだとは思わんかった」
「せやろな」
即答やった。
ガロンは少しだけ目を細める。
「みんなが、あれはもうあかんやろ言うても、あいつだけは帰ってくる言うとった」
「お前もそう簡単には死なん、死ぬならもっと面倒な死に方する、まで言うとったぞ」
サクは鼻で笑った。
「言いそうや」
「ほんで三回目や。あれでミアにも声がかかった。斥候が足らん、山に慣れたもんを出せ、言うてな」
「表向きは、やろ」
「ああ。表向きはや」
ガロンは苦い顔でうなずいた。
「けど村のもんで、本気でそれを信じたやつは多うない。あの頃の徴兵は、もう人足集めと人さらいの境目がなかった」
少し、沈黙が落ちた。
「ミアは逃げた」
サクが言う。
「連れていかれるくらいやったら、そら逃げる」
「止められんかった」
「止まる娘やない」
それで話は一度尽きた。
風が抜け、どこかで木の葉が鳴った。
やがてガロンが言う。
「……それでもお前は、残っとる」
サクは少しだけ肩をすくめた。
「残る理由ならある」
「聞こか」
「まず一つは、ミアや」
サクは前を向いたまま言う。
「消えたんは確かや。せやけど、あいつはそう簡単に野垂れ死にする娘やない」
「どっかで生きとる。気が向いたら、ふらっと帰ってくる。今でもそう思っとる」
大げさでもなく、言い聞かせるでもなく、ただ当たり前のことみたいに言った。
「二つ目は、レアやな。あいつはまだ一人でどうこうできる歳やない」
「ばあさんも弟子を欲しがっとる。やれることがあるうちに、道筋くらいはつけとかなあかん」
ガロンは黙って聞いている。
「三つ目は、この村や」
「俺がこっちに来た時、何も持っとらんかったんは知っとるやろ」
「言葉も、仕事も、食う分も、寝る場所もや」
「最初に生きる場所をくれたんは、この村や。ほんなら、返すもんは返さなあかん」
「恩返しか」
「大したもんやない」
サクは言う。
「住ませてもろうた分、食わせてもろうた分、できることをやるだけや」
「森に入れて、獲ってきて、運んで、教えられることは教える。今はそれで足りる」
ガロンはしばらく黙りこんでから、ふっと息を吐いた。
「なんや。もっと湿っぽい話になるか思うたら」
「ずいぶん勘定の合う話やな」
「湿っぽい話で腹はふくれへんからな」
「違いない」
そこでようやく、二人は少しだけ笑った。
笑いが引くと、小屋にはまた刃の入る音が戻る。
サクは鹿の後ろ脚に刃を入れ、骨に沿って肉を外した。
「無駄口叩いとると、日ぃ暮れるな」
「ガロンがよう喋るからや」
それに答えず、ガロンが言う。
「レアにも食わせたれ」
肉がひと塊、台に落ちる。
ガロンはうなずいた。
「ばあさんも弟子を欲しがっとるみたいやしな」
「その話はまた次や」
サクは手を止めずに言う。
「まずは目の前の鹿やな」
二人はまた黙って手を動かした。話は残っていたが、先に片づけるべきは目の前の鹿やった。




