475 マーモント侯爵邸 (2)
昼食後、俺たちは話し合いのために、全員で俺の部屋に集まっていた。
堅苦しい会議というわけではないので、メアリとミーティアはベッドの上でゴロゴロ。
俺はソファーにゆったりと腰を下ろし、左右にはハルカとユキ、ナツキはハルカの隣に座り、俺の真向かいにはトーヤとリアが並んで腰掛けていた。
「ふへー。美味しかったの~」
ぽっこりと膨らんだお腹を撫でながら、満足そうに漏らしたのはミーティア。
侯爵家という緊張しそうな場面でも普段通りの健啖家振りを披露した彼女であるが、さすがの可愛さ、使用人たちも微笑ましそうに見ていたのは勘違いではないだろう。
「ミーは、まったく遠慮なく食べていたよね。……まぁ、私もあまり言えないけど」
「仕方ないの。出された物は全部食べるのがれーぎなの!」
「全部どころか、お代わりまでしてたでしょ? もぅ」
実のところ、身体の小ささを考慮してか、ミーティアに出された料理は元々少なめだった。
だが、早々に食べきってしまった彼女を見て、リアが追加を指示、トータルではトーヤに匹敵する量を食べて使用人の方たちを驚かせていたのだが……まぁ、日常と言えば日常。
むしろ、一人前しか食べていないハルカたちの方が、若干苦しそうだったぐらいである。
「ふふっ、次からはミーティアにも普通の量を出すように言ってこう」
「ありがとうなの!」
「すみません、リアさん」
嬉しそうなミーティアに対し、少し申し訳なさそうなメアリだが、リアは小さく首を振る。
「気にするな。お代わりも自由にして構わないからな? その程度でウチの屋台骨は揺らがないし、使用人たちも喜んでいたぐらいだ。ミーティアたちは食べ方も綺麗だしな」
「それはナツキさんたちのおかげですね。元々は気にしてなかったんですけど……」
「人付き合いでは食べ方も重要ですからね。品のない人はその人格も相応であると見られます」
ちなみに出会った頃のメアリたちでも、汚く食べ散らかすようなことはなかった。
だが、行儀が良いかと言われると少々微妙であり、引き取った以上はそれを教えるのも保護者の役目と、ナツキたちによって見苦しくない程度には矯正されていた。
「それでか。良かったな、メアリ、ミーティア。食事のマナーは案外重要だぞ?」
「そーなの?」
コテンと首を傾げたミーティアに、リアは重々しく頷く。
「そうだ。人は良く見ている。口には出さないだろうが、マナーのなっていない者は軽く見られるし、ナオとトーヤが貴族になれば、お前たちの評価は二人の評価にも関わってくることになる」
「むむっ、それは大変なの。ミー、気を付けるの」
「わ、私も気を付けますっ」
「そうね、そうしてくれると私たちも助かるわ。少なくとも他人の目があるところでは」
真面目な顔で言う二人にハルカは頷くが、すぐに小さく肩を竦めて続ける。
「もっとも私たちも、この国の貴族のマナーは知らないんだけどね」
「ん? 特別な式典を除けば、そこまで細かな決まりはないし、ハルカたちは問題ないと思うぞ? だが……そうだな、気になるところがあれば、私がその都度指摘しよう」
「助かるわ。お願い」
「うむ、任せてくれ。それも私の役目だろうしな」
ハルカの言葉に、頼もしくも頷くリア。
運命の悪戯で貴族になることになった俺たちだが、この世界の貴族についてはもちろん、普通の知識にも少々疎いわけで。その面でもトーヤがリアを射止めたのは、幸運だったと言える。
一応、ハルカたちは【異世界の常識】のスキルを持っているが、カバーしている範囲が案外狭いんだよなぁ、あのスキル。もちろん、消費したポイント分の価値は十分にあるのだが。
「ちなみに、ハルカたちはどうだった? ウチの料理は」
「美味しかったわよ? ちょっと量が多かったけど」
「だねー。激しく動いた日ならともかく、普通の日だと、あたしにはちょっとキツいかも?」
ハルカとユキがそう言うと、ナツキも『私も』と小さく手を挙げる。
「ウチは父上を筆頭によく食べるからなぁ。ハルカたちには多いか。伝えておく。だが、口に合ったようで良かった。ハルカたちはプロ顔負けで料理が上手いから心配だったんだ」
リアはその言葉通り、安堵したように表情を緩めて、何度か頷いた。
実際、ハルカたちの【調理】スキルは、ヴァルム・グレで料理教室に通った成果もあって、レベル5にまで上がり、こうなるとプロ顔負けどころか、大半のプロを越えるレベルである。
侯爵家お抱えの料理人と比較しても、決して劣ってはないだろう。
今日の昼食を公平にジャッジすれば、ハルカたち以上なのかもしれないが……。
「俺も昼食は美味かったが、個人的にはハルカの作る料理の方が好きだな」
「そりゃ、ナオはそーだよね~?」
俺の言葉にユキが揶揄うように応じると、リアも苦笑して肩を竦める。
「ははっ、さすがにウチの料理人でも、ハルカ以上にナオの口に合う料理を作るのは難しいだろうな。私もトーヤとそうなりたいところだが、生憎、料理は得意じゃなくて……」
「気にするな。誰しも得意、不得意がある。リアがリアであるだけで、オレは嬉しいんだ」
トーヤが隣に座るリアの手を握り、頬を染めたリアがトーヤと見つめあう。
一見すると、ありのままの恋人を受け入れるトーヤと、それに感動するリアの姿だが――トーヤの言葉が『獣耳と尻尾があるだけで嬉しい』と聞こえてしまうのは穿ち過ぎだろうか?
……うん、穿ち過ぎだな。きっとそう。
嬉しそうなリアに冷や水を浴びせることなんて、俺にはできないし。
「さて。それじゃそろそろ、今後の予定について話し合うか」
だが、それはそれとして、このまま黙っているとミーティアたちに目隠しすることになりそうなので俺が口を挟むと、リアはハッとしてトーヤから離れ、慌てて口を開いた。
「そ、そうだな! うんっ、予定を決めないとなっ!」
「それが集まってもらった本題だからな。それで、叙爵についてだが……。式典の日取りが決まるまで待っていれば良いのか? それとも、何かするべきことがあるのか?」
「家名も紋章も決めたし、式服の準備も終わっている。基本的には待つだけだな。だが、ナオを貴族に推薦したスライヴィーヤ伯爵には、事前に挨拶に行っておいた方が良いだろうな、今後を考えても。勝手に推薦しておいて、と思うかもしれないが――」
若干言いにくそうなリアの言葉を遮るように、俺は苦笑して首を振る。
「いや、さすがに事ここに至って、そんなことに拘泥するほど俺も子供じゃないぞ? 貴族になる以上、仲良くできそうな貴族と関係を悪くする理由なんて皆無だし」
「むしろ、積極的に関係を築くべきでしょうね。縁戚がいない私たちの場合は、特に」
「後ろ盾は重要だよねー。ネーナス子爵は助けてくれるかもしれないけど……子爵だし?」
「はい。人脈を作れる機会を逃すのは、勿体ないです」
俺たちが揃ってそう応えると、リアはホッと息を吐いた。
「そうか。ならば、ウチの方で遣いを出して約束を取り付けておこう。訪問するのはナオとハルカだけで良いな? 一応は、私も付いていくつもりだが」
「あぁ。全員で押し掛けても迷惑だろうしな。リア、助かる」
隣でユキが「正妻だから仕方ないかー」などと呟いているが、理由はもちろん異なる。
スライヴィーヤ伯爵が俺を貴族に推薦したのは、同族の貴族を増やしたいからと聞いている。
ならば、エルフである俺とハルカで行くのが適当という判断――まぁ、正直に言えば、ナツキ辺りにサポートしてもらいたい気持ちはあるのだが、リアがいるのでたぶん大丈夫だろう。
「なに、叙爵すればトーヤはナオの一門になる。私がナオのサポートをするのは当然のことだ」
「あ~、そうなるのか。ナオ、オレもお屋形様とか呼んだ方が良いか?」
「呼ぶな。背中が痒くなる。普通で良いだろ、普通で。リア、良いよな?」
揶揄うように笑うトーヤを睨んで俺が尋ねると、リアは笑って頷いた。
「次代以降はともかく、ナオたちが気にする必要はないと思うぞ。ナオが登用した陪臣なら別だが、貴族は等しく国王の臣下ということになるからな。――ま、そのあたりは若干複雑なんだが」
国王の臣下である貴族を他の貴族が召し抱えるというのは、本来ならおかしな話である。
だが、この国ではそのあたりが結構緩く、特に規制はされていない。
というのも、上級貴族の多くは領地持ちなので、他の貴族の下で働くようなことにはならないし、領地を持たない貴族も、優秀であれば官僚や国軍に入って頭角を現す。
貴族が雇えるのは必然的に、それらのルートから外れた残りもの。
優秀な人はほぼ残っておらず、万が一残っていたとすれば、何らかの訳あり。
そんな人物でも活躍する機会を得られるなら、それはそれで国益に適うという考えらしい。
「スライヴィーヤ伯爵への挨拶が終われば次は式典だが、こちらに参加するナオとトーヤだけ。他のメンバーは王都を見て回るなり、冒険者として活動するなり、自由にすれば良いと思うぞ」
「ってことは、あたしたちはずっと暇ってことかー。どうしよっか?」
「ミーは、ちょっと王都を見てみたいの」
「私も少し……。でも、余裕があればお金も稼いだ方が良いかな、って……」
ユキの問いかけにすぐに応えたのは、ミーティアとメアリ。
「確かに最近はお金が出て行くばかりだったわね。私も挨拶に行く日以外は暇だし、依頼を請けても良いと思うわ。――あ、もちろん、お買い物や見物する時間も取った上でね?」
ハルカも頷いて同意するが、ミーティアの少し残念そうな顔を見て言葉を付け加えた。
「俺とトーヤが参加できるかは、日程次第か」
「だな。少なくとも式典が終わるまでは、王都から離れられねぇと思うし?」
式典の日程に合わせて予定を立てたとしても、何らかのトラブルで帰還が遅れたりしたら?
遅れてごめんなさい、で許されるような話ではなく、マジで色々と終わってしまう。
そのリスクを考えれば、式典までは王都に滞在するのが正解だろう。
「私たちで依頼を進めておいて、ナオくんたちには式典の後で合流してもらう方法もあると思いますが……。リアさん、式典が終わった後はどのような予定ですか?」
「そうだな、私としてはできるだけ早くヴァルム・グレに戻りたいところだな」
リアが少し考えてそう言うと、ユキが揶揄うように目を細めた。









