476 マーモント侯爵邸 (3)
「それって、早くトーヤと結婚したいからかな?」
トーヤが叙爵を終えてから、二人はヴァルム・グレで結婚式を挙げる段取りとなっている。
ユキがそれを指摘すると、リアは頬を赤らめて、慌てたように手をパタパタと振った。
「そ、そんなことは……ないとは言えないが、理由は別だ。貴族に叙されたことが知られれば、定職に就いていない下級貴族が寄ってくるんだ。どこかで弾かれた有象無象がな」
この国の貴族は爵位を維持するために、何らかの成果を上げることが求められる。
それは必ずしも華々しいものである必要はなく、領地貴族なら安定的な領地運営をするだけで条件は満たされるのだが、それが領地を持たない法服貴族となると、話は変わってくる。
優秀であれば官僚として働くなり、国軍で一定の地位に到達するなりすれば良いのだが、残念ながらそれらのポストは貴族の人数に対してあまりに少なく、競争も激しい。
そこで次の選択肢になるのが、領地貴族の下で働くこと。
しかし、既存の貴族が人を増やすことはあまりなく、あったとしても紹介状もなしに採用されるようなことはまずないので、そこに潜り込むことは非常に難しい。
だが、新しい貴族家となれば、話は変わってくる。
一般的には採用する人数も多くなるし、貴族関係の人脈をあまり持たないことも多く、推薦を受けられない下級貴族であってもチャンスがあるかもしれない、ということらしい。
「う~ん、俺たちの領地は辺境も辺境、何もない場所だぞ? 人が来るか?」
ラファンですら辺境と見られているのだ。
それよりも更に先、危険な森の中にある村に来たいと思う人がいるのか。
俺はそんな疑問を口にして首を傾げるが、リアは眉根を寄せてゆっくり首を振る。
「立地は良くないが、上手くいけば見返りは大きいからな。領地貴族の重臣になれれば将来に亘って安泰、その可能性に賭けようと思う者は少なくないだろうな。ナオたちが領地の開発に注力するのであれば、ここで人材を確保しておくというのも手だが――」
「現状では開発どころか、領民を増やすことも考えていないわね」
「だな。そもそも俺たちが貴族になること自体、予定外のことだしなぁ」
まったくの放置というわけにはいかないだろうが、俺たちにはノウハウがない。
それもあって、ディオラさんだけは引き抜きたいと思っているが、そんな状態で人を多く集めてしまえば、応募してきた人も、俺たちも不幸にしかならないだろう。
なので、本格的な領地開発をやるとしても、それは当分先のこと。
冒険者の活動に一区切りが付くなり、子供ができて動きづらくなるなりしたらまた考えよう。
「ならば、王都に残り意味はなさそうだな。一応、必要ならウチから人材を紹介することもできるが、マーモント侯爵家の影響を受けたくなければ、やめた方が良いだろうな」
「えーっと、あたしたちにそれを言っても良いの? リアが」
ユキが困惑したように尋ねるが、リアはドヤ顔で胸を張る。
「私はトーヤのナガイ家に入るのだぞ? 優先すべきはナガイ家の利益、実家の利益ではない」
「それはありがたいですね。領地の開発をするにしても、私たちが決めた方針に沿って、無理のないペースで進めていきたいですし、あまり余所から口を出されるのは……」
「だろう? 積極的に開発を進めるなら、使える伝はすべて使った方がスムーズに事は進むと思うが、その気がないなら余計な人材など、無駄に金がかかるだけだからな」
「あぁ、そうか。給料の問題もあるよな。――うん、やっぱ、なしだな」
領地から利益が上がるまでは、必要な資金は俺たちの持ち出しである。
その資金を融資によって賄えば出資者から干渉を受けることになるし、冒険者として稼ぎながら開発にも資金を投入し続けるのは、無駄に時間ばかり掛かって効率も悪い。
貴族としての体裁は最低限整えるとしても、それ以降は自分たちでできる範囲で開発を進め、冒険者活動で十分な資金が貯まったら、それを一気に投入して利益が出るようにするべきだろう。
「それじゃ、お買い物やお仕事なんかは、式典までに終わらせておいた方が良さそうだね」
「はい。下手に貴族から面会を希望さると、角が立たないように断るのも大変ですから」
正式な手紙が届けば、こちらもお断りの手紙を出さざるを得ない。
それを誰がやるのかといえば、俺とトーヤ。もちろん俺たちだけでちゃんとした文面を考えられるはずもないので、リアとナツキの力も借りなければいけないだろう。
想像するだけでも、面倒臭い。
「リアとトーヤの結婚式がなかったとしても、早々に王都を離れるのが最善みたいだな」
「だろうな。ちなみにリア。観光名所――王都ならではの場所とか、イベントとかはねぇのか?」
どこか余裕のあるトーヤの問いかけに、リアは顎に手を当てて暫し考え込んだ。
「王都ならでは……? う~む、あえて言えば、五大神の神殿がすべてあることぐらいか? 一応、レーニアム王国では最も大きい神殿になるはずだし、一度訪れてみても良いかもしれない」
「神殿ねぇ。でも、見る場所なんて、それぐらいになるか」
観光旅行というものは、交通手段の発達と治安の良さがあってこそ。
町の外に出るだけで命の危険があるこの世界で、観光名所なんて整備されるはずもない。
だが、宗教関係は別であり、元の世界でも聖地巡礼は昔から世界的に行われていたし、日本でもお伊勢参りなどが有名。見方を変えれば、信仰の名を借りた観光旅行と言えるかもしれない。
「お隣のオースティアニム公国に比べれば質素らしいが、この国の王都の神殿も一度は見る価値はあると思うぞ? 頻繁に来るような場所でもないだろう?」
「なら、アドヴァストリス様の神殿を参拝しておくか。他は時間があれば、で」
もしかしたら、また何らかのボーナスを貰えるかもしれない。
そんな不純な動機も込みで提案すれば、ハルカたちも視線を交わして無言で頷く。
「他には……あぁ、少し先にはなるが、そろそろ今年の特別オークションと闘技大会が開催される時期だな。お前たちが冒険者ギルドに預けたというエルダー・トレントも、おそらくはこの特別オークションに出品されるんじゃないか?」
「へぇ? 闘技大会と特別オークション? それはちょっと心惹かれるな」
「トーヤはミスリルの剣が欲しいと言っていたもんな」
月一で開催されているオークションとは異なり、特別オークションは一年に一度だけ。
普段は出品されない高価で希少なアイテムは、そこでオークションに掛けられる。
そんな場所なので、ミスリルの剣が出品される可能性は十分にあるだろう。
「リア、そのオークションって、オレたちでも入れるのか?」
トーヤが期待に満ちた顔をリアに向けるが、リアは困り顔で苦笑する。
「入るだけなら入れるが……。落札するのは、なかなかに厳しいと思うぞ? あそこは白金貨で殴り合うような場所だからなぁ」
「白金貨!? マジかよ! オレの懐具合じゃ……」
「パーティー資金を使っても無理ね。そこまでの余裕はないわ」
白金貨の価値は金貨一〇〇枚。およそ一〇〇万円ぐらいの価値である。
俺たちだって普通の平民よりは金を持っているが、白金貨での殴り合いに参戦するには圧倒的に戦闘力不足。簡単に打ちのめされて、屍を晒すことになるだろう。
「パーティー資金も余裕があるわけじゃないもんなぁ」
「えぇ。エルダー・トレントが売れればお金は入ってくるけど、それを当てにして入札するわけもいかないもの。いくらで売れるか、そして私たちの取り分がいくらになるかも判らないのに」
「うんうん。収入見込みでお買い物をするようになったら、終わりだよねー」
「もし行くとしても、見学だけにしておいた方が良いかもしれません」
「うむ。落札しておきながら支払いができずにキャンセルとか、認められないしな。そもそも、トーヤが使うタイプのミスリルの剣は大人気だから、おいそれとは手に入らないぞ?」
一般的であるが故に時々出品されるが、需要はそれ以上に多く、競争率も高い。
ミスリルの剣とは、そういうタイプの武器であるらしい。
「やっぱそうなのか。自分でミスリルを集めて、打ってもらった方が良さそうだな」
「その方が確実だろうな。ミスリルを鍛えられる鍛冶師を見つける必要はあるが、そちらについてはマーモント侯爵家の伝を使えば問題ないだろう」
「あぁ。オレも一応当てはあるが、無理だったときは頼む」
トーヤの言う当てとは、間違いなくトミーのことだろう。
彼は【鍛冶の才能】を持っているし、【鍛冶】のスキルもレベル4以上はあったはず。
まだまだ成長の余地はあるし、トーヤが必要な量のミスリルを集め終わるのはおそらく当分先。メンテナンスのことを考えても、身近にいるトミーの頑張りに期待したいところである。
「ねぇねぇ、リアお姉ちゃん。とーぎ大会はどんなんなの?」
ベッドでゴロゴロしていたミーティアが身体を起こし、尻尾をパタパタさせながら尋ねると、リアはそちらに顔を向け、小さく微笑んで微笑んで答える。
「ミーティアは闘技大会に興味があるのか? 簡単に言えば、国主催の武を競う大会だぞ」









