472 厄介兄貴が現れた! (3)
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――オルスクがトーヤに敗れること、既に五度。
地面に倒れ伏したオルスクは、控えめに言ってもズタボロだった。
リアの兄ということでトーヤも最初は遠慮があったのか、多少の手心を加えていたようだが、何度も立ち上がってくるオルスクに対して次第に手加減を忘れ、普段の訓練並みの激しさに。
当然のように、オルスクの身体には多数の打ち身、裂傷、骨折が発生する。
倒れる度にハルカたちが治療しているので、現時点でオルスクに怪我はないのだが、高そうな服は破れて血糊と土埃で汚れ、見た目は完全に満身創痍である。
加えて、怪我が治ったからといって体力が回復するわけではないし、怪我をしたときの痛みなどの精神的なダメージは蓄積し、無視できるものではない――のだが。
「こ、小僧……、き、貴様にリアが守れる、か……」
「いや、根性は認めるけどよ、さすがに認めてくれても良くないか?」
治療は完了しても、立ち上がれなくなっているオルスク。そんな状態でも最初と同じことを言っているのだから、プライドが高いというか、もう形振り構っていないというか。
さすがにトーヤも追い打ちをかけるわけにはいないようで、困り顔でリアを窺う。
リアとしても、オルスクがここまで意固地になるのは予想外だったのだろう。
深いため息をつくと、オルスクの傍に屈み込んで語りかけた。
「そろそろ良いのではありませんか? トーヤの強さは理解したでしょう?」
「ぐぬっ……。だが……」
「オルスク兄上はトーヤに、『守れるか』と問いますが、そもそも私は守られたいわけではないのです。互いに支え、共に高め合っていける。そんな関係が理想なのです」
「……その相手が、そいつということなのか?」
「はい。トーヤはかなり理想的な相手だと思っています」
「…………リアがそういうのなら仕方ない。それなりに強いことは認めざるを得ないしな」
オルスクも引き時を見失っていたのか、諦めたようにそう言うと、負け惜しみを口にしながら立ち上がる。そして、顰めっ面で腕組みをすると、トーヤをキッと睨む。
「だがっ! リアを守るには力だけじゃダメだ。金銭面でも苦労させるようでは――」
「それは大丈夫です。トーヤたちは優秀な冒険者、私が嫁に行っても、生活レベルが今より大きく下がるようなことはありません。もちろん、私も頑張りますし」
「そ、そうか……。ちっ。隙がないとか、気に入らないな」
「僻みかよ。喜ぶべきことだろーが」
舌打ちをするオルスクに、トーヤが呆れたようにため息をついた。
それでもオルスクは諦めきれないのか、トーヤとリアの間で視線を行き来させる。
「何かないのか? 浪費癖があるとか、酒に溺れて暴力を振るうとか、ギャンブルに嵌まっているとか、女を侍らせているとか、あとは……性的嗜好が特殊とか」
「せ、性的嗜好は判りませんが、トーヤたちはお酒をほぼ飲みませんし、ギャンブルも同様。お金も貯めていますし、私の他に女がいるようなこともありません。そうだよな、トーヤ?」
「あ、ああっ、もちろんだ!」
どこか自慢げに獣耳をピンと立てたリアが問いかけ、トーヤもすぐに肯定する。
だが、俺やハルカは何度か瞬きをして、視線を交わす。
……うん。まぁ、女ではないよな。ただの客だから。
リアがいる以上、今後は青楼に行くこともないだろうし、俺たちの胸の内に仕舞っておくことにしよう――と、俺たちの間で無言のうちにに合意に達したのだが、リアは目敏くもそんな俺たちの様子に気付いたようで、不安そうに眉尻を下げ、獣耳にも元気がなくなる。
「え……、まさか、他に彼女でもいるのか……?」
「貴様――っ!?」
オルスクが厳しくトーヤを睨むが、トーヤは慌てて手を振る。
「ち、違う! ただ単に――そう、性的嗜好と言われたことがちょっと、な? オレ、絶対にリアみたいな狼の獣人と結婚したいと思っていたから! だよな? ナオ!」
「……そうだな。昔からそう言っていたな」
「え? そ、そうか……えへへ」
俺が肯定すると、リアは驚いたように目をぱちくり。
頬を染めて相好を崩すが、すぐに不思議そうに小首を傾げた。
「だが、それは普通だろう?」
そう。リアからすれば普通のこと。元の世界だと特殊だっただけで。
そんなリアの同意を得たトーヤは、これ幸いと何度も頷く。
「だよな? 普通だよなっ!? ただ、オレが以前いた場所だと難しかったから!」
「あぁ、獣人、少ないもんな。それだと妥協するしかないわけか」
リアはフムフムと頷き、オルスクは諦めたように深いため息をつく。
「……くそっ、明確な欠点がないとなれば、リアが望んでいる以上は認めるしかないか。だが、俺が認めても、ルシアンはそう簡単には納得しないと思うぞ?」
嫌がらせというわけではないのだろうが、オルスクはニヤリと笑って付け加える。
とはいえ、それは事前に聞いていた話であり、トーヤは平然とリアに問いかける。
「リアの弟だよな? 出てこないってことは、今日はいないのか?」
「あぁ。ルシアンは王都の学園に通っているんだが、寮に入っていてな。この屋敷には住んでいないんだ。上手くすれば、顔を合わせずに済ますこともできるとは思うが……」
「ほぅ? そりゃ、早めに王都を離れたいところだな」
ルシアンは用事がなければ、この屋敷に来ることはないらしい。
授爵の儀式が早く終われば、ルシアンに会わずに済ますことも可能かもしれない。
トーヤはそんな希望的観測を持ったようだが、それを打ち砕いたのはオルスクだった。
「いや、リアが来ていると知れば、学園が休みの日に帰ってくると思うぞ? ましてや、リアの婚約が決まったと知れば……。下手をしたら、授業を抜け出してでも帰って来かねない」
若干呆れの混じったオルスクの言葉にリアは暫し沈黙、やがて深いため息をついた。
「…………はぁ。そうですよね」
「ルシアンって、お姉ちゃん大好きっ子という話だったわよね? 執着というレベルで」
「しかも婚約相手は、どこの馬の骨とも判らない。シスコンなら万難を排して帰ってくるよねー」
「い、いや、そこまで酷くはないと思うが……」
リアはハルカとユキの言葉をやんわりと否定するが、その目は泳いでいる。
そしてトーヤは「馬の骨……」と呟いて微妙にヘコんでいるが、客観的に見れば否定できない事実。それについても自覚はあるのか、すぐに首を振ってオルクスに視線を向けて問う。
「あ~、そうなのか?」
「酷いな。俺もそれなりだとは思うが、まだ子供な分、ルシアンには理性が足りない」
「「「…………」」」
いや、オルスクのアレは、『それなり』なんてレベルか?
トーヤがどうしようもないクズならまだしも、リアが自分で選び、親も認めた婚約者に対して戦いを挑み、何度ズタボロになっても立ち上がるほどの執着を見せているのだが?
「つまりオレは、オルスク以上にシスコンで非理性的な相手と戦う必要があると? 面倒くせ~」
「そうですね。先ほどのような戦いはちょっと……」
トーヤが盛大に顔を顰めて肩を落とすと、ナツキも困ったように笑う。
だが、先ほどの模擬戦を見ると、トーヤの気持ちも理解できる。
普通の模擬戦ならトーヤもそこまで忌避しないのだろうが、さっきみたいな一方的な戦いとなると、他人を痛めつけるのが好きなサディストでもなければ、あまりやりたくないだろう。
「ちなみに、ルシアンの実力がオルスク以上ってことは――」









