アーツ王国への到着と、眩しすぎる王子様
スウィーム帝国の国境を越え、アーツ王国の領内へと入ると、車窓からの景色は一変した。
豊かな緑と、青く澄み渡る湖。沿道に立ち並ぶ建物は美しく整えられ、行き交う人々の表情には明るい活気が満ちていた。
豪華な馬車のふかふかのシートに腰掛けながら、マリンは膝の上でぎゅっと両手を握りしめていた。
薬指に宿る、眩いダイヤモンドの指輪。時折それを撫でては、夢ではないのだと自分に言い聞かせる。
「マリン。顔が引きつっていますよ? どうかリラックスしてください」
向かいの席から、優しく包み込むような声が聞こえた。
マリンが視線を上げると、そこには漆黒の上質な夜会服を完璧に着こなし、胸元に蒼い勲章を輝かせたレナード――『レン』が座っていた。
黄金色の髪はきれいに整えられ、背筋をすっと伸ばした立ち姿は、どこからどう見ても一国の気品あふれる王子そのものだった。
(ど、どうしよう……っ! カッコよすぎて、直視できない……!)
マリンは思わずカッと顔を熱くし、パッと目を逸らしてしまった。
平民の街にいた頃は、質素な服を着て、一緒に笑い合い、ごく普通に手をつないで歩いていた。けれど、本物の「レナード王子」として隣にいる彼は、まるで絵画から抜け出してきたかのように美しく、神聖で、直視するだけで心臓が破裂しそうになる。
「……マリン?」
マリンが急に目を逸らしたため、レナードは少し傷ついたような、心配そうな表情を浮かべた。
彼は自分の席を立ち、マリンの隣へと腰を下ろす。途端に、ふわりと洗練された白檀と甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。
「私……何か嫌われるようなことをしてしまいましたか?」
「ひゃいっ!? い、いえっ! そんなことありません! 嫌うだなんて、絶対にありませんっ!」
裏返った声で慌てて否定するマリン。レナードはほっと安堵の息を吐くと、マリンの小さく震える手を、そっと自分の両手で包み込んだ。
「では、なぜ目を合わせてくれないのですか? 寂しいです……」
語尾を少し低くして、愛おしそうにマリンを見つめる紺碧の瞳。
その距離、わずか数十センチ。彼の手の温もりがダイレクトに伝わってきて、マリンの耳たぶまで真っ赤に染まる。
「そ、それは……レナード様が……その、あまりにも素敵で……お王子様すぎて……恥ずかしくて見られないんです……っ」
消え入るような声で本音を漏らしたマリンは、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまった。
すると、一瞬の静寂の後――。
「――っく、ふふっ、あははは!」
レナードが声を上げて可憐に笑い出した。平民の『レン』だった頃にも見せてくれた、少年のように無邪気で温かな笑顔。
「あ、笑わないでください……っ!」
「ごめんなさい、あまりにもマリンが可愛らしくて……。でも、安心しました。私から心が離れてしまったのかと、生きた心地がしませんでしたから」
レナードはマリンの手を優しく包み直し、指の隙間から覗く彼女の瞳を、甘く、深みのある眼差しで見つめ直した。
「呼び方も、前のように『レン』で良いのですよ? ふたりきりの時は、私はあなたのレンなのですから」
「で、でも……もうすぐ王宮に着きますし、公の場では『レナード様』とお呼びしないと……っ」
「では、せめてふたりきりの部屋では『レン』と呼んでください。……約束ですよ?」
耳元で低く囁かれ、マリンの心臓は再び「ドキン!」と激しく跳ね上がった。
そうこうしているうちに、馬車はゆっくりと速度を落とし、アーツ王国の王宮へと到着した。
白磁の壁と青い屋根が印象的な、壮大で美しい王宮。馬車の扉が開かれると、そこにはズラリと居並ぶ侍従や近衛兵たちが控えていた。
「レナード殿下、おかえりなさいませ! そして……マリン様、ようこそアーツ王国へ!」
盛大な出迎えにマリンが圧倒されていると、レナードはごく自然な動作でマリンの腰に手を回し、優しく自分の方へと引き寄せた。
「参りましょう、マリン。私の大切な人たちに、あなたを紹介させてください」
「は、はい……っ!」
腰に触れるレナードの手のひらの熱さに、胸を甘く痺れさせながら、マリンはアーツ王国での新しい第一歩を踏み出したのだった。
だが――王宮の奥、影の差し込む一角から、マリンを見る「ある冷ややかな視線」が存在することに、マリンはまだ気づいていなかった。
これからはアーツ国に行ったあとの話を書いていこうと思います。
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