第29話 残された地図③
杖を構えて前方にいる2体を凝視するルルアと、いつでも攻撃魔法を発動できる態勢を整えてルルアの隣に立つロク。後ろで青年がオロオロしながら問いかけてくる。
「2人とも、ど、どうしたんですか? 突然そんな構えたりして……」
「魔族だよ」
「ままま、魔族!?」
「うるさい、黙ってろ」
ルルアが魔族と出会うのはこれが初めてだ。だが、あの2体が魔族だということはすぐにわかった。記憶はないが、ルルアの本能は魔族を知っているのかもしれない。
2体の魔族も、ルルアとロクを凝視したまま動かない。緊迫した空気が流れる。
いったい、どれくらいの時間魔族と対峙したままだろうか? 魔族の後ろ側の景色が、まだ明るさを保っているのだから、日は暮れていないのだろう。ということは、まだそんなに時間は経っていないのかもしれない。
杖を握る手が汗ばむルルア。息が詰まる。一瞬でも目をそらしてしまったら終わりだと、ルルアの本能が警鐘を鳴らす。ルルアが息を呑むと、2体の魔族がゆっくりと3人に向かって歩き始めた。ぎゅっと杖を握り直すルルア。隣ではロクが、近づいて来る2体を静かに凝視している。後ろでは、震える青年がカタカタと音を立てながら剣を構えた。
2体の魔族はゆっくりと近づくと、ルルアとロクの前で足を止めて2人をジーッと見つめる。2人も目線をそらさずに魔族たちを見た。しばらくの間そうしてお互いに視線をぶつけ合った後、魔族たちは通りすぎて行き、姿を消した。
ふぅ~っと大きく息を吐き出すルルアと、魔族が消えた先を見つめるロク。青年は腰を抜かして地面に座り込んだ。
「さすがにもうダメかと思ったよ……」
「あの程度の魔族にルルアがやられるかよ」
「うん、やられちゃうね」
「明日から攻撃魔法の修行でもするか?」
「やりましょう!」
「良かったねロク。弟子ができたよ」
「何言ってるんですか、僕はルルアさんの弟子ですよ」
「何回も断ってるよ」
「もうすぐ町だ。行くぞ」
腰を抜かしている青年をよそに町に向かおうとするルルアとロク。青年がぎゃーぎゃーとうるさいので、ルルアは杖から蔦を出すと青年をグルグル巻きにして、そのまま宙に浮かせて歩いた。傍から見れば捕獲された何かに見えなくもないが、青年は超絶嬉しそうなので良しとしよう。
「そういえばさ、さっきの魔族ってもしかしてロクのお友だち?」
「知らん」
「あははは、嫌だなぁルルアさん。ロクさんが猫になれるからって、さすがに魔族とは友だちになったりしないでしょう」
「うん、そういう事じゃないんだけど、まぁ、それでいいよ」
ロクは魔獣の黒猫で人間の姿になれるのだが、青年の認識としては、ロクは猫の姿になれる魔法使いのようだ。いろいろと面倒そうなので、あえて本当のことは説明せず、そのままの認識でいてもらうことにする。
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「ロク……都会の物価は高すぎるよ……ちょっとだけこの町でもお花売ろうかな」
「そうだな。まぁ、王都が消えてなくなるわけでもないんだし、急ぐ必要もないだろうよ」
宿屋を探して部屋を借りた2人。ルルアは部屋の窓枠に肘をついてもたれかかり、遠い目をしながらぼんやりと外を眺めた。宿代節約のため、ロクはこの町でも黒猫として過ごす。
王都に滞在するための路銀を貯めたはずだったが、少し不安になってきたのでこの町でも花を売ることにして、明日は商業ギルドを訪れることにした。
蔦でグルグル巻きにして浮かせて連れてきた青年は、当然のことながら町の入り口で警備隊に取り囲まれてしまったので、ルルアが経緯を説明して診療所に連れて行ってもらった。その後のことは、自分で何とかしてもらおう。
2体の魔族と対峙したこともあり、心身ともに疲れ果てたルルアは、軽めの夕食を食べると早々にベッドに潜り込んで眠ってしまった。ルルアの布団の上で丸くなっていたロクは、ルルアの寝顔を眺めた後、窓際のテーブルへと移動して、だんだんと寝静まっていく夜の街をぼんやりと眺めていた。
翌朝、いつものように寝起きの悪いルルアを起こしたロクが、常々思っていることがある。それは、この自慢の爪は、ルルアの布団をはぎ取るためにあるんじゃないってこと。
「いい加減自分で起きろ」
「えー、だって朝だよ? 眠いじゃん……」
「昨日は珍しく早く寝ただろうが」
布団をはぎ取った後は、しっぽでの攻撃だ。こうしてようやくベッドから降りたルルアは、顔を洗って朝食のパンケーキを作った。昨日青年にパンケーキを食べさせたため、これでパンケーキの材料もなくなってしまった。今日は商業ギルドで手続きをして花を売ったら、パンケーキの材料も仕入れてこないといけない。本当にあの青年のお腹はどうなっているんだろうか? これは本当に食費を請求するべきかもしれない。
朝食を食べて身支度を整えると、ルルアはロクを肩に乗せて商業ギルドに向かった。無事に許可証を手に入れると、さっそく広場に向かって花を売る場所を探した。ギルドでの手続きにも慣れたものである。それと驚いたことがひとつ。ギルドでルルアの花屋のことが知られていたのだ。ギルドの情報網はどうなっているんだ? あまり目立つことはしないでおこう。
広場には大勢の人たちが集まっていた。さすがは王都近くの町、賑わい方が他とは違う。
「ロク……人がたくさんいすぎて怖いよ」
「何でだよ。ほら、店の場所探すぞ」
広場には大きな噴水があり、時間で音楽が鳴り水が高く噴射されるらしい。そんな噴水が見える場所に、花壇がいくつも設置されている場所があった。花を売るんだから、ここに店を開くのが正解だろう。花壇の花はルルアが植えた花でもないし、ルルアの店に並ぶ花でもないが。
「噴水も眺められるし、いい場所だね」
「眺めてばっかりいないでちゃんと売れよ」
「お客さんが来たらね」
空間収納からテーブルやスツールなどを取り出して、魔法で作った花を飾っていく。売り物の花を陳列したら花屋の完成だ。あとは、お客さんが来るのを待つだけ。ルルアが椅子に座って噴水を眺めていると、見覚えのある人物が駆け寄ってくるのが見えて、思わず陳列されている花の陰に身を隠した。
「何で隠れちゃうんですかルルアさん!」
「……何となく?」
診療所に送られたはずの青年は、変わらず元気そうだ。まぁ、腰を抜かしただけなので、治療も必要なかったわけだが。
それにしても、なぜルルアがここで花屋をしていることがわかったのだろうか?
「僕には、ルルアさんが何処にいてもわかるんですよ。だって、弟子ですから!」
「怖すぎだよ! そもそも、弟子じゃないし」
「またまた。お花屋さん、手伝いますよ!」
「……手伝わなくていいから。ロクもいるし」
「ロクさん? あ、今は黒猫なんですね。僕、猫よりは役に立つと思いますよ!」
「あ”?」
ロクが額に怒りマークを浮かび上がらせながら、前足の自慢の爪をシャキーンと出した。
青年がいることで、絶対に何かが起こりそうな、嫌な予感しかしないルルアなのであった。
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