第3話 花の魔法使い③
祭りの準備が勧められる広場の路地裏で、魔法陣のようなものが描かれた小さな紙きれを地面に貼り付けている人物がいた。紙きれを隠すように樽を置くと、別の場所にも同じように紙きれを張り付けて、木箱で隠した。こうして、広場を囲うようにいくつもの紙きれを貼り終えると、ニヤリと笑みを浮かべながら空を見上げた。
「これで、俺もようやく成功するんだ」
空が藍色に染まり始め、間もなく夜が訪れる。祭りが開催されるまで、あともう少し――
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がやがやと賑わいが増す町の広場。外周を囲うように、屋台がびっしりと並んでおり、食欲をそそる匂いが漂っている。
「パンケーキ屋さんあるかな」
「何でパンケーキなんだよ……」
「美味しいパンケーキを追求したい」
得意気な顔をしながら歩くルルアの隣で、呆れたような笑みを浮かべながら歩くロク。そんな2人は広場の手前で足を止めた。
「え、何この……結界?」
「さぁな」
「人間の祭りって、こんな感じなの?」
「俺も初めてだから知らん」
強いて言えば結界のような、よくわからない感覚を覚えた2人だったが、とりあえず広場に足を踏み入れてみることにした。広場自体は特に何も感じず、人々も別段変わった様子もなく楽しそうにしている。そのため、しばらくは様子を見ることにして、屋台を見て回り始めた。
残念ながら、ルルアがご所望のパンケーキ屋さんはなかったが、2人のお腹を満足させてくれそうなお店はたくさんあった。片っ端から食べてみようと、手分けして屋台に並んで、広場の中央に設置されたテーブルに料理を運んだ2人だったが――
「ロク、こんなに食べられるかな」
「……日持ちしそうなものはしまっとけ」
空腹時の食料の買い物とは恐ろしいものである。
こうして、2人がテーブルに並べられた料理を食べ始めようとした時、性懲りもなく奴が現れた。
「やぁ、ルルア! 一緒に屋台を回ろう!」
「……いや、もう回って来たし」
「ほら、行くよ!」
「1回くらい一緒に回ってやりゃあ、コイツも諦めるんじゃないか?」
「えー、嫌だよ」
断られ続けても諦めない精神力は褒めてやるが、このしつこさはある意味恐怖を感じる。ロクは気にせずに唐揚げを頬張ると、何とも言えない食感とジューシーさに目を輝かせた。それを見て、ルルアも魚のフライにかじりつき、その美味しさに目を大きく見開く。
「2人だけズルイじゃないか! 僕にも……」
「「自分で買ってこい!」」
テーブルの上の料理にスーッと伸ばされた手を、ロクがパシッと払いのけた時、広場を囲っていた結界のようなものが発動したのを感じ、ルルアとロクは立ち上がった。すると周囲では、集まっていた人々が次々と苦しみ出した。
「何が起こっている?」
「わかんない」
ルルアとロクは、瞬時に防御結界で身を守ったため、この得体の知れない何かの影響は受けていない。ルルアは杖を取り出すと、身構えながら辺りを警戒した。こうして、攻撃されることもなくどれくらいの時間が経っただろうか? 苦しみ続けていた人々の体から、何かが抜け出し始めた。
「まずいぞ、魂が抜け出してる」
「えーと……何とかとどめてみる」
「おぅ。俺は、この結界を解いてくる」
ルルアが杖を構えると、上空に大きな魔法陣が現れて、人々の魂がそれ以上体から離れないようとどまらせた。その間にロクは広場の周囲を調べて、結界を張っているものを探す。
結界を張るには魔法陣が必要だ。だが、どこにも見当たらない。どういうことだ?
おそらく、これは悪魔を召喚する儀式だ。悪魔の召喚には多くの魂が必要となる。だから、今夜開かれる祭りを利用して、ここに結界を張ったのだ。だが、これっぽっちの魂では、悪魔など召喚できるはずがない。
それよりも、結界を解かない限り、ルルアが人々の魂を体に戻すことはできない。早く結界を解かないと、ルルアの魔力も持たないだろう。ロクの顔に焦りの色が見え始めた時、親指の爪を噛みながら落ち着かない様子で広場を見ている人物を見つけた。
「アイツか」
ロクは、その人物のもとに瞬時に移動すると、逃げられないように拘束して結界について問い詰めた。こうして、ロクの魔法で、魔法陣が描かれたすべての紙きれを一気に消し炭にすると、広場を囲っていた結界がスーッと消えた。
「ルルア、結界は消えたぞ!」
「うん、わかってる」
今度は、ルルアの番だ。
人々の魂をとどまらせている魔法陣に向かって魔力を込めると、魂がそれぞれの体へと戻っていき、パチンと光が弾けるとともに、降り注ぐ花びらで人々が包み込まれた。そうして、一度は体から離れてしまった魂が、再びその人の中に定着した。
それは、何とも表現しがたい、とても美しい光景だった。
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ロクが捕まえた、悪魔を召喚しようとした人物は、その後警備隊に引き渡されたのだが、なぜかルルアとロクはその聴取に付き合わされた。屋台の料理は少ししか食べられなかったし、疲れたしで、何とも不機嫌な2人。
その人物が悪魔を召喚しようとした理由は、あまりにも身勝手な理由だった。
今まで、思いつきでいろんなことを始めては失敗するをくり返し、何で自分だけうまくいかないんだと憤りを感じていたところ、誰かに悪魔召喚の話を持ち掛けられ、これで皆を見返してやれると思ったのだとか。
「努力することもせず、何が憤りだ、バカヤロー」
「悪魔のことはよく知らないけど、君みたいな弱い人間の言いなりには、ならないと思うよ」
ルルアとロクは冷たい視線を送りながらそう言い放つと、大きなため息をつきながら部屋を出た。温かい紅茶を出すと言われたが、断って家路につく。とりあえず、夜明けまでにはまだ時間があるようなので、これから眠りにつけば、旅の準備がでるだろう。
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