第23話 花畑と魔法使い①
一面に咲き誇る花々。
優しい風に撫でられて、花々はゆらゆらと揺れながら甘い香りを漂わせる。
そんな花畑の真ん中に眠る少女の姿。
見慣れたその光景は、幾度となく見たルルアの夢。
柔らかい風に頬をなでられた少女がゆっくりと目を開けると――
「…………ふぁ~」
現実世界で目を覚ましたルルアが、眠い目をこすりながら二度寝の体勢に入った。しかし、黒猫ロクが自慢の爪で布団をはぎ取ったことによって、残念ながらルルアが再び夢の世界に旅立つことはなった。
「目を覚ましたなら起きて朝飯作れ」
「……眠いよぉ……たまにはロクが……」
たまにはロクが朝ごはん作ってよと言いかけて、ルルアはある日の朝食を思い出して言葉を飲み込んだ。
あの日もルルアはロクに起こされて、眠い目をこすりながら布団がなくなったベッドでゴロゴロしていた。そして何気なくロクに言った言葉が「たまにはロクがパンケーキ作ってみたら?」だった。
ロクは、少し考えるとパンケーキを作り始めた。毎日ルルアがパンケーキを作るのを見てきたのだから、作れなくはない――はずだった。
ところが、部屋の中に漂ってきたのは、ルルアの知っているパンケーキの香りではなく。
「…………え、何これ」
「朝飯だ」
顔を洗ってやって来たルルアの目に映ったのは、テーブルに並べられた、ホットミルク、目玉焼き、香ばしい香りのする……粉?
パンケーキが見当たらないことはさておいて、ホットミルクと目玉焼きは朝食として間違ってはいない。この中で間違っていると思われるのは、どう考えても謎の粉である。
「……パンケーキは?」
「まぁ、作ろうとはしたが、こうなった」
「……こうなった?」
何がどうなったらこうなるんだ?
ルルアは寝起きの頭をフル回転させて考えた。そうしてたどり着いた答え、それは――ロクの料理は素材を焼くだけの質素な料理だということ。
パンケーキの材料は、ミルクと卵と粉。そう、ロクはそれぞれをシンプルに焼いたのである。ミルクを焼いたら温まってホットミルクに、卵を焼いたら目玉焼き、そして粉を焼いたら香ばしい香りの粉になった。
そんな過去の出来事を思い出し、ルルアはロクに言おうとした言葉を飲み込んだ。
こうして、いつものようにルルアが作ったパンケーキを食べて、今日の1日が始まった。
ルルアとロクは、王都に滞在するための資金を貯めるため、比較的大きめの町に滞在中だ。今までもいろんな町で路銀稼ぎをしてきたが、やはり大きい町の方が人がたくさんいるし効率よく稼げるようだ。
ルルアは、他の町でもそうしてきたように、この町でも広場でのんびりと花を売っている。ロクはルルアと一緒に花を売ったり1人で何かしてたりと、まぁ、いつも通りだ。
だいぶお金も貯まってきたので、そろそろこの町からも旅立つ予定ではある。ロクの話だと、王都までは1週間くらいでつけるらしい。
広場に行くにはまだ早かったので、ルルアは窓際のロッキングチェアに座って、甘めのホットココアを飲みながら窓の外を眺めた。今日も青空が広がるいい天気になりそうだ。そんな青空を眺めながら、今朝も見た夢の中の花畑を思い出す。
何度も見る花畑の夢。
あの花畑は、ただの夢の中の世界ではなく――ルルアの記憶の始まり。
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月明かりのない夜。
闇夜に包み込まれた草原に、白銀色の光を放つ小さな芽がひとつ顔を出した。その芽はぐんぐんと成長していき、芽の先で膨らんだつぼみがゆっくりと開いて美しい一輪の花を咲かせた。花びらが開いた瞬間、ふわっと光の粒子が舞って地面に降り注ぎ、次々と芽が伸びて辺り一面に花を咲かせていく。
さっきまで真っ暗な草原だった場所は、あっという間に、色とりどりの優しい光を放つ花畑へと姿を変えた。
そんな花畑の真ん中、最初の花が芽吹いた辺りに、いつの間にか静かに眠る少女の姿があった。
優しい風が花々を揺らして甘い香りを漂わせ、その香りは癒しとなって少女を包み込む。そうして眠り続ける少女を起こすように、やわらかい風が少女の頬をなでた。
「…………」
花畑の中で眠り続けた少女は、静かにゆっくりと目を開けた。その目に映るのは、ひらひらと舞う花びらたち。体を起き上がらせると、目を閉じながら大きく息を吸い、甘い癒しの香りを体中に巡らせた。
「……私……いつからここで眠ってたんだろ?」
どうしてそこで眠っていたのか、いつからそこで眠っていたのか、自分がどこから来たのか、考えても考えても思い出すことができない。それどころか、昨日のことも、その前のことも、自分が生きてきた今までのことも、何も思い出すことができなかった。
「うーん……なんにも思い出せないや」
どんなに思い出そうとしてみても、頭の中に浮かんでくるのは真っ暗闇。でも、不思議と恐怖心を抱くことはなかった。たぶん、自分の名前と、自分が魔法使いだということを覚えていたからだろう。
彼女の名前はルルア、魔法使い。得意な魔法は花の魔法。
元々がそういう性格だったのかわからないが、きっとどうにかなるだろうという気持ちが強かった。
ルルアは手のひらをジーッと見つめると、目を閉じて覚えている魔法を使った。すると、手のひらに1輪の花が現れたので、指でつまんで空に掲げた。花の向こうに見える空は、紫から水色へと美しいグラデーションに染まっていたので、間もなく夜が明けるのだろう。そんな空に、消えてしまいそうな星の瞬きをみつけて、ルルアは眺めながら呟いた。
「よく、魔物に襲われずに眠ってたな」
星の瞬きが見えなくなると、ルルアは傍に落ちていたカバンを拾いながら立ち上がり、カバンを肩から斜め掛けにして辺りを見回した。何も覚えてはいないが、このカバンがルルアの所有物だということは理解していた。何とも不思議なことではあるが、そうなのである。
花畑の向こうに、森への入り口を見つけたルルアは歩き出した。
これが、ルルアの記憶の始まりである。
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