第16話 山岳地帯③
ルルアとロクが通り抜けようとしている山岳地帯。山道の入り口付近は、歩きやすいように整備されていたものの、しばらく進むと整備されていない山道となる。少しずつ整備はしているようだが、険しい斜面があったり、魔物がいたりするため、なかなか進まないらしい。しかも、通り抜けるには山頂を通らないといけないという、何とも厄介な道なのだ。
是非とも迂回路を開拓して欲しいと願う人は多いだろう。
ルルアたちは、山頂までの最後の難関であろう、急勾配の山道を見上げながら立っていた。
「これ、道なんだよね?」
「地図によるとそうだな」
「……ただの斜面じゃなくて?」
草地が踏みつぶされて所々地面が見えている場所、それが道らしい。そんな道が、斜面に立っている木々の間をぐねぐねと走るように伸びていた。
こんな斜面で野営をするのは嫌なので、何とか日暮れまでには登り切らないと――ルルアは気合いを入れて歩き始めた。そんなルルアのカバンの中に入るロク。頭や肩の上に座らないでカバンに入ったのは、ロクなりの気遣いだ。
「……気を遣うって言うなら、自分で歩きなよ」
「小竜と戦った時の魔力が、まだ回復してないからな」
「そんなわけないでしょ……あぁ、おじいちゃ」
「違う!」
カバンから飛び出してしっぽでルルアの頭をペシッと叩くと、またカバンに入って前足をぺろぺろとなめ始めたロクだった。
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「あ、山頂が見えてきた気がする」
ルルアが立ち止まってそう言うと、ようやくロクがカバンから降りた。ここからは自分で歩くらしい。
山頂に近づくにつれて木々の数も減ってきて、背丈の低い木に変わってきたので、だんだんと見晴らしがよくなっている。
「そういや、アイツは?」
「……あ」
気がつけば青年の姿が見えなくなっていた。同行者の姿がないのに気がつかないのは、酷いと思われるかもしれないが――そもそも同行者ではなく、勝手について来ているだけの人物だ。ルルアたちにとっては、途中でいなくなったところで知ったことではない。
でも、まぁ――突然いなくなられるのも気分が悪いので、いなくなるならひと言欲しいところだが。
「……上まで行って、野営の準備しながら待ってようか」
「そうだな」
ルルアとロクは、先に頂上に向かうことにした。
こうして、2人が頂上で野営の準備を整えて、もうすぐ夕食のスープが出来上がるという頃、ようやく青年がやって来た。
「はぁはぁはぁ……ひ……酷いですよ」
「何がだ?」
「ぼ……はぁはぁ……僕を……置いて行くなんて……」
「はぁ?」
「別に置いて行ったつもりはないけどね。君がついて来なかっただけ」
まったく、酷い言いがかりだ。
ルルアとロクは、青年のことを気にするわけでもなく、夕食を食べ始めた。
道中誰にも会うことがなかったにも関わらず、山頂で野営をする人の姿がチラホラ見えた。ルルアたちよりも先に出発した人かとも思ったが、小竜の群れがいたことを考えると、反対側からやって来た人たちなのだろう。もしかしたら、これから向かう道の方が歩きやすい道なのかもしれない。もしも、あの小竜の群れがいた場所を通り抜けてここにいるのだとしたら、とんでもなく逃げ上手な人か、小竜も恐れる凄い人物に違いない。
翌朝、ルルアがテントから出て、両手を空に向けて伸びながらあくびをしていると、水を運ぶ老婆の姿が目に入った。
あの老婆も山越え?
ルルアがジーッと見ていると、老婆が水を運んだのは石碑のようなものが設置されている場所だった。何となく気になったルルアは、老婆がいる場所に足を運んだ。
「何をしているの?」
「掃除だよ。お花も持って来たんだけどねぇ……ここに来る途中で崖から落としてしまったんだよ」
「そっか。それは……残念だったね」
「こんなに老いぼれてしまったからねぇ、山道を歩くのはやっとなんだよ。もう、このお墓を掃除する人も……いなくなってしまうんだろうねぇ」
「これって……お墓なんだ?」
「そうだよ。この山を越えるのに、命を落としてしまう人が多くてねぇ。私の息子も、その1人なんだよ」
「そっか」
この石碑は、山越えで亡くなってしまった人々の魂を癒すお墓、いわゆる慰霊碑だった。ルルアは少し考えると、慰霊碑を磨いている老婆に声をかけた。
「おばあさん、掃除が終わったら教えてよ。私が花を植えてあげるから」
「お嬢さんがかい?」
「うん。私は花屋だからね」
こうして、慰霊碑の隣に座りながら、ルルアは老婆の掃除が終わるのを待った。そして、掃除が終わると杖を手に慰霊碑の前に立ち、魔法を放った。
七色に光る魔法陣が慰霊碑の上に浮かび上がり、七色の光の玉が慰霊碑を囲むように降り注ぐ。その光の玉が地面に触れてふわりと弾けると、ラベンダー・淡いピンク・白・淡い水色・黄色の花が次々と咲いた。花たちは優しく穏やかな香りを放ち、慰霊碑の周りは癒しの空気に包み込まれた。
「おばあさん、お花はもう持ってこなくても大丈夫だよ。この花が、いつでもこのお墓を癒し続けるから」
「おや、まぁ。お嬢さんは、魔法使いだったのかい。素敵なお花を、ありがとうねぇ」
「どういたしまして」
この慰霊碑の花には特別な魔法をかけたので、水やりをしなくても枯れることはない。
前に、ルルアは枯れない花などないと話していたが、枯れない花を咲かせる魔法はある。ただ、その魔法はルルアが本当に必要だと判断した場合のみ使うので、そうそう使うことはない。今回は、めったにない特別だったのだ。
ちなみに、気温や天候によってほんのりと色を変える魔法も施されているため、訪れる人の目も楽しませてくれる。
「それじゃあ、気をつけて帰ってね、おばあさん」
「ありがとう、お嬢さん」
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ロクが目を覚ますと、ルルアの姿がなかった。伸びをして人間の姿となり、テントから出ると――ルルアが魔法で花を咲かせているのが見えた。
ロクが好きな光景だ。
ロクは思う。
この世界がルルアの花で溢れたら、きっと全種族が平穏に暮らしていけるのではないだろうか――
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