第14話 山岳地帯①
「これ……道で合ってるよね?」
「たぶんな」
「……自分で歩きなよ、ロク」
「魔力回復中だ」
「えー」
山道に入ってからというもの、ロクはずーっと黒猫の姿でルルアの頭の上に乗っている。頭の上にいる時、いつも魔力の回復をしていると言っているが、本当にそうなのか? 本当は楽をしているだけなんじゃ――
「魔力を回復している」
まるでルルアの心を読んでいるかのように、何も言っていないのにロクが答えた。
この山岳地帯はとても不思議な場所だった。雪が全くない道を歩いていたと思えば、突然辺り一面真っ白な雪景色になったり、緑色の木々に囲まれた森を抜けたり、花々が咲き誇る花畑の中を歩いたり、はたまた枯れ木がまばらに並ぶ荒れ地になったり、また真っ白な雪景色になったり――次にどんな景色の場所に出るのかがわからないので、野営をする場所は早目に決めないと、下手したら雪原の中で夜を迎えてしまう。
一度だけ、こんなに暑いんだからもう少し進んでも大丈夫だろうと進んだ結果、雪が積もった森の中で野営する羽目に陥ったことがある。防寒の準備は整えてきたものの、さすがに凍死を覚悟した2人だった。
それからは、もう少しと思ったらそこでやめるようにしている。
「今日はここで野営しようか」
「そうだな」
テントを張って火を起こし、空間収納から食材を取り出して、夕食の準備を始めた。町で食材は多めに購入してきたが、空間収納でも普通に傷んでしまうため、保存期間は限られてしまう。そのうちに現地調達しないといけない。
「そろそろ、お肉とかは使い切らないとだね……あと何日くらいで山から下りられるかな?」
「地図だと3ぶんの1くらいだから、あと2~3週間ってとこだろ」
「けっこうかかるね」
「あ、手ぇ出すな!」
ルルアが手伝おうとして手を伸ばすと、ロクにペシッとはたかれてしまった。ルルアは不服そうな顔をしたが、せっかくの食材が台無しになるのを防ぐためだ、仕方がない。こうして、ただ焼いただけの質素な肉料理と、ルルアが作ることを許されている料理のひとつである野菜スープが出来上がり、ルルアとロクは手を合わせた。そして、ルルアが肉にかぶりつこうとした時――
いつからそこに立っていたのだろうか?
青白い顔でげっそりと頬が瘦せこけ、黒ぶちの眼鏡をかけた1人の青年が、じーっとルルアたちのことを見ながら立っていた。口元からはよだれが垂れている。
ルルアは恐怖のあまり声も出ず、固まった手から肉が落ち、ロクはルルアの手から皿を取り上げると、地面に落ちる直前の肉を掴んで皿に乗せた。こういう時、ロクはいつも冷静だ。
「おい、ルルア。大丈夫か? 安心しろ、コイツは人間だ」
「……え、人間?」
ロクがそう言うなら、そうなのだろう。遭難者だろうか?
ルルアが一緒に食べるか尋ねると、ロク以上の高速移動でルルアの隣に座った。今、どうやって移動したんだ? ロクも目を見開いていた。
ロクが肉を乗せた皿を渡すと、一瞬で肉が姿を消した。ルルアとロクは、まったく見えなかったその現象に目をこすった。この青年、本当に人間なのだろうか?
「ぶはぁ~、生き返った~」
「そりゃあ、あんだけ食ったんだから当たり前だ」
「……空間収納のお肉全部食べちゃったよ、どうしよ」
この青年は、遠慮というものを知らないらしい。ルルアたちが今まで食べたことがない量をたいらげた。もしかしたら、この青年の胃の中が空間収納になっているのかもしれない。
「思い切ってルルアさん達の前に出てきて正解でしたよ~。それにしても、ロクさんって人間なんですか? 猫なんですか?」
「「……は?」」
なぜ、この青年はルルアとロクのことを知っているんだろう? しかも、ロクが人間と猫の姿になれることも知っている。何者なんだ?
怪訝そうに見ている2人の視線に、青年は慌てて手を振りながら自分は怪しい者じゃないと訴えたが、十分に怪しい。
「ぼぼぼ、僕は怪しくなんかありませんよ! お2人の活躍を見てから、どうしても弟子になりたくてついて来たんです!」
「……は? 弟子だと?」
「はい! 僕も、魔法使いになりたいんです!」
「それは……無理だよ」
「ななな、何でですか!?」
「それよりも、ついて来たって……どこから?」
「アレですよ、橋が崩落した川を渡った所からです」
そんな前からついて来ていただと?
いろんな町で、こんな風に見ていたということを、順を追って説明する青年に、2人は青ざめていく。あの時、あそこから見ていたということを想像していくと――鳥肌が止まらない。
それにしても、誰かがついて来ていた気配など、これっぽっちも感じたことがなかったが? そういえば、さっきも気がついたら近くに立っていたが――どうやって気配を消しているんだ?
「あぁ、僕は昔から影が薄いって言われてましたから。あははは……」
「影が薄いってもんじゃないだろ」
「うん、存在がなかったよね」
「存在はしてますよ、失礼ですね」
ルルアたちの食材のひとつである肉を食べ尽くしておいて、何が失礼だ、何が!
「そんなことより、僕はずーっとルルアさんの魔法を見てきました。あんなに素晴らしい魔法は見たことがありません! 是非とも、僕を弟子にしてください!」
「だから、それは無理だよ」
「何でですか? そんな意地悪言わないでくださいよぉ~!」
「別に意地悪なんか言ってないよ。だって、君は人間でしょ?」
「……そうですけど?」
この世界で魔法が使えるのは、魔力を持つ魔法使いと魔族だけ。人間には魔力が宿ることはないから、どんなに修行をしようとも、人間が魔法を使えるようになることはない。
「人間には魔力がないから無理だよ」
「ででで、でも、もしかしたら僕は人間じゃないかもしれないですし!」
「……そんなわけないでしょ」
さっき自分で人間だと言っただろう。そもそも、人間じゃない方が怖いだろうが。魔族なのか? あの、人間離れした動き方は魔族だからなのか?
とんでもない人物と出会ってしまったなと、心の中で嘆く2人だった。
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