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嫌われ者は居座り続ける

 


 目が合ったルシウスが此方に向いて、口を開く。


「この店は客を待たせるのか。早く来い」

「あ、え。あ、の」


 ポンコツな返答しかできない、私の只ならぬ様子に気付いたオスカー先輩は、私に変わってルシウスに説明する。


「申し訳ありません。お客様。ただいま別のお客様からも指名が入っておりまして、その方と同じ席で良ければ、こちらの葵が担当いたします。駄目なようであれば、別の者を付けますが」

「……。分かった。案内しろ」

「かしこまりました」


 オスカー先輩はルシウスを連れて、ドゥスールの席へと向かう。その後ろをまるで機械人形のように身体を軋ませながら付いていく。そんな一杯一杯になった私でも、周りがざわめき立ったのに気が付く。彼らの視線は皆、ルシウスに向けられていた。


「あれ、ルシウス様じゃない?」

「どうしてこんなところに……」

「噂どおり美しい」

「お高い貴族様が来る場所じゃねえだろ」

「帰れよな」

「全く、空気が悪くなる」


 彼はかなり目立っているようで、しかもあまり良く思われていないようだ。ルシウスも私も席に着く。どうやら周囲の目は未だ此方を向いていて、いつもより部屋全体が静まり返っている。非常に居たたまれない。


 そこにパンパンと手を叩く音が鳴り響く。その音を出した主はマスターで、皆の視線が彼に向く。


「今宵は天界をイメージしたコスプレイベントです。此方の二人のスタッフの奏でる音楽を聞きながら、ご歓談をお楽しみください」


 そこには、ピアノとハープが用意されており、彼らは静かに演奏を始める。始めこそ荘厳な印象だったが、段々と楽し気な音色に変わり、客もそれに合わせるように会話をし始めた。もう私達の様子を覗き見るものはいなかった。


「俺には理解できないが、貴様はいつもこんな恰好をしているのか。喫茶店と聞いていたが、俺の想像するものとは随分と違っているな」

「いや、いつもは普通の恰好なんだけど、今日はイベントで天使のコスプレしてて」


 あまりにもいつも通りに話しかけてくるルシウスに、私も普通に返してしまう。


「葵さん、可愛いらしいでしょう? 僕だけの天使でいてほしかったんですが、まさかルシウスさんがいらっしゃるとは。いやはや面白い」


 ルシウスはドゥスールを訝し気に見て、何か気付いたように目を開く。


「……貴様、まさか」

「私ドゥスールと申します。よろしくお願いしますね」

「……」


 正直空気が重い。ルシウスの機嫌が悪いのは通常運転ではあるが、ドゥスールが微笑んでいる分差が激しい。


「えっと、この場所をどうやって知ったの?」

「そこの、ドゥスールとやらに聞いた」


 私がドゥスールを見ると彼はフイと首を振って、目線を合わせない。何で教えたんだこの人。


「……えっと、何で来たんですか?」

「……」


 沈黙が辛い。どういうつもりで来たんだこの人。言ってくれないと何もわからない。葬式並みの暗さに、ドゥスールからの助け船が入る。


「素直じゃないですね、それじゃあ人が離れていきますよ」

「……黙れ」

「全く。あのお堅くお高いと言われているルシウス『様』が、此方の下町まで来ることがあるだなんて。皆が驚くのも当然です。よく自分を敵対視する場所に足を踏み入れましたね」


 ドゥスールの発言に耳を疑った私は、つい口を挟む。


「え、敵対視って?」

「それでも、自分の元から離れた葵さんに会いに来るとは。流石にいつも着ている鎧は外したんですね。あれ目立ちますもんね?」

「黙れ」

「でも、正直驚きました。まさか此処に来るとは。何か葵さんに伝えたいことでもあるのですか?」

「……」


 今まで目を合わさなかったルシウスが此方を見る。彼が閉じた口を開いた瞬間――


 私達の通路の後ろを歩いていた女性スタッフが躓き、持っていたトレーからコップが離れる。彼女はなんとかコップを掴んだが、中身の水までは掴まえられず、中に浮いた水はルシウスの頭に降りかかった。


 ポタッ。ポタッ。


 水滴が彼の髪の毛から落ちていく。ルシウスは下を向いてしまっていて表情は見えない。泣きそうな声でひたすら謝る女性スタッフに、私は声をかける。


「はやく、タオルを持ってきて!」

「はい!」


 彼女は慌てて控え室に置いてあるタオルを取りに行く。


「ルシウス大丈夫?」

「……」


 彼は反応しない。手短にあったおしぼりで彼の顔を差し出すが、受取らない。慌てて戻ってきた女性スタッフが抱えるほどタオルを持ってきた。タオルを差し出す彼女は涙目だ。


 もうパニックになっていたのだろう。タオルを受取らないルシウスに「すみませんすみません」と言いながら、彼女はタオルを使って彼の頭をタオル越しに触れようとしたため、私は慌ててその手を掴む。


「大丈夫。私が対応するので、貴方は控室に行って休んでてください」

「でも……」

「俺が連れて行く」


 オスカー先輩が彼女を控室に向かう様に促す。


「本当に申し訳ありませんでした」


 彼女は酷く憔悴していて、先輩に連れられて控室に向かっていった。


「ルシウス、今は日中だから触るよ?」

「……」


 ルシウスは放心状態のままで返ってこない。私はそれを気にせずに彼女から受け取ったタオルを、一つはルシウスの首にかけ、もう一つ髪の毛から落ちる雫が落ちる膝の上に置く。そして頭に一つ被せるようにかけて、わしゃわしゃと髪をかき分け水分を拭きとっていく。新しいタオルに変えようと、頭のタオルを取った際にルシウスが顔を上げる。


「自分でやる」

「あ、はい、どうぞ」


 私は自分の膝に乗っていたタオルを一つ渡す。彼は顔や頭をひとしきり拭き終え、全てのタオルを取っ払った。


「怒らないでね、ルシウス。わざと水をぶつけたわけじゃないから」

「別に怒っていない。少し動転しただけだ。助かった」


 どことなくいつもと雰囲気が違うような気がする。少し悲し気に見えるのは気のせいだろうか。


「一応スタッフ用の着替えがあるけど、どうする? 着替える?」

「いや、このままでいい」

「わかった。もう帰るよね? 会計とかいいから――」


 私が立ち上がろうとすると、ルシウスの手が私の腕を掴む。


「いや、まだ此処にいる」

「え?」


 こんなにも予想外なことが起きて、予想外な発言をされるとは思わなかった私は固まってしまうのであった。


【簡単なあらすじ】

 ルシウスが民衆から好かれていないことを理解する葵。罵声を浴びせられるだけでなく、水まで浴びせられたルシウスを放っておけず、葵はふきふきしてあげる。


【登場人物】

・葵

 本作主人公。一応女の子。ルシウスにビクビクしている。


・ルシウス

 異世界で初めて出会った人物。葵の喫茶店にノコノコやってきたひねくれた男。


・ドゥスール

 怪盗ショコラ。天使から離れられない。


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