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チェンジ! チェンジで!


 ドゥスールに仕事を依頼した日の閉店後。私はホールでマスターとオスカー先輩と一緒に、机に紙が広がった机を前に席に着いた。


「じゃあ、アンケート用紙を確認していこうか」

「分かりました」


 少し前からお客様に、店で行うイベントは何がいいかアンケートを集めていた。それが今日アンケート終了日になったため、今こうして集まったアンケートを目の前にしているのだ。


 私は二人と一緒に、アンケート用紙を確認し集計していく。半分作業し終えた感じでは、「コスプレ喫茶」の記載が多く見られた。これはもう決まりだろうなと思っていると、オスカー先輩が酷く嫌そうな声を出した。


「これ絶対ドゥスールって奴だぞ……」


 先輩は私にそのアンケート用紙を私に差し出す。用紙に名前を記載する欄はないが、私は先輩から紙を受け取り彼がそう判断した理由を察する。自由欄に『葵さんにモフモフされる、または葵さんをモフモフする(僕限定)』と記載されているのだ。名前を記載しているようなものだった。


「……」

「出禁にするか?」

「いや、大丈夫です」

「私にも見せてくれるかい?……わぁ、凄い好かれてるねえ」


 オスカー先輩は同情するような顔で、マスターはそんなに好かれるなんて嬉しいことだよと笑う。私は苦笑いを返しながら、残りのアンケートに手を伸ばした。


 集計結果は予想通り「コスプレ喫茶」。しかし、アンケート用紙には、アニマル、悪魔、ナース、メイド等多くの種類が記載されており、どれにするかは一向に決まりそうにない。


「どれにするんですか?」

「うーん。どうしようかね」

「オスカー先輩はどれがいいとかありますか?」

「俺はまぁ、男が着る服がまともならなんでも……。普通のでいい」


 そう言って彼は「煙草を吸ってくる」とホールから出ていく。私は先輩の意見に同調するが、マスターからは異なる意見がもたらされた。


「でも折角のイベントなんだから、私としてはいつもと違う姿を見せてほしいな」

「違う姿ですか?」

「猫とか犬とかアニマル系はどうかな?」


 ふと思いついたことを私は口にする。


「その場合、獣人のスタッフはどうするんですか?」

「うーん。それは確かに」

「じゃあ、普段の恰好が白いシャツとグレーのベスト、黒のパンツなので。真っ白ベースの天使とかにします?」

「確かに、それならいつもと違うって感じがするね。よし、それにしよう!」


 私はこの後、自分の発言を後悔することを知らなかった。


-----------------------------------------------------------------


 次の日の夕方、コスプレ専門店から荷物が届く。注文した天使の服は白の布を巻いただけのひざ丈で、背中に小さな羽、そして天使の輪っかが装飾されている。それに人数分の弓矢のおもちゃが用意されていた。


――違う! こういうのじゃなあぁい!


 私の想像していたのは大人の天使のイメージで、服はもっと落ち着いた感じに裾が長いはずで、子供のキューピットのような姿をしたいがために、これを選んだんじゃない!


 荷物を見たオスカー先輩が私に半ギレで迫ってくる。


「おい、俺は男が切れる服ならいいって言ったよな? 着れればいいじゃねえぞ?」

「わ、私だってこんなの予想外です! もっとまともな奴だと思ってました!」 


 こんな心許ない服装は私だって嫌だ。でも自分で選択してしまった手前、私には責める相手が見つからない。


 オスカー先輩をはじめとする何人かは、マスターに異議申し立てをしだす。この天使の服もそうだが、マスターだけは異なるものが用意されていたのだ。


 マスターが早速試着したコスプレは私たちの天使とは少し様相が異なり、まず足元まで布に覆われている。彼は神様のコスプレを選択したらしい。


「マスターだけずりぃだろうがよ!」

「そうかなぁ?」

「何でマスターだけ足を隠せるんだよ! 男の生足だとか、腕だとか。何処に需要があるってんだよ!」


 確かに男性の毛は女性よりも濃く、毛むくじゃらの人が多い。一部体毛の薄い人もいるようだが。


「も~そんなに嫌なら別に僕と同じ格好でもいいよ」


 マスターの言葉で彼らは喜びの声を上げる。私もホッとして神様の服で希望を出した。女性と一部の男性スタッフはそのまま天使の服でいくらしい。その旨をコスプレ店に連絡すると、了承の返事がされた。


 イベントにむけて店内の装飾を変えるため、お店は一日臨時休業する。舞台は整えられた、イベント当日の朝。急遽コスプレ衣装の変更にも応えてくれたコスプレ専門店の人が、神様用の服を新たに届けてくれた。だが――


「え? 一着用意できなかった!?」

「すみません! 在庫を切らしてまして」

「そうですか。いや、気にしないでください。急に注文変更したのは此方ですから」

「代わりに天使の服を入れときましたんで!」

「ありがとうございます」


 男性スタッフがざわつき出す。私もその中の一人だ。


「おい、一着用意できなかったって……」

「お前が着ろよ! オレは絶対着たくねえ!」

「此処は公平にじゃんけんだろ! 恨みっこなしだ!」


 皆混乱し、隣にいるものにその役目を押し付けようとする。その中で一人が公平で平等な提案をする。


「そうだな……。じゃあここはジャンケンで決めよう。恨みっこなしだ! じゃんけーん――」


 此処から天界に似つかわしくない醜い争いが勃発する。



-----------------------------------------------------------------



「今日の葵さんは天使の姿なんですね。とっても可愛らしいです」

「……解せぬ」


 あの戦いの末、この天使の服を着るのは私となった。じゃんけんで勝ったのにも関わらずだ。勝負の結果、負けたのはオスカー先輩だった。彼は私に目を付ける。「ナイフの特訓を対価なしで引き受けた恩は感じているよな?」だとか、「お前の教育係してやっただろう」と言って脅してきた。


 あまりに必死な形相に周りは笑っていたが、私の肩を持つ力は半端なく、こちらを見る目は血走っていて、恐怖に耐えられず私は首を縦に振るしかなかった。


 まぁ、確かに先輩にあの恰好は酷かもしれない。だが、私だってなるべく布面積は確保したかった。私は先輩に文句を言いたくなる。


「あ、葵さん。此方、約束の物です」


 ドゥスールは小さな小瓶を取り出す。私がルシウスの宿に唯一残した忘れ物だった。


「ありがとうございます!」

「液体のようですが、これは一体何なんですか?」

「あぁ。滋養強壮の効果がある飲み薬みたいです。なんか、彼が疲れているようだったから、元気になる物ないか店員さんにオススメされて。『エリクシール・ダムール』っていうやつらしいです」

「……。へ、へぇ」

「本当はバスソルみたいな入浴剤を渡したかったんですけど、ルシウスはお風呂に浸からずシャワーだけみたいなので。この飲み薬になりました」

「そうなんですね。まぁ、渡さなくて正解だと思いますよ」


 私自身、あげなくてよかったと彼の意見に同意する。


「葵さん。約束は覚えていらしゃいますね?」

「……。何か決まったんですか?」


 そう私は彼に仕事を依頼したときに言われたのだ。私の仕事依頼を受ける代わりに『お返し』が欲しいと。あの時は深く考えなかったが、今は少しだけ後悔している。一体何を要求されるというのか。


「はい。もう一度女性の恰好をして頂きたいなと思いまして」

「うわぁ……。言うと思った」

「今の天使な葵さんも可愛いですが、僕どっちかと言うと小悪魔な方が好みでして。露出多めでお願いしたいです!」

「嫌ですよ! 絶対!」


 私は彼の『お返し』を首を振って拒否する。


「酷いです! 僕、ルシウスさんに殺されそうになりながらも、これを持ち帰ったのに……」

「え? 何それ? ルシウスに会ったの?」

「……。えぇ、侵入中に鉢合わせしました」

「そうだったんだ……。えっと、元気だった?」

「まぁ、すぐ僕に殺意を向ける程度には元気でしたよ」


――そっか。元気なんだ。


「……私の事なんか言ってた?」

「いえ、特には」

「そっか……」


 まぁ、彼にとっては自分の宿に勝手に住み着いたネズミが一匹去ったようなものだ。私がドゥスールの発言に少しガッカリしていると、服泥棒のオスカー先輩に声を掛けられる。


「お客様、此方のスタッフに新たな指名が入りましたので、代わりの者を付けさせます」

「嫌です。接客中のスタッフは指名できないはずですよね? 断ってください」

「ですが――」

「嫌です」


 ドゥスールは「嫌です」の一点張りで、オスカー先輩の発言を聞き入れない。しかし、ドゥスールの言う通り、接客中のスタッフは本来指名は出来ないはずだ。


「……嫌ですじゃねえよ。いつも来てるし、今日も十分話しただろうがよ。次の客が待ってんだ」

「会計時に倍の額を支払いますので、葵さんは此処にいてください。こんな可愛いエンジェルを他の輩の元に行かせる訳ないでしょう。3倍4倍でも結構ですよ?」

「……」


 先輩は困って黙ってしまった。


「あの、ドゥスールさん」

「なんです?」

「私いくら積まれても指名されたのなら、そちらに向かいます。ドゥスールさんとは暫くお話ししましたし、お客様は皆平等に扱いたいので」

「あぁ……。なんてひどい方だ。博愛主義の貴方を素晴らしく思うが反面、私を酷く苦しませる。……分かりました。こうしましょう。その客をこの席に呼んでください。葵さんを堪能できるこの場所を、その客にも共有させて差し上げましょう」

「オスカー先輩それってアリなんですか?」


 先輩から返事を聞く前に、私達の会話を聞いていたマスターが後ろから答える。


「構わないよ。でも、4倍は払ってもらおうかな?」

「えぇ、構いませんよ」


――馬鹿じゃん……。4倍とか。


 私はため息を吐きながら、オスカー先輩に連れられ、私を指名した客の元へ向かう。遠くからその後ろ姿を見て、この店に来るには随分キチンとした恰好をしているなと気付く。近づいていくに連れ、その輝かしい金髪に見覚えを感じる。横顔が見えた瞬間――


――ルシウスが何故ここに!?


 私は慌てて顔を隠すように後ろを向き、しゃがみ込む。


――何で? 此処にいるの? バイト先教えてないよね? なんで?


 私が混乱に陥っていると、オスカー先輩に腕を引き上げられる。


「おい、葵何してるんだ」

「あ、ちょっと先輩静かに……。あの、チェンジ! チェンジで!」

「はぁ?」

「先輩、私と接客変わって――」


 私が先輩の影に隠れて、接客を変わっても貰おうと申し出た時、ルシウスと目が合った。


【簡単なあらすじ】

店のイベントとしてコスプレすることになったスタッフ一同。案の定、ドゥスールは葵に会いにやってくるが、他にもまさかのルシウスが葵を尋ねてやってくる。



【登場人物】

・葵

 本作主人公。一応女の子。戦犯。


・マスター

 バイト先のマスター。にっこり見守るパパ。


・オスカー

 バイト先の先輩。ニコチン!ニコチン!


・ドゥスール

 怪盗ショコラ。通い詰める男。


・ルシウス

 異世界で初めて出会った人物。おやおや?


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