少しは反省して頂きたいですね
「葵さん、聞いていますか?」
目の前のドゥスールが少し眉を下げて此方を見ている。今は仕事中。昨日お別れしたウィットの事で頭がいっぱいだった私は、ドゥスールの話を聞いていなかった。
「え、あぁ失礼しました」
「僕悲しいです。昨日は定休日で1日会えなかったというのに、僕を放ったらかしで考え事ですか?」
「え? 昨日会ったじゃないですか」
「はて、何を言っているのです?」
ドゥスールは覚えがないといった風にキョトンと私を見る。もしかして、姿を変えると記憶に障害でも起こることがあるのだろうか。私は彼の記憶を補完してあげようと説明する。
「夕方頃に路地で会ったじゃないですか。ドゥスールさんは猫紳士の姿で。というか、あの時返事してくれなかったですよね?」
「……」
「私、無視されたみたいで嫌でした。何かの作戦ですか?」
私が不満を口に出すと、彼は首を振る。
「それは僕ではありません。僕が葵さんを無視する訳ないじゃないですか。僕は路地裏にも行っていませんし、葵さんに会った覚えはありません」
てっきり「押してもだめなら引いてみな作戦です」とでも言ってくるのだろうと、期待していたのに。彼は私が予想した以上に真剣な顔で、私を見つめて言った。彼自身ではないというのであれば。
「たしか、一度見た顔は再現できるって言ってましたよね。じゃあ、ご本人ってこと……ですか?」
「その可能性が高いです。ですが、この国で見た顔ではなかったはず……」
「へぇ、別のどこかであった人が偶々此処にいたってことですかね? 凄い偶然」
ドゥスールは顎に手を当て呟く。
「それなら、あの姿を借りない方が良いですね。……葵さん、何ニヤニヤしてるんです?」
今どんな顔をしている自分でもよくわかる。私の意思とは反対に口の端が自然に上がるのだ。
「だって本物の猫紳士がここにいるって事ですよね? あぁ、また会いたい。もう一回あの場所に行こうかな? それに、モフモフさせてほしい……。うへへ」
私はまるで目の前のご馳走を見て涎を垂らすような、情けない姿を彼に晒す。
「ダメです葵さん! そんなに言うなら、僕があの姿になってモフられますから!」
「ちゃんと毛並みまで再現できてるんですか? それに、中身がドゥスールさんだと思うとちょっと……。はぁ、それに昨日のモフモフも幸せだったなぁ!」
私はウィットの事を思い出す。怪我をしているから全力でハグは出来なかったけど、頬に当たる毛並み心地は最高だった。ドゥスールは意味が分からないといった風な顔で、私を見る。
「何ですか? 昨日のモフモフって」
「あぁ、えっと、犬型の獣人と知り合って、昨日ついにモフらせてもらったんです」
「葵さんの知り合い、お客さんには犬の獣人等いなかったはず! 何処のどなたですか!? 」
「え、なんでそんなこと知ってるんですか? こわい」
「もちろん、貴方の交友関係はばっちりです。親切な皆さんに教えてもらいました」
「……」
誇らしげな顔をしているが、これは所謂ストーカー行為ではないだろうか。此方に伝えてくるあたり、自分の行動を客観的に見れてなさそうでたちが悪い。
「そう言えば、貴方のご友人であるルシウスさんとはどうされたんですか? そういえば、ルームシェア崩壊の理由を尋ねていませんでした」
このストーカーなら知っているのではないかと思うが、私は律儀に答えることにする。
「友人……ではないです。それに、喧嘩別れしたんで、彼の事は知りません」
「友人ではない……ということは?」
「ということは、とは?」
「おやおや、一緒にルームシェアするくらいだったので、タダならぬ関係かと思っていたのですが、杞憂でしたか」
「タダならぬって何!? 別に私が居候させてもらってただけだよ」
――そう私はルシウスの宿に勝手に上がり込んだ、いわばネズミみたいな存在だ。
「そんな寂しそうな顔しないでください。じゃあ、僕とルームシェアでもしますか?」
「いいえ、結構です」
即答で断ったのに、「おや、手厳しい」と言いながらと笑うドゥスール。彼が言った私の姿が気になったが、私はふと、悩み事を解消する方法を見つける。
「そうだ! ドゥスールさん、お願いしたことがあるんですけど!」
「なんです? 葵さんのお願いなら何でも聞いて差し上げます」
「本当ですか!? よし、じゃあ――」
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ドゥスール視点
あれから二日後。僕は今、葵さんからの依頼で、彼女が1週間ほど前に住んでいた宿にいる。今の姿は、もちろんルシウスさん。カギをなくしてしまったと宿主に伝えれば、すぐに合鍵を渡され、そのカギを使って部屋に入った所である。
さて。葵さんからの依頼は『忘れ物を取ってきてほしい』とのこと。何やら詳しく聞くと、ルシウスさんにプレゼントする予定の物をソファに隠していたらしい。もう渡すつもりもないから、彼に見つかる前に回収したいと依頼された。
僕がソファに置いてあったクッションを持ち上げると、目の前には小瓶が一つ。
――コレですね。
可愛らしい小瓶にうっすらピンクがかった液体が入っているようで、特に中身の記載はなく、顔に近づけて嗅いでみても匂いは感じられない。葵さんにはプレゼントとしか言われていないので、これが一体何なのかは分からないまま。
これはルシウスさんのプレゼントとして用意されたもの。そして、彼に渡す必要が無くなったもの。
――では、このまま僕がこのプレゼントを頂いても問題ないのでは?
僕が天才的なひらめきを得た時、ドアが開きこの部屋の主であるルシウスさんと目が合ってしまう。彼は目を見開き此方を見る。僕も見開いておこう。今は彼の姿なのだし。
「な!? 貴様、何をしている!? 俺の姿に化けるなど、ふざけたことを」
彼はすぐに剣を鞘から取り出し、僕に向ける。
――これは、困りましたね。
僕は基本的に武器は持ち歩かない。何処から身元が判明するか分からないから。基本その場で武器を見繕うが、この家に武器になりそうなものは見つかりそうにない。だが、そういった危機的状況から逃げ出すのは、僕の専売特許でもある。
僕はソファに座り込み、大きくため息を吐く。
「はぁ……そんな好戦的だと困ります。剣を収めてください」
「そこに座るな! 汚らわしい!」
「な……。葵さんは出て行って、貴方はこのソファを使わないでしょう? 別に僕が座るくらい何の問題もないはず。それに汚れるなんて失礼です。僕は一切汚くありません」
「貴様が何故、葵の事を知っている? お前まさか……」
「何故って、僕と葵さんはとってもいい関係ですからね。此処に来たのは葵さんに頼まれたからですよ。忘れ物を取りに行ってほしいと」
彼は訝し気に僕を見る。
「忘れ物? そんなのお前に頼まなくても、自分で取りにくればいいだろう。嘘をつくな!」
「はぁ……。わかりませんか? 貴方に会いたくないのですよ」
彼は顔を一瞬歪めるが、すぐに冷静を装う。
「……。忘れ物とはなんだ。アイツの物は何一つないぞ」
「あぁ、此方ですよ。ソファの奥に隠してたんです」
僕は手に持っていた小瓶を彼に見せる。彼はその小瓶に見覚えはないようで、僕を一睨みした後、やっと剣を下げる。
「フン。そんなものは知らん。さっさと持っていけ」
「……」
――貴族出身の彼がこんなに態度が悪いのは、相手が僕だからだろうか。それとも。
「葵さんがこの家を出て行ってから、1週間ほど経ちますがどうです?」
「何の話だ」
「貴方は葵さんが働いている姿を見たことがありますか? 葵さんは今とても楽しく過ごしているみたいですよ」
「どうでもいい」
彼は僕に「出ていけ」という様に、クイっと顎を動かす。そんなに急かさずとも、いずれ出ていくのに。
「ですがね、葵さん。時折悲しそうな顔をするんです。貴方の話をしている時に」
「……」
「この瓶も本当は貴方に渡すプレゼントだったらしいですよ。ですが、もう渡す気はないようだ」
彼は無言で僕の話を聞いたままだ。やっぱり興味があったんですね。ですが残念。これはもう貴方の物ではないのです。
「どうやら初給料は両親にプレゼントするのが、彼女の常識のようで。どうして、貴方にプレゼントを用意しようと思ったのかは、僕には分かりませんけど」
「何が言いたい?」
「いえ、別に。あぁ、でもこれを渡しておきますね」
彼女の職場である喫茶店の名前を記したカードを彼に手渡す。
「貴様、やはり怪盗ショコラか」
「はて? どうして僕が怪盗だと思ったのでしょうか? 何を勘違いされているかは分かりませんが、僕はこれで」
殺気を振りまく彼を背に、僕は部屋から出て行った。
【簡単なあらすじ】
ドゥスールにルシウスの宿に残した忘れ物を、取りに行ってほしいとお願いする葵。ドゥスール視点でコソコソ宿に向かうが、ルシウスと鉢合わせする。
【登場人物】
・葵
本作主人公。一応女の子。
・ドゥスール
怪盗ショコラ。逃げるのは得意。
・ルシウス
異世界で初めて出会った人物。




