また、モフらせてやるよ!
「『また』って言いましたよね?」
「はい。『また』来てしまいました」
次の日、ドゥスールは『また』やってきた。昨日今日の連続で訪ねてくるとは思わなかった私は、思わず彼に尋ねてしまったのだ。それから彼はほぼ毎日と言っていいほど、店に通い始めた。会計は毎度の如くオスカー先輩によって『迷惑料』なるものが記載され、マスターは「葵さんの太客だねえ」なんて言われるように。私も段々と慣れてきて、彼の軽口もいなせるようになった。
店が休みである定休日の日。私はもはや日常の一部になっていた獣人の身の回りのお世話をしていると、家にいるはずのマスターが訪ねて来た。
「どうしたんですか?」
「今から買い物に行こうと思っているんだけど、一緒に行くかい?」
「はい、喜んで」
私は手早く包帯を巻き終える。ここ毎日やっている作業のため、随分と手慣れてきた。私は急いで出かける支度をして、ホールで待っていたマスターの元へ向かう。
「お待たせしました」
「じゃあ、行こうか」
私達はマスターのメモに従って点々と店を移動する。時には食材を試食をさせて貰ったりして、楽しく買い物をしていた。マスターの後ろに回り、移動するたびに取り出されるメモを覗き見る。
「だ、だーじん?」
「葵さん、読めるの? おしい。ダージリンだね」
「あ、ルシ……その一緒に住んでいた人に教えてもらって。そうか、「り」なのか」
そのまま世界の茶葉を取り揃えている店に向かうため、マスターの後ろに付いていくと、見覚えのある通りに出る。それはあの日獣人が倒れていた場所。
あれから彼は一向に目を覚まさないため、どこの誰かもよくわかっていない。もしかしたら、あそこに何か落ちていたりしないだろうか。もう日数が経っているため、何もないかもしれない。
――だけど……。
私はマスターに「どうしても行きたい場所がある」と断りを入れて、近くのベンチで待ってもらうことになった。ベンチに持っていた荷物を置くと、「いってらっしゃい」とマスターに手を振られ、獣人が倒れていた場所へと向かう。
石のタイルが敷き詰められている地面は、彼が横たわっていた場所はどことなく、色濃くなっている。その周りを見渡しても特に何か落ちている様子はない。大通りに接しているこの場所は狭いと言っても、二人が同時に通れるくらいには幅がある。だが、奥へ続く道は建物と建物の距離が狭まりかなり細くなっている。
――彼は此処を通ったかもしれない。
私はその人一人が通れる程の通路を進んでいく。しばらく進むと、地面に何かが落ちているのに気が付く。
――これは……。
それは赤黒い血が付いた紋章だった。以前見たルシウスのものとは模様が違うようだが、同様のものだとわかる。そして、この紋章には血が付いているのだ。きっと彼の持ち物に違いないと確信し、ポケットに入れる。
コツン。
狭い通路の奥から足音が聞こえる。こんな狭い場所、通るのは自分ぐらいしかいないだろうと思っていた。ここは人一人通れる程の道幅しかない。私は目的のモノを手にすることが出来たので、自分が引き返そうと腰を上げる。
顔を上げて視界が捉えたのは、猫紳士の姿になっているドゥスールだった。私は思わず吹き出しながら、彼に近づく。
「定休日なのに、『また』会いましたね」
「……」
いつもならば何かしら返事をしてくれるのに、今日の彼は何も言わない。いつもと雰囲気が違う様に感じ彼を見つめるが、どう見ても猫紳士姿のドゥスールだ。
「どうしたんですか? ドゥスールさん。今日はダンマリなんですね、なんだか新鮮です」
「……」
「あ、でもその姿ってことはお仕事中ってことですか! すみません、邪魔してしまって。私はもう行きますね」
何も言わないドゥスールを不思議に思うが、これ以上マスターを待たせるわけにもいかない。私はペコリと頭を下げ、元来た道を戻っていく。途中で何かドゥスールが此方に向かって呟いたが聞き取れない。どうせ『また』とでも言ったのだろう。私は彼に顔を向けてニコリと「では、『また』」と言って、路地を抜けていった。
「おかえり」
「すみません、急に勝手なこと言って」
「ううん。そんなに待ってないし、大丈夫だよ」
それから私達は残りの買い物を済ませ店に戻った。食材も獣人に使っている包帯や傷薬も補充し終え、洗面所で紋章に付いた血を洗い流す。
――それにしても、今日のドゥスールは雰囲気が違ったな。仕事中はモードか何か違うのだろうか。でも、私が人質にされた時は、そんなに変わっていたようには見えなかったけどなぁ…。
今日のドゥスールの様子を思い出しながら、紋章を洗う。血が固まっていて中々取れなかったが、時間をかけると何とか綺麗になった。仮眠室に戻った私は、獣人のそばに置いてある椅子に座る。
「これ、多分貴方のモノだと思うんだけど」
私は彼の頭を少し上げて、彼に紋章を掛ける。彼を世話したおかげで大分腕の力が強くなったように思う。オスカー先輩とのナイフを使った護身術の特訓でも、ナイフを弾かれる頻度も少なくなっていた。まぁ、手を抜かれている様ではあるが。
紋章を見つめていると、ルシウスを思い出す。
――あぁ、そう言えば……。
唯一、彼の宿に残してしまった忘れ物の存在を思い出す。初給料をもらった時に服と一緒に買ったソレは、ルシウスにバレない様にソファのクッション裏に隠しておいたのだ。ソファは私だけのテリトリー。ルシウスは近づかないと思いそこに隠したのだが、出ていく時にその存在を完全に忘れてしまい、回収しなかった。「失敗したなあ」とため息をついていると、突然獣人がうめき声を出した。
「……んん。止めろ……っ」
「あ、あの! 大丈夫ですか?」
私が彼の肩を揺すろうとすると近づくと、突然目を開く。
「…!」
起き上がった彼は暫く放心して私を見て、ハッとして辺りを見渡す。
「此処は何処だ。誰だアンタ!」
彼は威嚇するように声を上げる。そして、胸に掛けた紋章に気付き、それを隠すように握る。
「その匂い……。いや、人間嫌いのはずだが……。アイツの仲間か!?」
「え? あの、アイツって誰?」
「答えろ! アンタは何者だ!」
どうやら気が立っているようで、毛が逆立っている。私はよくわからずに、自分の名前と場所を伝える。
「わ、私は葵っていいます。えっと、此処は私のバイト先の仮眠室で、街で貴方が倒れているのを見つけて、凄く血が流れていたんで、その」
獣人は自分に巻かれた包帯を見て、此方に問いかける。
「……アンタが手当してくれたのか?」
「えっと、マスターが処置してくれて、私は古くなった包帯を巻きなおすぐらいしか」
獣人は少し目を細めた後に、ゆっくりと威嚇を解いていく。
「アイツがオレの傷の手当なんかさせるわけないか……。すまない、世話になったようだな」
彼は立ち上がろうとすると、やはり傷口が痛むのか、姿勢を崩す。
「わわ、そんな急に動いたら傷口が開いてしまいますよ! まだ寝てた方が」
「オレの身体はそんなやわじゃねえ。っていうかなんか食わせろ」
彼はずっと寝たきりだったのだ。確かに空腹を感じるのは当然の事。
「ちょっと待ってください」
ちなみに、私は既に夕食を食べていた。出かけ先でマスターと一緒に済ませたのだ。私はキッチンへと向かい、早く簡単に出来るパスタを用意する。起きがけに急に食べるのは良くない気もするが、本人が食べたいというのだから問題ないだろう。それに、彼は身体が大きいから二人分の量を用意した。勝手に使ってしまった食材分は、私の給料分から引いてもらおうと思う。
ホールで待たせていた獣人の前に、パスタの乗ったお皿とフォークを差し出す。
「どうぞ」
「おお、美味そうだ」
怪我をした彼は数日寝込んでいた分を取り戻すかのように、ガツガツと麺を口に運んでいく。そして、ペロリと一瞬で平らげた。
「次!」
「次はないよ。そんなに急に大量に食べたら、胃が驚くからこれ以上はダメだよ」
彼は凄く不満そうな顔をしたが、私がこれ以上提供する意志がないことを納得してくれたようだ。私は落ち着いた彼に聞きたかった質問をする。
「えっと、名前を聞いていいかな?」
「オレの名前はウィットだ」
「えっと、ウィットさん、聞きたいことがあるんだけど」
「ウィットでいい。何だ?」
「分かった。ウィット。何であの場所で倒れてたの? そんな大けがをして」
彼はうーんと唸るように話し始める。
「……。オレはとある奴から追われててな、ずーっと逃げるような生活をしてたんだが……。運悪くソイツに見つかって切りつけられて、何とか逃げ出したんだ。でも、どうやら途中でぶっ倒れちまったみたいだな」
なんて物騒な話なんだと思う。私は思ったことをそのまま口に出す。
「そうなんだ……。そんな切りつけられるなんて、相当な恨みを買ってるんだね」
「まぁ……そうだな。だが、オレは間違ったことはしてねえから、アイツの逆恨み何だがな」
彼は少し悲しそうに見えるのは何故だろう。尻尾を下げて何処か反省しているような姿にも見える。
「アイツって誰なの?」
「……。名前なんて、知らない方がいいさ。さてと、オレはもう行くかな」
パスタを食べ終えた彼は「もうここに様はない」と言った風に、出て行こうとする。
「ええ!? まだ動いちゃだめだよ! 絶対ダメ!」
「アイツは俺を追ってきているんだ。此処にいるのがバレたら、オレを助けたアンタ、此処の奴らも含めて、全員皆殺しにされてもおかしくはない」
「皆殺し……」
「な、怖いだろ。これ以上は迷惑かけれねえから」
彼は放っておけないが、今迷惑をかけているマスター達を危険な目に合わせるわけにはいかない。私は彼の言うことをしぶしぶ了承する。
「じゃあ、ちょっと待ってて!」
私は急いで今日彼のために買った包帯や薬、果物やパンを袋に入るだけ詰める。ついでに、私のなけなしのお金も入れて、ウィットに袋を渡す。今袋に詰めた分も給料から天引きしなくては。
「包帯と薬。あとちょっと食べ物。お金はほんの少ししか入ってないんだ。ごめんね」
「これは助かる。ありがとう」
「最後にちょっとお願いしたいことが……」
「なんだ?」
私はまさにこのために、彼を助けたと言っても過言ではないかもしれない。もちろん怪我した人を放っておけるほど、心を無くしてはいないけど。
「私、犬とか猫とか大好きなんだ。そのちょっとずっと我慢してたんだけど、モフらせてくれないかな?」
「モフ……? あぁ、よくわからないが、葵はオレを助けてくれたからな。いいぞ、存分にモフれ!」
私は彼の正面に立ち、包帯が巻かれていない右胸に顔をうずめる。
スリスリスリ。
はぁ、寝たきりの彼の身体を拭いていた時も思ったが、毛並みが気持ちいい。顔をうずめていたい。ずっとこのままでいたい。
ウィットは最初驚いたようだったが、特に抵抗も見せず、私の好きにさせてくれる。クンクンと鼻を鳴らした彼は、ふと呟く。
「葵は懐かしい匂いがするな」
「懐かしい? ウィットは生きてる匂いがするよ」
「なんだそれは」
「獣臭いってかんじかな」
「……。喧嘩売ってんのか」
私はウィットに引き離される。私の至福の時間は終わりを告げたようだ。別に悪い意味で言ったわけではないのに。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「うん、また会えたらいいね」
「あぁ、その時はまたモフらせてやる」
「! 絶対約束ね!」
ウィットは月が真上に上がった頃、街の暗闇に消えていった。
次の日、私はウィットが目覚めて出て行ったこと、彼に傷薬や食べ物を渡してしまったのでその分給料から天引きしてほしいことを、マスターに伝えた。マスターは笑って了承してくれた。
【簡単なあらすじ】
マスターと買い出しに行った葵だったが、途中獣人の倒れていた場所へと一人で向かうと、様子のおかしいドゥスールと出会う。店に戻った後に獣人が目を覚ますが、すぐに出て行ってしまう。
【登場人物】
・葵
本作主人公。一応女の子。
・ドゥスール
怪盗ショコラ。通い詰める男。
・マスター
バイト先のマスター。定休日はお買い物デー。
・ウィット
倒れていた犬の獣人。素晴らしい毛並みの持ち主。




