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こんなに優しい言葉をかけてもらったのは初めてです



 目が覚めた私はバイト先の仮眠室のベッド上に横たわっていた。窓から見える景色は真っ暗で、もう夜になっていたようだ。


――あの獣人は?


 部屋を見渡すと、先ほど喫茶店まで運んだ獣人がベッドに横にいて、服は脱がされ包帯を巻かれている。


――良かった。手当してくれたんだ。


 私がホッとしていると、今身に着けている服が自分のものではないことに気付く。接客中に着ているシャツなのだが、サイズが大きく袖が余っている。私は仮眠室から出てホールに向かうと、マスターとオスカー先輩がいた。


「あの……」

「葵君! よかった、気が付いたんだね」


 彼らは私に気が付き、持っていたコップを置いて、此方に近づいてくる。


「買い物を済ませて店に戻ったら、店の前で倒れてて、心配したんだぜ。しかも何だ? あの獣人。酷い怪我してるな」

「手当してくださってありがとうございました! 街で倒れている彼を見つけて、まわりに助けを求めたんですけど、誰も手を貸してくれなくて……。迷惑だと思ったんですが、頼れる場所が他になくて此処に」

「大丈夫だよ。放っておけないもんね」


 マスターは優しく微笑んでくれる。そこにオスカー先輩が少し残念そうに肩を落とす。


「なんだ。お前がボコボコにしたのかと思ったぜ」

「そんなわけないじゃないですか!」


 オスカー先輩はケラケラと笑いだす。


「でも、定休日なのにお二人が見つけて下さって、本当に良かったです」

「あぁ、休みの日は足りなくなった食材や備品を、まとめて買いだめするんだ。日中はいないけど、買い物が終わったら荷物を運びに店に戻るから。すれ違いにならなくてよかったよ」

「そうだったんですね。ご迷惑をかけて、すみません」

「謝ることないよ」


 マスターの声音からは嫌悪が感じられない。本心で言ってくれているのが分かり、じんわりと目元が熱くなる。差し伸べられる手がこんなにも嬉しいなんて。


「あと申し訳ないんだけど、荷物の中見ちゃったんだ」

「タキシードやら女ものの服やらが入っていたが、ありゃなんだ? それに……」


 オスカー先輩が途端に気まずそうに、口を閉じる。何を言おうとしたのだろうか。黙ってしまったので、私はその荷物を持っていた経緯を話す。


「えっと、なんというか。私ルームシェアしてるんですけど、一緒に住んでる人と喧嘩をしてしまって、勢いで出てきちゃいました」

「早く謝ってこいよ」

「いや、結構な啖呵切ってきたんで、帰ったら確実に殺されても可笑しくないというか……。居候していた身なんで……。」


 オスカー先輩は呆れたような顔で私を見る。


「じゃあ、これからどうすんだよ、お前」

「4日間くらいなら食べるのは困らないぐらいにお金は持っているので、大丈夫です。その間に、なんとかサバイバル生活出来そうな場所探します」

「他に頼れる人はいないの? ご両親は?」


 マスターの言葉に思わず動揺する。まさかマスターから、自分の傷口を抉られる一言を言われるなんて。何度も言われた、私の嫌いな言葉。


「両親はいないです」

「親戚は?」


――あぁ、止めてほしい。


「えっと、別に言わないでいいかなと思っていたんですけど……。私別の世界からやってきた人間で。あぁ、信じられないですよね。慣れてるんで大丈夫です」


 二人は驚いた顔で此方を見る。その表情は真っ当な反応で、こんな突拍子もない話信じれるわけない。ルシウスだって信じていなかったんだから。


「まぁ、一人は慣れてますし、それなりにこの世界にも慣れたので大丈夫なんです。あぁでも、あの獣人さんが目覚めるまではここに居させてあげてください。酷い怪我だったので」

「それは構わないよ」

「良かった。ありがとうございます」


 私はホッと胸を撫でおろす。


「何も大丈夫じゃねえし、良くないだろうが」


 怒りを露わにした表情でオスカー先輩は私を見る。何か、気に障ることを言ってしまっただろうか。私は早くこの話を終わらせたいのに、彼はそのまま私に踏み込んでくる。


「お前みたいな女がそこらで野宿してみろ。襲われて殺されるに決まっている」

「……っ!?」


 正体はバラさず、男として働く職場で何故、私が女であることを知っているのか。私が混乱しているとマスターが口を開く。


「葵君ごめんね。君の服が彼の血ですごく汚れていたから、脱がせたんだ。その時、君が女性であることに気付いてね」


 私はハッとして胸元を握る。今は太陽が姿を隠した暗闇。私の身体は女に戻っていた。


「どうして隠してたんだい?」

「別に隠してなんかないです。私は男でもありますから」

「はぁ?」


 嫌な話題から逃れるためとは言え、異世界から来たことも彼らには話したのだ。こうなったら、全て話してしまえと、私は言い切ってしまう。


「私の身体、こっちに来てからおかしいんです。身体が日中は男になって、夜になると女に戻るんです」

「戻る……。つまり、君は元々女の子だったんだね?」

「はい」


 私の返答を聞いたオスカー先輩が口を開く。


「やっぱり女なんじゃねーか」

「ねぇ、私達は葵君が心配なんだ。少し無理矢理だったかもしれないけど、君が秘密にしていた大切な話をしてくれたってことは、私達を信頼してくれてるって思ってもいいのかな?」

「それは。……はい」


 傷ついた獣人をここに運んだのは、彼らなら助けてくれると思ったから。そんなに長い付き合いではないけど、信頼できる人物だと感じてはいた。


「じゃあ、頼ってくれないかな? 私達じゃあ、力不足かな?」

「そんなことないです!……けど」


 助けを求めてお願いするのは普通、此方のはずなのに。彼は助けさせてほしいというのだ。今までと違う違和感に、私は続きの言葉を紡げない。



 今までこんなに優しい言葉をかけてくれる人はいなかった。祖父が倒れて、病院に寝たきりになった時も、亡くなって小さな葬式が開かれた時も、誰一人彼を悼み、私を励ます者などいなかった。


 私の視界が度が合わない眼鏡をかけたように歪む。頬に水滴が流れる感覚とともに、視界はクリアになるが、またすぐに歪む。止めどなく溢れるソレを私は止められない。


 そんな私に彼らは止めどなく優しい言葉をかけてくれる。そっと頭に添えられた手は酷く心地が良い。私が泣き止むまで、彼らは私の背中を摩ってくれた。


 落ち着きを取り戻した私は、彼らに頭を下げて願い出る。少しの間でいいから、なんでもするから、この場所に身を置かせてほしいと。


 それから私は喫茶店で住み込みで働くことになった。住まわせてもらっている以上、シフトを最大限に増やし、仕事に精を出した。マスターは喫茶店の近くに住んでいるようで、そこに住むか聞かれたが断った。この仮眠室で十分だし、獣人の彼が目を覚ました時、見ていないと不安だからだ。


 マスターに手当の仕方を聞いて、私は獣人の包帯を巻きなおしたり、身体を拭いてやる。彼を発見した時と違って、今は大きく深い呼吸をしていることに安心する。しかし、数日経っても獣人は目を覚まさなかった。



【簡単なあらすじ】

目を覚ますと喫茶店の仮眠室で寝ていた葵。獣人の手当をしてくれたマスターとオスカーに親切にされて、葵は深く感謝する。


【登場人物】

・葵

 本作主人公。一応女の子。


・マスター

 バイト先のマスター。パパ。


・オスカー

 バイト先の先輩。兄貴。


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