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『私達VS怪盗』のはすが、『私VS皆』になるのはどうしてですか?


 私とルシウスは昼食後に伯爵の屋敷を訪ね、伯爵に怪盗ショコラに狙われていることを伝える。警備をさせて欲しいと言うと、快く屋敷へと招き入れてくれた。それに私とルシウスそれぞれに部屋が用意され、私は久々にベッドで休息することが出来る。


 私がふかふかのベッドで弾んでいると、ルシウスが訪ねてきた。怪盗ショコラが現れた時の行動について打合せする。基本的に私がやることはないのだが、もしもの時は私にも対応してほしいと無茶ぶりを振ってくるルシウス。そのため、私は日中に簡単な護身術レベルの指導を、ルシウスから受けることになった。ちなみに、バイトは暫く入れないことをマスターに伝えておいた。


 互いの情報のすり合わせと今後の行動を決めた後、私は疑問に思っていたことを口に出す。


「ねぇねぇ、ルシウス」

「なんだ」

「怪盗の狙う相手って悪い事やってる人なんだよね? 伯爵、全然悪い人に見えないんだけど」


 伯爵は若くて物腰柔らかく、貴族特有のいやらしさは一切感じられない。それに私たちの申し出を受け入れ、部屋まで提供してくれた。彼と会話した今、その人柄に感心しているほどだ。


「あぁ、俺も悪い方には見えない」

「え?どういうこと? なんでルシウスの目星に上がってたの?」

「この家の伯爵の地位は1ヶ月前に引き継がれたんだ」

「へぇ、なりたてホヤホヤなんだ」

「怪しいと睨んだのは、引き継ぐ前の元伯爵が不審死を起こしているんだ。」

「へえ、不思議だね」


ルシウスから聞いた詳細な話だと、元伯爵は齢50にして衰弱死したらしい。生前は快活な御仁と言われていただけあって、まわりは酷く動揺したようだ。彼には娘がいたが現在行方不明。そのうえ、彼が残した遺書には、自分の息子に爵位を譲るとだけ記載されていた。彼に息子がいることは公表されていなかったため混乱が広がったが、彼が亡くなって数日後に息子と名乗る今の伯爵が急に現れたらしい。


「本物の息子か、わかったの?」


 私の疑問にルシウスは首を振る。


「だが、彼はこの伯爵家の紋章を持っていたらしい。だから間違いないと、爵位が彼に継承されたんだ」

「そうなんだ」


 紋章か。そう言えばルシウスも紋章を持っていたけど、もしかして貴族なのか? 私がルシウスの紋章について尋ねようとすると、ドアがノックされる。ドキリと心臓が大きく高鳴る。自分を落ち着かせて「どうぞ」と言うと、部屋に伯爵が入ってきた。


「こちらの部屋で問題ないでしょうか? 何かご不便はないかと思い、伺わせていただきました」

「はい! 全く問題ありません!」

「そうですか。それでは私はこれから出かけますので、何かあれば使用人達に言いつけてください」

「ありがとうございます」

「それでは」


 私はきちんと普通に話せていただろうか。タイミングが良すぎたために、もしかしてルシウスとの会話が聞かれたのではないかとヒヤヒヤする。


「早速、庭を借りてナイフの扱い方を習得しろ」

「え? 今からですか?」

「怪盗はいつやってくるか分からないんだぞ。それに身を守る術ぐらい知っておくべきだ」


 ルシウスの言うことがごもっともすぎて、私は言葉を詰まらせる。私は――実際には触れられていないが――引きずられるように、私は中庭に連行されていき、ルシウス先生ご指導の元叩き潰された。


 その日に怪盗が現れることなく、次の日。昨日同様にルシウス先生に手ひどい仕打ちを受けているところに、昨夜帰った様子がなかった伯爵が顔を出し、一人の男を連れ声をかけてきた。


「ルシウス殿、葵殿。紹介いたします。こちらポール警部です」

「私怪盗ショコラを追っている世界警察のポール警部であります。伯爵様からご連絡を頂き私どももこの屋敷を警備することになりました」


 よく見ると彼らの後ろに二人、ポール警部とよく似た格好をした人物が見える。


「私がいれば問題ありません。今まで数多く奴の現場を担当致しましたのでご心配なく」


 あはは。何回も取り逃したってことね。なんと頼もしいことか。ポール警部が張り込みを開始して二日後の夜、ついに怪盗が現れる。


 日中の護身術の特訓で身体は疲れてはいたが、私は夕食後にルシウスにこの世界の文字を教えてもらっていた。今までは金庫の近くや、高価な物品が並ぶ部屋を警備していたが、ポール警部達が来ていたので、そこは彼らに任せ、私たちは自室にいた。すると突然停電が起こり、パリンとガラスが割れたような音がする。


「何今の声!? しかも停電とか」

「予定通りに、お前は入口を塞げよ!」

「あ、ルシウス」


 ルシウスは私を置いて、暗闇の中、部屋を出て行く。


「え、あ待ってよ……」


 私の届かない言葉は尻すぼみしていく。こんな暗闇の中移動するなんて、聞いてない。私は壁伝いに廊下に出ると、遠くからポール警部の声が聞こえる。彼は巡回していたはず。私はルシウスとの打ち合わせ通りに、暗闇の中ゆっくりと目的の場所へ向かう。


 すると、金属音がぶつかったような音が聞こえ、ルシウスの声が聞こえる。丁度電気が復旧し、私は急いでルシウスの声が聞こえた方へ向かう。


 そこには剣を構えたルシウスと、黒いマントを羽織って、目元に仮面を付けた男性がいた。おそらく怪盗ショコラであろう。


「ルシウス!」


 私に気付いたルシウスが私に向かって叫ぶ。


「入口を押さえろ! 特訓の成果をちゃんと見せろよ」

「わかった!」


 ちなみに今の返事は入口を押えることは了承したが、特訓の成果については了承してないからね? 私は未だ使い慣れないナイフを構え、一本道の行き先を塞ぐ。


 ナイフなんか使いたくないけど、文句は言っていられない。ルシウスが何とかしてくれるはず。そんな甘い考えを吹き飛ばすように銃声が鼓膜を引き裂く。ポール警部が威嚇射撃をしながら、こちらに向かって来たのだ。


「出たな怪盗ショコラぁぁ!」


 なんで威嚇射撃しながら走ってくるの? この人。普通こっそり近づいて不意打ちを狙うんじゃないの?


「囲まれるのは厄介ですね」


 大胆なポール警部の登場のせいで、怪盗ショコラも私達に対応しようと私達3人を見て、1番弱そうな私を見つめた。瞬時に嫌な予感がして、私は彼に吠える。


「この中で1番の強さを誇る私を狙うつもり? やめた方が、いや! やめ! こっちこないでぇ!」


 走って近づいてくる怪盗にナイフを向けるが、全く怯む様子は無く、むしろ私の方が怯んでいる。あっという間に、ナイフを掴んでいた手をトンと弾かれ、ナイフが宙に浮く。怪盗はそのナイフを掴み、即座に私の背後に回り、首元に当てた。


 鮮やかな手付きによりナイフを奪い取られ、今自分の首にナイフが近くにあると思うと、気が遠くなりそうだ。すみません、ルシウス先生。私一つとして貴方の教えを実践できませんでした。合わせる顔はありませんが、どうかお助けを……。


 そこにポール警部が到着し、こちらに銃を向けた。


「怪盗ショコラ!」

「おや、またお会いしましたね。ポール警部」


 いや、銃を向けられてるのに何でこの人、普通に喋ってるの? 私を盾にする気? やだやだ絶対ヤダ。死にたくねえええ。


「ポール警部やめて下さい! 銃をこっちに向けないで!」

「問題ない。私に任せておけ!」


 ポール警部は少し離れた花瓶に向けて、銃を放つ。が、大きく外し壁に銃弾が残り、花瓶は無事だ。彼は私をもう一度見て、私達に銃を向ける。


「な? 私の腕を信じろ!」

「何が「な?」だよ! 今花瓶狙ってたんでしょ!? 大外れだよ! 全く持って信じらんねぇよ!」


 さすが今まで怪盗を捕まえられなかった警部な事だけはある。ポンコツと言って差し支えない。だが、今そのポンコツさは披露しないでください! 後生ですから!


 耳元で微かに笑う怪盗の声が聞こえる。たしかに、この警部を相手にするのは愉快なのかもしれないが、持っている武器は全く愉快ではない。しかもあの腕では、制御不能な武器でしかなく、子供に爆弾を持たせているようなものだ。私は必死にポール警部に訴えかける。


「警部、絶対撃たないで下さいよ!」

「次は外さん!」


 さっきは外したこと認めちゃったじゃん! その腕は次も外すよ絶対! 私は何とか彼の射程から逃げ出そうと暴れて、怪盗の腕の中で藻掻く。


「あぁ、動かないで下さい。怪我をしますよ」

「ううっ」


 何ということだ。ルシウスはどこだ。私を助けてくれ。涙目でルシウスを捉えるが、彼は剣を構えたまま、警部の後ろから全く動く様子はない。


「ルシウス! 助けて!」

「俺まで誤射されたら敵わんからな。自分で何とかしろ」

「この薄情者!」


 怪盗はまたクスクスと笑う。ひとしきり笑い終えた後、怪盗は彼らと距離を取ろうと、私を連れながらジワジワと後ろに下がり距離を取っていく。


「おい! 止まれ! 止まらんと撃つぞ!」


 私を引き連れて後ろに下がるのも、銃を撃つのも、傍観するのも全部止めてくれ! そんな私の願いもむなしく、警部の制止を聞かずに、怪盗は距離を取っていく。


「しにたくないぃ……」

「大丈夫ですよ」


 私の悲しい嘆きに、思わぬ返答が返される。一体何が大丈夫だというのか。私を盾にするから自分は大丈夫と言う訳か? 警部が誤射して死んだら、此処にいる全員呪ってやるぅ!


 警部が銃を持つ手と反対側の手を持ち手の底に添える。コレは撃つな、と思った私は何の意味もないことがわかりつつも体に力を入れる。


「葵!」


 あぁ……。なんて今更なんだ、ルシウス。今まで一度も名前を呼んでくれなかった彼が、やっと私の名前を口にした。中々呼ばないから、忘れちゃったのかと思ってたよ。それに、こんな……最期の時だけ、名前で呼ぶなんてずるいよ……。


 己の最後を覚悟した私は、今まで何とか貯めきっていた涙のダムを決壊させ、頬へと流す。その最後の衝撃音を待っていた私の耳が捉えたのは。


 カチッ。……カチカチカチ。


 私が想像とは違い、何とも気の抜けた音を耳が捉える。ゆっくりと目を開くと、何度も引き金を引く警部がいた。


「ふふっ。警部の持っている銃は6発装填なんですよ」


 たしか、あの威嚇射撃は5発は聞こえた。それに花瓶を狙って一発。バカだろこの警部。まぁ、そのおかげで今撃たれずに済んだわけだが。


「それにしても……」


 男はナイフの柄を使って、私の襟元を少しずらす。切られると思った私は身を硬直させ、情けない声を上げる。


「……」


 これはやはり死ぬのでは? 殺す相手が変わるだけであって、私の人生はここでとだえるのか? 私が再び死の恐怖に襲われていると、背後から撃たれる心配の無くなったルシウスがこちらに走ってきた。


 あれ、ルシウスも剣を振り上げて、私ごと切り殺そうとしてない? 何なの? 私そんなに悪いことしたの? どんな業を背負って生まれてきたの? 私ぃ!


 怪盗は私に向けていたナイフを下げて、ルシウスに押し付けるようにポンと前に押す。ルシウスが剣を振り下ろす前に、懐に入った私に彼は反射的に受け止める。ルシウスは目を見開き私を見ており、全身の毛が逆立った猫の様だ。私は慌ててルシウスから離れるが、彼は放心してしまっている。


「それではご機嫌よう」


 いつの間にそんなに移動していたのか、怪盗は高らかに挨拶をして、近くの窓に片足をかけ飛び降りる。此処は3階。正気に戻ったルシウスと、私はその窓に飛びつくが、怪盗の姿は見つけられない。


 背後でポール警部の悲痛の叫びが聞こえる。泣きたいのはこっちだ。この警部が怪盗を捕まえるなど想像できない。ルシウスはともかく、私にも無理な話だ。あんなに鮮やかな手付きでナイフを奪われ、3階の窓から飛び降りる人物など、相手にしたくない。


 金庫は暴かれ、窓ガラスは割れて、屋敷のあちらこちらに残る銃創。そして、私の心はズタズタのボロボロ。かわりに手に入れたものと言えば、怪盗からのメッセージカードだけ。怪盗を取り逃がしたのにも関わらず、「誰も怪我をしなくてよかったです」という伯爵は神様仏様に思えた。


【簡単なあらすじ】

次の怪盗のターゲットとされる伯爵の屋敷で、張り込むことになったルシウスと葵。怪盗を長年追っているというポール警部と共に、怪盗ショコラと対峙するが、取り逃がしてしまう。


【登場人物】

・葵

 本作主人公。日中身体が男に変わるが、一応女の子。護身術程度のナイフの扱いは覚えた。覚えたが、使えるとは言っていない。


・ルシウス

 王国騎士。女性アレルギー持ち。


・ポール

 長年怪盗ショコラを追っているポンコツ警部。


【一言】

書いててめっちゃ楽しかった。


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