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怪盗は噂通り女好き?



 二日後、バイト先に出勤日を休みに変えてもらった私は、喫茶店に向かう。休みなのに職場に向かうなど不思議な感じだが、今日はヒバリさんとの約束の日。私が店のドアを開けるとヒバリさんは既に来ていた。出迎えた従業員には待ち合わせだと伝え、下がってもらう。いつものカウンター席に座るヒバリさんの隣に座る。


「ヒバリさん」

「お? 葵ちゃん?」

「はい」

「おぉ~! いいじゃん!」

「あ、ありがとうございます」


 彼は私の姿を見て、うんうんと頷く。早く外に出ようと促す私を、ヒバリさんが「ちょっと待って」と制止する。すると、店の奥からマスターが出てきて、カウンター前に立つ。バレない様に下を向いていると、ヒバリさんはマスターに声をかける。


「来た来た、マスター! この子葵さんなんだよ」

「いや、ちょっと……」


 何で言うの!?


 はしゃぎながら話すヒバリさんを恨めしく思いながら、私は首が許す限りに下を向く。「ねぇ、何で隠すの?」と揺らすヒバリさんが腹立たしい。私とヒバリさんが謎の攻防をしていると、マスターが声をかけてくる。


「葵君なの?」

「え、あ、違います」

「何言ってんの? 葵ちゃん」

「ちょっと、ヒバリさんは黙っててください!」


 ヒバリさんの発言に思わず、顔を向けて大声を出す。しまったと思った時には、マスターは私の姿をキチンと捉えていた。


「おぉ……。すごく可愛いね。その恰好で働いてもらうのもアリだなぁ」


 マスターは顎に手を当て、真面目な顔をしながら言う。年の離れたマスターから言われると、すごく恥ずかしい。もし、自分に父親が居たらこんな人が良いなと思う。でも、父親というにはまだ若い。私は少しマスターにパパ味を感じながら、彼の言葉を否定する。


「いいえ! しません!」

「葵君の教育係はどこだったかな?」

「ちょ、呼ばないでください!」

「あぁ、残念。今日はオスカー君も休みだったか」

「あぁぁああ、お願いですから止めてください! もう、出ましょう。ヒバリさん! ほら立って!」


 私は急いでヒバリさんを立たせ、彼を連れて店を出る。


「あはは。他の皆にも見せてあげればいいのに。そんなに本格的なら驚かせれるよ」

「いや、皆に見せるためにした格好ではないので、止めてください」

「そっかー」


 そこからヒバリさんに連れられ、路地裏をどんどんと進んでいく。「もったいないなー」とこぼすヒバリさんの声は聞こえないフリをする。そして、ようやくたどり着いたのは人通りの少ない、いかにも治安の悪そうな場所。建物の出口を見張るように言われた私は、じっとそこを見つめる。しばらくすると、二人の男が出て来た。私は慌てて、ヒバリさんに小声で声をかける。


「ねぇ、ヒバリさん。二人出てきましたよ。……ヒバリさん?」


 返事がないため男たちから目を離し振り返ると、後ろにいたはずのヒバリさんはどこにもいない。私がキョロキョロとあたりを見回し彼を探していると、先ほど建物から出てきた二人組が目の前にいた。


「おねーさん。何してるの?」


 冷や汗をかきながら彼らの顔を見上げると、以前バイト先の喫茶店で暴れたあの二人。「お前らかい!」と私はどこか冷静にツッコミを入れながら、距離を取るようにじわじわと後ろに下がる。


「ここらで見ない顔だね?」

「知り合いとはぐれてしまって」

「そうなの? じゃあ、俺たちが一緒に探してあげるよ」

「いや、結構です」

「そんなこと言わずにさぁ」


 手が伸びて触れられそうになり、私は慌ててその手をはじき返す。そして、彼らから逃げ出した。


「おい待てよ」


 彼らの制止の声を聞かずに、私は走る。しかし、履きなれていない靴のせいであまり速くは走れない。後ろから聞こえる声が、段々と優しい口調から罵声に変わっていく。掴まればどんな目に合わせられるか分からない。


 私が必死に逃げ回っていると、物陰から不意に手が伸び、私を捉えた。


「な!? っぶ」


 男達の声は後ろから聞こえていたはず。今私を腕で捕らえて拘束し、口元に手を当てているのは、一体誰だ。拘束が強く、ほとんど身動きが取れず、相手の顔を見ることも叶わない。


 ふわりと香った匂いが、どこかで嗅いだことがあるものだと思ったが、どこで嗅いだか思い出せない。引き離そうと、もがくが全く力が敵わない。離せと必死に叫ぶが、声にならない。その様子に、目の前の男は私に耳打ちする。


「追手がいるのでしょう? 少しだけ辛抱して下さい」


 私は追ってくる男二人から逃げるためにも、一旦その声に従うことにする。変な事したら、この口元に当てられた手を噛んでやればいいのだ。怯んだすきにでも逃げ出せばいい。


 次第に私を追いかけてきた男の足音が小さくなり、完全に聞こえなくなった時、私を抱きしめていた腕の力が緩まる。身動きが出来るようになって、初めてその人の顔を見上げると、帽子を深く被ったアルパカの獣人だった。


「もう行ったみたいですね」

「あの、もう離して下さい」

「おや、失礼しました」


 グイッと彼の胸を押すと、先ほどとは違って拘束が外れ、完全に解放される。


「あ、あのありがとうございました」

「いいえ。困っているように見えたので。それに、お恥ずかしながら貴方に見惚れてしまって、つい手を伸ばしてしまいました」


 目の前のアルパカはニコリと笑う。くぅ……。カッコかわいい。でもでも、私には猫紳士がいるし! でも振られちゃったしな……。


 一人百面相をしていると、目の前のアルパカが私に話しかける。


「ねぇ、僕の事も助けてくださいませんか?」

「え?」

「僕も少し後を付けられてましてね。僕と一緒に恋人のフリをして、逃げるのを手伝ってくださいませんか?」


 なんだこのアルパカ!? なんだか手慣れている感じがする……。私が動物愛護団体所属じゃなかったら、「このタラシ野郎!」と罵声を浴びせて即断っているところだ。だが、目の前にいるのはアルパカ。もう少し話を聞こうじゃないか。


「なんで恋人なんですか?」

「えぇ、この通りを抜けると、恋人たちの噴水公園があるんです。そこまでお付き合いしてくださいませんか?」

「は、はぁ」


 断ろうと思ったが、すぐに思いとどまる。ちょっと待てよ? 目の前のアルパカはもしかしたら、私の探していた怪盗ショコラかもしれない。組織の付近で出会ったし、この手慣れた感じと、言葉の選び方。まさに、彼がそうじゃないのか?


 とりあえず彼を特徴づける女好きは間違いないだろうと思い、私は彼の申し出に了承した。


 彼と何故か手を繋ぎながら道を進むが、私には誰か付いてきている様子は感じられない。後を付けられていると言ったのも嘘なのだろう。特に会話せず、彼に手を引かれたまま大通りに出る。そのまま引き連れられたままでいると、彼はすぐそばにあった店に入る。


「どうして、店に入るんですか? 公園に行くのでは?」

「ふふっ。どうしても貴方にプレゼントしたくなりましてね」

「いや、そんな悪いです」


 流石女好きと言わざるを得ない。段々と私の考えは予想から確信に変わっていく。


「出会ったばかりではありますが、僕の気持ちは高まるばかりで。どうしても差し上げたいんです。僕のわがまま聞いていただけませんか?」


 下手に下手にお願いをされ、私はたじろいでしまう。否定の言葉を出さなかったため、それを了承したとみなした彼は、ジュエリーを眺め始める。彼と同様に視線を落とすと、目の前にはキラキラした世界が広がっていた。こういったものを身に着けたことはないし、あまり好きではない。私が眩しい世界に気押されていると、彼は一つのネックレスを選んだようだ。それはこの店の中では飾りの少ない上品なデザインだった。


「付けても?」


 あまりにも熱心な目で見つめてくれるので、否定できない。


「はい……」


 私の返事に満足そうに笑い、彼は私の後ろに回って、そっと首元に手を当てる。首をかすめるチェーンや、触れる手がこそばくて、彼が付け終わるまで少しドキドキしてしまった。


「ふふ、お似合いです」

「あ、えっと……。ありがとうございます」


 なんだか気恥ずかしくなり、目を逸らす。彼は店の人を呼んで、素早く会計を済まし、店を出る。


 本当に貰ってしまっても良いのだろうか。


 首元にあるネックレスに触れる。しかし、相手は怪盗ショコラ。お金は腐るほどもっているだろう。普通に働く真面目な相手から貰うには気押されてしまうが、相手は怪盗。そう考えると少し気が楽になる。それに、このデザインは嫌いではない。


 私がしばらく頭を悩ませているうちに、私達は噴水にたどり着く。彼にベンチに座るように誘導され、腰を下ろす。すると、彼は私の前に座り込み、私の足に手を当てた。


「え? え? 何ですか?」

「貴方、足を怪我しているでしょう? 靴を脱がせても?」

「え、あの」


 了承を待たずに彼に靴を脱がされると、そこには靴ずれで赤くなった足が現れる。彼はポケットからハンカチを取り出し、赤くなった場所に沿えるようにハンカチを巻く。


「これで少しは歩きやすくなるでしょう。本当はお見送り出来たらいいのですが、あいにくこの後予定がありまして」

「いいえ、大丈夫です。手当もネックレスも……。何から何までありがとうございます」


 な、な……。なんなんだこのアルパカ!? 彼は怪盗ショコラかもしれないのに、女好きなだけなのに。私の愛すべき対象である動物だからだけでなく、あまりされたことのない丁寧な扱いに私は今、ときめいている!? いやいやいや、落ち着け。気のせいだ。


 私が自分の感情に戸惑っていると、彼は私に再び尋ねてきた。


「貴方のお名前をお聞きしても?」

「あ、葵です」


 反射的に答えてしまい、思わず本名を出してしまう。しまった。今は普段と恰好を変えているのだ。偽名でも使うべきだったか? 私が少し焦っていると、彼は少し私の顔を眺めた後に、ニコリと笑う。


「葵さん……。とても素敵な響きですね」


 焦っている場合ではない。これはチャンスかもしれない。彼はおそらく怪盗ショコラ。彼の名前を知る、絶好の機会だ。


「私もお聞きしても?」

「僕の名前を尋ねて下さるのですね。嬉しいです。僕はドゥスール」


 よし、と心の中でガッツポーズをする。本当の名前かは知らないが、この名前を使っていることは間違いないだろう。ルシウスに言えば、なにかわかるかもしれない。


「ドゥスールさんですね」

「あぁ、そうです! 名前を呼ばれるだけでこんなに心が躍るとは……。あぁ、残念ですが、僕はもう行かなくてはなりません。また葵さんと会えることを楽しみにしています。それでは」


 ドゥスールは私に一礼して離れていく。


 よくもまあ恥ずかしげなくあんな甘い言葉が吐けるものだ。それに何度か振り回された気もするが、きっと気のせいだ。それに、あの丁寧な言葉遣いは私の記憶に深く根付いている『彼』を連想させる。私はその記憶を追い払う様に、ベンチから腰を上げる。ドゥスールのおかげで少し痛みが和らいだ足をなんとか動かし、宿屋に向かった。





【簡単なあらすじ】

女の恰好をして、ヒバリと張り込み調査をする葵。だが、ヒバリとはぐれてしまう上に、以前バイト先で出禁にした男達に追われてしまう。そこに現れた謎のアルパカに助けられる。怪盗と特徴が一致するアルパカに口説かれながら、彼の名前――ドゥスール――を知る。



【登場人物】

・葵

 本作主人公。日中身体が男に変わるが、一応女の子。


・ヒバリ

 終始ケラケラ笑ってる。怪盗の熱狂的なファン。


・マスター

 バイト先のマスター。パパ味溢れるイケオジ。


・ドゥスール

 アルパカ。女たらし。葵は怪盗ショコラだと睨んでいる。


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