十二戦全敗の令嬢騎手ですが、王太子殿下に【王国杯】に出ろと言われました ~誰も近づけない白馬を止められるのは、わたくしの声だけだそうです~
最新エピソード掲載日:2026/08/11
わたくしは、二年で十二戦して、十二敗いたしました。
伯爵令嬢セルマ・ミルテ、十九。痛がった馬からは、途中で降りてきました。そのたびに賭け札が紙屑になり、次に回ってくる馬が悪くなり、いつのまにか最下位と呼ばれておりました。
「乗るからには、最後まで走ってくれ!」
その日、二年のあいだ誰も乗れなかった白馬が、埒を越えました。厩の者が三人、順に手綱を引いて、順に弾かれます。
引かれた馬が逃げるのは、たいてい口のどこかが痛いからです。
ですから、わたくしは手を下ろしました。
六完歩で、その馬は止まりました。
「王国杯に、この馬で出ろ。三十日後だ」
仰ったのは、王太子殿下でございます。続く一言が、こうでした。
「勝つな」
勝て、と言われたことは一度もございません。勝つな、と言われたのも、初めてでございます。
翌日、なぜあの馬が止まったのかと訊かれて、わたくしはこう申し上げました。
「三十歩の先から、五百二十斤が来ます。誰でも手を上げます。わたくしは十二回、上げませんでした」
馬医の見立ては、こうでした。あの馬の右前脚は、競走の脚でおよそ千八百歩。王国杯は、二千四百歩ございます。
六百歩、足りません――――。
手綱を引かず、手を下げたまま、馬の正面に立ちつづけた娘の話でございます。
伯爵令嬢セルマ・ミルテ、十九。痛がった馬からは、途中で降りてきました。そのたびに賭け札が紙屑になり、次に回ってくる馬が悪くなり、いつのまにか最下位と呼ばれておりました。
「乗るからには、最後まで走ってくれ!」
その日、二年のあいだ誰も乗れなかった白馬が、埒を越えました。厩の者が三人、順に手綱を引いて、順に弾かれます。
引かれた馬が逃げるのは、たいてい口のどこかが痛いからです。
ですから、わたくしは手を下ろしました。
六完歩で、その馬は止まりました。
「王国杯に、この馬で出ろ。三十日後だ」
仰ったのは、王太子殿下でございます。続く一言が、こうでした。
「勝つな」
勝て、と言われたことは一度もございません。勝つな、と言われたのも、初めてでございます。
翌日、なぜあの馬が止まったのかと訊かれて、わたくしはこう申し上げました。
「三十歩の先から、五百二十斤が来ます。誰でも手を上げます。わたくしは十二回、上げませんでした」
馬医の見立ては、こうでした。あの馬の右前脚は、競走の脚でおよそ千八百歩。王国杯は、二千四百歩ございます。
六百歩、足りません――――。
手綱を引かず、手を下げたまま、馬の正面に立ちつづけた娘の話でございます。
1. 十二度目の、止まれ
2026/08/10 17:07
2. 引けば、逃げる
2026/08/11 10:04