6 シリル・リンゼイ
一方こちらは多勢に無勢で揉めていたところをリアンたちの登場によって何事もなくその場が収まりひとまず感謝の気持ちを持って帰宅した三人の少年の内の一人、シリル・リンゼイ。リンゼイ伯爵家次男である。
リンゼイ伯爵家は代々王家に仕える騎士の家系。現伯爵は王城警備騎士団副師団長を務め、シリルの兄であるリンゼイ伯爵家嫡男は今年王立貴族学園高等部騎士科を卒業して父と同じ騎士団の職務に就いたばかりである。
シリルは嫡男ではない為、伯爵家の家督を継ぐことは無いが騎士職に就く事を希望している。そんなシリルには以前から現伯爵の実弟である叔父から ”自分の持つ子爵位を継いで欲しいから養子縁組をしないか” という話が来ている。奥方が病弱であるが故に子宝に恵まれず子爵位を継ぐ者がいないのだ。
幼い頃参加したその叔父の領地で行われた近隣領主が集まった親睦パーティーの会場。都会育ちのシリルは暗くなり始めた頃、王都にいる時は出歩く事の無い夜の庭、外灯に照らされた花壇へとやって来た。そこで灯りに集まって来た虫の中でも特別に大きい何かが自分めがけて飛んでくる。
慌てて背を向け逃げようとしたもののその何かが ”ブヴゥ~ン!!” と大きな羽音と共に迫って来て小さな肩にガシッと止まった。
息が止まるほどの出来事に自分ではどう対処したら良いのかが解からない。暫く固まっていたが、力強く服を掴んで肩にくっついた何かが ”もぞり” と動いた。突然の事に ”ひっ、っ、、! ” と息を飲む。その恐怖に無意識のうちに涙が零れた。何も成す術がなくその場にしゃがみ込んだが背中でもぞもぞ動く正体不明の生き物が怖くて涙が止まらない。
そんな時に声を掛けてくれた女の子。優しく「どうしたの?」と聞いてくれてしどろもどろに答えたその訳を知ると臆することなく背中に回り恐ろしい何かを取ってくれた。
手に持った大きな虫を ”カッコいい!” と言って大きなライラックの瞳をキラキラと輝かせている。暗くて髪色はよく憶えていないけれど飾り気のないワンピース姿に小麦色より日焼けした肌の色。
”ジョゼ” と探しに来た自分と同じくらいの男の子に ”エド兄” と答えて去っていった・・・
屋敷に戻りダイニングに向かうと妹のアイリーンが席に着いていた。
「お母様はジェシカおば様のところでご馳走になって来るって執事が言ってたわ」
「そう。分かった」
父も兄も今日は遅番の仕事だ。妹と二人食事を摂る。
「そういえばお兄様が仰っていらした ”ジョゼフィーヌ“ 様。また揉め事を起こしたそうよ」
「ああ、もう彼女の話はいいよ」
中等部を卒業し高等部一年に進学が決まった春に文具店で出会った兄妹。妹を ”ジョゼ” と呼ぶ ”エド兄様” 。おまけにアメジストの瞳で髪はブラウン。まさかと思い躊躇いながらも声を掛けたが (パティーには参加したが花壇には行った覚えが無い)と言われた。
暫くして同じ貴族学園中等部二年に在学していると知り、当時中等部に入学したばかりのアイリーンに何か噂を聞かないかと尋ねてから二年、余りいい噂を耳にしたことが無い。やはり人違いだったのだろう。彼女はもっと屈託のない性格をしているに違いない。
それにしても今日出会った騎士専門学校の一年生。”リアン”と呼ばれていた少年。ハシバミ色の長い髪を後ろで纏め大きなライラックの瞳を目にした時、一瞬あの子の事を思い出した。
「でもお兄様の初恋のお相手がまさかあのパティーで子供達の注目を集めていた子だったなんて。私、他の事はほとんど覚えていませんけどあの女の子の事ははっきり覚えていましてよ。衝撃的でしたもの」
あの後「どこに行ってたの?」と聞いた妹に背中に止まった大きな虫を取ってくれた女の子の事を話すと「その子ってとっても大きな虫を片手にニコニコとご飯を食べてた子だね」と教えてくれた。
今ではその事を思い出す度に自然と口元が緩んでしまう。
「お兄様、また思い出し笑いなんかして・・・食事中ですわよ」
「ああ。分かってる」
きっとこの先も思い出し笑いだけであの子の笑顔を見ながら笑う事は無いのだろう・・・




