5 リアンの憩い
リアン達は寮の前までやって来た。
「明日寝坊しないようにね」
「まさか! 前に寝坊した時は朝飯抜きになったんだぜ。昼まで空腹なんて二度と御免だよ」
「前もって言っといてくれたらおまえの分も俺が食っといてやったのにな」
そんな冗談を言い合いながら別れた。
女子寮は学年ごと、二人に一部屋が割り当てられる。今年の新入生は女子は三人。リアン以外の二人は王立貴族学園出身で以前からの顔見知り。部屋の割り当ては学校側が決めるのだが地方出身の者と王都慣れした者を同室にするというのは本人たちの性格にもよるが先行きの心配も考えられる。
新入生が二人だけというのならば選択の余地はないが今年の様に三人を分けるとなると色々な思惑が入る余地も生まれる。
そんな事もあって貴族学園からの二人が同室、リアンは一人部屋の割り当てとなった。尤もこの部屋割りはリアンにとっては良かったのかもしれない。王都慣れした貴族令嬢と同室の生活が苦痛にならないかと言われれば否である。
リアンにとってお洒落にお金を使うとか、どこそこのランチが美味しいとか、流行のドレスがどうこうとかいう会話は相槌を打つ事で精一杯。それに週末には気の置けない女友達とも会える。気まずい寮生活を送る事を思えば一人部屋は静かに落ち着ける事もあってとても得した気分になったのである。
リアンは宿舎の自室に戻ると引き出しから裁縫道具を取り出した。
授業のある日は体力も気力も夕方には使い果たしているが今日は久しぶりに仲間と会った事でリフレッシュも出来た。
ゆったりとした時間を就寝迄楽しむことにした。
裁縫道具を開き先ず綻びかけた制服の肩の部分を繕った。次に作りかけのハンカチの刺繍に取り組む。
えっ! あのリアンが裁縫を? と幼い頃のリアンを知る物は思うかもしれない。裁縫を始める切っ掛けとなったのはリアンが中等学校に入学して間もない頃である。
エイドリアンに付いて領地を駆け回っていたリアンが女の子だと知った時、それまでそうとは知らず憧れを抱いていた女子の間で ”リアン親衛隊” なる物が結成された。そして好きな男の子には恥ずかしくて渡せない手作りのクッキーやら刺繍を施したハンカチ等を競うようにプレゼントした。
中等学校に入学するまで ”女子力” と言う物には無縁だったリアンは ”糸と針があれば自分で服の綻びが直せる” という事を初めて知った。それまで経験した事の無かった女友達との交流で ”可愛い” とか ”キュート” とか女の子が好きな物にも目覚めた。
幼い頃から兄達について回っては様々な発見をしたり木の枝や草などで色々作ったりする事が楽しかった。そんなリアンは手先は器用、要領も良い。好奇心旺盛な性格も相まって裁縫道具が欲しくなった。そこで生まれて初めて両親に ”おねだり” と言うものをしてみた。
ずっと放任して来た娘が「裁縫道具が欲しい」とお願いをして来た。両親はリアンが中等学校に入学した事で本人なりに将来を考えて ”お針子” になる道を選んだのだろうと納得した。
独り立ちを考える娘に裁縫道具一つで済むのなら安い物だと気前よく裁縫道具を買ってくれた。両親が必要最低限以外のものでリアンに買ってくれたのは後にも先にもこの裁縫道具一つだけである。
買って貰った道具で初めて作った作品、 ”イニシャルの刺しゅう入りのハンカチ” を大好きなエド兄にプレゼントした。
エド兄は感激で涙した。周りの者がずっと男の子と信じて疑わなかったあのリアンが刺繍を施してくれたハンカチである。贈ったリアンも (こんなに喜んでもらえるなんて) と遣り甲斐を感じたのである。
慣れた手つきで自分のイニシャルと可愛い小鳥の刺繍をしながら (次の休みには何をしようかな) と思いに耽るのであった。




